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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第ニ章 『八龍』 第一話 「霧子」

ふー


星のきれいな夜空に、昨日から始めた煙草の煙が溶け込んでいく…

自室の窓枠に腰掛け、煙草をふかしていると、少し大人になった気分に浸れる…

オレが煙草を覚えたのには訳がある…

親友、木林からの影響だ。

オレと木林は、週に一、二度、オレ達が暮らす泉佐川市が運営する『末平運動公園』の駐車場でダベる事がある。

四日前の夜、そこでダベっている時だ…

木林の黒いシャツの胸ポケットに煙草とライターが見える。

「あ、あ〜ん、胸ポケットから見慣れぬ四角いもん見えてんよ〜」

オレはそう木林に尋ねた。

すると木林はニヤっと口角を上げながら、胸ポケットから箱とライターを取り出す。

銘柄は『COLD』のメンソール…

木林はそいつから一本抜き取り、口に咥えると、ライターで火をつけ、一服吸い込むと、フーと夜空に向かって一筋の煙柱を上げた。

「この世には煙草というものが存在してるって知ってんけ?」

と笑う。

木林のその姿が、大人に見えた。

オレと木林はどちらかとい言えば嫌煙家であったのだが、大学に上がり周囲に喫煙家が増えた事により、許容範囲が広くなっていた。

更に、『ロビンフッド』というなかなかいかした店名の女性向けバーでバイトしている木林、ある日、客の女性達から煽られ、煙草を口にしたらしい。

すると、なかなか悪くない。

これさえあれば、強敵揃いの大人の女性とも対等に戦える気がする。

そんな思いから、煙草を始めたらしい。

親友がクールな大人に見える。

なら、このオレとて、そいつを身につければ大人に見えて然り!

そういう経緯があり、オレも今、夜空目がけて煙柱を立てる身になった。

しかし、困った。

今、オレの目に女性…

白いブラウスと濃紺のスカートをはいた痩せた女性が浮いている姿が見える。

自宅の二階にある自室の窓、そこから十メートルほど離れた場所で浮いている女性…

明らかに生きている女性ではあるまい。

内臓にそこはかとないプレッシャーを感じる。

プレッシャーを感じるという事は、それは『霊障』である。

まあ、蚊に刺されたのと変わらないような、微かな霊障ではあるが…

明らかにこちらを見ている女性の霊…

放っておけば、そのうち搔き消えるだろうが、寝ている時に金縛りに遭いでもしたら面倒だ。

まあ、百歩譲って彼女の胸が豊満であったなら、胸の大きな女性が好みのオレである、

例え金縛りに遭うとて、両手を広げ受け入れる準備はある。

しかし、今オレの目に映る彼女のそれは豊満ではない。

これは就寝後の無意味は苦しみを回避する為、断固としてこちらの意思を伝えておく必要がある。

オレはタバコを咥えながら、

『当方ニ胸ノ豊満デナイ女性、受ケレノ意思無シ、早々ニ立チ去ラレタシ』

と両手で大きく、旗信号のようなジェスチャーと共に念を送った。

それが届いたのか、判断をつける術は持たないが、しばらくすると女は夜の闇に溶け込むように、ゆっくりと消えた。

北尾の『絵画』事件から二週間が過ぎ、夏休みも終わりに近づいた夜…

オレには、あの事件以降、自分の霊感が徐々に鋭くなっている感覚があり、不安をおぼえていた…

また一本煙草をふかす…

立ちのぼる煙柱が、その不安と共に夜の闇に溶けていけばいけば命に…と漠然と思った…


「冨田君?『八龍』って聞いた事ある?」


翌日、朝から大学に顔を出し、カフェでコーヒーを啜っていると、同じ『形而上民族学部』の同級生である酒井霧子がそう声をかけてきた。

酒井霧子は入学当初より美人で有名であった。

長い黒髪をポニーテールにし、色白で小さな輪郭の中、目は切れ長で瞳が小さめ、すっと通った鼻筋の下には知的な薄い唇が配置されており、赤いフレームの眼鏡が白い輪郭に映えた。

身長は高めで、おそらく165センチ以上はあろう。

痩せて手足が長く、所謂モデル体型だ。

ゆえに、薄化粧でも学内を歩けば十分に目立つ。

しかし、彼女に声をかける男子学生は少ない。

彼女から発せられるミステリアスなオーラが男子学生のよからぬ欲望を寄せ付けないのだと思う。

オレにはそのミステリアスなオーラが何に起因するのか、何となく感じられていた。

酒井霧子…

彼女もオレと同じ霊感が鋭いタイプの人間なのだ。


霧子はオレの向かいの席に座る。

手にはアイスティーを持っていた。

「あ、ああ…知ってるけど?」

オレは何となく照れたような口調で答えた。

『八龍』…

地元では有名な心霊スポットである。

泉佐川市の隣、耳塚市の山手にある、元は料亭旅館だった廃屋である。

謂れに諸説あるが、おおまかには経営不振に陥った『八龍』が倒産し、そのまま打ち捨てられ、廃屋と化し、以来『出る』と噂が流れ、若者の肝試しの場となったという、まあ、ごくありふれた噂しかない心霊スポットである。

オレは行った事はないのだが、場所と進入方法は知っていた。

霧子は真剣な表情で前のめりの姿勢になると、

「連れていってもらわれへんかな?」

予期せぬ言葉であった。

霧子がその気になれば、まあ下心のオマケ付きではあろうが、喜んでそれに応じる男は多かろう。

何故、オレなのか?

まあ、美人からの誘い、悪い気はしないが…

オレは笑いながら答えと疑問を投げてみた。

「別にええけど…てか、何でオレやねん?」

オレの言葉に霧子は迷いのない声で即答した。

「頼りになりそうやから。」

頼りになりそう…?

どうやら霧子も感じていたようだ、同種の人間であろうと…

その時、背後から声がした。

「あ〜ん武市!酒井さんとお茶してるとは、なかなかの奮起見せてんよ〜」

振り返らなくてもわかる声…

木林である。

「冨田君が女の子とお茶してるの初めて見た!」

木林の隣からも聞き覚えのある明るい女性の声がする。

振り返ると、斎藤アズサがいた。

耳塚南高校時代の同級生…

高校時代は水泳少女だった彼女…

ショートカットで日焼けしていた印象はガラッと変わり、少し明るくなった髪色、ショートカットは相変わらずだが、パーマをかけたのかフワッとしたボリュームが女性らしさを増している。

服装は白いTシャツにジーンズだが、少し濃いめの化粧が女性としての成熟を感じさせた。

「久しぶりやな、あっちゃん。えらい大人っぽくなったやん?」

オレは高校卒業以来半年前近くの間、顔を合わせていなかった彼女に素直に再会の感想を述べた。

「へへへ…そっちも少しは成長したみたいやん、男として?」

あっちゃん…いや、アズサはまんざらでもないという感じで笑いながら、霧子に悪戯っぽい視線を送る。

しかし、軽く会釈しながらアズサに視線を返す霧子の目には

『そういう事ではない』

という意思がありありと見えた。

木林とアズサは近くからイスを引っ張ってきて、同じテーブルについた。

木林はトマトジュース、アズサは霧子と同じくアイスティーを持参していた。

女性はアイスティーが好きなんだな、とオレはアイスティーに目をやった。

「ほんで?撃沈か、武市?」

木林が唇から気を漏らしながら尋ねてくる。

「まあ、そんな用件やったら海の藻屑は必至やけどな…でも違うねん…彼女、八龍に連れていって欲しい言うてな…」

オレは霧子に視線を送りながら答えた。

「八龍?あの心霊スポットの八龍か?」

木林が尋ね返す。

すると、アズサがそれに被せるように、

「あ、知ってる!めっちゃヤバイんやんな?」

と目を輝かせてアピールしてきた。

めっちゃヤバイのかどうかは知らないが、

「へぇ、あっちゃん行った事あるん?」

と尋ねてみた。

「いや、私は行った事ないねんけど、あ、冨田君さ、河下君って覚えてる?」

河下…

高校時代の同級生で、結構いい奴なのだが、常に出会いを求める女性の関係にどん欲な男だった。

木林が

「あ〜ん河下!あの下心の塊がどうかしたのかい、あっちゃん?」

と オレより先にアズサの質問に答えた。

しかしアズサは少し声のトーンを落として

「その河下君な、今は専門学校に行ってるんやけど、そこの友達と、その八龍に行ったらしいねん…そこでめっちゃ怖い体験したみたいで…今、入院してるんやて…」

と答えてアイスティーに口をつけた。

少しテンションが下がるオレ達。

しかし、空気を察した木林が明るい声で

「ははは!まあ、あいつの事やから入院先の看護士さん口説いてエンジョイしてる事やろ!」

と場を和ませる。

「ははは!まあ、噂やからホンマかどうかはわからへんしね!ははは!」

アズサも続いて笑う。

しかし、霧子の目が鋭さを増した事に、オレは気づいた。

そこからしばらくの間、オレ達の高校時代の話になったが、霧子は黙って、薄く微笑みながらその話を聞いていた。

その様子に気づいた木林が霧子に尋ねた。

「酒井さん…八龍ってどこで知ったんよ?」

その問いに霧子が口を開いた。

「うん…私、那良から来たんやけど、那良でも有名でね。こっちに来たら行ってみたいと思ってたねん…」

意外にフレンドリーな口調に少し驚いた。

クールに見えるが、やはり同じ歳の学生なんだな、と思った。

霧子の返答にアズサが尋ねる。

「でも、また何でそんなとこに行きたいと思うん?そんなん好きなん?」

霧子は少し考え込んでから

「うん…小さい頃から、何でかそういうの好きなやってね…本とかテレビとかそんなんばっかり見てきたから…それもあって大学も刑民あるここを選んだし…あはは、変わってるやろ?」

初めて見る霧子の屈託ない笑顔に、オレは一瞬心を奪われた。

やはりそうだ。

霧子はオレや木林と同種の人間である。

目に見えない存在や事象に対する本能的な興味…

その知的欲求に支配されたタイプの人間なのである。

木林もその匂いを感じとったのか、

「酒井さん、オレ等も一緒に行ってええかな?」

と前のめりで申し出る。

「こんな武骨なゴリラみたいなんと二人きりは面白ないやろ?」

木林が続ける。

確かに、こんな美人と二人っきりで心霊スポット探訪など、正直どんな顔をすればいいのかさえわからない。

そうしてもらえるなら、それはゴリラとしてはありがたい。

しかし、そこにアズサが噛みついた。

「ちょっとアンタ!等って何よ?私も来いって事?」

木林をアンタと呼ぶアズサ…この二人、いつの間にそんなに距離を縮めていたのか?

「ええやんけ、あっちゃん!夏休み最後の思い出作りになるやんけ!」

アズサの言葉に無邪気に返す木林。

「アンタ、私がそんなん苦手なん知ってるやろ?」

知らなかった。

アズサはオカルト関係を苦手にしていたのか…

しかし、やはりこの二人の距離は高校時代より格段に縮まっていると感じた。

「苦手なら克服すべきやろ?よっしゃ!この四人で八龍に乗り込もうやないか!」

木林の中では既に決定事項らしい。

オレは、

「酒井さん、それでもええかな?」

とおそるおそる尋ねてみた。

霧子はオレの言葉に迷いを見せる事もなく

「うん、ええよ。二人より四人の方が心強いし、楽しそうやしね。」

と、言ってアズサの方をニヤリと見やる。

「え?嘘やろ酒井さん?ていうか、酒井さんてそんなキャラやったん?」

アズサが狼狽して霧子に突っ込む。

霧子はまたニヤリとして、

「うん、そんなキャラ」

と答えた。

アズサはガクリとうなだれて、それ以上何も言わなかった。

かくして、オレ達四人は明後日の土曜日の夜に八龍へと乗り込む事に決定した。

また木林が車を出してくれるそうだ。


翌日の深夜…

オレと木林は末平運動公園の駐車場にいた。

いつもの定席である青いベンチに座り、オレが飲み終わった缶コーヒーの空き缶を灰皿代わりに、煙柱を立ちのぼらせながらアホ話に華を咲かせていた。

「しかしよぉ、河下が入院したってホンマなんかなあ?」

オレが河下を話題に出すと、木林が唇から笑気を爆発させた。

「あ〜ん真実なら気の毒やが、そんな面白い話あるか〜よ!」

木林は腹を抱えながら足をジタバタさせながら悶絶している。

オレも唇から笑気を漏らしながら

「うむ。真実ならば奴の事、調子に乗って先頭を歩いていたであろう事、請け合いやな?」

と木林にその続きを促す。

木林はアヒアヒと悶絶しながらも続ける。

「先頭でありながら、逃げる時も先頭を走っていたであろう事、請け合いなんよ〜!」

木林の答えにひとしきり爆笑した後、オレは口を開いた。

「しかし、それが真実なら、八龍が危険な所であるという信憑性が高い事になるなあ…」

その言葉に木林の笑いが沈静化し、木林がなにか言おうと口を開いた瞬間、


ガサガサ!


ベンチの後ろにある植え込みから物音が聞こえた。

ハッと振り返るオレと木林。

すると、植え込みの中から人間の上半身が姿を現した。

丸い輪郭の上部は脂でペッタリとした七三分け、丸く小さい目に同じく丸い鼻、横に広い口にぶ厚めの唇の周りは中途半端な無精髭に覆われ、着用している衣服は少し黄ばんだように見える白いランニングシャツ。

呆気にとられるオレ達に向かって横広な口が言葉を発する。

「突然失礼!小生、益井嵩と申す市井の心霊現象研究家!あなた方の興味深い話に惹かれ、無礼を承知で参上した次第!どうか小生も会話に混ぜて頂きたいと欲しますが、返答やいかに?」

その男からは、何日も風呂に入っていないような、すえた臭いがした…

第二話に続く


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