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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第一章『絵画』第四話「笑顔」

車は北尾宅に到着した。

「着きました!」

木林が、爽やかな声でAYAさんに伝える。

「お疲れさま。ありがとう。」

優しいAYAさんの声に上機嫌になる木林。

オレ達は車外に出て北尾宅の前に立つ。

インターホンを鳴らす木林。

すると北尾が顔を出した。

オレ達を確認すると北尾はビクッとした。

おそらくAYAさんの美しさに面食らったのだろう。

北尾はタタタと歩寄ると

「遠い所、誠に申し訳ありませんでっさ。さ、中にお入り下さいでっさ…」

と中に入るよう促す。

オレ達は客間に通された。

なかなかいいソファが設置されている。

座ると、悪くない心地だ。

オレとAYAさん、木林が並んで座り、北尾はテーブルを挟んだ向こうに座る。

「霊能者の、AYAです。」

AYAさんが名乗る。

北尾は完全にAYAさんの美しさに飲まれている。

ガチャっとドアが開き、北尾の母親が飲み物と御菓子を持ってきてくれた。

「暑い中ごめんなさいね…これ皆で上がってね…でもまあ、色の白いキレイな人やねえ…あ、ごめんごめん、ゆっくりしていってね…」

北尾の母親はAYAさんも友達の一人だと思っているのだろう…

AYAさんの今回の『仕事』のギャラは、叔母から支払われる。

その叔母へは、オレがその借りを体で返す事になる。近い将来に…

「北尾君…調子悪い?」

突然AYAさんが北尾に尋ねた。

見ると、北尾の顔色はスゴッグ色だ。

「あ、ええ…かなり体がだるいでっさ…」

と首を擦りながら答える北尾。

するとAYAさんは

「ちょっと失礼するね…」

と立ち上がり、北尾の後ろに回り込む。

北尾はかなりドキドキしているようだ。

AYAさんはポケットから小瓶を取り出す。

中身は液体のようだ。

「北尾君、掌を出して」

というAYAさんの指示に

素直に従う北尾。

AYAさんはその掌に瓶の中身を数滴落とす。

「舐めてみて」

北尾は素直に舐める。

すると北尾は眉をしかめて

「に、苦いでっさ!」

と舌を出す。

するとAYAさんは

「また失礼するね」

と腰を曲げると北尾の首筋にフッと息を吹き掛けると北尾の両肩に手をおき、

「はっ!」

と気合いをいれる。

北尾はドキドキしている。

AYAさんはまた北尾に掌を

出すように言い、北尾が掌を出すとまた小瓶の中身を落とす。

「舐めてみて?」

悪戯っぽく笑うAYAさんが眩しい。

北尾も素直に舐めざるを得ない。

「甘い…甘いでっさ…」

AYAさんは笑って

「今、北尾君にまとわりついてたモノを落としたから…それ、ちょっと清めた砂糖水なの。甘くて当然よね?」

と説明する。

久々に北尾のほっこりした笑顔を見た。

それを見た木林が首を振り、擦りながら、

「AYAさん、実を言うとオレも…」

と見えすいた芝居を始める。

お前がその気ならオレもと、

「じ、実はオレも…」

と首を擦る。

しかしAYAさんは

「木林君は凄い強い存在に守られてるし、武市君は福子先生の甥っ子さんでしょ?二人共必要なし!」

といいながら、また元の席に戻る。

勝ち誇った北尾の目に激しい怒りが込み上げる。

「次に何かあっても絶対に助けてやらん!」

オレは心に誓った。

しかし、これはたぶんAYAさんに対する北尾の

半信半疑を見抜いた故に行った、AYAさんの霊能者としてのパフォーマンスなのだろう。

実証を示せば、誰でも信じる心が強くなる。

AYAさんは、

「折角だから、頂くね?」

と出された飲み物に口をつける。

オレ達も続いて口をつける。

なかなか旨いアイスティーだ。

AYAさんは、グラスを置くと

「北尾君…あのね、私が高校生の時の話なんだけど…」

と、さっき車の中で語ってくれた話を北尾に語り始めた。

北尾は珍しく前のめりで話に聞き入っている。

時折、眉をしかめたり、体を引いたりして体で感情を表現している。

その感情は『恐怖』に他ならないだろう。

AYAさんの話が終わると、北尾はソファに身を沈めて溜め息をついた…

「もし、木林に武市…お前達が友達じゃなければ、オレもおかしくなっていたんだろうな…」

呟くようにそう言う北尾の顔はスゴッグ色になっていた。

AYAさんは

「そうね…」

と北尾の呟きに答え、続いて

「聞いておきたい事があるんだけど、いいかな?」

と北尾に尋ねる。

北尾は、ハッとしてソファから身を起こす。

「は、はい…な、何でっさ?」

と尋ね返す。

AYAさんは、

「北尾君…その絵って、どこで手に入れたの?」

と尋ねる。

明らかに今までとはトーンが違う。

入手ルート…

昨晩オレが尋ねた時には答えられなかった北尾…

絵の影響から記憶が錯乱しているのだと判断したが、今はどうなのだろう…オレは、その答えに注目した。

北尾は眉をしかめて返答に困っているようだ…

「そ、それが…昨日武市から同じ質問をされてからずっと思い出そうとしているのでっさ…しかし、どう記憶を遡っても、リビングの壁に貼ってある映像しか頭に浮かばないのでっさ…」

やはり思い出す事はできないようだ…

北尾は申し訳なさそうな顔で黙り込んでしまった…

じっと北尾を見つめているAYAさん。

それは北尾を観察しているように見えた。

「ごめんね…ありがとう北尾君。あと、もう一つ確認したい事があるの…北尾君、最近どこかに行った?あ、旅行とか…」

AYAさんは質問を変えた。

北尾は一人で結構な遠出ができるタイプの人間だ。

将来は全国都道府県を制覇するのが目標だと、常日頃から口にしている。

もしかして、それを見抜いた上で、絵の件と関係があると判断したのだろうか?

「最近は…日帰りで那良県の亜祖香古墳を見に行ったでっさ…」

北尾はその質問にはほぼ即答した。

察するに、今現在、北尾の記憶は整理されている…しかし、あの絵に関しての記憶のみ曖昧になっている…

そういう状態なのだろうか…

「那良、か…」

AYAさんがボソリと呟く。

那良に、何か関係があるのか?

「わかった。ありがとう。」

何がわかったのか、AYAさんは立ち上がると、

「じゃあ行きましょうか、現場へ…」

と言う言葉と共に両手を組むと


バキバキ?


と指の間接を鳴らす。

見た目から想像できない行動に、オレはAYAさんという霊能者の底知れ無さを感じた…


オレ達一行は、徒歩で北尾のマンションへと向かった。

時刻は五時前。

今の季節では、まだまだ明るい時間帯である。

一行はマンションの正面玄関に立つ。

マンションを見上げるAYAさん。

オレもその視線の先を追う。

その視線の先は北尾宅だ。

AYAさんが北尾宅の場所を知るはずはない。

やはりプロの霊能者は違うのだと感じた。


「同じね…」


AYAさん視線を外さずに呟く。

その目は、鋭く、攻撃的である。

まさしく『敵』を見る目だ。

戦闘モードに入った、そんな印象を受ける。

マンションの壁には北尾宅を中心として、まるで光学迷彩によりカモフラージュされたような朧気な人影が複数貼り付き、蠢いている。

しかし、あんなものはザコ共だ。

『解放』すればオレでも近づけない事ができる。

しかし、問題は全裸の少年と同じく全裸の傷だらけの女…

あの二体だけは、オレには無理だ。

「武市君、見えてるよね?」

AYAさんが尋ねてきた。

「はい…でもまあ、問題は中に出てくる奴等ですわ…」

オレはAYAさんと視線を合わせる事なく答えた。

「全裸の少年と、傷だらけの女でしょ?」

オレはAYAさんの顔を見た。

やはりレベルが違う。

「今そこの壁には張り付いてるモノも、少年と傷だらけの女も、みんなその絵の中にいるモノ達…問題はね、『絵』そのもの…」

やはりそうだったのか…

あの絵の中には目をえぐられ、口から杭を打ち込まれている少年の姿があった…

傷だらけの女は、あの絵の中心に描かれた『生きた男』の下に描かれた女…

どちらも、登場人物なのだ…

壁には貼り付き蠢くモノ達も、すべからく皆、登場人物…

あの絵から抜け出してきたとでも言うのか…?

木林と北尾は口をポカンと開けて、会話についてこれない心情をアピールしてくるが、今は致し方ないのでスルーするしかない。

「さ、行こう…」

そう言ってAYAさんはマンション内へと歩みを進めた。

オレの達もそれに続く。


やはりマンション内は不快なプレッシャーに満ちている…

北尾がロックを開ける。

もはやAYAさんが先頭を歩く事に違和感はなかった…

AYAさんはエレベーターへと向かって颯爽と歩いていく。

歩くのが意外に早い。

このプレッシャーの中ではついていくのがやっとだが、一歩毎に揺れるAYAさんの髪から漂ういい香りが、まるで漂う邪気を祓ってくれているような気がした。

右を見ると木林が鼻の穴を膨らませている。

左の北尾の鼻の穴も同様に膨らんでいた。

さて、問題のエレベーターである。

少年はいるのだろうか…

迷いなくボタンを押すAYAさん。

ウウン…と音を立ててエレベーターが降りてくる。

階数を映すディスプレイを見つめるAYAさんの口角が少し上がっているように感じた。

エレベーターが到着した。

「いるわよ…」

AYAさんが呟いた瞬間、チンという音とともにドアが開く。

いない。

しかし、強烈な気配は感じる。

木林と北尾は顔をみあわせて、えっ?という表情をしている。

AYAさんは無言でエレベーターに乗り込む。

オレも急いで駆け込む。

AYAさんはオレに右手の人差し指でチョイチョイと天井を指差す。

それに乗せられ天井を見上げると…いた!

あの全裸の少年が天井に張り付いてる!

AYAさんは表情を変えるでもなく、

「私の気で何もできないだろうけど、一応祓っとくね。」

と言うと、またポケットからあの小瓶を取り出すと、それに口をつけて一口だけ含むと、それを天井めがけて吹き出した。

一面がAYAさんの吹き出した少し清めたという砂糖水の霧に包まれる。

すると、少年はその霧に溶け込むようにして、かき消えた…

しかし、ちょっと待て!

口に含んだ量からして、あたり一面霧に包まれるはずはない!

オレが焦っていると、AYAさんは

「企業秘密」

と口の前で人差し指を立ててウインクする。

この人、どこまで魅力的なんだ!

エレベーターの外にいる木林と北尾は更に状況が理解できない。

「た、武市?今のは?」

外の二人も口に含んだ量と霧の広がりが不思議でたまらないらしく。

北尾が、

「た、武市?今のはなにがどうなったんだ?」

と尋ねてきたが、

「わからん…企業秘密らしい…」

と答える事しかできなかった。

エレベーターは五階に向かう。

AYAさんと一緒にいる為か、昨日ほどのプレッシャーは感じない。

何て頼りになるんだ…

こんな風になれるのなら、霊能者になるのも悪くない…

AYAさんを横目で見ながら、オレはそんな事を考えた。

エレベーターが五階に到着する。

北尾宅はエレベーターから離れた場所にある為、そこまで歩かねばならない。

エレベーターから降りると、さすがにプレッシャーは強くなる。

木林が

「あ、あ~ん…ここまで景色黒くなってんよ~」

と呟く。

その声がきこえたのか、前を歩くAYAさんが振り向き、

「木林君は…そう見えるんだ?」

と木林に尋ねる。

木林はこの状況の中、嬉しそうな顔で

「は、はい!ヤバそうな場所はそんな風に見える時があります!」

と答えた。

AYAさんはニッと口角を上げただけでなにも言わなかった。

「ちょ、武市?あれ、どういう意味?」

木林が必死な顔でたずねてくるが、

「わからん…また企業秘密かな…」

と答えるしかない。

北尾宅に近づくにつれ、足が重くなる。

北尾の顔色もゴフ色になっていく。

無理もない。自分がした体験とAYAさんから聞かされた話…

同じ立場なら、オレでもそうなる。

AYAさんが北尾宅前に立つ。

オレ達は一切場所を伝えていない。

AYAさんは一応指を差し

て表札を確認し、

「ここで間違いないないよね?」

と北尾に尋ねる。

北尾は

「へ、へい!左様でっさ!」

と答え、背中を丸めて鍵を開けにかかる。

お前はどこの召し使いだ、と心の中で突っ込む自分の余裕がAYAさんの存在から生まれていると思うと、唇から笑気が漏れた。

北尾が鍵を開け、ドアを開ける。


ガチャン


北尾がドアを開けると閉じ込められていた熱気と共に、


『おいで~』


というあの声が聞こえた。

外はまだ明るいというのに以上な暗さだ。

「あ~ん、見えるか~よ!」

木林が常備のサングラスを外す。

サングラスを外す程、木林には景色が黒く見えるのだろう…

「やっぱり同じ…」

AYAさんがまた呟いて北尾宅に踏み込む。

オレはやはり足の重さが増す…

床が何やらジメっとした感じがする…

この暗さの中、AYAさんの姿が一筋の光明のように感じる。

廊下の突き当たりにあるリビング向けて歩くAYAさんが、ついにリビングのドアの前で立ち止まる。

ドアノブを握ると、背を向けたまま、オレ達に、

「開けるね?」

と声をかけて、ノブを回して、ドアを開ける。

ドアの隙間から、また強烈な熱気が吹き出した。

一歩後退するオレ達だが、AYAさんは一歩もひかずに、ただ、

「やっぱり強烈ね…」

と呟いてドアを全階にしてリビングに踏み込んだ。

顔は見えないが、たぶんAYAさんの口角は上がっていただろう…

続いてリビングに足を踏み入れるオレ達…

AYAさんは、また迷わず左手の壁に飾られている絵に身体を向けた。

「やっぱり、あの絵…」

その鋭過ぎる霊感と強力な霊能により、わかってはいただろう…

しかし、違う物であって欲しいという思いが、かつてこの絵を『焼却処分』した当人であるAYAさんの中にはあったと思う。

しかし、その絵は同一の物であるらしい。

「北尾君…一応確認するんたけど、この絵、処分していいよね?」

絵から目を逸らさず、AYAさんは尋ねた。

「も、もちろんでっさ…」

北尾の声は少し、震えている。

それほどの緊迫感がリビングを支配していた。

AYAさんはバッグからレースのついた白い手袋と紫色の大きな風呂敷を取り出すと、手袋を両手にはめて絵に近づいていく。

正直、オレにはなにもできなかった。

情けない事だが、動く事すらままならない状態だ…

「この手袋は糸の段階から清めた特別製…この布も同じく特別製…大きめの物を持ってきてよかった。何とか包めそうね…」

自分に言い聞かせるように呟くAYAさんの声の重さから、その緊張感が伝わる。

オレ達は声も出せずにいた…

丁寧に床に布を敷いた後、

AYAさんが絵をいれた額に手をかける。

息を飲むオレ達…

ゆっくりと確実に作業するAYAさん…

絵を取り外して壁から離した時、AYAさんが

「うっ!」

と小さなうめき声を上げた。

壁が…

絵に隠されていた壁が…

焼け焦げたように赤黒く変色している。

それは、黒い窓のように見えた…

固まるオレ達を気にもせず、絵を床の布の上に置き、絵を包み出すAYAさん…

布と絵が触れあう度に


ジュッ


という焼けた音が聴こえたような気がする…

丁寧に絵を包み終えたAYAさんが、


「ふ~」


と大きく息を吐く。

何やらリビングのプレッシャーが柔いた気がする。

「は、ははは、な、何とか除去は完了ね…」

その場にへたりこむAYAさんの顔に、脂汗が滲んでいる…

少しの間の後、

「北尾君…」

といいながら立ち上がるAYAさん。

AYAさんは自分の背後の壁の変色部分を親指で指しながら、

「この壁の変色、この絵の仕業…清めておくから、一週間くらいしたら壁紙変えた方が…」

と言いかけた瞬間、


ズシリ


以上なプレッシャーがリビングを支配した!

内臓がミシミシと音をたてる…

オレの霊感がそうさせたのか、オレは壁の焼け焦げた部分に目がいった。

焼け焦げた部分が、何か時空の歪みのような…

ブラックホールのような暗黒の空洞へと変貌しているように見えた。

その奥から、何かがこちらにやってくる…

そんな嫌な映像が頭に浮かんだ瞬間、


ガシ!


AYAさんの両肩を、白い手が掴んだ!

無数の傷とみみず腫に覆われた白い女の手…

あの女の手だ!

信じがたい事だが…

変色部分から伸びているのだ、女の手が!

「武市君!バッグ!」

AYAさんが叫ぶ。

オレは、ハッとしてバッグをとろうとしたが、先に木林が動いていた。

これは流石に木林と北尾にも見えているはずだ。

証拠に、何年もの付き合いの中で見たことのない表情をしている。

こんなのは生まれて始めてだ!

「あうっ!」

AYAさんが悲鳴を漏らす。

捕まれている部分が白い煙を上げて焼け焦げてきている!

「木林君!瓶!瓶があるから!その中身私にふりかけて!早く!」

木林は言われた通りバッグの中身を探すが、焦ってなかなか取り出せない!

またプレッシャーが大きくなる!

見ると、女の頭が変色部分から顔を除かせている。


『おいで~』


またあの声だ!

「早く!お願い!」

AYAさんの悲鳴がリビングに響く。

木林は見たことのない真剣な顔でようやく瓶を掴むと蓋を開け、中身をAYAさんに振りかけた!

今度は白い手から煙が上がる。

AYAさんの肩を掴む手が緩まる。

その一瞬の隙に手から脱出したAYAさんは、まるで体操選手のような身軽い動きで壁から体をはなし、壁に体を向けると、右手で見た事のない印を切り、聞いた事のない…いや、聞き取れない言葉を唱え始める。

すると、女の手がゆっくりと後退を始めた。

段々とボリュームをあげるAYAさんだが、やはり聞き取れない。

AYAさんの声が女の手を押し返すように見える。

やがて、女の手は暗黒の空洞に消えた。

最後に大きく印を切り、

一言大きな声で唱えた。

「カン!」

とオレには聞こえた。

ドサッとへたりこむAYAさん。

オレ達はAYAさんにかけより、

「AYAさん大丈夫ですか!?」

と、口々に声をかける。

しばし口も聞けなかったAYAさんだが、

「は、はははっ大丈夫…大丈夫よ…」

と、まだ苦しそうだが、愛くるしい笑顔を向けてくれた。

ホッとするオレ達だが、次の瞬間…

「でも…」

というAYAさんの声に再び緊張が走る…

AYAさんが

「髪と洋服が…これは高くつくわよ、君達?」

と悪戯っぽく笑った。

再びホッとするオレ達だが、髪は女の命!洋服もまた然りだ!

オレ達は、ほぼ同時に

「すみませんしたっ!」

とAYAさんを囲んで土下座した。

「あははははっ!」

AYAさんは大笑いしながら

「冗談、冗談だから!洋服は買えばいいし、髪は短くしようかな~って思ってたところだから…悪いのは私…油断しちゃったな~…まだまだ未熟者だ…」

と、言うとゆっくりと立ち上がり、衣服を正すと

「とりあえず…この辺り、いい美容室あるかな?このままじゃちょっとね?」

と焦げた髪をさわる。

「AYAさん、ええとこ知ってるんで行きましょ…ていうか、服も何とかせんとね!」

その件は木林に任せるとして、せめてもの罪滅ぼしにと、絵はオレが持つ事にした。

さすがAYAさんである。

ちゃんと着替えを用意していたようで、別室で着替える事になった。

着替えを待つ間、オレ立ち三人の鼻の穴がひろがっていた事は言うまでもあるまい。

着替えが完了したAYAさんが別室から出てきた。

焦げたら髪を束ね、ブラウスは鮮やかなブルーから、今度は可愛らしく清楚なピンク色だった。

さっきより胸元の開きが大きく、オレの鼻の穴は更に広がった。

木林の案内で美容室に向かう。

なかなかお洒落な店だ。

木林に何故こんな店を知っているかと尋ねたら、あのヒカルさんの御用達の店らしい。

車の中で待つ間、オレ達は今回の件について色々話した。

時間が遅めだったので店が空いていたのか、AYAさんは一時間過ぎた頃に店から出てきた。

バッサリ切ったものだ。

AYAさんの髪は首の付け根くらいまで短くなり、完全にショートヘアになっていた。AYAさんの小顔を強調し、細い首が際立つ。

それがまたAYAさんのスタイルを更によく見せた。

危険の伴う霊能者より女優にでもなればいいのにと、オレは素直に思った。

オレ達は車の中で、せめてもの罪滅ぼしに、寿司でもご馳走させてくれないか、と申し出た。

AYAさんは

「私、食べるけど、後悔しない?」

と笑う。

オレ達は地元で一番うまい店に誘ったのだが、

「う~ん、お寿司より、ラーメンの気分かな~、ねっ?おいしいラーメン屋さんある?」

というAYAさん。

気を使ってくれているのだろう。

オレ達がそう話していると、

「ラーメン!ラーメンが食べたいの!」

と、しきりにラーメンといい、譲らないので木林曰く

『地元最強店』

てある『旭山』へと向かった。

四人掛けテーブル席に陣取る一行。

AYAさんの隣には何故か北尾が座っていた。

こいつには後で制裁を加える必要がある。

店員が注文をとりにきた。

「スタミナラーメン大盛りで!」

AYAさんという人は、本当に底の知れない女性だ。

AYAさんは見事スタミナラーメン大盛りを平らげたあと、替え玉を三回投入した。

本当に底の知れない女性だ。

食べ終わり、ひと心地ついたAYAさんがふいに語り始める。

「あの絵なんだけど…実は、実は私、三回目の遭遇なの…」

三人のイスが、ガタッと音を立てる。

「前のは、北海道の刹幌だった…東京、刹幌、そしてこの泉佐川…他にも、私達の知らない所で同じ事が起きてるのかも知れない…」

オレ達は声もなく、ただAYAさんの話を聞くしかできない。

「武市君?あの絵の中心にいる男…どう思う?」

いきなりの質問に面食らったが、オレは感じた事を言ってみた。

「はい…あの男だけ、浮き出てるように見えました…あの絵に描かれてる他の人物とは隔絶されたみたいな…他の者は死人やのに、あの男だけ生きてるみたいな…」

AYAさんは一つ頷くと、

「合格。流石は福子先生の甥っ子さんね…そう、あの男は、今もどこかで生きている…」

また三人のイスがガタッと音を立てた。

「そ、それはどういう事なのでっさ!?」

北尾が興奮気味に尋ねる。

AYAさんは店の外の景色に目をやりながら答える。

「あの絵は…呪いそのもの…描かれたものではなく、念写みたいなものね…一人の男の怒りと歪んだ欲望を何らかの呪術を使ってキャンバスに焼きつけた物…だから、あの絵をまた焼いたとしても、その男が生きている限り、またどこかにあらわれるんじゃないか…私は、そう考えてる…」

呪術…

考えてもみなかった…

オレは確かに霊感が鋭いし、霊体を見る事もできる…

しかし、呪術というものが現代に生き残っているものなのか…?

しかし、あの男が生きている、という事はオレも強く感じる…

「まあ、何の根拠もない私の勘みたいなもんなんだけどね…でも、私は何故かあの男と因縁みたいなものを感じるの…」

因縁…

三度もまみえたのだ、そう感じるのは至極当然のように思う…

「でも、あの絵は私が責任をもって処分するから。安心してね、みんな?」

ようやくAYAさんが笑った。

オレ達は

「よろしくお願いします!」

と、頭を深々と下げた。

AYAさんは今、叔母の指示で関西を拠点にして活動しているそうで、王阪市内の西区のマンションに住んでいるそうだ。

「だから、何かあったら連絡してね!」

と、オレ達三人に連絡先を教えてくれた。

木林は車で家まで送ると強く申し出たが、まだ電車があるから大丈夫、と軽くいなされ、木林の野望は潰えた。

駅で見送る際に、オレは持ってい絵をAYAさんに手渡した。

AYAさんは特別だという布に包まれた絵を見つめながら、

「私、この絵の事はずっと追っていくつもり…何かわかったら連絡するから、その時は手を貸してくれる?」

とオレに尋ねてきた。

オレは

「力になれるかわかりませんけど、もちろん!」

と答えた。

AYAさんはニコッと笑うと改札を抜け、ホームへと消えていった…

しかし、あの布はなんなのだろう?

あの絵から発せられているはずの邪気みたいなものを完全にシャットアウトし、重さもほとんど感じなかった…

そんな事を考えていると、隣で北尾が呟いた。

「いや、本当に美しい女性だったでっさ…」

そういえば、この男には制裁を加える必要があった…

さて、どうしてやろうかと思った瞬間、

「いだだだだっ!」

北尾が悲鳴をあげた。

見ると、木林が北尾の左耳を引っ張っている。

「いだだだだだ!」

痛がる北尾に追い撃ちをかける為、オレは北尾の右耳をつかんで引っ張る。

「いだ!いだだだだだ!」

悲鳴をあげながらも何故か笑顔になっている北尾の顔を見て、悪くない二日間だったな、と思った…

第一章 完


エピローグ


あれから数日後、AYAさんから絵の処分が終わったと連絡があった為、北尾にそれを伝えるべく電話した。

北尾は安心したようだったが、あの件で思い出した個とがあると言って騙り始めた。

「あの時、オレは最近那良の亜祖香古墳に行ったと言っていただろう?そこで不思議な老紳士と出会ったのさ…この暑い中、更に古墳にはにつかわしくない格好でな…中折れ帽というのかな?そういう帽子を被り、立派な白い髭をたくわえ、上下黒のスーツというか背広を着ていてな…ステッキを持っていた…その老紳士と絵画の話で盛り上がってなあ…まあ、何の関係も無いのかも知れないが…不思議な紳士だったさ…」

オレは何故か、その老紳士の話が頭に残った…


第二章へ続く


冨田武市です。

この度は私の処女作となる扉シリーズ第一章を読んで頂き、誠にありがとうございます。

また、数件のコメントを頂きまして、重ねて御礼を申し上げます。

ありがとうございます!

この扉シリーズ。

木林先生の告知にあったとおり、数年前から温めてはいたものの、形にはできずにいました。

それを形にし、発表の場を与えてくれた木林先生にも感謝!

さて、この扉シリーズ、私こと冨田武市と木林先生が主人公という少々アバンギャルドな設定ですが、敢えてそうすることによって、今までにないホラーを創ろうというコンセプトの元、生まれました。

また、サブカルチャーズマンションにて連載のショートストーリー『耳塚シリーズ』の常連キャラ『北尾』など耳塚キャラも、これからドンドンと出演予定でございます。

耳塚シリーズも読んで下さっている方は、その時にはニヤリとしてください(笑)

耳塚キャラのみならず、AYAのようなキャラもこれから数多く出てきます。

冨田は若い頃、演劇畑におり、役者もやりつつ脚本を描かせて頂いていたという過去の延長上で、今、作品を発表させて頂いておりますので、描写が未熟で物足りないと思われる方もおられるかと思いますが、そこは書けば磨かれるものと、温かい目で冨田の成長課程もお楽しみ頂ければ幸いと思っております(笑)

また、冨田も日々多忙な生活を送っている為、このGWが終われば更新ペースがほんの少し遅くなる事もあるかも知れません。

しかし!

速い更新を心掛け、また第二章、第三章と書き続けてまいりますので、温かい応援、また、コメントは本当に力になります!何か感想を残して頂けますと幸いでございます。(笑)

時には酷評でも謹んで承り、

今後の参考にさせて頂きたく思っておりますので

今後とも是非よろしくお願い致します!


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