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こぼれ話  作者: 狐孫
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陣@枝葉

枝葉の「赤い目-2」の美菜恵と前半の仲良く過ごしている辺り、紗也が行方不明の時の話。

夜、帰りが少し遅くなってしまった。

原因は、従姉妹の久子が学校で大事な話があると言うことで待っていたのだが結局来なかった。

何度か電話やメールをしたらもうすぐだからと待たされた。


二十時頃に、やっぱり無理だから先に帰ってとのメールが来た。

もっと早くメールをくれれば良いのに…。


取りあえずトボトボと家路をあるく。


「おい。」

気がつくと柄の悪そうな男達に囲まれていた。


本当にいつの間に囲まれたのだろう。

「何ですか?」


どん。

いきなり殴られた。

なんで?急に殴られたため理由が分からず。

回避行動も何も出来ない。


取りあえず、相手から距離を…。

そう思って動こうとすると、後ろから殴られる。

しばらく耐えていたが、後頭部を殴られて意識が朦朧とする。

「が・・・」


踏んだり蹴ったりだ…。

「助けて…」


一言が限界だった、気を抜いた途端に意識が闇に溶けていった。

紗也を襲った柄の悪そうな男達は、財布や鞄などを奪い立ち去っていった。


「報告。姫塚紗也は噂通りの無能力者です。助けますか?」

「いや、ほっとけ。」

「これから、戻ります。」

遠くから、不良を嗾けて見ていた瞳の観察者と眼の観察者が報告を行い。

帰って行った。


どのくらいたっただろう。


意識を失ったまま倒れている紗也。

そこに、高校生ぐらいの女の子が近づいてくる。


「大丈夫ですか?」

「・・・」


反応が無いのを見て、救急車を呼び同乗して病院へ向かう。

この日は運が悪く、救急車の受け入れが可能な病院が100キロ程度離れた場所にしか無かった。


この女の子は、大森楓という。

実は、大森家から家出の真っ最中なのだ。

家出中にもかかわらず、助けるお人好しでもある。


救急車の中で意識が戻ったときに様子がおかしかったた。

結局、病院で精密検査を受けることになった。

記憶が無かったため事件なのか事故なのか解らない。


「一時的だと思われますが、記憶喪失を起こしているようです。

 あと、目も見えていないようです。」


「治りますか?」


「ええ、しばらくは様子を見るしか無いでしょう。」


病院を出る。


大森楓は、何かを決意したように言う。

「困りました。

 記憶が戻るまで、私が側に居ます。」


紗也は、何を言われているか解らず。

声のする方向を見る。


「そうですか、すみません。」

楓は、紗也の手を引いてタクシーに乗り込む。

「どちらへ?」


「私が今日泊まる予定のホテルです。

 一応二人部屋なので大丈夫ですよ?」


「いえ、何処の誰か解らない私を止めて大丈夫なのですか?」


「だって、貴方行く当てが解らないでしょう?」


「まあ、そうですが…。」


しばらく走って、ホテルに到着する。

手を引いてホテルの部屋に連れて行く。

紗也は少し不安そうだった。


「目が見えないのが、こんなに怖いなんて思わなかった。」


「そうね、とにかく部屋の中を想像しながら歩き回ってみて。」

手を出しながら歩き回る紗也。


「ここは?」

「トイレと風呂ね。」


「これはベッドか…。」


「ええ。」


「大体わかったよ。」


「貴方の名前を教えて欲しい。」


楓は何か一瞬戸惑ったが、名前を告げる。

「大森…、大森楓よ。」


「大森さん」


「年齢もたぶんそう違わないから、楓さんの方が良いな。」

ちょっと、膨れながら言う。


「分かった、楓さん。」


「とにかく、今日病院で貰った薬を飲んで休んで。」

言われるままに、薬を飲みベッドで休む紗也。

すーすーと寝息が聞こえ始める。


いすに座って様子を見る。

さて、この人どうしよう。

私も家出中でそれほど沢山の持ち合わせがあるわけでは無い。

けれど放ってはおけない。


この人の持ち物で身元が分かるものって…、そう言えば無かった。

財布も携帯も鞄も何も持っていなかった。

明日起きたら、もう一度聞いてみよう。


紗也は、夢の中で泉の側に佇んでいた。

とても居心地が良い。

風の音、空の静けさと澄んだ森の香り…。


その頃、楓は部屋に結界を張る準備をしていた。

寝る前は特に念入りに結界を張ることにしている。

夏の夜の蚊帳みたいなモノだった。


凶悪な、邪霊や邪翼のたぐいが来るかも知れない。

それでも、実家のある場所と違って襲ってくる事は比較的少ないと思うが用心に超したことはない。


準備が澄んだので、御札で結界を張る。

結界が拡がり始め安定するまでの十数秒間紗也の呼吸が止まる。

安定すると、またすーすーと寝息を立て始めた。


そのことに、楓は気がつかなかった。


楓は、安心して緊張の糸が途切れたように紗也の隣で眠り始める。

朝、紗也が起きる前に起きて結界を解く。


シャワーで体を流し、ルームサービスを頼む。

紗也は起きる気配が無い。

規則正しい寝息だけが聞こえる。


昨日の今日なので少し心配になる。


「ねぇ、起きて。」

「うーぅ・・・。朝?」


「そう、朝だよ。

 朝食もルームサービス頼んであるから。起きて、ね?」


「うん。」

眠そうに目をこすりながら起きる。

「あ、目が見える。」


「よかった!」

じーっと、楓を見る紗也。

瞳がとても綺麗だなぁと感心する。


楓も紗也の目を見るが普通の目にしか見えない。

「で、思い出せた?」


ううんと首を横に振る。


「じゃあ、呼び名とか無いと不便だから。

 渾名をつけるね。

 何が良いかな…。」


じーっと紗也を観察する楓。

こまった、特徴があまりない。

「楓さん?」


「サクヤにしよう。

 昨日の晩あったから。」

安直に落ち着いたようだ。


「え、それは・・・」


「黒い髪だから、クロとかでも良いけど?」

「それはもっと嫌…」

がっくり肩を落とす紗也だった。


「じゃあ、サクヤ。持ち物で身元が分かりそうなものが無いか探してみよう。」

ごそごそと探してみたが服や靴以外は何も持っていない。


ふるふると頭を振る紗也。

「何も無い。

 昨日病院で探したけど財布も何も持ってなかった。」


「そっか。」


「服は量販店のものだし…。」


「昨日倒れてたとき、持ち物が無くて、財布も持ってなかったから

 落とした可能性も考えて、救急車が来るまでの間に結構頑張って探したよ?

 でも、何も無かった。」


「楓さん、ありがとう。」


お礼を言われてちょっと照れる楓。

「取りあえず朝ご飯にしよう。」


モーニングセットを行儀よく食べる。

朝食が済むと紗也はシャワーを浴びる。


楓は紗也をつれて街に出かけて行った。

紗也の服とか鞄とかが無いのだ。

量販店のモノを着ている所を見ると、出費は少なくて済みそうである。

上三着、下二着に下着に靴下を買いそろえる。

服が入る程度のバックを買う。

これで、取りあえず移動できる。


道すがら、交番で行方不明の捜索が出ていないかを確認するが出ていないらしい。


休憩のため、近くにあった神社に入る。

神社の境内は、一息つくにはちょうど良い。


「はぁ、手がかり無しか。」

ため息が漏れる。


「すみません。」


「いや、あなたが悪いわけじゃ無いから。」


「でも」


「それより、体調は大丈夫?

 何処か痛かったり気持ち悪かったりしない?」



「はい、大丈夫です。」


「何か思い出せない?」


「いえ、まだ何も…。」


「そう。」


楓の頭をなでる紗也。


「優しいね。」

気持ち良いので、楓は黙って撫でられている。



「もういいから。」

そう言って、紗也の手を退ける。


「そか」


神社から出て、ホテルに戻る。

楓はぐったりとする。

「はあ、疲れた。」


ため息をはく楓。

サクヤといると、想像以上に疲れる。

何故か分からない。

見知らぬサクヤに気を遣っている分けでも無く、二人で歩くことに緊張している分けでも無い。


もちろん敵がいつ現れても良いように準備はしている。

その辺りとは違う部分が疲れる。

それは、まるで瞳の力の行使を練習しているときの疲れに酷似している。


そのサクヤと言えば、のんきにお茶を飲んでゆっくりしている。

まるで何の心配もしていないかのように…。


「サクヤ、あなた心配じゃないの?」


「心配、なんで?」


頭の上に沢山「?」マークを浮かべている。


「私がもし、サクヤを置いていったらどうするのって聞いているの。」


「ああ、それは全く考えていなかった。

 何とかなるんじゃ無いかな?」


のほほんとした受け答えに。

信頼しきっているその態度に。

今まで溜まったストレスが爆発する。


「なんで。

 貴方は、そんなにのほほんとしていられるの!

 此方の気も知らないで!」

思わず叫んでしまう。


じーっと見つめる紗也。

「そうだね。

 家出なんてして、一人で頑張って心細かったんだね。」


「えっ・・・。」


「周りは敵だらけだし。

 安心して休める時間なんてごくわずか。

 そんな中、私みたいな厄介を背負い込んじゃって…。」


 そう言って、紗也は楓の隣に座り頭を撫でる。

「ありがとう。楓」


「あっ・・・」

楓の目から涙があふれ出す。

優しく楓を抱きしめる。


「そのまま、泣いて良いから。

 泣き止むまでこのままで居てあげるから。」


ゴニョゴニョと文句を言いながらも泣き続ける楓…。

そして、泣き疲れて眠ってしまった。


楓が泣き止んだのを確認すると。

優しくベッドに寝かす。


立ち上がって、部屋の真ん中にゆき片手を床に付いて楓の結界と同じモノを瞬時に張る。

その結界の張り方に手順は無かった。


ただ、そうしたかったから結界を再現しただけ。


泣き疲れて眠った楓を見たときに、唯一思い出したのがこの結界の再現。

紗也は、無手順で瞳の力を使わずに結界を張ったために限界に達した。

フラフラと、隣のベッドに行き眠りにつく。





朝、楓が飛び起きる。

「あ、しまった結界を張ってない!!」


慌ててお風呂に行き異常が無いか体中を調べる。

瞳の力も、身体の変化や異常は無い。


この辺りをウロウロしている悪霊や邪霊・邪翼がそんな好機を見逃すとは思えない。

異常が無いのが異常なんて間が抜けている。

それとも、異常を異常と認識出来ない状態なのだろうか?

考えるが答えが出ない。

風呂から出ると、楓に異常が現れなかった原因が分かった。


しっかりと、結果が張られている。

いつも寝る前に張っているモノと同じ。

おかしい、寝ぼけて張ったのかしら?

それにしては、ちゃんと張れている。


御札を確認すると減っていない。


じゃあ、どうして結界が張られている?

まさか、サクヤが結界を張ったのか?

でも、普通の目だし瞳の持ち主独特の感じは感じられない。


第一、サクヤも御札を使っていない。

私が結界を張るのをこっそり見ていて張ったのなら、御札が減るのが道理。

この結界は、楓でも御札無しで張るのが難しい。


とりあえず、サクヤを起こそう。

「サクヤ、起きて。ねぇったら!」


「んー、おはよー、楓。」

のほほんと返す紗也。


「うん、おはよう。

 って、こら二度寝するな!」


「う、うん。」

眠そうに、目をこすりながら起きる紗也。


楓は、紗也の顔を両手で固定して、目を見る。

どう見ても、一般人と同じ目にしか見えない。


「どうしたの?」


楓は、顔が近すぎたのを感じてばっと距離を取る。


「サクヤ、あなたどうして私が家出してるって知ってたの?

 本当は記憶が無いって言うのも嘘なんじゃ無いの?

 私を騙したの? ねぇ答えてよ。」


興奮した楓が紗也を責め立てる。

「?」

いきなり事態に、紗也はポカンと何が起こったのか分からずに楓を見つめる。


「あなたは一体誰なの。

 本当は私を連れ戻しに来た瞳じゃ無いの?」

悲痛な、叫びにも似た声を出しながら泣き始める。


紗也が慌てて、楓を落ち着けようとする。

「楓、落ち着いて。」


近づこうとする紗也に向けて、御札を投げて結界の中に紗也を閉じ込める。

「楓、落ち着いて。

 なにか勘違いをしている。」


「何が勘違いよ。

 さっさと本性を現すなり開き直るなりしなさいよ!」


楓は一方的に紗也に当たる。


「はあ、参った。」


ほら、やっぱり。

楓は少し落ち着く。



「自分が何者か分からない。

 本性と言われても。

 君は親切で優しい。

 得たいの知れない相手の前で泣き疲れて寝てしまうほど無防備だ。」


「君の私に抱いている、不安や不信感はどうしようも無いかも知れないが、

これだけは言わせてくれ。」


「起きたばかりで、何のことか分からない。

 分かるように説明が欲しい!」


「何で、私が家出中て知ってたのよ!」


「何でって、荷物の量とお金の使い方。

 後は、ご家族や知り合いに連絡したところを見たことが無いから。 

 旅行中なら、こんな非常事態誰かに連絡をするのが道理だろう?」


確かに、若干強引な気もするが、概ね家出に関してはそれで説明がつく。


「貴方は、私を連れ戻しに来た瞳じゃ無いの?」


「瞳ってなに?

 連れ戻すも何も、自分が何処の誰で何処に行けばいいか分からない。」


「この結界は貴方が張ったんでしょう?」


「結界って、これ?

 この周りにあるヤツ?」

不思議そうに手を伸ばしている。


「ええ、そこから動けないでしょう?」


「確かに動けないみたいだ。

 そろそろ出してもらえると嬉しいのだが…。」


じーっと見つめる楓、諦めたようにため息をついて紗也を結界から解放する。


「サクヤ、その疑ってゴメン。」

モジモジと謝ってくる。


「別に構わない。」


「起きたら結界が張られていて、ちょっと焦っちゃったの。

 もう、誰かに見つかっていて連れ戻されるんじゃ無いかと…。」


焦った理由を言う。


「うん。」


「さっき私に投げたのが結界?」

「ううん。あれは御札だよ。結界の起動式を書いたモノで力を入れて発動させるの。」


「部屋に張ってある結界は、私が安全に眠るために必要なの。」


「そっか」

そういって、部屋を見渡し少し考える紗也。


「その御札って何枚ぐらい有るの?」


「えっと、部屋に張る結界のは、あと五枚ぐらいかな?」


「無くなったらどうするの?」


「ぐ、どうしよう。」

考えないようにしていた事を不意に言われて、どうしようか悩む。


帰るしか無い。まだ、取り憑かれたくないし死にたくは無い。


「決定、明日は遊園地に行く。」


「え、遊園地?」

楓のいきなりの決定に聞き直す紗也。


「そう、だってどうしても戻るしかないもの。

 もう滅多に外に出られないかも知れない。

 それなら、遊んでおきたいじゃない!」


「わかった。行こう。遊園地に。」

それから、買い物にいく。

明日着ていく服等を買う。


「サクヤ、どう似合う?」


「うん、とっても可愛いと思う。」

「そう、ありがとう。」

その日の楓は、いつもより楽しそうに騒いでいた。


次の日、朝早く電車を乗り継ぎ遊園地に到着。

一日中遊び倒すつもりらしい。

サクヤと楓は仲良く遊園地を回る。


観覧車や、ジェットコースターなど休憩を挟みつつ楽しむ。


夕方になり、少し当たりが暗くなり始めた。

「今日は楽しかったね。」

楓が嬉しそうに紗也に寄りかかる。


「うん、そうだね。」


そんな二人をじーっと見る女性が一人。

楓が視線に気づく。

見つけた。


「見つけた。」

ぼそっと、呟く女性。


楓の顔から血の気が引いていく。

「不味い、見つかった。

 サクヤ逃げるよ!」


「え?あ、うん」

楓と一緒に走り出す紗也。

追いかける様子が無かったため、直ぐに女性は見えなくなった。


「あれって、楓の追って?」


「分からない、知らない人。

 でも、見つけたって言った。」


「そう。」


楓と紗也が行きを整えていると。

「みーつけた。」

女性が目の前に立っている。


突然の事で、転んでしまう。


「紗也、そろそろ思い出しなさい。もう、安全よ?」


そう言われた途端、紗也が頭を抱えて苦しがる。

「痛い…。」


「あなた、サクヤに何したの!」

「なにも、忘れているからと言うより、結界で記憶が封じられているから解いただけよ。」


紗也は、直ぐに起き上がる。

「思い出した。

 母さん、なんでこんな所に?」


「ああ、仕事よ。」


「サクヤ、あなたやっぱり裏切ったのね!」


「楓、これは違うんだ。」


「違わないじゃない。」

泣きながら逃げる楓。


「あの子どうしたの?」

のんきなやりとりをする。


「どうも家出中らしくて、母さんの事を追ってと間違えたみたい。

 追い詰められて家出したから、精神的に不安定みたいで…。」


「あらら、今日の私の仕事はこの遊園地に出る邪翼の封印よ?

 小娘の捜索なんて受けるわけないじゃない。」


「いや、まあ、母さんが邪翼の封印なんて小さな仕事を受けたこと自体が驚きなんですが…。」


「それより、あの子は瞳なのね。」


「どうもそうらしいよ。

 姫塚家の系統の瞳じゃ無いから御札を多用してた。」


「どちらの家の人なのかしら。」

うーんと、母が考えている。


「まあ、いいは。それより、紗也早く追いかけてあげて。そろそろ邪翼が出るから。」

「うん、わかった。」


そう言って、楓を追いかけ始める紗也。


建物の裏のスペースに楓は居た。

突然現れた邪翼に驚いて、大量に結界を張った。

相手の周りに二つ、自分の周りに四重に張っている。


「なんでこんな時に、こんなヤツが現れるの!」


応援がある場合なら、これで40分は護れるかもしれない。

応援は期待できない。

さっきの女性が助けてくれるかもしれないが、期待は出来ない。

眼の連中が見えなかったから。


瞳だけで太刀打ちできるとは思えなかった。

でも、最後まで足掻いてやる。


10分ぐらいして、邪翼の周りの結界が破壊される。

少しずつ自分の周りの結界が壊れて行く。

ガラスを割るように、パリン、パリンと音を立てる。


紗也が、結界の割れる音の方に向かう。


「楓、大丈夫か?」


「サクヤ、逃げて!」


邪翼が紗也の方に向き直る。

ターゲットを変更したようだ。


紗也は、右手をかざして呪文を唱える。

邪翼を強力な浄化の結界が包む。

もう左手をかざして、さらに結界を強化する。


邪翼は結界の中で微動だにでき無くなる。


「ふう、間に合った。」


「楓、大丈夫か?」


吃驚して声も出ないとはこの事か。

口を開けたまま楓が固まっている。


すこしして。

「え、うん」

難なく結界の中に侵入してくる紗也。

楓の様子を見る。

「大丈夫そうで良かった。」

そう言って、抱きしめて頭を撫でる。


「落ち着いた?」

「うん、あなた一体何者なの?」


「さっき、母さんのおかげで記憶が戻ったから。

 私の名前は、姫塚紗也」


「姫塚ってあの?」


「そう、瞳の一族の姫塚だよ。」


「さっきの女性は、私の母で当主の娘になるかな。

 だから、君を捕まえに来た人では無いよ。」


「え?じゃあ何で見つけたって?」


「どうやら、私を探すついでにカモフラージュのために仕事を受けてきたんだって。」


「私の早とちりだったのね…。」


「うん。」


「じゃあ、一昨日の部屋の結界はあなたが張ったの?」


「あの時は、記憶が戻ってないから。

 結界の再現が出来ることは思い出してたっけ…。

 瞳の力無しで、たぶん手順とか無視して張っちゃったみたいだね。」


「あーあ、紗也、お母さんの獲物を横取りしちゃ駄目じゃ無い。」


「横取りって、そう思うならもっと早く来てよ。」


「うん、記憶が戻ってからの試運転だからいいのよ。

 上手く張れない様だったら、実家に連れ戻してお母さんと私の特訓しなきゃならないから。」

背筋が寒くなる紗也は特訓を思い出して居た。

特訓て、地獄を見るところだったのか…助かった。


「学校、休学は嫌だなぁ。」

「あなたが、数日紗也を保護してくれた人ね。

 ありがとう、あなたのおかげで紗也は無事だったわ。」


「いえ、それより、なんで紗也さんは普通の目の色なんですか?」


「うーん、それはね。

 この子に後を継がせる気が無いからよ。」


「継がせる気がないと、瞳の色を普通の目の色にしてしまうんですか?」


「ええ、仕方が無いのよね。

 対外的に無能力者として、育てるにはそうするしかないの。」


楓は驚愕を隠せないで居た。

対外的に無能力者として育てるために目の色を一般人と同じにするなんて。

能力者の家で無能力者として育てるなんて、攻撃してくれと言っている様なモノだ。


「さっきも、結界を張ったのに、私よりも遙かに上の瞳の力を持っているのに、

 対外的に無能力者として育てるなんて…。」

ショックを受ける楓。


「この子は、男の子だから姫塚の家では当主になれないけど。

 それでも、元当主の孫て言うだけで身内の争いに巻き込まれてしまうのよ。

 瞳の力があればほぼ確実にね。」


「私の家は、もう本家も当主にもなり無くないの。姫塚の一族とは縁を切る予定なのよ。」


「そんな。」

楓も姫塚家の事を噂で聞いたことはあるが、誰も深くは知らない。

昔からある瞳の一族で、結界の張り方も違い、瞳の力は非常に強力である程度のこと。

調べても住所すら分からず、かなり謎に包まれている一族だったはず。


「どうして?」


「うーん、誰にも言わない?」


「はい。」

じーーと紗也を見る母。


「大丈夫だと思うよ。」


「そう、なら話そうか。」


「姫塚家は、本家が瞳の力が強い事で一族を纏めてきた。

 それは、分家からしたらどうしようも無い上下関係でしかない。

 分家は、本家が弱ったら取って代わろうと、何代にもわたって争ってきた。

 私でさえ、何度か襲われている。まあ、すべて返り討ちにしたけど。」


 明るくいい払う言葉に、楓は絶句してしまう。


「それと、今回の紗也の記憶喪失、原因は瞳による襲撃を示唆されたものだと思う。」


「楓さん、瞳の本質って何か分かる?」


「?

 結界を張ること?」


「結界か…、ちょっと違うわ。

 それは、たまたま瞳の力がそれに向いていただけね。

 瞳の本質とは、護ること。姫神を護ることなの。

 ただ、それだけのために存在している力なの。」


「姫神?」


「そう、姫神。」


「今どこに居るのか分からないけど、姫塚家の瞳の力は、姫神によってもたらされたモノなの。

 だから本家だろうが、分家だろうが特に関係が無い。

 なのに、現実は争ってしまっている。

 これでは姫神は護れないし瞳の力もどんどん弱くなっていく。」


「そんな一族に居たくないじゃん。」


「へ?」


「本家だからって、なんで分家の子供達の世話までしないと行けないの?

 十年後には手のひらを返したように攻撃してくるのに。」


「だから、分家がほしがっている本家の権力や当主という座を上手く譲ろうと思うの。

 それには、本家当主の孫が瞳の能力が無くなったと思わせるのが最適でしょう。

 本家の力が弱まっていくのが目に見えたら、攻撃を仕掛けてくるけど。

 祖母も当主を止めてるし当主も本家も譲ることが決まってる。

 あと分家達は、土地が不便できらいみたいだから分家のどかかが、本家になれば何処かに引っ越すでしょうね。」


「今の不便な土地と建物は、何とかもらえたけど。

 本家の財産とか資料とかお金になりそうなモノは、そのうち根こそぎ持って行かれるわね。

 まあ、本家じゃ無くなったらいらないモノばかりだから。」


「所で、あなたのお名前は?」


「大森楓です。」


思わず答えてしまう。


「ああ、大森家ね。でも、一人でこんな場所にいるなんて変ね。

 あの家というか、あなたのいる組織は、相補関係を重んじて、眼が必ずボディーガードの様に側に居ると思うのだけど。」


「それは・・・。私、家出したんです。」


「どうして?」


「えっと、最初は小さな違和感だったんです。

 でも、気になり始めたらそれがどんどん大きくなって。

 勝手に婚約相手を決めてくるし、それで両親と大喧嘩してしまって…。」


「ああ、反抗期に変なことが重なったのね。」


「はい、今思えばそうなのかも知れません。」


「紗也、あなた襲われたときに瞳の力を使ってないわよね?」


「うん、これっぽっちも」


「そう」


「それより、楓は御札もう無いのでは?」


「あ!、さっき全部使っちゃった。」

膝から崩れ落ちる楓。


「紗也、この子御札使うの?」


「うん、御札が無いと上手く張れないんだって。」


「あらあら、仕方が無いわね。」


そう言って、紗也の母は楓を上から下まで見る。


「素質は十分だけど、やっぱり姫塚とは違うわ。

 紗也、ゴメンね。この子に教えてあげられない。」


「どうして?」


「相性というか、姫塚の結界を教えても覚えられないし、結界張れないと思う。」


「でも、紗也さんは私の結界と同じ結界をホテルの部屋で張ってくれました。


「紗也?」

「うん、再現出来ることは思い出せたから。

 無意識に手順を踏まずに張っちゃったみたい。

 誰にも見られてないよ!」


「そう。」

記憶が封印されている状態で、結界を無手順で張ったことにちょっと感心する母。


「仕方がないか。」

そう言って、バッグから何かを取り出す。

一枚を選んで、地面に叩き付けて呪文を唱える。

ちなみに、地面に叩き付ける意味は特に無い。


一瞬にして、遊園地を覆う巨大な結界が形成される。


「よし、まだ消費期限は大丈夫みたい。」


「お、おう」

紗也もいきなりで驚いている。


「・・・。」

楓は、声にもならない様だ。


「ちなみに、これ使って同じモノを楓が張ると楓は死ぬわ。」

遊園地を覆う規模の結界だからそれだけ瞳の力を消費するのは道理だと思うが、それじゃ駄目じゃんと思う紗也。


パチンと指を鳴らしてから結界を解く。

この指を鳴らすのもあまり意味は無い。


楓は、この規模の結界を一瞬で張ってそれを解いた意味が分からず困惑していた。


「安心して、このレベルの御札はもう無いから。」

楓の顔と御札を交互に見る。


「一応、攻撃用と防御用があるから、わかりやすいように書いとくわ。」

ペンを取り出し、御札の裏に書き始める。


「あー、そんな。」

綺麗だったから、落書きしたことをもったいないと思う。


「ああ、大丈夫よ。

 姫塚の御札は高度な御札だから裏に落書きした程度では影響無いから。」



「はぁ」


「はい。」

ニコニコしながら御札を渡す、紗也の母。


「ありがとうございます。」

受け取る。


「じゃあ、2,3枚使ってみて。」


言われたとおりに、使おうとするが全く発動しない。

「どうして、使えないの?」

「紗也に一枚渡す。」


紗也は難なく御札を使う。

血の差だろうか、ちょっと情けなくなってくる。


「母さん、何か楓にアドバイスしてあげて。」


「紗也がしてあげなさい。

 間違っていたら、指摘してあげるわ。」


「楓、いい?

 先ず、体の力を抜いて。

 次に、護り他モノを強く意識して、

 そして瞳の力で護りたいと強く念じる。

 あとは、瞳の力を御札に送ればそれで発動するはず。」


「まあ、姫塚家では初歩だな。」


30分ぐらい立っても成功しない。


「瞳の力が、殆ど残ってないんだろう。」

母が言う。


「なるほど。

 って、母さん気づいているなら教えてくれたっていいじゃないか!」


「でもさあ、護りたいものを護るためならこんな状況良くあるかも知れないよ?」


「はい。」

楓は、唇をかんで頑張っている。


「楓、手を。」

楓の後ろからそっと手を添える。


「楓、発動させるけどいい?」


「うん」


力を抜く紗也

「護りたいものを意識して。」


「瞳の力を蓄える。」


「ある程度溜まったら、御札を手の延長と思って力を送る。」


ぶわっと、御札が発動する。


「どう?

 楓、瞳の力を感じる?」


「うん、すごく強くて暖かい。

 けれど、切ない感じがする。」


楓は、紗也の瞳の力が非常に澄んでいる事にも驚いていた。

自分の瞳の力と比べると自分のはまるで泥水みたいだった。

どうやったら、こんなに澄んだ清水の様な瞳の力になるのだろう。


「じゃあ、同じ要領でやってみて。」


「うん」


楓が力を込める。

御札が発動する。


「楓も上手くいったね。」


「これが、姫塚家の力の使い方?」


「まあ、御札の初歩だね。」


「渡している御札は、今の要領で全部使えるから。」

姫塚家の初心者用の御札だった…。

最初に母が使ったのが、小規模戦略用の御札。

姫塚家の本家の瞳は色々おかしい。


「うん、ありがとう。」


しばらく、静観していた祖母が、楓に釘を刺す。

「楓さん、もし紗也と友人で居たいのなら。

 紗也の能力の事は秘密にすること。

 紗也を護ってくれたから、強制するつもりは無いから。」

母の目は笑っていない。

背筋に冷たいモノが降りる。


「母さん、そんな言い方ないだろう。」


「たしか、楓さんの居る組織は、御札を調査したり研究したりする所が有ったよね?

 今日渡した、御札はそこで調べて貰って、複製して貰っても良いからね。

 たぶん複製は失敗すると思うけど…。」


「はい。」

肩の荷が下りる。

家に戻ったときに取り上げられても、おとがめは無いようだ。


「で、今日はどうする?」

私の泊まっている宿に一緒に泊まる?


「良いのですか?」


「ええ、紗也の記憶が無かったときの様子も知りたいからね。」


「分かりました。」

何故か分からないけど、この人達の側に居るだけで護られている様な気がする。


連れて行かれた宿は、かなり高級な宿だった。

紗也の母親はそこの常連みたいで、部屋の変更と言った無理も簡単に通ってしまう。


紗也の母親に、いろんな事を聞く。

大森家に居たときに、感じていた違和感の原因に繋がるような気がしたから。


すごく楽しい。


姫塚家の本家なのに、部外者である私にも瞳の力について色々教えてくれる。

組織の育成部で習ったことは、殆ど役に立ちそうに無い気さえしてくる。

これは、歴史の違いだろうか。



「楓さんは、本当に良い子ね。

 こんな素直な子達が一族に多ければ、本家を続けても良かったのに。」


紗也の母親が、楓の頭を優しく撫でる。

よっぽど、楓が気に入ったのだろう。


そして、憂いそうな楓。

「紗也さんも、良く撫でてくれました。」


「そう。

 さすが、私の息子ね。」



朝起きたら、母と楓が仲良く同じ布団で寝ていた、実の母と娘の様に…。


旅館での朝食が終わって、部屋で寛いでいると、凄い殺気が部屋に近づいてくるのが分かった。

楓は顔を青くしてプルプル震えている。

優しく抱きしめる母。

それで、震えは大分収まったみたいだ。

「悪い子はねぇがー。」


「なまはげかよ!」


思わず突っ込んでしまった。


「母さん、悪戯が過ぎますよ。

 ほら、この子がこんなに怯えて…。」


母に抱きついたまま、身動きしない楓。


「ばーちゃん、早く殺気をしまって。」


「ちぇ。」

つまらなそうに、殺気をしまう祖母。


「母さんたら、

 一般人がその殺気を浴びたら、ショックで死んじゃうか心が壊れちゃうでしょう。」


「まあ。たまには遊びたいじゃないか。」


「もう…。」


「で、その子が孫を助けてくれたのか?」


「そうよ。

 大丈夫?楓。

 あんな母だけど。

 悪い人じゃ無いと思うから。」

 そう言って、頭を撫でる。


「うぅ…。怖いよー。」

精神が後退したようで、泣き始める楓…。


「あらら。

 しょうが無いわね。

 母さん、わざとね?」


「あら、バレたか。

 幼い方が、抵抗ないだろうから。」


祖母が、瞳の力を使う。

「姫塚の瞳の当主として、

 姫神より預かりし瞳の力で、この子を瞳の子とする。

 この瞳の力があなたをを照らし導くように。」


祖母にしては、めずらしく真面目に力を使っている。

姫塚家じゃないモノに対して異例の事態でもある。

ある意味、楓を孫と認める様なモノなのだが。



瞳の力を持たないモノでも、瞳にしてしまう術式。


これのせいで、分家が乱立しておかしな事になったのだけど。

今は使えるモノが祖母しか居ない。

術式を学ぶ条件が、当主であることと真性の瞳かつダブルキャリアであること。


学ぶ条件を満たすことが先ず難しい。

次に、この術式は非常に繊細な瞳の力の行使が必要なモノでもあるらしい。

そんなことを考えている間に,終わったようだ。


楓が泣き止む。


「え、あれ? 何これ…」

変化に戸惑っているようだ。


「楓

 これを見てみて。」

そう言って、御札を見せる母。


「何これ。凄い…」

輝いて見える沢山の模様。

引き込まれるように、楓は御札の模様を目で追っている。


「これが、姫塚家の本当の御札の姿だよ。

 本家の人間だけが見ることが出来る模様。」


爆弾発言をする母。


「え?

 何で、私が見えてるの?」


「何でって、

 瞳の力を姫塚家の本家基準の一人前まで一時的に上げたからだよ。

 楓が、ここまで上ってこれるように。

 酷なことを言うが、瞳の一人前と認められない。

 今のままでは瞳の力の量も純度も全然足りて居ない。

 力の制御なんて全くの素人同然…。」

母が言う。


楓が祖母を見る。

格の違いを見せつけられたのか、急に土下座して頭を下げる。

「大変なご無礼を、平に平にご容赦を…。」

震えながら言う。


「気にせんでも良いし、

 そんなこと、しなくて良い。」

祖母が言う。


まあ、そうなるだろうなーと遠い目をする紗也。


住み込みのお姉ちゃんに聞いた話によると、

一人前の基準に到達すると祖母とか母とか怖くて仕方が無いらしい。

それを超えると、尊敬と親しみを覚えるらしいが…。


少しずつ、一時的にあげた瞳の力が無くなっていく。

それでも、瞳の力は体に刻みつけられたと思って間違いは無いだろう。

努力次第で、一人前にはなれるはず。



「紗也。」

祖母に呼ばれてビクッとする。

「何でしょう?」


「どうして、自分で記憶を戻さなかったんだい?」

どうやら祖母には、バレてるらしい。

反射的に、別の方向を向く。


「目が見えた辺りで自分で解くことが出来たはず。

 ちゃんと教えたよね?

 事と次第によっては、特訓する事になるが。」


観念して喋るしか無いらしい。


「目が覚めたら、家出中の瞳の可愛い子が居たから。

 しばらく様子見しようと思いました。」


「そうか、ならよし。」

地獄の特訓は回避出来たようだ。


楓は、祖母にも気に入られたらしく母と祖母にその日は可愛がられていた。

昨日に引き続き瞳の力に興味津々な楓が母と祖母に瞳の力の手解きを受けている。


「こんな子が、一族に居ればねえ…。」

母と同じ事を言っている。


瞳の力の純度の上げ方とか量の増やし方をしっかり聞いているみたいだ。

大森家や組織の育成部には、そもそも瞳の力の純度の考え方事態がないそうだ。


元々が、組織が瞳や眼を持ってしまった人たちが、どこからともなく集まった。

寄せ集めの集団らしい。


瞳の力の使い方に置いては、姫塚家の歴史には遠く及ばない。


その日もこの宿に泊まった。

祖母と母に挟まれて寝る楓、気に入られすぎだろうと思う。


祖母も楓に、いくつか御札を与えていた。

まるで孫におもちゃを与えるみたいに見えたのは秘密だ。



楓はそのまま戻るそうだ。

母が私と楓にいくらかお金を渡してきた。

移動費とか服代とか病院費とか色々…。



楓や祖母と母を見送り。

私も、久しぶりの下宿先に帰って行った。



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