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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第一章 『絵画』 第一話「北尾、大学辞めるってよ」

『暑っ!』

どうやら昼寝していたらしいオレはそんな事を口走りながら体を起こした。

ジメッとしている…

オレはベッドが嫌いで、マットレスの上に蒲団を敷いて、夏は上蒲団にタオルケットをかけて寝る…

しかし、この異常な蒲団の湿りようは何だ?

蒲団のみならず、枕までグッショリと湿っている…

寝汗だ…

湿り気の原因はオレの体から分泌されたであろう大量の寝汗だ。

大量と一言で言っても、その量は人類の汗の分泌量の範疇を越えているのではあるまいか…?

こんなに寝汗をかいて、オレの体は大丈夫なのか?

オレはとりあえず立ち上がり、グッショリ湿った蒲団を見下ろす。

『どうすんねんコレ?』

幼少の頃、オネショをした時の心境が甦る。

25坪程の生活感あふれる築30年以上経過した実家の自室、その中央に敷かれた蒲団から距離をとり、壁にもたれながら、この蒲団をいかに処理すべきか考える…

時間を確認するとまだ二時過ぎである。

あと五時間程は干していて問題あるまい…

オレはそう結論すると、すぐに行動に移した。

ベランダに出ると直射日光が肌を刺し、また汗が吹き出る。

『おのれ太陽め!』

とキッと睨んでみるが、睨みあいで勝てるわけもなく、秒殺された。

わずかな敗北感をひきずりながら、とりあえず一階の風呂場にある洗濯機に蒲団よりグッショリ湿ったTシャツを投げ込む。

あまりの暑さにまた服を着る意味もなかろうと、半裸のまま冷蔵庫を開けて麦茶を入れた容器を取りだしグラスに注ぐとそれを一気に飲み干す。

しかし、一杯くらいでは満足できぬ程水分を失っている。

面倒臭いので、容器のまま直接いった。

腹はタプタプしているが、乾きは癒された。

全部飲んだ事を後で母親に咎められるだろうが、そんな事はとるに足らぬ小事だ。

夏休み中である。

今日はバイトもない。

さて、部屋に戻って漫画でも読むか…

すると、インターホンが鳴った。

来客に半裸で応対するのは無礼であろうが、この季節なら構う事はなかろうと、ドアを開く。

ドアの外には、この季節には正気の沙汰とは思えぬ黒づくめの男、木林が立っていた。

「あ~ん武市!これほど半裸の似合う男、他におるか~よ!」

と笑う。

まあ上がれや、と木林を自室に案内する。

自室に入るやいなや、木林は開口一番

「暑っ!ここ何な?たぶん地獄より暑いぞ、ここ!」

と言いながら服を脱ぎ出す。

めでたく半裸の男がもう一人生まれた。

オレはさすがに悪いと思い、扇風機のスイッチを押す。

もちろん『強』である。

扇風機は健気に風を送ってくれるのだが、いくら頑張ってくれても送られてくるのは熱風である。

「あ~ん武市!部屋に熱風機おいてんよ~!」

木林が愛用の扇子で扇ぎながらそう言う。

しかし、

「まあ、飲んでくれ!」

とコンビニ袋から冷たい缶コーヒーを取り出して、オレにくれた。

木林はトマトジュースである。

さて、家まで来るという事は何か用事があるのだろうと、尋ねてみる。

すると木林はプププと吹き出して

「武市アカン!致死レベルのおもろい事件起こったの知ってんけ!?」

と腹を抱える。

おもろい事件…

お互い携帯電話を持つ身である。

しかし、家にまで来るという事は、本当に致死レベルなのだろう。

「致死レベルとはそそられるなあ…何よ何よ?」

と催促するオレ。

しかし木林は溢れる笑気を抑えられず

「プププ!」

と吹き出すばかりである。

「あ~ん木林!スケベにも笑い独り占めしてんよ~!」

吹き出す木林の姿につられて笑うオレ。

木林は何とか笑気を抑えつつ、息も絶え絶えにようやく言葉を発した。

「はひ!はひ!た、武市…プププ、き、北尾の家に幽霊出るの知ってんけ!?」

 オレの全身を凄まじい笑気が貫いた!

「だははははっ!」

この世にそんな面白い事があろうか?

あの北尾の家に幽霊が出るのである!

北尾…

フルネームは北尾公貴…

オレが知る中では世界一銀縁眼鏡が似合う男にして、他の追随を許さぬ圧倒的な個性の持ち主である。

オレは奴こそが『天才』というものであろうと思っている。

その天才北尾と幽霊のコラボがどんな化学反応を起こすのか?

それを想像すると、込み上げる笑気を抑えられぬ!

半裸の男二人は数分間、大汗をかいて爆笑する。

数分間爆笑するのには大量のエネルギーを消費する。

笑い疲れた頃、木林が口を開いた。

「き、今日の昼前よ…タバコを買おうとコンビニに行ったらよ…プププ!き、北尾いてんよ!」

木林はまだ笑気冷めやらず、吹き出しながらも言葉を続ける。

「そしたらよ…プププ!」

笑気が冷めやらぬのはオレも同じだが、話を続けてくれなくては話にならぬ。

「き、木林て…気持ちはわかるが、頑張って話を続けてくれ!」

すると、木林は力を振り絞って続けてくれた。

以下は木林から聞いた話である。

木林がコンビニに入ると何やら雑誌コーナーにただならぬ笑気を感じて、そちらを見た。

すると北尾が雑誌を立ち読みしていた。

週刊少年デーサンであった。

立ち読みのチョイスがいかにも北尾らしい。

木林が

「北尾!」

と声をかけると、北尾は木林の方を向き、

「ああ、木林か…」

と、力なく答えたそうだ。

みると顔色が悪い。

「えらい量産型スゴッグみたいな顔色してからに…一体どうしたんだい?」

量産型スゴッグとは世界的名作ロボットアニメ『希望戦士ギャンダム』に出てくる水陸両用のロボットで、そのボディーカラーは水色。

つまり、顔色が悪いという意味である。

木林の目にはそう映ったらしい。

北尾は木林の問いかけに戸惑いの色を見せたらしいが、すぐにスゴッグを思い出し、こう答えたらしい。

「スゴッグ…今オレのフェイスはそんな色をしているのか…しかし、オレのメンタルの色はゴフのそれでっさ…」

ゴフ…

これまたギャンダムに出てくる陸戦特化型のロボットてある。

そのボディーカラーはスゴッグよりも青く、深いブルーである。

つまり、顔色よりもメンタルは深く沈んでいるという事である。

木林は一瞬笑気に負けそうになったが、踏みとどまって尋ねた。

「お前のフェイスをスゴッグ色に、メンタルをゴフ色にしてしまうとは…一体何があったんだい?この木林に話してごらん?」

すると北尾は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに下を向き、

「話したいのは山々なのやが…それを話したところでビリーブしてもらえるとは思えないでっさ…」

と、小声で答えた。

木林は笑気を抱えつつも、やはり友人である。

こう答えたそうだ。

「北尾よ、友達の話ならいかなる内容でもビリーブするのが真の男というものさ…さあ、遠慮せずに話してごらん?悪いようにはしないからさ?」

すると北尾は数秒迷った後、

「リアリィ?」

と聞いてきたので、木林は

「リアリィ!」

と返した。

北尾はまた嬉しそうな顔をして、

「なら、ここから出よう。立ち読みしながら話す内容てはないのでな…」

と言うと、持ったままのデーサンを戻し、木林と共に飲み物を購入して外に出た。

二人は強烈な日差しの中、コンビニの駐車場で話をすることになった。

木林は、

『このアホ、こんな暑いとこで話せんでもファミレスかどっかで話すりゃええやないか』

と思ったが、仕方なくできるだけ日陰の場所を選んだ。

「ほな、話してくれるか、北尾…」

木林は扇子で扇ぎながら北尾に話を促した。

北尾はウム、と頷くと口を開いた。

「話をする前に確認しておきたいのやが…なあ木林て?お前はゴースト、つまり幽霊の存在をビリーブしているか?」

ゴースト、つまり幽霊というフレーズに笑気が込み上げたが、木林はそれをグッと堪えて答えた。

「お前の口からゴーストの言葉を聞けるとは…しかし、北尾よ、その質問はこの木林には愚問やで?」

北尾は力なくニコっとすると、

「ああ、そうだったな…お前と武市は昔からオカルト好きだったな…」

と乾いた笑いで答えた。

「北尾、お前は見たのか、そのゴースト、つまり幽霊を?」

木林は北尾が話やすいように質問した。

北尾は数秒固まると、頷きもせずに語り始めた。

「うむ、見た…見てしまったのでっさ…そう…あれは忘れもしない一昨日の夜やったでっさ…」

そりゃ一昨日の夜に見て忘れているなら今悩みもすまい、と思ったがスルーレベルの小事であると木林はこらえた。

「オレはマイルーム…つまりオレの部屋でベッドに入り、寝ようとしていた。

オレは毎晩ヘッドホンでミュージックをリッスンしながら寝るのやが、その晩もそうやった…

無論、ミュージックは細川ふみよのスコスコスーでっさ…」

細川ふみよ…

二、三年前に人気絶頂だった巨乳グラビアアイドル…

北尾曰く

『彼女が若い男性から搾取した(何らかの汁)は、世界四大大河の水量に匹敵するであろう』

らしい。

しかし、『無論』と言われても、その曲をリッスンしながら眠りにつく者は極々小数であろうから無論ではなく論じられて然るべきであろうと思うが、これも堪える。

『しかしなあ…彼女の曲をリッスンしていると、どうしてもあの見事なるバストが脳内にちらついて、何やら悶々としてきてなあ…」

こいつは何の話を聞かせるつもりなのかと木林は焦り、さすがに話を遮った。

「き、北尾!そこをそれ以上掘り下げる必要ないやろ?」

北尾はその言葉にハッとして、

「いや、スマン…お前に乗せられて余計な事までカミングアウトしそうになった…スマン」

さらっと木林のせいにしてしまう所がいかにも北尾らしい。

「さて、まあそんな具合に眠れずにいたのやが、急に尿意をもよおしてな…厠へ行こうとオレはヘッドホンをはずそうとした…しかし…」

北尾の顔色がスゴッグ色からゴフ色に変化したのを木林は見逃さなかったそうだ。

「ヘッドホンを外そうとしたら、ふみよの声に被さったように、何かが聞こえるのでっさ…」

ようやく怪談らしくなってきたと木林は思った。

「オレは耳を澄ませてみた…するとな、ヒソヒソと人が何かを言っている声が聞こえるのでっさ…それは少しずつボリュームを上げていく…」

おおっ、ええ感じやないかと北尾の話に集中する木林。

「どうやら女性の声のようだ…オレは更に耳を澄ませてみた…するとどうやらこう言っているみたいなのでっさ…」


『おいで…』


『おいで…』


「おいで、とは『こちらに来い』と言う意味だろう?しかし、オレがリッスンしていたスコスコスーにはそんなリリックは無い…そこでオレはふと気がついたのさ…この声、この世のモノならずと!」

北尾の呼吸が荒くなり、ゴフ色の顔に脂汗が滲む。

「オレは情けない悲鳴を上げながらヘッドホンをはずして壁に投げつけた!」

更に呼吸を荒くして、北尾はうなだれ、

「あんな恐ろしい経験をしたのは生まれて始めてやったでっさ…」

と呟き、話は途切れてしまった。

一分以上も黙ったままだ…

確かに嫌な経験ではあるが、北尾は見たと言った…

しかし、話の中ではまだ見ていない…聞いただけだ…

木林はその疑問を率直に尋ねてみた。

「なあ北尾?お前は見たと言うたよな?しかし、お前は聞いただけ、お前に言わせればリッスンしただけじゃ ないのかい?」

木林のその質問に反応して北尾は顔を上げると


「チッ!」


と大きな舌打ちをした。

悩める友人の話をうけとめる友情熱き木林に対して酷い仕打ちである。

更に、

「なあ木林て?こんな事を言ったらお前には悪いが、人の話は最後まで聞くのがマナーというものでっさ…」

と追い討ちをかけてきた。

流石の木林もこれは許容し難しと北尾の耳を引っ張ってやろうかと手が出かけたが、必死に堪えて尋ねる。

「…じゃあ北尾?その話には続きがあるんやな?」

北尾は機嫌の悪さを全面に押し出した声で、

「無論…」

と、一言だけ答えた。

また手がでかけるが、何とか堪えきる。

「スマンな木林…オレの精神は今、不安定のようや…」

己の態度の悪さに気づき、謝罪する北尾。

謝罪されて許さぬわけにはいかぬ。

木林は北尾の肩に手をおくと、

「最後まで聞かせてくれるかい?」

と優しく声をかけた。

北尾はホッとした表情を見せて話を再開した。

「…で、オレはその場にいるのが恐くなり、コンビニにでも行って夜を明かそうと玄関に向かいかけた。するとな…また声が聞こえるのさ、あの声がな…」

北尾は震えていたそうだ…

「オレはその場で動けなくなった。声ばかりではなく、オレの背後…つまリキッチンから強烈な何者かの気配がする…」

ついに来たか、と木林は身構えた。

「振り返ればそこには声の主であろう女性が経っている、そんな気配がしてならない。しかし、振り返りたい気もする…」

人間の心理とはそういうものである。

振り返ってはならないといういと振り返りたいという思いは表裏一体である。

そして、多くの者は危険を感じながらも、その危険を回避するために振り返らざるを得ない。

まあ、もしかしたらそれすら自分の意思ではないのかも知れないが…

「結果、オレは振り返った。しかし、暗いキッチンには誰も立っていない…オレが想像した女性の姿などどこにもない…しかし、声は聞こえるのさ…」


『おいで…』


『おいで…』


「オレは今でも信じがたいのやが、その声のするほうへ近づいていった…もしかするとオレの意思ではなかったのかも知れない…しかし、オレは近づいていく…どうやら声はキッチンの流し台から聞こえる…オレは流し台に近づいていった…流し台の前に立ったオレは、ようやく声の出所を突き止めた…排水口さ…排水口から声がするのさ…」

北尾の口調から感情が消えていくような、そんな感じがしたそうだ…

「オレは見るべきではない排水口に目をやった。

やはり、声の出所はそこさ…オレはただ排水口を見ていた…すると、排水口からなにかが這い出てきた…暗闇に目がなれてきていたのかも知れない…しかし、電気を消したらキッチンでは考えられないくらい、それはハッキリとよく見える…指さ…人間の指が…無数の人間の指が排水口から湧き出るように、そこに蠢いているのさ…」

北尾は先程までの不安定さが影を潜め、淡々と語った。

しかし、また急に呼吸が荒くなる。

「オ、オレは…恐ろしい事に気づいた…オ、オ、オレは…そ、その指を見て、涎を垂らしていたんだ…旨そうやと、思ったんだ…」

木林は、これはヤバイと思った。

しかし、生来のオカルト好きである木林は、同時に高揚した。

口角が上がるのを必死に堪えたそうだ。

無論、オレもそのクチだが…

「オレは自分が恐ろしくなって後ずさった…すると、オレの背中が柔らかい何かに当たった…女性のいい香りがした…そして、オ、オレの耳元にこう聞こえた…」


『おいで…』


木林は高揚を隠せず、ニヤついてしまったそうだ。

「オレは振り返って後ずさり、見た。彼女をな…」

木林の興奮は高まり、微かに下腹部に熱いものを感じたという。

「…白い、きれいな体をした全裸の女性だった…顔は…見れなかった…オレはそこで気を失ってしまった…」

いつのまにか、北尾の声が日常に戻った感じがしたそうだ。

そこで何故か、木林の興奮も少しおさまったらしい。

「そして、気がつくと朝になっていた…言うまでもなく、バッドモーニングやったでっさ…」

北尾は話疲れたようで、コンビニで購入した飲み物を一気に飲み干すと、

「ありがとう木林…話を聞いてもらって少し気分が楽になった…」

といって立ち上がり、何処かへ立ち去ろうとする。

「待てよ北尾!どこ行くねん!」

木林は北尾の手をつかんで引き留めた。

北尾はあっという顔をして、

「あ、そ、そうだな…オレはどこに行こうとしていたのやろう?」

と、また日常とはかけ離れた感情のない声で答えたそうだ。

北尾は実家から近いマンションで独り暮らしをしている。

そのため、木林は北尾にとりあえず実家に帰って待っておけ、夜に武市を連れていくから、とりあえず視てもらおうと云って別れた。

これが木林から聞いた話の全貌だ。



「な?ヤバイやろ!?」

木林は目を輝かせてオレに尋ねる。

「ヤバイというより、ヤババイな…」

オレはヤバイより更に悪い事をそう表現した。

「あ~んヤババイとか言うてんよ~!で、無論いくやろ?」

木林は更に目を輝かせて聞いてくる。

それこそ無論行くに決まっている。

オレはニヤッとしながら

「イエス」

と答えた。

「ほな、夜八時に北尾の実家に集合な!あ~ん、夜が待ち遠しいんよ~!」

無邪気に振る舞う木林だが、危険である事はわかっている。

しかし、オカルト好きの血が騒いで抑えられないのだ。

しかし、話を聞くところ、これはマジでヤババイ…

身内でこんなヘビーな事件が起こるとは…

オレは吹き出る汗を拭いながら、またニヤっと口角を上げた。


夜8時…


オレと木林は北尾の実家前にいた。

無論、半裸ではない。

木林は着替えてはいるが黒ずくめである事に変わりはない。

オレは北尾の実家の場所は知っていたが、来たのは初めてだ。

まあ、オレの家で集まる事が多いので仕方ない事だが…

木林も一度だけしか来た事がないという。

まあ、北尾にはいってあるのだから、よかろうと迷わずインターホンを押す。

何故か『かごめかごめ』のメロディが流れた。

横断歩道でもあるまいに…と二人で笑った。

インターホンには北尾の母親がでた。

「は~い、どちら様?」

上品でやさしい印象を受けるキレイな声だ。

木林が、

「あ、あの、夜分にすみません。公貴君の友人の木林と冨田ですが…公貴君御在宅でしょうか?」

と、オバ様受けしそうな爽やかな声で名乗る。

しかし、

「あ、公貴のお友達?そやけど公貴、マンションにおるよ?」

母親の答えに、オレ達は二人して顔を見合わせた。

話が違う…

いや、それより、悪い予感がする。

木林も同じ事を考えたのだろう。二人して口角を上げた。

「あ、すみません。マンションのほうに行ってみます」

この男の声は本当に年上受け…いや、女性に受ける声だ。

野太く武骨な声のオレには羨ましい限りである。

母親は

「ごめんね~、よろしくお願いします~」

と送り出してくれた。

オレ達は実家から歩いて五分程度の北尾のマンションへと移動した。

『スカイハイツ鶴澤』

学生の身ながら12階建ての高級マンションで暮らす北尾…それをよく仲間内にいじられるのだが、おそらく理由は家庭の事情というやつだろう。

下から見上げると、今さらながら立派なマンションだ。

しかし、まだマンションの中に入ってもいないのに、すでに軽い頭痛がする…

それに、マンションの外壁にへばりついている黒い人影が見える。

無論、生きているものではあるまい。

やはりヤババイ…

大学に入って以降、オレの霊感は鋭さを増してきている。

原因は何となくわかっていのだが…


オレ達はマンション内に入る。

やはり高級マンションだ、集合ポストに集合インターホン。

相手先の部屋番号を押してインターホンを鳴らし、相手先にロックを解除してもらわないと、それ以上中には入れない仕組みのやつだ。

この仕組みに微かな疎外感をおぼえるのはオレだけだろうか…?

しかし、このマンション内に漂うプレッシャーはなんだ?

それに、空調が働いている様子の割りには暑い。

視界の端に映る人影の数も多い…

木林は迷いなくツカツカとインターホンに向かって歩き、立ち止まると凄まじい速さで部屋番号を入力し、インターホンを押す。

すぐにガチャガチャという音がした。

「北尾~!おるか~!」

木林は高校時代の恩師中辻先生のモノマネでインターホンに出た北尾に呼び掛ける。

しかし、数秒の沈黙の後、またガチャガチャという音がして、切れてしまった。

ロックも解錠されない。

「あ~ん!北尾の態度よ~!」

木林はそういうとすぐに部屋番号を入力し、

「チェスト!北尾チェスト!」

と呟きながらインターホンを連打する。

するとまたガチャガチャという音がして、

「…何の用だ?」

という北尾のぶっきらぼう声が聞こえた。

何の用だ?という事は相手はわかっているが、用件はなんだ?という事か?

木林は

「お前何言うてんなよ!実家におれって言うたのにマンションにおるし、何か用とは一体どういう事やねん!?ええから開けろ!武市連れてきたから!」

と怒気を含んだ声で一気にまくしたてた。

しかし、

少しの沈黙の後、北尾が答えた。

「帰ってくれ。オレはもうダメだ。大学もやめる。もう、放っておいてくれ。」

ガチャガチャという音がして、インターホンは切れた。

数秒の沈黙の後、木林がオレにいった。

「北尾、大学やめるってよ?」

頭痛が激しくなってきた…

第二話に続く


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