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ネトゲな彼女を攻略したい! ~Over The Dimensions !!~  作者: 尾所杉治国
プロローグ
5/22

プロローグ『そして僕のリアルが終わりを告げた』05


 やってきました街の外の平原地帯。

 かなり遠くまで広がっている雄大な景色は、こうして改めて一人で眺めてみるとまた違った感動を胸に抱かせてくれる。

 別に空気に味なんてしないんだが、なんとなく深呼吸してみると爽やかな気分になる。

 さて、適当にぶらついてモンスターを狩ってみようか。


 しばらく平原を歩いてみたが、意外なことにまだ一度もモンスターと遭遇していない。

 まだ街との距離が近いからだろうか……確か、リリアと一緒に戦ったのはもう少し街から離れた場所で、あの少し先に見える森にほど近いあたりだったと思う。

 そこまで駆け足で移動してみることにした。

 辺りをぐるりと見渡してみると、やはり他の冒険者の姿はあまり見受けられない。

 一般的なMMOの知識で語るなら、始めたばかりのプレイヤーは最初の街のすぐ外の雑魚モンスターをひたすら狩ることでレベルを稼ぐのが常套手段だ。

 理由としては、街が近いので補給や回復がし易いこと、そして大抵が街の周囲は安全だという設定から、低レベルのモンスターが配置されていることが多いからだ。

 そして、街から離れる程にだんだんと敵が強くなっていく……って言うのが、ゲーム世界におけるオーソドックスなレベルデザインというイメージだな。

 旅を進めると敵が徐々に強くなり、それらと戦うことでプレイヤーがより強くなって、また新たな土地へ向かうという感じだ。

 少なくとも、MMOというジャンルの基本としては「敵を倒して経験値を溜めてレベルを上げる」、いわゆる『レベリング』行為がゲームの8割を占めていると言っても過言じゃないようなものだ。


 これほどまでに敵と遭遇しにくいのではレベリングに支障をきたすと言っても過言じゃない……と、考えてしまうのは流石にVRゲームという特性を理解してないからだろうな。

 なんとなく、リリアと一緒に戦った時に思った事だが、VRゲームでの戦闘は取得できる情報量が今までのゲームと違って非常に少ないのが特徴なんだと感じた。

 操作キャラを俯瞰視点から眺ることが出来れば、背後から忍び寄る敵にも的確に対処できるだろうし、味方の状態にもある程度は意識を割いても問題は無かった。

 ただ、VRゲームはFPSと呼ばれる一人称視点のゲームと同じで、自分の視界が限られているのだから当然そう言った「目の届かない範囲」が広くなってしまう。

 死角からの攻撃はまさに『痛恨の一撃』とでも言うべき厄介なものだった。

 VRゲームの難易度の高さは実際に自分の身体――を動かしている感覚で剣を振りまわしたり、敵の攻撃を回避するという所にあるのは明白で、意識の外からの奇襲はそう言った自分が取るべき行動への判断力を鈍らせる。

 特にリアルだと誰かにぶつかられたら「何があったんだろう」と振り返るだけで済む。

 しかし、VRゲームでは攻撃を受けたら「HPの残量」や「状態異常の有無」、そして「敵の追撃」など気を付けなければならない事が複数存在するのだ。

 ある程度までは視界に映る半透明のUIユーザーインターフェースで状況を把握可能だが、実際に奇襲を受けると頭の中が軽いパニック状態になり、次にやろうとしていた行動と、今しなければならない行動、今自分がどういう状況下にあるのかなど、様々なイメージが重なり合って結果としてアバターを冷静に動かせなくなってしまうのだ。

 リリアが居てくれたあの時ですら、アバターの扱いに長けていると言われた僕が何度も敵の連携攻撃に翻弄されたり、無防備な隙を晒してしまったのはまさにそれだ。

 VRゲームは自分の意思でアバターを操作する。

 つまり、僕たちプレイヤーは常に「何をどうしたいのか」を思考し続けなければならないのだ。

 特に一分一秒もなく、刻々と状況が変化する戦闘中などはよりシビアな判断力と実行力、何よりそれを行動に移すという意志力が試されるのだ。


「ほんと、聞くのとやるのじゃ全然違うよな……想像してたのとはまた一つ違うってのも、VRゲームの魅力かもしれないなぁ」


 そんなことを暢気に考えながら平原を進んでいたら、突如何かが駆け寄ってくる音が聞こえた。

 遂に敵の感知範囲内に踏み込んだようだ。

 周囲を見渡しつつ剣の柄に手をかける。

 視界の範囲内では動く影は見当たらないが確実に近づいている、つまり。


「後ろぉっ!」


 踏み込んだ左足でブレーキを掛けながら抜刀を兼ねた抜き打ちを水平に放つ。

 手応えは無い。

 そんなに甘くはいかないかと少し落胆しつつも、敵の位置を把握する。

 どこに隠れていたのか、背後から近寄っていたのはクエストの標的であるゴブリンだった。

 空振りで隙だらけの胴を目がけて棍棒を振りかぶった一撃を叩き込もうと攻めて来る。

 地面を爆発させるつもりで右足に力を籠めて後方へと回避を試みる。

 間一髪、鈍器が顔を掠める様に振り下ろされて地面を鈍く叩き付ける音がした。

 視線だけで左右を確認し、ひとまずの敵対モンスターの有無を調べる。

 はぐれか、そういう生態か、はたまた仕様か……ゴブリンは目の前の一体だけのようだ。

 両手で柄を握り、少し担ぐ様にして上段で構える。

 ゴブリンは威嚇の為か凶悪な顔でこちらを睨み、ガウガウと吼えて見せた。


「うぉぉぉぉ!」


 負けじとこちらも気勢を吐いて大地を蹴る。

 グンと急激な加速力を得て進む体から袈裟切りを放つ。


「くそっ!」


 踏み込みが甘いのか、攻撃が直線過ぎたのか……その両方かもしれない、ゴブリンは僕の攻撃を躱すと水平に棍棒を繰り出してきた。

 防具によってダメージは軽減されるが、敵よりも先に攻撃を貰ったと言う状況は嬉しくない。

 従来のRPGならば「ミス! 攻撃を躱されてしまった!」の一言で済んでしまう内容なのだろうが、VRゲームだと更に直接的なプレッシャーを感じてしまう。


「落ち着け、落ち着くんだ……多数を相手でも立ち回れたはずだ……集中しろ……」


 リリアと一緒の時は無我夢中で戦ったが、初めての戦闘で圧倒的多数のモンスターを相手に戦えていたはずなのだ。

 決して、敵が人型のモンスターだからと言ってタイマン勝負で後れを取る相手ではないはずだ。

 さっきの一撃は勝負を焦った。

 開幕の一撃はそもそも当たると思っていなかった。

 次に出す一撃はどうだ、お前は奴を切り伏せるつもりがちゃんとあるか?


「……っし!」


 右手のワンハンドで剣を背中に隠すようにして、左手を盾に見立てて腰を落として構える。

 ゴブリンは身長が俺の半分ほどしかないような小柄なモンスターだ。

 筋力もそれほど強いわけじゃないと思うし、体重もそれほどないのは前回の戦闘で組みつかれた時に把握している。

 つまり、戦闘力は圧倒的にこちらが有利なはずだ。

 実際、あの時の戦闘ではゴブリンを一撃で切り伏せることが出来た。

 しかし、今ここで必殺を求める必要はない。

 二発でも三発でも、確実にヒットさせればこちらが勝てるはずの相手だ。


「ゲギャギャー!」


 奇声を発しながら飛びかかってくるゴブリンの攻撃を良く見て半身下げる。


「はぁっ!」


 全力で振り下ろした後の無防備な横っ腹に、左手を添えて全身をしならせるようにして繰り出した水平切りを叩き込む。

 確かな手応えと、弾ける様に転がるゴブリン。

 まだトドメには至っていない、震えながらも起き上がろうともがく奴に追撃を決めなければ!


「だぁっ!」


 今度こそ上段からの振り下ろしを叩き込む。

 ガシャンと赤い燐光を撒き散らしゴブリンは平原の風に散っていった。


「……ふぅ……あぁー、難しいなぁ! やっぱり素振りから始めないとだめか?」


 今の戦闘で改めて思ったのは、これはゲームだがただのゲームじゃないってことだ。

 攻撃を当てればちゃんとHPは削れるが、ただ闇雲に振っても当らないし、いい加減に繰り出した攻撃はダメージも大したことが無い。

 逆に、全身の力をしっかりと込めた一撃や、正しく武器が扱えた時の攻撃はこの辺りの雑魚モンスター程度なら必殺の威力が出る。

 ただコマンドを選べばキャラクターが適切な攻撃を繰り出す今までのゲームと違い、VRゲームはその「適切な行動を行えるかどうか」までが全てプレイヤーの腕前に掛かってくる。

 アクションゲームは苦手じゃない、RPGだって好きだし、シミュレーションでだって結構遊んだことがあるが、VRゲームはそれらのゲーム経験で得たものとはまた別のモノを要求してくる。

 この辺りはゲーム好きでも意見が別れそうだな……アーケードにある体感ゲームみたいなジャンルが好きな人なら問題は無さそうだが、コントローラーを握ることに慣れたプレイヤーや、マウス操作に長けただけのプレイヤーは確実に戸惑ってしまいそうだ。

 VRゲームは一筋縄ではいかない。

 その事実を改めて今噛み締めた気分だった。


「……ま、それでこそのめり込む価値があるってもんさ」


 僕は胸の奥に湧き上がってくる熱を強く感じていた。

 心の隙間を埋める様な、液体が染み込むかのようなじわりと広がっていくタイプの熱だ。

 ガサリと、新たな敵の気配を耳が捉える。


「いいね、千客万来は大歓迎だぜ……」


 このVR世界の身体に心臓があれば、きっとはち切れそうなくらいに脈打っていただろう。

 期待と興奮が全身を包み込んでいく、そんな全能感と高揚感が血管を伝って隅々まで駆け抜けていく感覚だ。

 リリアのアドバイスを思い出しながら、今の戦闘で得た経験を重ね合わせていく。

 剣を上手く扱うというイメージ。

 攻撃を当てると言う意思。

 効率とかは二の次だ、この世界で戦う力を身に付ける……いや、身に沁み込ませる、刻み込む。

 反復練習やトライアンドエラーは自分が唯一得意とする事だ。

 何度だって、何十回だって、何万回だって繰り返してやるさ。


「来いよ、そして教えてくれよ……この世界での、生き(たたかい)方って奴を!」





 ※ ※ ※





「……で、夢中で戦ってたら回復アイテムが尽きてタコ殴りにされたって?」


「いやぁ、ははは……無我夢中で剣を振ってたら気が付けばな!」


「呆れてモノも言えないよ……」


 街に戻った僕は『Newbie's』に消耗品を購入しに来た訳だが、一目で店主のデイジーに死に戻りをしたと見抜かれてしまい、事の経緯を打ち明けることになったわけだ。

 どうも、復活後しばらくはステータスダウンする状態異常があるらしく、デイジーはスキルによって相手のコンディションを見抜けるからバレてしまったようだ。


「大体、あんた一人で狩りに行くってのが無茶苦茶なんだよ。 普通は駆け出しの冒険者数人でパーティ組んで、互いの立ち回りを試行錯誤しながらゲームに慣れるもんなの!」


「あはは、まぁまぁ! こうして無事に戻ってきたわけだし」


「死に戻っておいて無事って事は無いだろう……新米冒険者はデスペナが無いからまだ良いけど、本来なら所持金だったり経験値だったりが下がるんだから、ちゃんと気を付けなよ?」


 デスペナとは『デスペナルティ』の略で、プレイヤーキャラクターが死亡した場合に発生するマイナス要素のことだ。 デスペナのシステム自体には賛否両論があるが、デスペナが無いと無茶苦茶なプレイをする奴が少なからず出てしまうので、そういう手合いを牽制する意味でも採用されるゲームは少なくない。

 ペナルティの内容は重い物から軽い物までジャンルや運営の方針で様々だが、このゲームの場合は拠点でのリスポーン時に所持金や経験値、ドロップアイテムなどを喪失するらしい。

 新米冒険者として扱われる低レベルの内はデスペナが無いらしいが、デイジーの話だとレベル5で新米冒険者を脱却するらしいので自分にとってもそう遠い話ではないだろう。

 しっかりと意識に留めておくことにする。

 今は資金を集めている最中であり、デスペナで没収されてはたまらないって訳だ。


「……あの、本当に大丈夫ですか? どこか痛んだりとかしませんか? 死ぬのは怖くありませんでしたか?」


 今まで黙って僕とデイジーのやり取りを眺めていたカラーが、心配そうな表情――は見えないが、そんな声音で言葉を掛けて来た。

 彼女とはこの店に来るたびに会っているので、いつも居るような気がしてしまう。

 狩りに行く前とは違って店番のクエストは終わっているようで、今はカウンター近くに設置されている椅子にちょこんとお行儀よく座っていた。

 すらりとした細い足は透き通るような白さを輝かせている。

 普段は全身を足元まですっぽりと覆い尽くしている大きなローブの裾が、椅子に腰かけていることで少し隙を晒してしまっているからだ。

 と言っても、別に際どいラインまで見えている訳では無く、精々が足首からふくらはぎ程度までなのだが……顔すらも見たことがない彼女のアバターの一部と言うだけで、何だか凄い得をしている気分になると言うか、神秘を目撃している気分になるんだよな。

 これがアイツがいつも言ってる「チラリズム」なのかもしれない。

 ……っと、そんなことよりも彼女からの質問に答えないとな。


「全然平気だぜ? 死ぬって言っても、視界が暗転して気が付けば街に居たみたいな感じで、怖いとか不安になったりとかは無かったかな……まぁ、自分の周りが敵だらけだったって状況は人によっては怖いかもしれないけどさ」


 僕は努めて明るく振舞う。

 カラーはまだアバターを上手く扱えないからと碌にフィールドにも出たことが無いらしいし、危険で怖いってイメージが先行してしまうと、ますます委縮してしまうかもしれない。

 だから、そんな不安な印象を持たない様にと思って答えたのだが……彼女のアメジストの瞳がうるうると震えているのを見ていると、何だか変な罪悪感が沸いてくるので思わず目を逸らしてしまう。

 何だろう、何かやっちまったかな?

 直接彼女に聞くわけにも行かないのでそれと気づかれないように、棚にやった視線をそのままにして、自然と消耗品の物色を続けることにした。

 ……お、出かける前に買ったポーションがまた補充されているな。 やはりと言うか、カラーが頻繁に訪れている理由はポーションの販売に来ているようだ。

 今もこうして情報ラベルを確認すると、殆どが彼女の作ったポーションになっている。 気のせいか品質もさっき買ったものよりも幾らか向上しているようだ。

 ふと思い至ったので、彼女の不安を払しょくするべく言葉を口にしてみる。


「そうそう、カラーのポーションのおかげで何度かピンチを切り抜けられたんだぜ? 結局、最後は俺の判断ミスでやられちまったけど、こうしてポーションを作ってくれてることに感謝してるよ」


 僕が棚のポーションを手に取って彼女に見せると、最初は首を傾げていたカラーだったが、すぐに意図を察したのか突き出した手と頭を横にブンブンと振って否定した。

 そう、僕が手にしているのはカラーの作ったポーションだ。


「え、いや、その……私なんかはまだまだ未熟で……」


「謙遜するなよ、あまり知らないけど生産職って結構大変なんだろ? この棚のポーションだって、気付けばカラーの作った物ばかりになってるって事は、売れ行きに対して仕入の数が徐々に減ってるって事なんだろうし」


「確かに、それはセイロンの言う通りさ。 カラーのおかげでポーションが不足する事態が避けられている所はあるね」


 デイジーも援護に加わり、二人でカラーを持ち上げる。


「えぇ、そんな、私は何もしてないですよ!」


 困惑した様子を見せるカラーだが、その声音は僅かに弾んでいるようなので満更でも無い筈。

 よしよし、このままもっと自信を付けて貰おうじゃないか。


「その上、この店の看板娘まで務めていたし、これはもうカラーあってのこの店と言っても過言じゃないんじゃないか?」


「ぁぅ」


 フードを目深に被って表情を隠すカラー。

 大丈夫だ、元からこっちには顔は見えてないぞ。


「ほう、私を差し置いてカラーを推すとはやるじゃないか。 今日の会計は3割増しにしてやろう」


「え、ちょっと待てよ! あ”ぁ”!? 本気で割増しにする奴がいるか!? ……勘弁してよ」


 まさかの副次的損害が発生し、理不尽な請求額が突き付けられる。

 いやいや、流石に本気じゃないよねデイジーさん!?


「口は災いの元ってな……ま、あんたの言う通り生産職は生産職なりの苦労があるからね。 カラーは本当によく頑張ってると思うよ。 Cβの時も結局、終盤で生産職のプレイヤーが不足してちょっとした問題になったりしたからね」


 そんなデイジーの話に僕は興味を掻き立てられた……そもそも、彼女はこうしてショップを経営している時点でベテランのプレイヤーだと思っていたけど、Cβのことを知ってるなら最古参のプレイヤーの一人だったりするのかもしれない。


「へぇ、どんな?」


「あんたなら分かると思うけど、生産職の囲い込みが問題になったことがあってね。 テスト終盤に深刻なアイテム供給不足になって経済が崩壊したことがあるのさ。 例えば、この最下級のヒーリングポーションですら一個で200Kリールの値段が付いたりね」


 1Kは1000を表すネトゲでよく用いられる数量単位だ。

 他には1Mとか1Gってのがあり、1Kから順番に1000倍で1M、その1000倍で1Gとなり、通貨のインフレが起きやすいネトゲでは単位の桁を省略する際によく使われる。

 200kは20万になるわけで、この店の価格基準で言えば初級アイテムですら今の100倍近くにまで膨れ上がったわけか……インフレってレベルじゃない高騰っぷりだが、需要と供給で値段が乱高下するのは別にネトゲでは珍しい話じゃない。

 ただ、初期のアイテムにすらその値段が付いていたと言うのはかなりヤバイ。


「うげぇ……それは世紀末だな」


 核が落ちて荒廃した世界で水や食料、油などの資源が命より重くなった世界と同じようなものだ。

 ……そんな一件があったから、彼女はこうして自分の店で初心者支援プレイをしているのかもしれないな。


「最近は新規プレイヤーが増えているおかげで、うちの在庫も薄くなってきているからねぇ。

 ある程度のツテを使って品数は維持しようと思ってるけど、カラーみたいに生産職に打ち込んでくれるプレイヤーは稀だからね……ま、今のシステムならCβの時みたいなことにはならないと思うし、私が店を切り盛りする以上は品切れになんかさせないけどね!

 その為にも、あんたはもっとこの店を利用しなさい」


 重くなりかけた雰囲気を、殊更に明るい口調で消し飛ばすデイジーの逞しさには頭が上がらない。

 最後にビシッと僕を指さして戦闘プレイヤーは消費をしろと暗に告げて来る。

 こういうハッキリとした態度の人のことが、僕は結構好きだったりする。

 彼女に応えるように笑みを浮かべると、任せてくれと胸を叩いてアピールする。


「当分は世話になる予定だよ。 なるべく節約しないとお金が貯まらないからな」


「セイロンさんは、お金を貯めて何を買う予定なんですか?」


 意外なところにカラーが食いついてきて少し驚くが、別に金策を進めている理由について秘密にしていることも無いので快く答えることにした。


「ん? リリアに教えられてな、より多くのアイテムを持つ為に収納系の装備を購入しようと思ってるんだよ。 一通り下調べはしたから、あとは目標額まで稼ぐだけなんだ」


「なるほど……どういったタイプの物にする予定なんですか?」


 生産職メインで進めると言っていただけあって、アイテム関連の話に興味があるのだろうか?

 今までのイメージを一新するかのように、ぐいぐいと押しの強さを見せるカラー。

 でも確かに、マーケティングって大事だからな。

 彼女にとって何かの参考になるかもしれないし、まだゲームを始めて間もない僕の数少ない知り合いだからな、彼女とは是非とも仲良くしておきたいと思っている。

 こちらに損は無いわけだし、理由も添えて答えてあげよう。


「リュックサックタイプの背負う奴を買おうと思ってる。 見ての通り俺は前衛だからな、行動を阻害しないものじゃないとダメなんだ。 容量が多いバックパックタイプとかも魅力的なんだけど、それだとアイテムを詰めると重量も結構増えてしまって、結局そのせいで動き難くなりそうで……まぁ、何となく俺のスタイルには合わない気がしてさ」


 今回と前回の戦闘を通して、既に確信に近いなにかを掴んでいる手応えがある。

 自分の戦闘のスタイルは最大限にアバターを操作する事にあるようだ。

 もう少し慣れればもっとマシになるのかもしれないが、我武者羅に剣を振りまわす中で感じたのは視野を広く持つこと、そして足をひたすら動かすことだ。

 特に一体多の状況では一度でも敵の攻撃で動きを止められると怒涛のラッシュに襲われる。

 そうならない為にも、常に移動することで相手の狙いを絞れないようにすることが被弾率を下げる効果的な方法だった。

 そして、自分が攻撃を命中させるためによく取ったもう一つの方法は「肉を切らせて骨を断つ」であり、逆にこちらは足を止めて敵の攻撃を一度受けてから反撃で必殺を決めるやり方だ。

 ある意味では相反するこの二つの戦い方をスイッチしながら行うことで、一対多の状況下で敵を各個撃破していけたのだ。

 ……その結果が、肉が削ぎ落とされて骨まで到達してしまったという話であり、まだまだ改善の余地があるんだなと強く実感していることでもあるのだが。

 紛いなりにも、敵の群れを殲滅寸前まで追い込めたのだから、この戦闘スタイルもあながち間違いだったわけでも無い筈だ。

 動のモードと静のモード。

 二つを切り替えて戦うのが、僕が試行錯誤した中で見つけた一つの解法だ。


「……じゃ、じゃあ! セイロンさん、これを使ってください!」


 むむむと考え込んでいたカラーが、バッと勢いよく顔を上げてローブの上から斜め掛けにしていたショルダーバッグからアイテムを取り出す。

 端から眺めていると一種異様な光景だ。

 ショルダーバッグの中からそれと同じくらいのサイズの鞄が出てくるのだから。

 そう、彼女が取り出したのはブリーフケースにも似た学生鞄のようなアイテムだ。

 デザインはシンプルで、生地はおそらく綿じゃないだろうか。


「これは?」


「私が試作した収納アイテムなんですけど、見た目の通りあまり出来は良く無くて……捨てるのももったいなくて鞄の奥にしまっていたんですけど、折角だからこの子にも活躍の場を与えて上げられればなって」


「ちょっと見せて貰っていい?」


「あ、はい! ど、どうぞ!」


 僕はカラーに一言断って鞄を受け取る。

 アイテム名は『初心者ビギナーズ背嚢バックバッグ』というシンプルなもの。

 ランドセルやリュックのように背負うもので、生地は意外と厚手なので丈夫そうに見える。

 これはアイテムの収納力を重視したタイプではなく、小ぶりでフィット感を重視したタイプだ。

 内容量はそこまで多くは無いが、今腰に付けている唯一の収納アイテムであるポーチの3倍以上はアイテムを収納できるし、このサイズなら戦闘中にも邪魔にはならないだろう。

 確かに僕が店頭で目星を付けていたタイプの一つと同じである。


「うん、悪く無い。 これと同じタイプのものを買おうと思ってたんだよ」


「じゃあ、それはセイロンさんに差し上げますので、是非お役に立てて下さいね」


「あー、今はちょっと消耗品を補充したから手持ちが無くてさ……気持ちは有難いんだけど、流石にこういうのをタダってのは気が引けるしさ」


 嬉しい申し出だが断ることにした。

 確かに欲しい装備ではあるが、同じ初心者プレイヤー同士なのにタダで譲ってもらうのはな。

 カラーは確かに知り合いだが、それ以上の関係では無いのだから。

 好意はもちろん嬉しいが、それに甘えてばかりでは良い関係とは言えないだろう。

 ネトゲでは先輩プレイヤーが後輩プレイヤーに装備を恵んだりすることは少なくないのだが、個人的にはそういう施しもあまり受け入れたくは無いのだ。

 精神的な施しはともかく、物質的な施しはあまり良い関係に繋がらない。

 言うなれば『ゲンキン』な関係になってしまう可能性があるからで、それありきの交友になってしまっては健全な関係とは言えなくなるだろう。

 僕はリリアもそうだが、デイジーやカラーの事を今のところ気に入っている。

 だからこそ、この辺りの線引きはしっかりと引いておいた方が良いと思っているのだ。

 これは過去のネトゲ経験からの経験則に寄るものとも言える。

 彼女たちとはできれば今後も仲の良い関係を築きたい。


「……でも、既に報酬は受け取っていますよ?」


「え?」


「ほら、約束したじゃないですか。 私をフィールドに連れて行ってくれるんですよね?」


 あぁ、確かに一緒に遊ぶ約束はした。


「だから、これは報酬の先渡しと言う事です。 私はアバターの操作も苦手で、戦闘も魔法使いだから守って貰わないとダメで……きっと、一杯迷惑を掛けると思うんです! 自信があります! 私って結構どんくさいし、絶対に足を引っ張っちゃいます!」


 その自信の持ち方はどうなのさ。

 今まで見た彼女の言動の中で一番力強いけど、その内容は非常にネガティブなものだ。

 マイナス方向を全力でアピールする姿と言うのは流石に笑いが込み上げて来る。

 妙に一生懸命な彼女のプレゼンが、さらにその面白さを引き立てていた。


「だ、だ、だから! えっと、セイロンさんにはご迷惑かもしれませんが、強くなって貰わないと困るんです……そうだ、おまけにお店に卸せないレベルの失敗したヒーリングポーション付けますから! 戦闘後とかに使ってくれればいいので! 大丈夫です、これは処分品ですから!」


 だんだんと恥ずかしさの方が勝って来たのか、早口に捲し立て始めた彼女の様子に僕も遂にギブアップを宣言する。


「分かった、分かった! そんなに必死にならないでくれ……カラーの気持ちは有難く頂いておくよ。 だから、その時が来たら遠慮なく俺に頼ってくれよ!」


「……はい! お願いします!」


 ぴょこんと椅子から飛び降りて深々とお辞儀をするカラーの仕草をぼんやりと僕は眺めている。

 僕が今どんな顔をしているのかは自分でも分からない。

 ただ、事の成り行きを見守っていたデイジーのニヤけた顔が全てを物語っている気がして、ちょっとだけ腹が立つやら恥ずかしいやら。


「ふふふ、ごちそうさまでした♪」


「……デイジー、お前って良い趣味してるな」


「そりゃね、こんな御馳走を前に出されて涎が止まらない猫は居ないでしょ?」


「好奇心は猫を殺すって言うぞ」


「デスペナの一つや二つで狼狽える様なヤワな精神してないって!」


「さいですか……んじゃ、俺はもうひと狩り行ってくるわ」


「はいはーい、稼いでらっしゃい! さーて、カラーちゃんはちょっとお姉さんと奥でお話しよっか」


「え、え、え? 何でデイジーさん笑って、ちょっと、あの、お店の方は……」


「いいのいいの、店番なんてNPCに任せるから!」


「え、えぇ!? ちょ、ちょっと~! デイジーさぁん!」


「うっふっふ~、逃がさないわよ――」


 ……二人の声は背後の扉が閉まると同時に聞こえなくなる。

 耳に残った姦しい声も、ストリートの騒音で瞬く間に押し流されていくような気がする。

 溜息を大きく一つこぼして、僕は仮想世界の空を何となく見上げてしまった。


「……なんか、リアルと大差ないんだな、ああ言うのは……」


 いくら仮初の肉体アバターと仮想現実という虚構の世界に存在していても、人間の精神の本質なんてそうそう簡単に変化するものでも無いようだ。

 仮想世界のMMORPGという舞台で、プレイヤーは思い思いの新たな人生プレイングを楽しんでいるはず。

 中には現実の世界とは別の性別で遊んでいる、異性になりきっているプレイヤーもいるはずだ。

 それでも、その人のもつキャラクターってのは劇的に変化するわけじゃないんだろうって。

 デイジーさんのような自然体の人を見ていると思ってしまうわけだ。

 そんなことを漠然と考えながら、僕は三度フィールドへと足を向かわせる。

 カラーに貰ったアイテムを携えて、今度こそは一人で無事に生還してみせると心に決めて。

次話から省いていた設定をつらっと並べ、それからようやく本編開始です。

未だに文章が膨らむ癖が直らず、展開が遅くて申し訳ないです。

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