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ネトゲな彼女を攻略したい! ~Over The Dimensions !!~  作者: 尾所杉治国
プロローグ
2/22

プロローグ『そして僕のリアルが終わりを告げた』02

更新が大変遅くなってしまい誠に申し訳ありません。


 感動という言葉の意味を、僕は初めて認識したような気分だった。

 足を踏み出すと石畳の硬さが、上を見上げると空の青さと雲の白さが眩しい。

 もし、この抜ける様な蒼天を横断する巨大なリングが浮かんでいなければ、ここはまだリアルなんじゃないかとすら思えるほどの存在感がこの世界にはあった。


「おぉぉ……これがVRゲームの世界!」


 自分のアバターを見る。

 拳を握ったり開いたり、掌を伸ばして裏返して見たり……往来でするようなことじゃないが、自分のイメージしたとおりに体が動き、リアルと同じように体が動いている。

 そんなこのVR世界での当たり前も、僕にとっては斬新な体験なのだから仕方がない。

 腰の剣を引き抜いてみようとすると、半透明のウィンドウが開いて警告文が視界に表示される。


<警告:都市内での抜刀は衛兵による処罰の対象になります>


 あくまで警告文はそう告げただけで、体が強制的に動かなくなったりといったことは無いようだ。

 流石にゲーム開始五分もしない内に揉め事は勘弁だ。

 逸る気持ちを抑えつつ、まずは街の散策を始めることにする。

 MMOのゲームには大きく二通りある。

 大まかなストーリーがあって、それに沿ってプレイヤーが主人公としてそのストーリーに積極的に関わっていく英雄叙事詩ヒロイックな物と、舞台装置として置かれた広大なワールドの中でプレイヤー同士が自由に交流する箱庭サンドボックス的な物だ。

 後者でも味付け程度のストーリーは存在しているので、その過多で分類する以上は明確な境界線なんて無いのかもしれないが、どちらかと言えばこのゲームは後者のようだ。

 特に、ゲーム開始すぐに街中に放り出されて『おプレイヤーの好きに動け』と強要してくるタイプはチュートリアルが過保護になった現代のゲームでは珍しい方……と言うのが、ネットで見かけたこのゲームの特徴の一つだった。

 だから、『HeavenSward Online』に興味を持った人向けの手解きとして、まずは所持品の中にある『冒険の手引き』を読むことを推奨する、とあったのを覚えている。

 僕は腰のポーチを開けて中身を確認してみる。

 キャラクターを作成する際のボーナスポイントの割り振り方は人によって差が出るポイントであり、初期装備も幾つかのセットが用意されていた。

 解説サイトではすぐに装備を整えるだけの資金を溜めることも可能なのでフィーリングで選んでも構わないし、迷ったならば消費アイテムが優秀な『冒険者セット』が付いている装備を選べばいいと書いてあった。

 僕が選んだのは軽装戦士のセットでは装備のグレードが最も良いものだ。

 消費アイテムが豊富な『冒険者セット』は確かに使い勝手が良いと思ったのだが、更に上の装備を購入しようと思うと、どうしてもそれなりの期間があるようだった。

 つまり、本当に初期装備としては最大のグレードが今の装備と言う事になる。

 どうせこの装備に落ち着いてしまうならば、最初から最終装備で慣らしておくのが良いだろう……と言うのが、僕のゲーマーとしての直感だった。

 小まめな装備更新も醍醐味なのだろうが、僕は持ち物はなるべく長く使いたいタイプだ。

 愛着が沸くと言うのもあるし、ステータスの伸びが強さにどれくらい影響したかを掴みやすいと言うのも利点だと思っている。

 もちろん、更新を怠って窮地に追い込まれるヘマはしたくないと思っているが、当面はさっきも言った通りこれが最終装備みたいなものだし……頼れるうちはしっかりと頼ることにしよう。

 それに何より、僕はVRゲームが初体験なのだ。

 今までやって来たゲーム攻略の経験がどこまで通じるかも分からないし、何よりVR環境に自分が付いて行けるかどうかが問題になるだろう。

 コントローラーで操作するのとは違って、実際に自分の体を動かす必要がある……そういう感覚で操作するのがVRゲームの一番大きな特徴だ。

 大丈夫だろうとは思うんだけど、実は僕が極度の運動音痴……またはVR音痴だとしたら、満足に動くことがそもそも難しいと言う可能性もある。

 今のところ、感覚の同期にズレは感じないし、生身のような感覚で操作出来ているから問題は無いと思うのだけど。


「……とりあえず『冒険の手引き』を読もう」


 思考がどこかへ旅立とうとしていたのを引き留め、本筋に連れ戻してやる。

 えーっと、そうだった!

 僕の初期装備は軽装戦士セットだから、余分な荷物や荷袋の類が存在しないのだ。

 大体の初期装備セットには『冒険者セット』を始め大小の差はあれど荷袋がセットとして付属していたのだが、武具にポイントを振っている僕の選んだ装備セットには必要最低限しかない。

 その唯一と言っていい道具収納装備がこの腰のポーチだ。

 ベルトと一体になったようなこの腰装備は、他に用途別の道具を収めるスペースが幾つかしか存在していない。

 多目的なアイテムを収納できるのはポーチだけであり、今そこに収まっているのは『冒険の手引き』だけしかないと言う状態だ。

 念のために、ポーチの他のスロットを確認してみる。

 左右にあるこの金具を使った部分は帯剣する為のギミックで、今は見たとおり左腰にだけ帯剣している状態だ。

 初期装備のこの剣は片腕くらいの長さがあるロングソードだ。

 ポーチは今は右腰の位置にあるが、場所をずらすことでちゃんと右腰にも装備ができそうだ。

 将来的に双剣使いになるかどうかは不明だが、男の子として挑戦してみたいジャンルではあると思うんだよな! 双剣だよ、双剣!

 腰の後ろにはボトルが懸架されていた。

 ある意味、僕の生命線の全てとも言える虎の子の『ヒーリングボトル』だ。

 総数は三個で、一つがだいたい……350mlのボトルくらいの大きさがある。

 事前に仕入れた情報では、ミント系のようなスポーツドリンクの様な味がするそうだ。

 喉が渇いた時に飲んでもイケると紹介されていたが、当面は慎重に使うことになりそうである。

 このゲームには魔法があり、つまり当然、RPGには必須の回復魔法も存在する――が、僕は回復魔法を覚えていない。

 それだけじゃなく、初期カスタマイズの段階では魔法の習得を一切行っていない。

 全ての初期ポイントをステータス、それも肉体面フィジカルにガン振りしたのだ。

 つまり、今の僕は純粋な戦士タイプのキャラクタービルドと言う事だ。

 魔法についても後々習得できると言う話でもあったし、VR初心者の自分としてはなるべく早くVR環境で動けるようになることが大事だと思うので初期ビルドを戦士系にしてみたと言う話だ。

 初期のカスタマイズでも大体のプレイヤーは戦士寄りでも魔法を習得する場合が多いらしく、僕の選択はどちらかと言えば珍しい方らしい。

 まぁ、そこら辺は性格が出るよな。

 折角の仮想現実の世界なんだから、リアルじゃ在り得ない魔法体験をするってのは大きな魅力だと僕も思うし。


「……ふむ、なるほど」


 広場の噴水の縁に腰掛けながら、パラパラっと手引きの中身に目を通す。

 ざっくりとだが、内容はこの街『始まりの街・リヴァイラ』の主要施設を網羅したマップから始まり、戦闘の方法に続いて序盤の金策方法、特にギルドの利用方法についてはしっかりと解説していたように思う。

 あとは都市内での禁則事項……禁則と言っても、ゲーム内でのペナルティがあるだけでアカウントの停止などに関わるわけではないらしいが、法律と言うかマナー系のQ&Aが思いのほかページを使っていたように思う。

 中身としては一般常識的な内容なのであまり意識に止まってないが、要は常識の範囲内で行動すれば特にお咎めは無いらしい。

 ……それって、裏を返せば都市の外ではこの限りではないって事か?


「もしもーし、そこの赤毛のキミ」


「あ、ぼ……俺のことっすか?」


 唐突に声を掛けられたので僕は驚いて顔を上げる。

 目の前にいたのは、瞳がぱっちりとした可愛らしい少女だ。

 見た目からは中学生くらいに見える彼女は、肩の長さで整えたふわっとしたピンク色の髪をしていて、その髪の色に合わせたのか風に揺れる度に微かに桃の薫りが漂ってきた。

 うぉぉぉ、ピンク色の髪の女の子!?

 リアルじゃこういう女子は見かけた事が無いぞ!

 流石はVRゲーム、はっちゃけた外見に挑戦してるなぁ……よくよく見渡せば、カラフルな髪のプレイヤーだかNPCはわんさと居るみたいだ。

 パッと見た感じでは、ピンクの髪をしているのは彼女だけのようだが。


「うん、キミって今日から始めた初心者さんだよね?」


「……正解、です、けど……」


 何故ばれたし。


「ふっふっふ! 実は私は≪読心術≫のスキルを持ってるからね、キミの考えてることなんてお見通しなんだよ!」


「な、なん……だと……」


 まさか≪読心術≫なんてスキルがあるとは!?

 VRゲームってそんなスキルまであるのか、恐ろしい世界だぜ……いや、待てよ? 読心術ってことは僕がこのゲームに来た目的も……うぉぉぉぉ!? い、いかん! それはダメだ!

 くそっ、何とかスキルによって心を読まれるのを阻止しなくては!

 本で顔を隠せばどうだ……読み取る情報がウィンドウに出てる可能性もあるな、それを手で払うことで掻き乱せば読まれないんじゃないか!? 何でもいい、心を隠せぇぇぇ!!


「ぷ、ぷふっ、あはははっ! そ、そんな訳ないじゃん! そんなにマジに受け取んないでよー!」


 お腹を抱えてからからと笑う少女の姿に、自分がからかわれたのだと気付く。

 一泊遅れてやってくる羞恥心に、脈拍と体温が上がる感覚を覚える。

 流石の僕でもこんな心境じゃ天を仰いで手で顔を隠さざるを得ない。

 あー、もう、やっちまった、超恥ずかしい。


「……で、何なんすか? ぼ……ぼーっとしてた俺に、初対面のあんたから用事があるとは思えないんだが?」


 僕と言いそうになるのを必死に誤魔化しながら、今出来る精一杯の抗議の視線を彼女に向ける。

 その視線を知ってか知らずか、彼女は「隣いい?」と一言、僕の隣に腰掛けた。


「えっと、こういう時はやっぱり順番にいこっか。 私の名前……キャラクターネームの方ね、リリアって言うの! キミの名前は?」


「……俺はセイロンだ」


「へぇ、セイロンって紅茶から? ま、ともかくよろしくね!

 で、早速なんだけどキミって初心者さんだよね……もしかして、VRゲームも初めてだったりしない? あ、その顔は図星だね。

 ふふ、キミって意外と顔に出るタイプなんだねぇ」


「ちょっと、いきなり何なんすか!」


「ごめんごめん、私は初心者支援クラン『Beginner's Luck』のメンバーでね、偶にこのリヴァイラで初心者さんが居ないか見回ってたりするんだよ……で、今日は偶々キミが居たって話なんだ」


「初心者支援クラン、ねぇ?」


 クランと言うのはプレイヤー同士で構成できるグループのことで、共通の目的をもってゲームをプレイする際に互いに協力できるようにシステム的な融通が受けられる、って手引きにあったな。

 それにしても、初心者支援クランとは物好きな集団も居るものである。


「俺って、そんなに素人ニュービーに見えます?」


 ゲームのスタート地点であるこの噴水の広場で、しかも『冒険者の手引き』を読んでいたのだから初心者であることは隠しようのない事実だとは思うが、それ以上に僕の振る舞いは経験者から見て田舎っぽいところでもあったのかと気になってしまう。


「んー、ゲームはやってそうだけどVRのMMOとか初めてなのかな、って思ったんだ。

 流石に初めてのVRでいきなりMMOやる人も居ないと思ったんだけど……あ、その顔は図星なんだね、うん、そっか、VRゲームも初めてなのかー」


 さっきからさらっと僕が口にしてない事を察してくるリリアの洞察力に驚きを隠せない。

 実はさっきの嘘と言うのがブラフで、本当に≪読心術≫スキルが存在しているのかもしれない。

 そうでないと、よっぽどこの世界での僕は感情が表に出ているということだろう。

 ……肝に銘じておかないと駄目かもしれないな。


「とりあえずあれだよ、ここで出会ったのも何かの縁だしね、良かったら今日一日くらい私と付き合ってみない?」


 可愛らしい少女の口から出た「付き合う」と言う単語に一瞬ドキッとしてしまうが、よくよく考えたらこれは彼女のクラン活動の話であり、そもそも彼女の容姿は可愛いが僕の好みドストライクって訳ではない。

 流石に中学生くらいの見た目は恋愛対象とか、そういう感情の対象にはならないんだよな。


「まぁ、俺としても断る理由は無いんだが……あんたはそれで良いのか? 相手が如何に初心者っぽいと言っても、初心者を騙って親切心につけこむ悪質な手合いかもしれないぜ?」


「ほほう、中々知った風な口を利きますなぁ? ま、心配してくれるのは素直にありがたいけど、こう見えて私もアーリー組ですからね、そうそう簡単には遅れを取りませんよ!」


 ふんすふんすと自信満々に腕こぶを作って見せる彼女の様子は、父親の真似をする子供みたいでどこか微笑ましさすら感じる。

 アーリー組ってアーリーアクセスから始めてるプレイヤーのことだよな?

 つまり、彼女の言葉が嘘でなければ、正式リリース以降にスタートした僕を含む後発組よりも先に進んでいると言うのは疑うべくもないだろう。

 ゲームにおいて、特にネトゲにおいてプレイ時間とは強さに等しい。

 個人の腕前による補正の差はあれど、長時間プレイしたユーザーの方が装備もレベルも知識も豊富になるのは当然のことだ。

 彼女から感じる自然な振る舞いは、そうした積み重ねから生まれた自信の表れなのかもしれない。

 少なくとも、僕の目から見て彼女は裏をもって接触してきたようには見えないのだ。

 もし騙されたとしても、それはそれで良い勉強になるだろうし、ここは素直に彼女の申し出を受けても良いんじゃないかと僕は判断した。


「はは、そりゃ頼もしい先輩だ。 それじゃ、改めてよろしくな……えーっと」


 さて、そんなこんなで知り合った彼女だが何と呼ぶべきだろうか。

 さん付けあたりが無難だと思うのだが、どうも見た目や喋り方の印象のせいか、彼女との距離感が今一つ上手く測れなくて悩んでしまう。

 そんな僕の内心をまたしても読み取ったのか、彼女はふっと柔らかく笑うと口を開いた。


「ふふ、別に呼び捨てで良いよ? 私はキミのことを遠慮なく呼び捨てにするからさ、セイロン」


「その言葉に甘えさせて貰うよ、リリア」


「うんうん、素直なのは良いことだよセイロン。 ここは一つ、お姉さんの胸を貸してあげるから遠慮なく甘えておきなさい」


 そう言いながら立ち上がった彼女は、俺の前でえへんと胸を張ると、右こぶしでぽんと自分の胸元を軽くたたいて見せた。

 パチリとウィンクまでしてみせた彼女の仕草は、どこかこなれた様子で如何にも様になっている。

 そんな余裕綽々と言った彼女の表情が眩しくて、終始流され続けていた僕が「ほんの少しだけでも静かな水面に波風を立たせて見たい」と思ったのも無理はないだろう。


「お姉さんと呼ぶには発育が足りてないけどな」


 気付けばそんな言葉が口を突いて出ていた。

 セクハラとも取られない発現は流石に失敗だったかと思ったが、少しだけきょとんとした表情を見せた彼女は、軽い笑みを浮かべるとあからさまに白々しい表情を作って抗議の声を上げた。


「ぐ、ぐぐっ! 早速そうやって距離を詰めて来るとは、流石は純戦士ビルドなだけあるね! 全く、初対面の女性相手に失礼な奴だよキミは! これはもう、みっちりとこの世界の常識って奴を叩き込んでやる必要がありそうだな! ……なんてね?」


 ぺろっと舌を出して嘯く仕草は、あざといんだけど可愛いものだった。

 僕は改めて感動していた。 やっぱVR空間って凄いんだなって。

 何が凄いって……こんなあざとい仕草を平気でやってのけるキャラクターがプレイヤーとして存在するって事が、だ。

 僕はこういうノリ嫌いじゃないんだよね。

 そんな彼女との出会いが僕の今後の運命を大きく変えることになったのだ……なんて、少し思って見たりもするのだ。

 何となくフィーリングだけで選んだタイトルだったけど、彼女の様にこの世界を存分に楽しんでいるプレイヤーが居るならば、僕もこのゲームの世界を思いっきり満喫できそうだと期待できる。

 何はともあれ、今は先輩プレイヤーであるリリアからしっかりとこの世界のノウハウを学び取ろうと思う次第だ。


 ※ ※ ※


 まずは二人で観光がてら街の要所を回ることになった。

 手引きを読んで一通りは把握しているつもりだが、紙の上で見るのと実際で足を使って見て回るのでは大きく違うと言うのは現実でもよくある話だ。

 僕は方向感覚に絶対の自信がある訳じゃないが、それでも一度歩いた道程ならばしっかり把握できる程度には記憶力がある方だと自負している。

 それでも、今は何かと初めて尽くしなのだから緊張もあるはずだ。

 しっかりと彼女の言葉に耳を傾けながら、街の地形や施設の外観を頭の中に叩き込んでいく。

 リヴァイラの街はゲームのスタート地点となる『女神の噴水広場』がある公園を中心に、東西南北を結ぶ大きな十字路が大通りとして存在している。

 そこから支道が伸びる形で街が複雑化しているそうだ。


「基本的には初心者に必要な施設は全てが大通りにあるから、そこまで難しく考える必要もないと思うよ。 メインストリートだけあって活気もあるし、外観も良いから初期拠点だけど古参プレイヤーからの人気も高いんだよね」


「確かに、おしゃれな感じの街並みっすよね。 煉瓦や白塗りの壁にカラフルな屋根と、見た目も大分賑やかで……なんか、横浜とかのイメージに近いっすね」


「あー、分かる分かる……んだけど、なんかその例えは納得いかないなぁ」


「すいません、じゃあ神戸あたりにしておきます。 または函館とか?」


「地名の問題でも、場所の問題でも無いんだけどなぁ……意外とキミって旅行とか好きなの?」


「はい、親が好きなんで子供の頃から結構連れて行ってくれたんすよ。 流石に海外は殆ど無いので、こういう街並みがどこと似てるかってパッと言葉にできなかったんですけど」


「なるほどねぇ、私は旅行なんて修学旅行くらいしか行ったこと無いし、しかも、行き先は広島と長崎だよ? 定番すぎて話のネタが何も無いんだよね」


「俺は長崎好きですよ、あのキツい坂の街並みとか、路面電車とか……どこか映画の世界っぽい雰囲気が印象的で」


「ほほぅ? キミって見た目に寄らず結構詩的な感性を持っているんだね。 なら、このゲームに慣れたら『テンボス』って街を目指してみると良いかもしれない」


「『テンボス』か、それってどんな街なんだ?」


「えっとね、そこって港町なんだけど「絶壁を掘って街を築いちゃいました!」みたいな凄い外観をしてる街で、海の緑と街の白のコントラストがすっごく綺麗な都市なんだよね」


「おぉ、全然想像つかねぇ……!」


「多分、雰囲気は地中海じゃないかな? 一面が白塗りの建造物で偶にカラフルな焼き瓦の色が差す感じで、街の作りが複雑で特殊だから拠点としては利用しにくいんだけど、現実では無い様なあの街並みは一見の価値があると思うよ!」


「いいっすね、それは見てみたい!」


「うんうん、このゲームは観光メインのプレイヤーも結構いるからね。 気が向いたら彼らの出してるガイドブックを買ってみるのも良いかもしれない」


「え、プレイヤーがガイドブック売ってるんですか!? ゲームの中で!?」


「このゲームはクラフター、いわゆる生産職が張り切って遊べる仕様があってね……あ、丁度いいやほらあそこの店を見てよ」


 リリアに示された方を見ると、そこは本屋だった。

 彼女に促されるまま足を踏み入れてみると、確かにそこには話題に上った旅行ガイドブックや食べ歩きの雑誌、更にはダンジョン攻略本やスキルのハウツー本まで様々な本が売られていた。

 ある種異様とも言えるこの光景に、思わず息を飲んでしまうくらいに圧倒される。


「これは何と言うか……凄い、ですね」


「ある意味、時代に逆行してるよね。 今時ゲームの攻略何てほとんどがネット上にwikiとしてアップされる世の中なのに、わざわざ自分たちで攻略本を作って、しかもそれをこうやって配布するんだもんね。 まぁ、これも趣味と言えば趣味なんだろうけどね」


 ゲームと言う趣味の中で更に趣味に没頭する人種。

 うーん、何とも業が深いと言うか……ある面では彼らは生粋の探求者なのかもしれない。


「あれ、その包み?」


 ふと、隣に戻って来たリリアの手に紙袋が握られているのが目に入る。

 この世界の商店って紙袋やってるんだ……なんて、どうでもいいことに感心しつつも、やはり中身が気になっていた僕は疑問を口にしてみた。

 すると彼女は徐に封を切ると中身を見せてくれる。


「これ? これはいつも購読してる漫画だよ、最新話が出てたからつい買っちゃった」


「え、漫画なんかも売ってるんですか!?」


「あるある! この世界での通貨を稼ぐために、持てる技術は何でも使っていいんだよ! 攻略本やガイドブックだって個人の趣味や後進育成の為にって作ってる人もいるけど、やっぱりそこから得られる収入があるからね。 だから、プレイヤーメイドの本はリーズナブルなんだよ」


 そう言って、この世界にデフォルトである魔道書と適当なプレイヤーメイドの攻略本を手渡してくれる。

 店内の商品は手に取るとタグのように半透明のウィンドウが表示され、そこに商品の名前や解説、そして値段などの情報が提示されるのだ。

 確かに、表示されている値段は前者の方が十倍くらい高い。

 比較対象が同じジャンルと言うわけではないので正確では無いのかもしれないが、この程度の値段ならばプレイヤーの作った各種の本は、プレイヤーが買いやすい値段だという気がする。


「ちなみに、この世界の基本通貨である『リール』は大体日本円だと10分の1から100分の1くらいの価値だと思っていれば良いと思うよ。 この漫画は表紙込み20ページフルカラーで5500リールだから、日本円だと550円くらいかな?」


「えっ、それって高くないですか?」


「同人誌ってそんなものらしいわよ?」


 ドウジンシ……あぁ、同人誌か!

 良くは知らないが、イベントで頒布するとかって話は聞き覚えがあるぞ。

 なるほど、あれも確か個人で本を刷ってやり取りするわけだから、その価格を基準にしてこちらでも値段を設定しているという事か!

 僕はそっち方面はからきしだが、友人の一人が特定の時期に「そろそろ小銭を溜めなきゃ、五百円玉と百円玉に……」と言いながら千円札を崩していたのを思い出す。

 なるほどなるほど、意外な場所からだったが話が繋がったぞ。

 ちなみに、リリアが買っていた本のタイトルは『ナルンセの慟哭』と言うもので、内容は剣士ナルンセの活躍を描いた少年漫画らしい。

 最新刊のそれは二十六巻で、結構ファンの多いタイトルなんだとか。

 ……僕もお金が貯まったら買ってみようと思う。



 思い掛けず立ち寄ってしまった本屋を後にした僕たちはストリートをさらに進む。


「基本的には街を縦貫する大通りには商店があるんですね」


「だね、一応この街は平原の中にある旅の中継地として栄えてる都市だから、東部の商売人たちのエリアと、南の冒険者のエリアなんかは特に活気があるよ」


「へぇ、そうなんですね」


「大雑把に区切ると、北は行政区、西は居住区、東と南はさっき言った通りだね。 だから、必然的に私達プレイヤーがよく立ち寄るのもここ東のストリートと、南の各種施設って感じかな」


「なるほど」


「あ、ほら見えて来た。 ここが目的のショップだよ」


 東の大通りの端の方だろう、街の出入り口にほど近い場所に構えた一件の店を彼女は示す。

 どことなく浮いて見えるのは、その店舗の外観がこの街並みにしては珍しく木目を全面的に押し出しているからだろうか。

 周りにも幾つか似た様な作りの建物があることから、外周付近の建築物には多いタイプなのかもしれないと適当に当たりを付ける。

 看板は二種類あり、一つは金属のフレームで作られたもので、通りに飛び出すようにして掲げられている。 デザインは薬瓶を模したような形に見える。

 もう一つは店の扉の上に掲げられたもので、そちらにはポップな字体のアルファベットで『Newbie's』と表記されていた。 確か初心者を意味するスラングだったはずだ。


「ま、百聞は一見に如かずってね? ほらほら、行くよー」


 背中を彼女に押されながら、僕は店内に足を踏み入れる。

 来店を告げる鐘の音の澄んだ音が鳴り響くと同時に、店員の明るい声が聞こえた。


「いらっしゃい!」


 明るいオレンジの髪の女性がカウンター越しに笑顔で出迎えてくれた。

 見た目は二十代半ばくらいだろうか。 そばかすが特徴的な人だ。

 多分、僕より少し低いくらいなので170以上はあるはずだ。

 どことなく頼れる姉御肌みたいな雰囲気がしているのは、ただ女性にしては身長が高いからって訳ではなさそうである。


「はーい、デイジー! 新人のセイロンだよ」


「何だ、リリアが連れて来たのか。 私はデイジー、この店の店長をしているプレイヤーだ。 よろしくな、セイロン」


「どうも、セイロンです」


 さり気なく伸ばされた手を、こちらもしっかりと握り返す。

 ぐっと込められた手の力強さから彼女の芯の強そうな雰囲気が伝わって来た気がした。


「ちょっと説明口調になっちまうが……ここは初心者支援を目的とした雑貨屋でな。 セイロンのような始めて間もないプレイヤー向けのグレードの低いアイテムを主に取り扱っているんだ。

 性能はそこそこだが値段はリーズナブルに設定してある、だから気軽に利用していってくれればこっちとしては有難いね」


「大体ですが、この店で取り扱っているアイテムは品質クオリティがNPC売りの八割くらい、価格が六割くらいで設定してありますよ」


 リリアがデイジーの説明を補足する。

 手に取って確かめてみると、確かにアイテムの品質が幾らか欠けている。


「そのヒーリングポーションはこの街のNPCのショップだと3000リールくらいだね」


 値段の違いは比較対象を知らないのでパッと見では分からなかったが、デイジーが大体の相場を教えてくれたのでそれを参考にすることにした。

 手にしていたポーションの価格は1800リールなので確かに六割だ。

 さっきの漫画が5500リールと考えると初心者向けの消耗品よりも高い程度なので、意外とリーズナブルに感じられるのも不思議だ。


「そしてもう一つ、この店には生産職を始めたばかりのプレイヤーを支援するって目的もあるんだ。

 このゲームを始めたばかりだとピンと来ないと思うが、意外とこのゲームにおける物の売買って面倒が多くてな……生産初心者は物を作っても上手く売れないってことがあるんだよ」


「へぇ、これってプレイヤーが作ったアイテムなんですね」


「セイロンは生産目当てで始めたクチ? それとも、戦闘メイン?」


「生産にも興味はあるけど、俺って凝り性じゃないんですよね。 生産と戦闘の二つで言うならば、戦闘オンリーなプレイスタイルになると思います」


「なんか思わせぶりな口調だけど、その雰囲気だと結構慣れてるプレイヤーなんだろ? 他にどんな目的があってこのゲームを始めたのさ」


 このゲームを選んだのは明確な目的があったわけじゃないけど、最新のゲームでグラフィックが凄く良かったことなどは理由の一つだろう。

 一番の理由が失恋したのでゲームをする時間ができたから、とにかくワイワイ騒いで忘れたかったからと言う情けないものなのだが。


「デイジーの勘が外れるって珍しいですね、彼はVR初心者ですよ」


 物思いに耽っていた自分に代わってリリアがデイジーに答えると、デイジーはカウンターから身を乗り出す勢いで驚いていた。


「えっ、VR初心者!? 嘘っ、えぇっ、このゲームが初めてじゃなくて!?」


「はい、俺は今日がVRゲームデビューです。 って言うか、ついさっきマシンが届いたくらいの完全なド素人ですよ」


 そう言うと、リリアの表情も驚きの色に染まった。

 何なの一体どうしたの。 異性にそういう反応されると凄く怖いんですけど。


「……だってさ、流石の私もVRマシン購入初日だとは思ってなかったけど」


「うーそーだー! VR初日の人間がそんなにさくさく動けるかよ! おい、リリア! ぜってぇアイツはお前をナンパする目的で騙ってるって!」


 ナンパ目的だと看破されて思わずドキリとしてしまう。

 いや、リリアをナンパする気は無いし、彼女との出会いはどちらかと言えば逆ナンだったと思うんだけども。


「それで言うなら、私の方から声を掛けたので逆ナンになってしまいますよ」


 奇しくも俺の内心と同じツッコミをするリリア。


「それは誘い受けって奴だろ! 提灯アンコウの提灯に誘われた哀れなリリアを、隙を見て食べるつもりなんだよ、そこのアンコウ野郎は!」


「ちょっとデイジー! 流石に初対面の相手にその言い草は酷くないですか!」


「あ、いや、別に俺は気にしてないんで」


 むしろ、なんか浮ついた気持ちで「あわよくば運命みたいな出会いがあるかも」とか思っていた僕が全面的に悪いと思います。

 うん、デイジーは友達思いな素敵な人だと思います。

 本当になんか土下座したくなってきた。


「ほら、彼は別に構わないって言ってるじゃないか!」


「デイジー、貴女が貶めている相手にフォローされて恥ずかしくないんですか! 言ってることとやってることが滅茶苦茶ですよね!」


 何故かヒートアップする二人の会話の隙間に差し込むように、からんと澄んだ鐘の音が響いた。

 自然と、手持無沙汰な僕の視線は音のした方角、店の入口へと自然と向かっていた。


「あの、すみません……」


 それはさながら真夏の炎天下、陽炎の立ち込めるアスファルトを吹き抜ける一陣の涼風のように、

火照った体を冷ましてくれるような爽やかで静かな声音だった。

 凛とした声の持ち主は、洗い立てのような真っ白なローブを目深にかぶった少女で、顔は影になっていて分からないが、フードからはみ出ている髪の束が灰色に近い薄紫色で印象的だった。

 ローブの裾から覗く肌はローブに負けじと白く、まるで良く出来た人形のようにも思えた。


「「いらっしゃい!!」ませ!!」


「あひぃっ!」


 白熱した二人の灼け付くような語気に直接晒された彼女は、拠り所を失った木の葉のようにその場で崩れ落ち始めた。

 僕は咄嗟に手を伸ばし、倒れそうになった彼女の体を支える。

 自分でも意識していない反射的な行動だったが、店内には所狭しと様々な物が置かれているのでふとした拍子にどこかでぶつけてしまう可能性も無くはなかっただろう。

 この世界での痛覚がどの程度あるのかどうかは分からないし、冒険者としての肉体がその程度で怪我を負うのかも定かではないが、少なくとも店内の商品が雪崩を起こすことは避けられたようだ。

 状況の把握が進むと、改めて腕の中にいる少女に意識が向き始める。

 見た目以上に華奢なのだろうか、全くと言っていいほど重みを感じない彼女の身体だが、しっかりと触れ合う部分からは暖かな温もりが感じられる。

 VR世界でもこういった感覚が再現されているんだなと感動を覚えると同時に、何だかいけないことをしているような罪悪感が沸いてきた。

 もしかして、この不思議な柔らかさを感じている掌はいけない場所に伸びているのではないだろうか……いや、彼女の体の倒れた向きを考えても己の手は決してそんな場所には伸びていないはずであり、だとするとこの感触は横腹当たりの筈であり……だとすると、もしかしてこの二の腕に感じる至福の感触は……あぁ、まさか、腕に! 腕に!!


「って、あぁ! ごめんよカラー、大声をだしちまって!」


「あちゃー、ごめんねカラー。 驚かせちゃったね」


 二人は知り合いなのか、リリアとデイジーは彼女に頭を下げる。

 その謝罪に対してカラーはこくこくと小さく頷いて返す。

 まだ自力では立てないのか、小さな細い指で俺の腕につかまっている。

 まるでその仕草は小動物のようで……何だろう、この気持ち。 別に僕が何かをやらかした訳じゃないのに、すっごく気恥ずかしくなってきたんですけど。


「セイロン、良くぞカラーを支えました! キミには花丸をあげましょう、グッジョーブ!」


 何故かリリアは僕に向かって親指を立てて褒めてくれた。

 不思議と彼女からの信頼感みたいなものが上がった気がする。

 逆に、態度が一変したのはカラーと呼ばれた少女の方だ。

 急にプルプルと震えだし、フードで直接伺えないのだが怯え始めているような気がする。

 やばい、僕のこの手がやらかしたのだろうか。

 自分でも知らぬ間にけしからん行為を働いてしまったのだろうか。

 痴漢行為何て恥ずべき行いだと思っていたのに、VR世界だからとタガが外れてしまったのだとすれば……僕は何て罪深い人間なんだろうか。

 これは自首すべきなんじゃないだろうか。

 そうか、先ほどからの得体のしれない罪悪感はまさに、こうなることを予見していたとでも――


「ぁ、ぁの……わ、私……」


 怯える様な彼女の声が、俺の胸にずしりと突き刺さる。

 あぁ、これはマジでダメな時の声だ。

 自首なんかじゃダメかもしれない、最早僕は世紀の大罪人なんだから、むしろ本当に自ら首を括る必要があるんじゃなかろうか。

 いや、そうに違いない。


「ご、ごめんなさい、初めての人にお願いすることじゃないんですけど……抱き上げて貰えませんか……」


 ぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽を漏らしながら頼む少女。

 もう彼女に何を言われているのか、これが一体どういう状況なのかということも、僕のカスタード色の脳細胞では全く判別できていなかったが、とにかく言われた通りにするしかないと全力で彼女の要望に応えるべく体が反射的に動いていた。

 素早く回り込みながら、彼女をお姫様だっこの要領で抱き上げる。


「……そ、そのまま、あ、あ、あそこの椅子に座らせてください……」


 より一層震えながら、彼女は懇願とも断罪とも言える言葉を僕に投げかけていた。

 ゴルゴダの丘に向かう気持ちで僕は指示された場所、カウンターの傍の椅子に向かって歩き、可能な限り気遣いながら彼女をそっと椅子に座らせた。

 椅子に着いた少女は、まるで溶ける雪のようにふにゃりと崩れてカウンターに突っ伏していた。

 少女の小さな手は顔を覆うように添えられていたので、ただでさえ華奢な彼女の姿が一層小さく縮んで見えたぐらいだ。


「…………ぁぅー」


 小さく漏れる彼女の吐息だけが、異様な静寂に包まれた店内に零れる。


「そ、その、なんだー、今日はカラーは何の用で来たんだい?」


「…………藥、売りに来ました」


「お、おぉ、そうかそうか。 是非とも買い取らせてもらうよ」


 デイジーの言葉に、カラーはもぞもぞと蠢くと大きなカバンを取り出した。

 おそらく、あの白いローブの中でショルダーバッグでも斜めにかけていたのだろう。

 片側の留め金を外す形で取り出したそれを、突っ伏したままデイジーに手渡していた。

 どことなくデイジーの様子もぎこちないようで、何とも言えない空気感がこの場に漂っていた。


「彼女もキミと同じ新人のカラーちゃんです。 生産職をメインに活動をしていて、このショップでは主に薬品系のアイテムを卸してくれている子です」


「さらっと説明して頂き有難うございますリリアさん。 アーリー組はこういう事態にも動じないんですね、流石です」


「いえいえ、それ程でも無いです」


「……えっ、また俺の心の中を読んだ!?」


「心の中身が口からマーライオンのように駄々漏れてましたよ」


 そう言われて思わず口元を抑えてしまうが、よくよく考えればこれ以上漏れる中身も今は無いのだった。

 間抜けを晒す僕の脇腹をリリアが手の甲でノックする。

 無言でカラーを指し示す彼女の仕草に、僕はしばらく逡巡してから口を開いた。


「えっと、初めまして、カラー。 俺はセイロンって言うんだ。

 今日から始めた新人なんだが……これも何かの縁だ、これからもよろしく頼むよ」


 そう言ってリリアの表情を探ると、どこか不満そうなご様子。

 うーん、困窮した脳内で何とか捻り出した言葉なんだが配慮が足りなかったようだ。

 何にどう配慮すればいいのか、今の僕には皆目見当もつかないんだけど。


「……私の名前はカラーです。 わ、私もセイロンさんと同じ初心者で、リリアさんやデイジーさんに助けて貰って何とか頑張ってます! そ、その、えっと、不束者ですがどうかよろしくお願いします」


 相変わらず突っ伏したままだが、幾分か元気のもどった……と思う声で応えてくれた。


「カラーもVRゲーム初心者で、まだ上手くアバターを操作できないみたいなんだよね。 だから、セイロンも街で見かけたら声を掛けてあげて」


「え、セイロンさんもVRゲーム初心者だったんですか……なのに、そんなに自由に動けるだなんて……凄いですね、憧れます」


 リリアのフォローに声が弾むカラー。

 その声音は多分に驚きが混じっていたが、彼女は震えながらも上体を起こして僕の方に視線を向けた。 照明の光の加減だろうか、目深に被っているフードの奥からアメジストの様な輝きを放つ瞳がこちらを見据えていた。

 綺麗な瞳だと素直に思った。

 そして、それ以上の衝撃が僕の中に生まれていた。

 ことここに至ってようやく一連の流れに合点がいったのだ。

 デイジーも驚いていたが、カラーの様子を見てようやく実感できたと言うか、認識できたと言うか――リリアが言っていたVRゲーム慣れと言うのは、そもそもアバターを自由に動かせるかどうかという点から始まっていたようだ。


「……え、そうなの? そういうもんなの!?」


「まぁ、この子の場合は極端に下手と言うか、苦手にしてる感じだけど……普通ならインした初日なんかはどこかギクシャクした動きしかできなくて、徐々にゲームに慣れて言ったら自然になっていくもんなんだよね……その様子だと本当に知らなかったのか?」


 呆れた様な、感心したような、申し訳なさそうな、何とも言えない複雑な表情でデイジーがこちらを見ていた。


「いやぁ、多少はズレがあるとは思ってるんだけど殆ど問題なく動けてたから、てっきりこんなもんなんだとばかり思ってたんだ」


「個人差はありますが、スポーツ選手とかはVR慣れが早い人が多いと聞きますし、運動神経が良いと慣れが早いのかもしれませんね」


「そう言うものなのか」


 僕は運動神経が良い方では無いので、偶々だとは思うが。

 それにしても、初心者は動き方で見分けがつくのか……あ、確かに大通りを見ると動きのぎこちない冒険者の姿がちらほら見えるな。

 もしかしたら、彼らは僕たちと同じVR初心者なのかもしれない。


「まぁ、VR慣れに関しては本当に個人差の問題ですからね。 先輩としても適切なアドバイスが出来ないんですよ。 三日もあればスムーズに動ける人も居れば、一ヶ月かけてようやくものに出来たっていう話も少なくないですから。 ただ、いずれは自由に動けるようになると思いますから、カラーも焦らなくて良いと思いますよ」


「はい、頑張ります」


 今日一番の優しい表情で、小柄なリリアが最高に良い格好をしていた。

 その親身な言葉は先輩として十分に尊敬できるものだと思う。

 まるで我が子を慈しむようなその仕草は、幼い体格をして母性すら感じさせるもので不意に胸を強く打たれるものがあった。

 リリアとは本当に偶然の出会いでしかなかったのだが、この運命の巡りあわせに僕は最大限の感謝を示さないといけないのかもしれない。

 話も良い感じに纏まり、正直、直前に何を話していたのかあまり覚えていないのだが、今なら清々しい気分でこの場を後に出来る気がする。


「ところで、キミに聞きたいことがあるんダヨネ」


 ぞくりと背筋が毛羽立つような、嫌な感覚が走り抜けた。

 リリアのイントネーションが心なしかおかしかったような気もする。

 気のせいだと思いたい。


「な、なんすか先輩」


 緊張が走る。 この場を去るべきだと本能が告げているが、足は縫い付けられたように動かない。

 爪先立ちで僕に寄り掛かる彼女は、耳打ちをしようとしているようだが、その実はただのポーズなのだろう。

 内緒話をしていると言う体で、と言う構図だ。


「女の子をお姫様だっこした感想、聞かせて欲・し・い・ナ!」


 その爆弾発言により、僕とカラーの二人が真っ赤に焼ける。

 あ、あ、あぁ、そう言えば、そんな大それたことをしていたような!?

 彼女でも無い子に! 僕は、お姫様抱っこをしてしまったのか!

 我知らず掌を閉じない程度に軽く握っては開くを繰り返していた。

 まるでその時のことを鮮明に思い出そうとするかのようなその仕草は、流石に僕の意識的な行動ではない。

 あぁ、なるほど!

 これがVR慣れしてないと起こるアバターの操作が上手く行ってない状態なのか……なんて冷静に自らの状態を分析する一方、視界の隅に映るデイジーの顔が再び怒りに染まり、カラーのこちらを見る瞳が潤み始め……軋む音を立てて僕の首がリリアに向いた時には、彼女は先ほどの女神の様な微笑みから、悪魔のようないやらしい笑みへと華麗なる変貌を遂げていた。

 あぁ、なるほど!

 これが彼女のもう一つの側面なのか、と。


「あ、あわ、わわわ……」


 戦慄くカラー。


「リリアー! いい加減そういう性格は直せー!」


 噴火するデイジー。


「むふふ、いいじゃんいいじゃん! 初々しい二人の初めての共同作業について、詳しく聞きたくなるのが人の世の常って奴じゃん!」


 花を咲かせるリリア。

 ……あぁ、なるほど。

 女三人寄れば姦しいって、こういうことを言うんだなって。

 僕は一つ賢くなったのだ。


 ※ ※ ※


 あの後、強引に店を追い出された僕たちはそのまま街の外に向かった。

 ざぁっと音を立てて吹き抜ける風は、足の長い平原の草が奏でる天然のフィールドBGMだ。

 まぁ、天然と言うのは正確には嘘なのだが、ゲームにはよ必ずあると言っても過言じゃないフィールドBGMが無いと言う意味では、この世界が今まで経験してきたゲームとは違う世界なんだなって改めて実感させられる。


「うわー、広いなー!」


「現代じゃ地平線なんて見る機会の方が少ないからね、その感動は私も良く分かるよ」


「本当、この光景を見ただけでもなんかVRゲーム始めて良かったって気分になります!」


「うんうん、初々しくて素直で宜しい! じゃ、田舎面晒してないで狩場に行こうか」


「……あ、はい」


 にっこりと穏やかな眼で見守るような視線を向ける彼女に、ポンと背中を叩かれて促される。

 その感触と同じくして、周囲の生温かい視線を背中に感じるのだった。

 あぁ、確かにVR初心者丸出しの顔してたんだろうな。

 胸の奥に込み上げてくる羞恥心を微かに感じたが、「旅の恥は掻き捨て」と割り切って足を前に踏み出すことにした。

 ざっと靴越しに感じる砂と土の擦れる感触が、ここが現実と何ら変わりないんじゃないかと思える程の臨場感をフィードバックしてくる。

 人の足で踏み固められた街道をしばらく進み、リリアが指示したポイントで街道から外れて平原の中へと踏み込んでいく。


「さて、ここら辺なら狩場として申し分ないでしょう。 メインの狩場はまだ先の場所にあるので、この辺りは他のパーティと被ることが無いのでじっくり練習できるはずです!」


 特にこれと言って目印は無いが適当な場所に着いたのだろう。

 何の変哲もない草原の一角と言った感じの場所だ。

 街の外壁が一目で視界に収まる程度の距離であり、道に迷う心配も皆無だろう。


「キミの得物は剣だったよね、リアルで剣道とか習ってたりしたの?」


「いや、学校の授業でやった経験があるくらいだ」


「ふんふん、ずぶの素人さんってことだね……じゃあ、まずは剣を抜いて見よっか。

 はい、とりあえず映画とかアニメとか、漫画でも良いので誰かをイメージして構えみてて」


 随分といい加減な指示だが、僕は彼女の言葉に素直に従ってみることにする。

 まずは鞘から引き抜いた剣を軽く素振りしてみる。

 両手で、片手で……うん、片手でも問題なく扱えるな。

 ロングソードの刃渡りは片腕くらいの長さがあるのだから、重さもそれなりにあるはずなので振り回せるか心配だったのだが、そこは最初のカスタマイズが効いているのだろう、気兼ねなく取り回せるようだった。

 体感的には同じくらいの長さの小枝を振り回している感じだろうか。

 結構いい音を鳴らしながらスイングが出来ている。


「おぉ、なかなかスムーズだねぇ」


 リリアは少し離れた場所から僕のことを見守っていた。

 続けて、彼女のアドバイス通りに映画や漫画などから剣士の動きをイメージしてトレースしてみる。

 侍とか結構好きなんだけど、西洋剣でやるポーズでは無いよなぁ。

 あ、でも正眼の構えならば共通してるかな?

 ピタリと剣を構えてみると、意外とこれがスムーズにできた。

 続いて、上段の構えを試してみる。 その次は仁王像のようなポーズをして片手で上段に構える。

 両手で握り、水平に寝かせた剣を頭の高さで構えてみる。

 騎士の構えのように、両手で剣を胸の前に掲げて見たりもした。


「うーん、やっぱりキミはアバターを問題なく動かせるみたいだね。

 知識的な面から確信はしてるけど、やっぱりVRゲーム初心者だとは思えないな」


「そんなに言う程なのか?」


「わりと、VR慣れするのってコツと言うか、感覚を掴むまでが難しいところあるし……あ、でも今日マシンを買ったばかりでそれだけ動けるって、数時間も慣らしてないよねぇ……最早天才の領域なのかもしれない」


「いやいや、流石にそれは無いでしょう」


「まぁねー」


 謙遜したつもりはないが、あっさりと肯定されるとそれはそれで少し寂しいものがある。


「さて、アバターの習熟は別に問題ないみたいだし次のステップに行こうか!

 このゲームの肝とも言えるアーツの使い方なんだけど、まずは初歩的なところから≪スラッシュ≫のアーツを使ってみようか。 まずは技名を発声しながらやってみよう!」


 アーツとは特殊なスキルのことで、魔法使いで言う魔法のようなもののことだ。

 様々な効果のアーツがあるが、今は戦闘系のアーツを使ってみようと言う事だろう。


「声に出すんですか?」


「うん、体の動かし方と強いイメージだけでも熟練者なら発動できるけど、それってかなりの上級テクニックだからね。 普通は技名を叫んで使う人の方が多いんじゃないかな。

 はい、恥ずかしがらずに勢いよくやって見よう! いち、にの、さん!」


 なるほど、そう言うものなのか。

 彼女の挙げた≪スラッシュ≫は斬撃系の基本的なアーツで、攻撃力と衝撃力に対する補正がかかる攻撃系の技だ。


「≪スラッシュ≫!」


 僕は思い切って声を張り上げてみるが特に変化は起きない。


「ぷふ、叫ぶだけじゃ発動しないよ! ちゃんと剣で斬って!」


「≪スラッシュ≫!」


「……うーん、発音が違うのかな?」


「≪スラッシュー≫!」


「いや、もっと別の感じでさ……ほら気合入れて!」


「≪スラーッシュ≫!」


「……斬撃の軌道が違うのかな」


「≪スラッシュ≫!」


「ううん? 何でだろう……メインメニューからアーツの項目を選択して、その中にある≪スラッシュ≫の項目を選んでみて。 発動条件やモーションが載ってる筈だから」


 リリアは首を傾げながら僕にアドバイスをくれた。

 僕はそれに素直に従い、そこでようやく間違いに気づいたのだ。


「無いわ」


「え、何か変な間違いをしてた!? 私の勘違いだった!?」


「いや、無いんだわ」


「……何が無いの?」


「≪スラッシュ≫、そう言えば俺は覚えてないんだった」


「……え?」


「初期のカスタムポイントを全部フィジカルに振ったからなぁ、スキルや魔法は後で覚えようと思えば覚えられるって説明にあったから気にしてなかったわ、はっはっは!」


「まさかの手動ビルドだったの!? しかも、フィジカル全振りって、え、ちょっと待って、えぇぇ!? ……無いわー! 流石に予想外だわー!」


「いや、なんかごめん」


 すっかり肩を落としてしまったリリアが気の毒で、何だか悪いことをした気分になる。


「ううん、別にいいの気にしないで……じゃあ、私がアーツ使うのを見ておいて」


 気を取り直したリリアは、彼女がアーツを使うところを見せてくれると言う。

 宝石を冠した錫杖を両手で握り、ぐっと振りかぶって水平に薙ぎ払った。

 彼女の手にしていた錫杖が光を纏い、平原の風が生み出された衝撃波で薙ぎ倒されてざわめきの声をあげた。

 轟音と金色のライトエフェクト共に杖を振り抜いた彼女は、自慢げにこちらに振り返る。


「今のが棒術系のアーツである≪ヘヴィスイング≫の無声発動です」


 そう言いながら胸を張って見せる彼女の仕草は僕に「上級者にしかできないモーションとイメージによるアーツの発動を難なくこなして見せたぞ、どうだ凄いだろう」と暗に言っているのだろう。

 ……何で暗に言っているんだろうか。

 リリアとは付き合いが長いわけではないが、今日一日で感じた彼女の正確ならば直接凄いでしょうと言ってきそうなものなんだけど……これって、もしかするのだろうか。


「おぉ、いまのがそうなんですね! 凄いです! 感動しました!」


「……わざとらしいですねぇ、もうちょっと上手く演技して欲しいものです」


 リリアからダメ出しをされてしまう。

 そう言いながらも、どこか満更でも無さそうな表情に見えるのは僕の目が節穴だからだろうか。

 最初はもうちょっとお淑やかだけどユーモラスのあるお姉さんタイプかと思っていたのに、蓋を開けてみれば部活の調子の良い先輩みたいなタイプだったもんな。

 そう思えば、僕の目は確かに節穴だったのかもしれない。

 可愛らしい外見と言う第一印象だけで性格を推し量ろうとするのは、ある面では仕方がないことなのだろうが、やはり女性のことを僕は知らなさ過ぎたんだなと思い知らされる。

 ……そんな僕だから、財木さんの気持ちも考えずに告白してしまったのだろうと反省する。

 今更後悔しても仕方ないのだろうが、もう少し僕に彼女を思いやる僅かな思慮でも持ち合わせていれば、色々と結果は変わっていたのかもしれない。

 どこがダメだったのか具体的にはまだ理解できていないんだけど、きっとあの告白は僕の独りよがりでしか無くて、もっと相手の事も考慮すべきだったんじゃないかと、配慮すべきだったんじゃないかと、今になってそう思うのだ。


「さて、次は魔法を使ってみましょうか……いきますよー!」


 リリアの明るい声によって、僕は思考の暗がりから引き摺りあげて貰った。

 彼女にそんな意思があったとは思えないが、またも僕はリリアに助けられた形だ。

 さっきのショップでの一件は彼女に茶化されたが、思えばそれまでにも何度もフォローして貰ったような気がする。

 ふと思考が深みに嵌りそうになる度に、彼女の明るい声が照らしてくれたような気がするのだ。

 ……格好悪いなって、僕自身にダメ出しをする。

 女の子のことでうじうじ悩んで、それを女の子にフォローされてるようじゃ甘いよなって。

 そんな精神のままじゃ、たとえ彼女が出来たって幸せになんてしてあげられないだろう。

 きっと、弱音を吐いた僕が甘えてしまうだろうから。

 それは僕の望んでいることじゃないのだ。


「……≪ウィンドハイロゥ≫!」


 彼女の杖が緑の輝きを放ち、発声と共に魔法が解き放たれる。

 平原を時折駆け抜ける風の何倍も強い衝撃波が彼女を中心として発生し、草原の緑の絨毯の上をドーナッツ状の波紋が疾走する。

 強力な大気の壁による圧力は、僕の体を強く打ち付けて地面に縫い付けた。

 少しは抵抗してみたのだが突然の衝撃の前にはやはり敵わず、背中からこけて尻もちをつかない様に前屈みに膝と手を地面に突く様にして這いつくばるのが精いっぱいだった。

 それでも、何とか顔だけは上げて魔法の行使を最後まで見届ける。


 ――刹那、僕は確かに見惚れていた。


 リリアの衣装は法衣を模したローブで、クリーム色の風合いが柔らかなイメージを感じさせるものだったのだが、それが平原の緑に浮かび上がり……いや、実際に彼女の体は浮かび上がっていたのだ。

 大気を操り周囲に強烈な重力の鎖にも思えるプレッシャーと、更に彼女自身を中心とした突風による衝撃波で彼女に害意を与える存在を遥か彼方に押し流すような魔法。

 地面に張り付いた僕とは対照的に、重力から解き放たれたように軽やかに浮かび、豊かな布地をなびかせて舞うようにふわりと回るその姿は……リリアはまるで羽の生えた天使の様だった。

 艶のある桃色の髪に浮かぶ光沢がまさに天使のエンジェルハイロゥを思わせる。

 風の輪と光の輪、二つの天使の輪が描く幻想的なその光景に、僕は言葉に言い表せない感動を覚えていたのは本心からだ。

 だが、それ以上に僕の目が自然と吸い寄せられたモノがあった。

 それは地上に現れた大小二つの天使の輪に勝るとも劣らない、荘厳にして神秘的な二対二色の輪の重なりだった。

 純粋無垢な白とフレッシュなピンク、二色のストライプが織り成す奇跡の顕現。

 それは風の悪戯だったのか、はたまた天使が気紛れに微笑んだのか。

 仰ぎ見る先には踊るように翻るロングスカートがあり、普段は覆い隠されている天上の聖域を地上で這いつくばっていた僕に示して見せてくれたのだ。

 重なり合う複数の奇跡。

 まさに、魔法が目の前で行使されたのだ。

 今ならば僕は一度も信仰したことのなかったどこぞの神の存在すらも、疑うことなく信じることが出来ると強く確信するほどに、その光景は目だけでなく心にまで焼き付いたのだ。


「ふぅ、とまぁこれが風系統の魔法≪ウィンドハイロゥ≫です。 広範囲の対象の行動を束縛、更に追撃の衝撃波でノックバックさせることで優位な状況を……って、どうしたんです? 顔が赤いですよ?」


「いや、その、すっごく感動しちゃって……魔法を使うリリアが天使みたいに見えて、その何て言うか……感動した! うん、俺はいま凄く感動した! ありがとう、リリア!」


「へ、天使!? いや、確かにハイロゥはそう言うイメージの言葉ですけど、ちょっとやめて下さいよ! や、やだ、そんなあからさまに煽て立って何も出ませんよ! からかわないで下さい!」


 頬を真っ赤に染めて慌てふためくリリアの様子を僕は穏やかな気持ちで見守っていた。

 神よ、これが信仰を得ると言う事なのですね。

 今までは「しまぱん最高!」とか叫んでるオタクな友人の事を一歩引いて見ていましたが、今度からは彼に少し優しく接してあげようと思います。

 これが許すという行為なんですね。


「それにしても、威力をなるべく落として使いましたが、まさかキミが衝撃波に吹き飛ばされずにその場で耐えられるなんて思っても居ませんでした。 フィジカル極振りって中々侮れないものですね。 確かに、そうやってしゃがんでいれば衝撃波の威力に耐え――」


 焦りを誤魔化す様に早口で捲し立てていたリリアの言葉の雨がピタリと止む。

 おや?

 何だろう、急に暗雲が立ち込めてきたような気がする。

 本能が逃げろ、隠れろと叫びを上げているが、このだだっ広い平原のどこに逃げ場があるのだろうか。

 神を身近に感じた今の僕には分かる、これは避けようのない試練なのだと。


「セイロン、嘘偽りなく答えて下さい……見ましたか?」


 低気圧すらも押し潰すような、さきほどの魔法よりも強烈に感じるプレッシャーに肌が灼ける。

 天使の顔には優しい笑みが浮かんでいるが、僕は知っている。

 今の彼女は慈愛の天使ではなく、断罪の天使なのだ。

 そして僕は自分の性格も良く知っている。

 僕は嘘が嫌いで、例え嘘を吐くことが許されていたとしても、僕には嘘は吐けないのだ。


「髪の色とおそろいでとっても似合っていると思うぜ!」


 だから、最大限の賛美を贈った。

 それは彼女に向けた物だったのか、涙を流しながら贖罪を求めている自分自身への慰めだったのか。


「ば、馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」


 光り輝く天使の錫杖が、罪深き男の脳天に突き刺さる。

 杖の形をした断罪の鎌が、確実に僕の意識を刈り取ったのを感じた。

 意識が暗転する中で最後に僕の脳裏を過ったのは、おそらく素の表情だったであろう彼女の泣き顔だった。

 男って生き物は罪深い生き物だと思う。 実は罪しか詰まってないんじゃないか。

 羞恥で泣いている彼女の火照った顔も、可愛らしいと感じてしまうのだから。

 でも、リリアの外見は中学生くらいなのでそれにドキドキするなんてロリコンみたいでダメだろって、そんな風に冷静に突っ込む傍観者の僕もいるわけで。

 それに対して、問題はそこじゃないと突っ込む僕が居て……僕が僕に、僕が僕を……。

 マトリョシカのように繰り返される僕自身の問答の渦の中で、意識は暗い闇へと沈んでいった。


「……何で嘘を吐けないのよ、この馬鹿……正直者め……」


 怒ったような、呆れる様な、慈しむような、そんな声が遠くで響いた気がした。

気付けば日付が進むのが驚くほどに早いです。

もっと頑張りたいと思います。

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