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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第ニ章 『八龍』 第三話 「アズサ」

昨晩…

オレと木林は、元オレ達の出身校の高校教師で、現在は無職の自称『市井の心霊現象研究家』である益井という男と出会った。

彼の壮絶な過去を聞かされたオレ達は、彼も八龍探索メンバーに誘い、オレ、木林、霧子、アズサ、益井の五名で、彼の地に挑む事となった…

夜七時すこし前、木林が迎えにきてくれた。

遠慮なく助手席に乗り込むオレ。

親父さん自慢の国産高級車の運転には慣れたようで、ハンドル捌きに余裕が見られる。

「いつも悪いなあ…でも親父さん、コレ大事にしてるんちゃう?

よく貸してくれるなあ?」

リラックスして独り言のように呟いたオレの問いを、木林は完全にスルーした。

親父さんに無断で拝借してきたであろう事請け合いである…

続いて車は霧子宅に向かう。

霧子から渡された地図を頼りに車を走らせるが、車は狭い路地に入り込んだ…

「武市!ほんまにこの道で合ってるんか!?」

木林のカリカリした声が車内に響く。

「…合ってる、はず…」

地図を見ればこの先に霧子のアパートがあるはずだが、すこし油断すればすぐガリガリと音をたてそうな狭い路地…

この先に本当にアパートなんかあるのか?

「あ、あ〜ん…極めて運転しづらい道なんよ〜!八龍行く前から、もはや霊障に苦しまなアカン、この気持ちよ〜!」

助手席にいても、木林の気持ちはよくわかる。

オレもこんな道を車で走りたくない…

途中、道の真ん中で立ち塞がる猫という最大の霊障をクラクション連打で乗り越え、路地を抜ければ、そこは開けた空間だった。

そこには、こじんまりとしているが、真新しい印象のアパートが建っている。

おそらく一人暮らしの女性向けなだろう。

そのアパートの前に赤いジャージに身を包んだ女性が立っている…

霧子?酒井霧子︎

「さ、酒井さんやでな、あれ…?」

木林が目を丸くして固まっている。

これは酒井霧子のかなりレアな姿だ…

クールビューティー、それが彼女に対する大多数の者がもつ印象である。

霧子はそれを見事にぶっ壊してみせてくれた。

運転席で固まる木林をそのままに、オレは車外に出て霧子に声をかけた。

「酒井さん!」

霧子はそれに反応して、こちらに駆けてくると、

「こんばんわ」

と緊張気味に頭を下げた。

「こ、こんばんわ!」

霧子の緊張に飲まれ、オレも緊張気味になってしまう。

オレは後部座席のドアを開けて霧子に乗車をうながす。

「あ、ごめんね…ありがとう…」

霧子はそう言うと後部座席に乗り込んだ。

木林はまだ信じられないといった表情で

「こ、こんばんわ…」

と呟いた。

霧子は、

「こ、こんばんわ…今日はあ、ありがとう…」

とまた緊張気味に返す。

異様な雰囲気の中、車は発進した。

次は最寄り駅まで電車で来ているアズサの元へと向かう。


車中は沈黙に支配されていた。

運転に集中する木林…

流れる景色を見つめるオレ…

同じく景色を見つめる霧子…

霧子が沈黙を破る。

「…ジャージやよね?」

その小さな呟きが、木林とオレの笑気を刺激した。

「何でジャージやねん!」

木林が笑気を爆発させながら突っ込む。

「ホンマやね!私、ヤル気満々やんな!二人共普通にカジュアルな格好やからめっちゃ恥ずかった!」

霧子は手を叩いて大笑いだ。

しかも、目から涙を流し、口からはヒイヒイと悲鳴のような声を漏らしている。

もちろん、オレも腹を抱えていた。

霧子曰く、動きやすい服装を追求していった結果、ジャージに辿り着いたらしい。

酒井霧子という人間は、合理的な性格のゲラ…即ち笑い上戸である事が、今ここに発覚した。

まだ笑気冷めやらぬまま、車は最寄り駅に到着した。

改札口にアズサが立っている。

アズサの姿を確認した時、車中がまた爆発した。

ピンク色の襟が大きめのブラウス、白いミニスカート、足元は白いサンダル…

清楚なファッションに身を包み、お前は、どこで誰とデートするつもりなのだ!?

言葉にしなくても車中の三人は同じ突っ込みを入れながら腹を抱えていた。

こちらに気づいたのか、アズサが駆けてくる。

笑顔で駆ける姿、それもまた清楚。

本来なら背景に花が咲くような場面であろうが、車中は爆笑の渦。

「真逆!真逆!」

霧子が腹を抱える。

動きやすさを追求した結果がジャージの霧子…

その対極を体現するアズサ…

コンコンと窓をノックする笑顔のアズサ。

霧子が笑いを堪えつつドアを開けた。

「こんばんわ〜」

後部座席に乗り込んできたアズサからは、爽やかな花の香りがした。


ブフー︎


三人が同時に吹き出した。

どんだけデートがしたいのだ、お前は!

爆笑の原因が、まさか自分であるとは思っていないアズサは

「何笑ってるんよ〜?」

と、自分にも笑いを分けろという顔をしている。

しかし、その笑いを分けるわけにもいかぬ。

そこで木林が口を開いた。

「いや、酒井さんジャージで来るんやもんよ〜笑けてしゃあないやろ?」

アズサの出で立ちには触れぬ言い訳。

ファインプレーだ。

アズサは霧子の出で立ちを改めて確認すると、

「ほんまや!あはは!酒井さんヤル気満々やなあ〜」

と笑っている。

どちらかと言えば、お前の方が面白いと思いながら、オレは口から漏れ出る笑気を堪えた。

さて、あとは益井である。

車は約束の末平運動公園に向かう。

その車中、オレは、霧子とアズサに元耳塚南高校の教師で、今は心霊研究家を自称する益井という男が同行する事を説明した。


一瞬驚いたように目を丸くしたが、

「別に構えへんけど?」

という霧子に対して、

「ちょっ!聞いてないんやけど?」

と、眉を潜めるアズサ。

アズサのリアクションはもっともだと思ったオレは、益井が八龍で体験したことを語った。

霧子は益井の体験談に対して特にコメントする事はなかったが、益井の同行に対して否定的な事は言わない。

しかしアズサは、

「でもさ…高校の時、そんな噂聞いた事ある?」

と尋ねてきた。

同じ高校を卒業したアズサだからこそ出てくる疑問である。

それは、オレも疑問に感じていた。

「そうやでなあ…そこはオレも気になってたんやけど…やっぱりさ、事件が事件だけに、あんまり公にはならんかったんちゃうかな?」

オレは自分の見解を述べた。

しかし、そこに霧子が

「冨田君も聞いた事なかったんや…木林君も?」

と質問してきた。

オレ達は、在学中にそんな噂を聞いたことをなかったと答えた。

霧子はそれを聞いて、少し口角を上げたように見えた。

「面白いよね…実はね…私が中学生の時なんやけど…私の友達の親戚がこっちの方におってね…今の話聞いて繋がったんやけど…その親戚の人、その益井先生と一緒に八龍に行った中の一人やったんやと思う…」

その霧子の言葉にいち早く反応したのはアズサだった。

「ちょっと待って!怖い怖い怖い!」

アズサは自分で自分の両肩を抱いてブルっと身震いした。

霧子の口から出た偶然の繋がりにより、益井の体験談の信憑性は増した。更に、その偶然が何者かが書いた筋書きのような気がした。アズサが怖がる様子を見て、オレにはそう感じられた。

「で?酒井さんは、その親戚の人から話聞いたとか?」

黙っていた木林が口を開いた。

霧子は、

「ううん…直接じゃなくて、友達から聞いたんやけど…その内容がほぼ同じやから、ああ、面白いなあと思ったねん…」

と答え、また口角が上がったように見えた。

この妖しい偶然を面白いと感じる者は少数であろう。

流石は刑而上民俗学部同期の紅一点である。

「その話さ、酒井さんの地元では有名なん?」

と、木林は質問を続けた。

「場所は伏せられてるけど、結構広まってると思うよ…私は友達から場所まで詳しく聞いてたから…」

霧子は先ほどの爆笑する姿とは違い、まさにクールビューティーを地でいくような表情で答えた。

「それはほんまに面白いなあ…地元で広まらんかった噂が別の土地では有名な噂か…オレ等形民の学生には面白い話やわ…なあ武市?」

木林は軽くない口調で答え、助手席のオレを見た。

「…まあ、面白くはあるけど、これから乗り込むとこやからなあ…あんまりええ気はせんわ…はははっ…」

おれの言葉にアズサが食いついた。

「そうやで!行く前からビビらせ過ぎやって!アンタ等はよくても、私は素人やからね!」

もう、その話はするなという意味か?

オレ達は必死なアズサの表情にまた笑気を爆発させた。

車はようやく末平運動公園に到着した。

オレは車から降りて、一人で益井と出会ったあのベンチに向かう。

照明に照らされたあのベンチに、男が座っている。

整髪料でキチっと分けられた七三分け、白い半袖のワイシャツ、首にはヒモ帯をしている。

濃紺のスラックスを履いているが、足元は薄汚れたスニーカーである。

そのスニーカーで、その男が益井であると判断し、

「益井先生!」

と、オレは男に声をかけた。

男はすっと立ち上がると、

「おお冨田殿!お出迎え感謝します!しかし…小生を先生と呼んで下さるとは…」

そう言う益井は、昨日はなかった黒縁の眼鏡をかけている。

レンズには無数の傷が入っているのか、白く曇っているように見えた。

「これからはそう呼ばせてもらいますわ!しかし先生、昨日と印象違うから、一瞬わかりませんでしたわ!」

オレの言葉に、益井は後頭部を掻きながら答えた。

「ははは、昨晩、あなた方は女性の方も来られるとおっしゃっていた。あなた方に御迷惑をかけてはと思い、銭湯へいき、一張羅を着てきました…」

一張羅…

かなり着古した上下は、それにふさわしくない傷み具合だが、その立ち姿は『教師』を感じさせた。

オレ達が車まで戻ると、全員が降車していた。

木林は車にもたれ、中古でない煙草を咥え、煙柱を立てていた。

みな、益井に会釈する。

益井は少し早足でみなの前までいくと、背筋を正して挨拶の言葉を述べた。

「こんばんわ、木林殿。本日は同行を許可して頂き、お迎えまでして頂き、誠にありがとうございます。また、女性の方々、初めまして…小生、市井の心霊現象研究家の益井と申します。本日はよろしくお願い致します。」

深々と頭をさげる益井。

木林はそっぽを向いて煙柱を立てたままだったが、霧子とアズサは丁寧すぎる挨拶に気圧されたのか、

「あ、酒井です…」

「さ、斎藤です…」

と、二人共深々と頭を下げた。

「ほな、行こか!」

オレはそう言って、また助手席に乗り込もうとした。

しかし、木林が、

「武市、後に乗る〜!」

と言う。

「えっ?」

と目を丸くしたオレに木林が小声で囁く。

「霊感するどいのに鈍感なんよ〜女子二人とオッサンを狭い後部座席に押し込める気か、お前は?」

木林の言葉に全てを察したオレは、

「先生!前に乗ってください!」

と、助手席のドアを開けて、益井に乗車を促した。

「あ、これは申し訳ない!」

益井は頭を下げながら助手席に乗り込む。

オレは後部座席に先に女子を乗り込ませた。

まずアズサ、霧子の順に乗り込み、オレは最後に乗り込んだ。

正直、真ん中は避けたかった。

知り合いとは言え、女性二人に挟まれるプレッシャーはオレにとっては耐え難い。

それなら一番端で、できるだけ女子にプレッシャーをかけぬようにGと戦う方が、気が楽である。

車は、八龍に向かって発信した…

時刻は現在、八時十分。

おそらく八時四十分くらいには八龍に到着する。

車は八龍近くにある公園の駐車場に到着した。

一番最初に降車したのは、オレだった。

途中、アズサが

「狭い!しんどい!」

を連発した為、オレは必死にGと戦い、かなりの体力を消耗したので、はやく新鮮な空気に身をさらしたかった。

アズサも逆のドアから降車すると、

「冨田君でかいんよ〜!」

と腰に手を当ててストレッチしている。

オレは、壮絶なGとの戦いが全て徒労であった事を悟り、同時に恨んだ…己の身体のデカさを…

『恵まれた体格』は、時として『迷惑な体格』になり得るのだ…

降車してきた木林と霧子の肩が上下に揺れていた。

さて、八龍はこの駐車場から階段を降りた所にある森、この公園の散歩道からも外れた暗い森の中にある。

トランクからバッグを取り出す木林。

その中には人数分のマグライトが入っていた。

木林は全員にそれを配る。

「何から何まで、すまんなあ木林。結構したんちゃうん?」

オレは感謝の言葉を述べた。

それに対して、

「霊障ならまだしも、しょうもない事で怪我とかされたら嫌やしな…どうせ武市、気ぃつけへんやろ?」

とオレに苦言を呈した。

どうやら、今はオレのターンではないらしい。

益井は緊張が表情に顕れている。

それはそうだろう、益井には因縁の土地だ。

霧子は、ジャージと同じ、赤いリュックを背負っていた。

結構、重そうに見えた…


オレ達は、駐車場の階段を降り始めた。

駐車場の照明が届く範囲はよかったが、その範囲を過ぎれば闇は深い。

みな、一斉にマグライトを点灯する。

五つの明かりが深い闇を照らす。

踏み外さぬよう、ゆっくり確実に一段ずつ階段を降りる。

オレと木林が並んで先頭を歩き、その後ろにアズサと益井。

何故か霧子は殿を歩く。

無事、階段を降りきったオレ達は、森の中に入った。

闇は更に深くなる。


ガサガサ


一歩踏み出す度に地面に溜まった落ち葉や小枝が音をたてる。

また、それらが腐った湿り気のある独特な臭いが鼻につく。

「めっちゃ怖いんやけど…やっぱり来んかったらよかった〜」

アズサが正直に現在の気持ちを口にして出す。

それを聞いて振り返ると、アズサの背後を何かが横切った。

それは森の小動物や、昆虫の類いではない事を、オレの霊感が告げていた…

第四話へ続く

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