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ネトゲな彼女を攻略したい! ~Over The Dimensions !!~  作者: 尾所杉治国
第一幕『ソレは攻略wikiにも載ってない』
19/22

-13- 『鉄の街 ツヴァイヒ 2』


 町の中ならどこでも鉄を打つ音が聞こえるのがツヴァイヒと言う町の大きな特徴だが、ならばこの一帯はその最たるものと言えるだろう。

 プレイヤー達からは『職人街』の愛称で親しまれ、冒険者にはその如何にも欧州の建築物を想起させる街並みが観光地として楽しまれている。 異国に生まれた者でもどこか郷愁すら覚えるその色合いは、情緒たっぷりでありVRゲームの持つ小旅行の気分を盛り上げるのに一役買っているだろう。

 ただし、そこを己の巣とさだめた生産職プレイヤーにとっては全くの別モノだった

 その場に居合わせる同業者が全て敵なのだ。

 限られた消費と需要を奪い合う為に、技術を、スキルを、話術を、システム的なものからプレイヤースキルに依存するものまで、ありとあらゆる術を尽くして競い合う様はまさに「生き馬の目を抜く」という言葉が相応しい修羅の集う地獄とも言える。

 そんな物理的な暑さを伴わない熱をはらんだ空気が、職人街の活気を更に膨れ上がらせているのかもしれない。

 張り合う声は己の存在を万人に知らしめようと高らかに響き、行き交う冒険者たちの装備が奏でる音やハンマーが鉄を打つ音を背景に、ツヴァイヒという演目は今日も観客を圧倒していた。

 その勢いはリヴァイラの街並みとは比較するのも躊躇われる程である。


 そんな表の大通りを一本外せば、これまたどうして町は印象をがらりと変える。

 先ほど見せた真夏の太陽の様な熱気はどこへ消えたのか、微かに耳に届くさざ波のような喧騒を背に受けながら影の多い路地を進む。

 主張しているのは激しさは無いが、力強く穏やかなリズムで、しかし主張は決して弱くない鍛冶師たちの息遣いだ。

 カーン、カーン……と、絶え間なく鳴り続けるそれは、この場所もまたツヴァイヒの『職人街』なのだと訪れた人々に囁きかけるかのようであった。

 初めてこの町を訪れたセイロンは、その顔を忙しなく七色に変化させながら内心の感動を如実に表していた。 その変化を特等席で眺めていたリゼはどこか上機嫌に、鉄の音を伴奏に鼻歌を歌いながら目的の場所へと向かって彼を先導する。

 辿り着いたのは一軒の工房だ。

 職人街の中では珍しくない造りの、店舗部分と工房部分が一体になっている間取りのものだ。

 店舗と工房で独立している広い間取りの敷地を持っているのは、一部の大規模商業クランや成功している一握りのプレイヤーだけであり、殆どの生産職プレイヤーはこのタイプの店舗を構えているのだとセイロンは道すがらリゼから教わっていた。

 ツヴァイヒは鍛冶と鉱山を特産物としているからか職人を優遇する町なので、リヴァイラよりは幾分か店舗兼工房兼住居となる一軒家を買うハードルは低いのだそうだ。

 むしろ、工房を購入した後に維持する方が難しいとさえ言われているらしい。

 タタラはそういう職人たちの一人であり、リゼが懇意にしている生産プレイヤーだ。

 今も工房で炉を前にして熱した鉄を相手に鎚を振るっていた。

 真剣に作業に打ち込むその姿は、素人であるセイロンの目から見ても十分立派な職人と言う印象だった。 第一印象だったノリの軽い雰囲気は微塵も無く、鋭い眼差しをする横顔はまるで別人なんじゃないかと思わせる程だった。

 彼女の特徴的な外見である立派な角が無ければ、セイロンは迷わず内心の戸惑いを口にしていたかもしれない。


「タタラー! 来たよー!」


「あいよ、ちょっと待っててなー! すぐに終わらせるさかい!」


 振り返ることなく応じたタタラは手を緩めず、視線も手元に集中させたままだ。

 彼女はすぐに終わらせると言ったが、鎚を振るうリズムは一定を保っていた。

 リゼもそんな彼女の反応に何かを思う風でも無く、それがいつものことだと言外に伝えるが如く店内に備え付けられている頑丈な造りの椅子に腰かけた。


「ほら、あと少しは掛かるだろうしアナタも座って待ちなさいよ」


「……ん、あぁ、おう……」


 食い入るように見入っていたセイロンからは気の無い返事が戻ってくる。

 それが気に食わなかったのだろう、リゼは鞘ごと引き抜いたレイピアでセイロンの肩を軽く小突いてやる。


「そんないやらしい目で見られたらタタラも落ち着かないでしょ! 狭い店内なんだから、図体の大きいアナタは小さくなってなさいっての!」


「お、おう! すまん!」


 はっと我に返ったセイロンは謝罪を口にしながら、忠告をしてくれたリゼに向き直ろうと振り返ったのだが、その時に再び彼女の手にしていた鞘に勢いよくぶつかってしまう。

 すると突然、ガラスが砕ける様な効果音が狭い店内に響き渡る。

 二人は一瞬何が起こったのか分からなかった。

 最初に気付いたのはリゼだ。

 何故なら、その現象を目の当たりにしたのは彼女であり、それを引き起こしてしまったのも彼女だったからだ。

 次に気付いたのはセイロンだ。

 顔を真っ赤にして何とも形容しがたい表情で小さく口を開けたままこちらを見ているリゼの様子を不審に思っていると、その視線がやけに肌に刺さることに気付き……そして己が上半身を剥き出しにしていることに気が付いた。

 引き締まった筋肉がバランスよく配された彼の上体は、よく鍛えられている肉体なのだと一目で理解できる素晴らしい物だ。 例えそれがアバターと言う造形を自在に操れる仮初の肉体であっても、良く出来た彫刻に思わず見惚れて視線を止めてしまうように意識せざるを得ない。

 もっとも、リゼが固まっていた理由が異性の肉体美に見惚れていたからなのか、突然目の前で上半身ストリップショーが行われたことによる理性がショートしたからなのか……それを傍目から正確に見分けることは困難極まると言わざるを得ないだろう。

 ともあれ、再起動した理性は感情の波の大きさに翻弄されるが儘に叫びをあげてしまったのだが。


「きゃぁぁぁっ!? な、なんで急に曝け出してるのよ!?」


「おわぁぁぁっ!? お、俺の装備が消し飛んだ!?」


 二人の叫び声に、流石に集中力を乱されたタタラは普段は耳にすることが無い友人の声に疑問と好奇心、それと少なからず作業を邪魔されたことに対する苛立ちを滲ませながら、作業を中断して立ち上がって……その惨状を目の当たりにする。

 友人である少女が、半裸の男の乳首に鞘に納めたレイピアを押し当てようとしている!

 前後の流れを知らないタタラからはそのように見えたのも無理はないだろう。


「う、うわぁぁぁ!? あんたらウチの店でなんちゅうプレイしてんねん!?」


 顔を真っ赤にしているのは目の前のハレンチに対する羞恥心と、自らの店を汚されたと思った怒りの双方からだろう。 眦に涙を浮かべながらも激しく抗議の声を上げる。


「ぷ、プレイ!? 何のことか分からないけど違うわよ、誤解よ!」


「聞いてくれよタタラ! 俺の装備が急に消えて――」


「だぁぁ! こっちにくんなや、ウチはそんな変態な趣味は無いで! ええ身体してるから見せびらかしたいのは分からんでもないけど! とにかく早く服をきてくれへん!?」


 タタラの発言でセイロンは自分の身に何が起こったのかを瞬間的に理解する。

 トロールとの激戦で限界まで摩耗していた装備の耐久値が、つい先ほどのリゼの鞘当てによって削り切られた結果全損して消滅したのだとすれば現状にも説明が付く。

 それでも納得はできないし、軽く小突かれた程度でギリギリだったとは言え残りの耐久値が全て削られた理由に関してはレベル差だったり、街中で装備が破損することに関してもゲームの仕様を全て把握していない彼としては飲み込むことが難しい憶測ばかりの推論なのだが、今はそんなことを気にしている場合では無く、女性アバターの二人の前で上半身だけとは言え裸を晒していることが問題なのだと動揺を無理矢理に飲み下す。

 セイロンは乱暴に不満を飲み込むと、タタラの助言に従う事にした。


「お、おぉ! そうか装備か! あ、ダメだそもそも替えの装備なんて購入したこと無かったんだ……なぁ、どうしよう?」


 しかし、行動に移ってすぐに気付いてしまう。

 そもそも今しがた全損した装備こそが彼の唯一の装備であり、代わりとなる装備など持ち合わせているはずが無かったのだった。


「な、なんでやねん!? 幾ら男の子やからって、せめて街中ようにオシャレ用の普段着くらいは持ち合わせとけや! あぁもう、えぇっと……そや、そこの売りもんのフルプレートメイル! 情報ウィンドウを開いて試着のアイコン試してみぃ!」


 タタラに怒鳴られながらも、言われた通りに試着してみるとセイロンの全身をパッと一瞬で重厚な金属鎧が包み込んでくれる。

 ゲーム世界の便利な仕様に感謝しつつ、三人は一様に胸を撫で下ろしたが、事態がひとまず収束したことで今度は気まずい沈黙が辺りを包み込んでしまう。

 その空気を打ち破ったのもまたタタラだった。


「あー、とりあえずお茶でも淹れるわ。 二人ともそこで少し待っといたって」


 疲れた様な笑みでタタラは店の奥、居住エリアの方へと引っ込んでしまう。

 リゼはと言えば、流石に自らが引き起こした事件に対する負い目があるのか、視線を足元に固定したまま身体を小さくして微動だにしない。

 セイロンもまた一方的に被害者であるはずなのだが何ともバツが悪く、この空気をどうすれば良いのか悩んでいたのだが、結局はタタラが戻るまでぼうっと立ち尽くしているしかできなかった。

 お盆の上に三人分の湯飲みと急須を乗せてタタラが戻って来たのを見て、二人ともあからさまに安堵の吐息をこぼしてしまったのも仕方ないのかもしれない。

 急須から注いだお茶を湯呑に入れて、タタラが自ら歩いて二人に手渡す。

 三人がぐいっと同じタイミングでそれを口にしたのも、この場を支配している独特な空気感が彼らにそうさせているのだろう。


「……はぁ、やっぱりお茶はええなぁ。 で、改めて自己紹介からしとく?」


「そうね、えっと彼女はツヴァイヒに工房を構える鍛冶師のタタラ」


「どぉも~、絶賛売り出し中の美少女鍛冶師タタラちゃんやで! 気軽にマイハニーって呼んだってや!」


 タタラは腰に手を当てしなを作り、セイロンに向けて色々と熱烈なアピールをする。

 ツナギの様な作業着を上半身だけ脱ぎ、余った布を腰で結んでいるような格好だ。

 Tシャツだけの上半身は女性的なボディラインを強調していて、頭部を覆う虎柄のバンダナからは藤色の髪と漆黒の角が覗いていた。

 VRゲームの世界に汗と言う概念は無いが、それでも先ほどまで鍛冶師事に勤しんでいたからか、はたまた直前のドタバタ劇が尾を引いているのか、少し上気した頬とぴたりとフィットしているかのような上半身の布のラインは異性の視線を釘付けにするには十分だろう。

 わざとらしい、あざとすぎるアピールなのだが分かっていても無視できないのが正しい男の在り様と言う奴であり、少しだらしない顔をしている今のセイロンを責めることは誰にもできない。

 当然、そうと分かっていても機嫌が悪くなってしまうのもまた致し方が無いことで、一度は引いたはずの感情の波が再び寄せてきたとしても仕方がないことなのである。

 リゼにはタタラが何を考えて彼にそんなに積極的なのかは全く分からないし、逆にセイロンの感情がどうであるかは一目で分かってしまうこの状況は強いストレスを生み、それはいつ爆発してもおかしくはないものなのだが、彼女はそれを強固な理性の壁で押し留めた。

 直前の騒動で空気を変にしてしまった手前もあるのだろう。

 ちらちらと意味深な視線を送ってくるタタラを努めて無視し、リアルだと鈍痛でも走っているだろうなと思ってこめかみに指を当てながら、紹介を先に進めることに専念する。


「……そして、こっちの彼が戦士のセイロン」


「改めまして、迷子のセイロンです」


「自分は結局それで通すんかい! あはは、ええよええよ! それがお約束って奴やもんな……で、二人はどこまでいったん?」


「タタラ、刺すわよ」


「ちょ、店の中で抜くなや! わーわー! じょ、ジョーダンやんか、お約束やってオヤクソク!」


「あのね、私は今ものすごく機嫌が悪いの。 私の過失もあるけれど、誰かがふざけてばかりで話が全く前に進まないからイライラしてるの」


「ちょっとちょっとちょっと!! ま、マジでその目やめて! 怖いって、めっちゃ今の自分ヤンデレみたいやで!? わー、堪忍やー、ウチが悪かったってリゼちゃーん!」


 感情の無い顔で刃先を揺らしながら近づいてくるリゼに、タタラは降参とばかりに万歳して壁際まで後退する。

 女子二人が騒いでる間、セイロンはと言うと頑なに口を閉じたまま成り行きを見守っていた。

 実はちらちらと彼に向けられる助けを求める様なタタラの視線にしっかり気づいているのだが、一歩踏み込めばリゼの剣先が己に向けられるであろうことを正しく理解していた。

 無情な決断に思えるかもしれないが、助けを求めているタタラもそうなるであろうことを理解した上でセイロンにアピールしているのだから性質が悪いと言える。

 空気が読めない奴やただのフェミニスト、下半身に正直な野郎ならば見事に怒りの底なし沼へと足を踏み入れていたであろうが、そこは初対面でもノリが合う二人だからこそ裏の意図まで全て余すことなく伝わっていたのだ。

 そして、そんな二人のやり取りに気付かないリゼでは無い。

 怒っている自分を片手間に、内容までは分からないが何かしらのサインを彼に出せるタタラの余裕を削れるだけ削り取ってやろうと歩みを進め、遂に切っ先が喉元近くにまで迫った所でタタラが降伏して事態は一応の収拾を見る。


「全く、そうやってすぐにふざけるから固定客を逃がすんですよ!」


「う、ウチのキャラと客離れは関係あらへんやろ! ……あるんかなぁ?」


「知りません! とにかく、いい加減にしておかないと私だって愛想を尽かせて別の鍛冶屋の世話になりますからね!」


「そ、そないな殺生は堪忍やで! うわーん、リゼちゃんがマジ切れしたー!」


 わんわんと両手で顔を覆い、号泣するタタラの姿に流石にリゼも勢いが弱まる。

 彼女の中の良心が相手を深く傷付けたかもと思うと鋭く痛むのだ。

 優しい声の一つでもかけるべきか、いや今ははっきりと態度で示して置かないと、でも……葛藤するリゼは困り果ててしまう。

 そんな二人の様子を見兼ねたのか、セイロンが言葉を発した。


「すまん、そろそろ俺の装備について話をしてもいいか?」


「はいはい! 旦那、今日はどういった商品をお探しで! 軽鎧、それとも重鎧?」


「えっと、戦士向けの鎧を見せて欲しいんだけど、今までは初期装備しか使ったことが無かったから今後どっちにするかを決め兼ねててさ、何かアドバイスとかある?」


「それやったら、一通り持って来るさかいに試着してみいな! 少しだけ待っててや!」


 直前まで泣いていたとは思えない変わり身の早さに呆然としているリゼに向けて、ぽつりとセイロンは言った。


「俺の友人と同じタイプの人間だよアレ。 茶化してないと死んじゃう病気なんだ」


「……難儀な病気ね」


「だよなぁ……ま、それだけリゼのことを気に入ってるってことだと思うよ」


「そうかしら、アナタの方こそ気に入られてるんじゃないの?」


「俺はノリを合わせられるからそう見えるだけで、実際にはリゼにじゃれついてるだけだから」


「そう……なのかしら」


「そうなんだよ」


「アナタも振り回されることあるの?」


「あぁ、しょっちゅう振り回されてるよ」


「……お互い大変ね」


「だなぁ」


 あーでもないこーでもないとタタラが倉庫をひっかきまわしている音が響く中、二人は暢気な口調でそんな会話をしていた。


「あ、あはは、お待たせしました……えっとぉ、あっちから軽鎧二つに、重鎧三つ、あとは盾とか兜とかちまちまと、んで仮の衣装として試着して貰ってるんがウチの店で唯一の全身鎧やな」


 幅の広いカウンターの上にずらっと並べられた装備たちを差しながらタタラは説明する。

 セイロンはそれらを眺めたり、実際に手にしてみながら、情報ウィンドウに表示される情報と併せて装備を一つずつ確かめていく。

 装備のステータスとしては軽鎧よりも重鎧、全身鎧の方が防御力が高い代わりに重量も重くなっていくと言うのが基本となっていて、重鎧と全身鎧の違いはパーツ毎に細分化されているかいないかという点であり、トータルしても数字ではそれほど性能面の差は無さそうだと分かる。


「重鎧と全身鎧を比べた場合の全身鎧のデメリットって何だ?」


「せやなー、全身鎧はトータルコーディネートみたいなもんで、バラバラにして装備できない代わりに耐久値が全損しても装備が完全に壊れることが無いから、長期戦やボス戦でボロボロになっても最後まで防具としての性能を維持できるのが特徴かな。

 デメリットとしては修理費が高いとか、そもそも一着分を作るのも面倒で時間が掛かるから生産してる鍛冶屋が殆ど居らんこと、なんせ材料費も高いしなぁ……あとは、やっぱ重量もあるし関節に多少干渉するみたいで慣れてないと動き難いってのがよう聞く話かな?

 せやから、ウチも試しに作ってみたけど試作のそいつ以外は全身鎧は手掛けたこと無いなぁ。

 もっと言えば、試作がそこにあるっちゅうことは一個も売れてへんって事でもある」


「そうなのか、こうして試着してる分にはそれほど動作に違和感は無いんだけどな」


「戦闘の際には違和感出るんちゃう? ウチは戦闘はからっきしやからアドバイスでけへんけど」


「確かにそうかもな」


 セイロンは鎧を見ていた手を止めて、タタラが一緒に持って来てくれた兜や籠手、盾なども手に取って見ることにした。 タタラがどの程度の鍛冶のスキルを持っているのか分からないが、リヴァイラのNPCショップで眺めていた装備よりもどれも性能が良い為に彼は感心していたのだ。

 特に、彼は今まで片手または両手で武器を扱い、敵の攻撃は回避と防具に頼りっきりだった大分偏重した戦法を取っていた自覚がある。 そろそろ別系統の武器や立ち回りを練習しようかとも考えていたし、その最初の一歩として刀を手にした経緯もあるが、やはり攻撃にばかり意識が傾倒していては問題かもしれないと常々思っていたのだ。

 刀の次はポールウェポンでも試してみようかと思っていたのだが、ここで盾を目にしたことでオーソドックスな片手剣と片手盾というクラッシックRPGの基本に倣うのも面白いのではと思い立つ。


 セイロンがポールウェポン……竿状武器とも呼ばれる装備に興味を持っていたのは、よく剣術三倍段と言うように無手と刀ではリーチや殺傷力で刀が有利と言われるように、槍もまた槍術三倍段と言って刀よりも遠間から攻撃できる性質から武器としてより優れていると言われているからだ。

 その分、棒術や槍術と言った長柄の武器を扱う技術は相応に習熟が難しいとも聞いていたので、最初は身に覚えのある剣道の経験から刀剣をメインウェポンに選択したのだ。

 ゲーム内でスキルを習得すればシステム的なアシストが働くので、一切の経験が無いポールウェポンの類でも何とか扱えるようになるだろうと言う推測もある。

 折角、念願のVR世界で様々な経験を体感できるのだから、色々とチャレンジしてみるのも悪く無いだろう。 実際、ゲームの中の竜騎士や武将のように自在に槍を操れたら格好良さそうだと言う至極単純で男の子らしい夢も多分に影響している。

 しかし、そう思う反面でリゼとの約束が頭を過る。

 ダンジョン攻略のパーティに誘ってくれているのだから、パーティ向けの行動や装備、立ち回りについて考えておくべきなんじゃないだろうかと言う思いがセイロンの中に湧き上がってきていた。

 このゲームを始めて一度も他人との連携について考えたことが無かった、それ程にアバターの操作感に慣れる為の修行に熱くなってしまっていた彼にとって、リゼの勧誘は一つの転機として自らの今後について考えさせられてしまう。

 パーティの中での自分という冒険者の役回りは何か――言い換えれば、どんな役割ロールプレイじたいのかを自らに問うべきなのだ。

 敵の攻撃を受け止めるパーティの盾になるのか、状況に応じて臨機応変に対応する遊撃手になるのか、後衛……はそもそも選択肢にないし、よく感がれば盾役にしてもスキルが無い……ならば近接で大火力を出す為に重量武器で一撃必殺を狙うのか?

 思考のドツボに嵌り、腕を組んでうんうんと唸り始めたセイロンの様子を見兼ねたのか、タタラが遠慮しがちに声を掛けてきた。


「あ、あの……セイロン? ウチの装備が気にいらんかったら無理に悩まんでもええんやで?」


 伏し目がちに窺うようにしながら告げる彼女の様子に気付いて、セイロンは驚きで目を丸くする。

 少し逡巡して思い至ったのは、タタラがあまり売れてない鍛冶屋だということだった。

 自分の作った装備の性能に対してセイロンは不満があるんじゃないか、そう彼女が思ってしまったんじゃないかと気付いた。

 その表情は先ほど装備を用意しに急いで奥の倉庫へと引っ込んだ時とは打って変わり、寂しそうで悲しそうな、そんな瞳の色をしているように見えてセイロンはハッとなる。


「いや、そうじゃないんだ、タタラの装備は素晴らしいよ! ただ、今後の自分の進路で悩んでてさ……そう、俺はまた迷子になってるみたいなんだ」


「迷子って……ぷっ、セイロンは迷子のプロかいな?」


「だから、タタラとリゼのアドバイスが欲しいんだけど良いかな?」


「あら、私にも?」


「リゼには少しパーティ戦闘の話が聞いてみたいんだ。 今後は俺も他のプレイヤーと組んでの冒険が増えるだろうし、その辺りも含めて今後の育成の参考にしたいんだ」


「なるほど、良いわよ」


「タタラには悪いんだけど、この店で扱ってる武器を含めた他の装備とか、あとはタタラが作れる装備がどれくらいあるのか確認しておきたいんだ。 頼めるかな?」


「まぁ、別にそれは構わへんけど……どういう事?」


「リゼとの話次第な所もあるんだけど……まず俺の装備で武器防具一式を全部更新しようと思ってるから、前はソロ前提で回避重視の軽装だったんだけど今後の戦闘スタイルに合わせてどうするか選ぼうと思ってさ。 実は、リゼと会う前にトロールとタイマンやったら装備が全部ボロボロになっちゃってさ……だからほら、さっきリゼに突かれて鎧が壊れただろ?」


「あぁ! なるほど、あれはそう言うことやったんか……って、トロールとタイマン張った!? そりゃ装備もボロボロになるわなぁ」


「そういう事。 で、最初は修理しようかと思ってたんだけど、タタラの持って来てくれた装備見てたら流石にそろそろ新調した方が良さそうだなと思ってさ。 初期装備だとそろそろキツそうで」


「せやな、リヴァイラ周辺ならまだええけど、ツヴァイヒまで来たら敵も強うなるしトロールなんてそこらのパーティでもそうそう……あれ、セイロンはさっき何て言うてたっけ?」


「まぁ、その話は置いといて」


「置いといて」


「兎に角、俺としてはタタラの装備が気に入ってるからさ、折角だから武器とかも用立てて貰おうと思って、何が作れるのかを聞いておきたいと思ったんだ」


「……そ、そりゃ嬉しい話やけど……でも、ウチはまだまだ鍛冶のスキル今一つやし、装備の性能も決して高いわけやないから」


 激戦区において売れない鍛冶屋とはこうも卑屈になってしまうのか。

 タタラはセイロンの申し出に何故か乗り気ではないように、一歩も二歩も姿勢を引いてしまう。

 ぎゅっと握りしめた右拳を左手で包み、抑え込むようにして胸元に当てている。

 俯いている為に背の高いセイロンから表情は見えないが、その声音から伝わる彼女の戸惑いは彼にもしっかり分かっていた。

 突然降って湧いた自分に取って都合の良い話――人気の無い鍛冶屋である自分の商品を買いたいと言ってくれる彼の言動に、どうしても腰が引いてしまうのだろう。

 だからこそ、セイロンははっきりと自分の気持ちを伝えることにした。


「袖触れ合うも他生の縁って言うだろ? 今日こうしてリゼの紹介でタタラと会えたってのは、そう言う偶然の縁があったからだと思う……まぁ、こういう言い方は俺もどうかと思うけどさ、折角なら見ず知らずの誰かが作った装備じゃなくて、こうして顔を合わせて言葉を交わした相手の装備にこそ自分の命を預けたくなるのが冒険者って奴じゃないか? 少なくとも、俺はそう思ってるぜ!」


「そんな、たかがゲームで大袈裟な……」


「いいじゃないか、たかがゲームだからこそ熱くなってみれば! タタラだって、この世界で鍛冶師として活躍して見たかったんじゃないのか? なぁ、リゼだってそうだろ?」


「え、ここで私に振るの!? ……まぁ、そこのバカほどクサいこと言うつもりは無いけど、このゲームはVRMMOなんだからこうした人と人の繋がりとかも醍醐味だと思うし……偶にはそいつみたいな伊達や酔狂を馬鹿真面目に語って見せる奴と付き合ってやってもいいんじゃない?」


 成り行きを見守る傍観者に徹していたリゼは急に話を振られたことで慌てていたが、タタラに対してそう優しく言葉をかける。


「それに、そこのバカは正真正銘のバカだから安心していいわよ。 アバターの癖に顔に感情がストレートに出ちゃうような奴だから、さっきの発言もきっとマジで言ってるわよ」


 そう言って、リゼは酷く呆れた様な視線をセイロンに投げかける。


「な、何だよ! ゲームは皆で楽しくやるもんだろうが!」


「はいはい、その通りですよー。 擦れて無さ過ぎて逆に裏があるんじゃないかと怪しいくらいよ」


「げぇ、もしかしてそんな風に見えてたのか俺は!?」


「急に距離を詰める様なアナタの態度が悪い。 アナタがただのバカだと分かって無かったら、適当な理由付けて店から追い出してたわよ」


「どんな風に見られてたんだ俺は! ってか、すまんタタラ! 本当に他意は無いんだ!」


 セイロンは飛び跳ねるような勢いで店の床に滑り込み土下座をして謝意を表す。

 ネット上ではマナーの悪いプレイヤーも多く、ハラスメント行為は往々にして無くならないものだ。

 彼はリゼの言葉から直前までの自分の言動が、そう言う手合いと近い風に見られていたことに気付き、タタラの態度が急変した理由を理解したのだ。

 タタラの店があまり繁盛していないことに付け込み、迫り寄ろうとしていたように取られていたかもしれないと思うとセイロンの肝は凍える様な冷たさを感じていた。

 誠心誠意の謝罪をと思うと体が勝手に土下座をしていたが、これすらも今の彼の理性では正解か不正解かの判断すらつかないくらいに彼は混乱していた程だ。

 彼は他人の心情を読む術に長けていないことを自覚している。

 そして、それは最も痛い経験である失恋として少し前に体験したばかりなのだ。

 そうであるにも関わらず、またこうして距離感を測りかねてしまったのは自らを叱責するには十分な失態だと感じているのだろう。

 タタラが初対面から実にフレンドリーな対応をしてくれていたので、気付かぬままに地雷を踏んでしまっていたのかもしれないとも。


 そうして彼に謝罪の意を全身で表されて困惑しているのはタタラだった。

 唐突な事態の変化に目を白黒させながら、爆発しそうになる感情を抑え込んでメニューからテキストチャット機能を呼び出し、フレンドリストからこの状況を作り上げた張本人を呼び出す。


『ちょっと! リゼ、何を勝手な事いってるの!?』


『別に? ちょっと仕返ししたかっただけだから』


『酷いよ! 彼がリゼに何をしたって言うのさ!』


『違う、仕返ししたかったのはアナタによ。 タタラ』


『え、私?』


『そ、さっきはセイロンと一緒に散々からかってくれたから、そのお返しに困らせてやろうと』


『な、なんでそんなことするのよ! 完全に彼とばっちりじゃない! 土下座だよ土下座!?』


『潔くて良いじゃない? こういうのタイプでしょ、タタラ』


『』


『効果はテキメンだった様ね、すっきりしたわ』


『私は別に何とも思ってないし! ただ彼がお店を構えてから私の装備を買いたいって言ってくれた初めてのお客さんだから、ちょっとかなり嬉しかっただけだし! リゼのバーカ! バーカ! 大っ嫌い!』


『はいはい、御馳走様でした』


『ムキー! 今度ダンジョンに潜ったらロストする呪いかけてやる! 全財産消し飛べ!』


『はいはい、楽しみにしてるわ』


 にやにやと微笑を浮かべながら勝ち誇った顔をするリゼと、顔を真っ赤にして涙目で睨み返すタタラの間でバチバチっと火花が散る。

 情けなくも言い負かされてしまったタタラは、この恥ずかしさを極限まで煽られるシチュエーションをどうやって復元しようかと頭を悩ませることになってしまった。

 背中越しにも必死さが伝わってくるセイロンの土下座は直視するのが難しく、しかも、今はリゼとのチャットでのやり取りでアバターの顔にも感情が出ているであろうことは想像に難しくなかった。

 タタラの中にはリゼがセイロンに語ったような感情、彼の好意をハラスメント行為の様に捉えてしまっていたなんてことは無かった。

 ただ単純に、この店舗を構えるまでの努力の積み重ねと、その後の閑古鳥が鳴く日々の口惜しさ、いつまでも評価されないことへの晴れる事の無い鬱憤、そう言った蓄積された負の感情の濁流が、自らの作った装備を買いたいと言ってくれた彼のおかげで一気に解放された……その感動と余韻が彼女の全身を震わせていただけなのだ。

 求められたことが、認められたことが純粋に嬉しかった。

 それだけの筈なのに、何故か誠実な彼の渾身の謝罪を受け取らなければならないハメになってしまっている……理不尽だと思いつつも、彼の好意と誠意に報いなければならないと彼女は強く感じていた。

 リゼには宣言通り精一杯の呪いの念を送っておくことにして、もう一人の被害者であるセイロンには自分の出来る精一杯で応えて上げるべきだとタタラは強く決意する。

 その為にも、まずはこの状況を納めなければならない。

 タタラは意を決して未だ地に伏せる彼に近づいて行く。


「なぁセイロン、土下座なんてせんといてや! ウチはセイロンのことそんな風に思ってないし、なーんも気にしてないから! むしろ、恥ずかしい話なんやけどめっちゃ感動しててん! ウチの装備を買いたい、使いたいって言ってくれる人が目の前に居るなんて、これぞ鍛冶師冥利に尽きるって奴や!」


 精一杯元気な声を出しながら、セイロンの肩を両手で掴んで上体を上げさせる。


「せやからな……セイロンにはウチの腕とスキルの全てを使って、今作れる最高の装備を用意したるから! これからもウチをご贔屓にって奴や!」


「俺を許してくれるのか……?」


「ははっ、なにを言うてんの。 許すも何も、最初からウチは何も怒っとらんよ? それより、ほらそんな格好してあんと立ち上がりや。 折角の男前が台無しになるで」


「……あぁ、ありがとうタタラ」


「なんもまだしとらんよ! さて、それじゃまずは今ウチが作れる装備のリストを作ってくるから、その間にそこの……実は蜘蛛が苦手やからって索敵スキルに全振りした小心者にでも、聞きたいことを聞いておくと良いんちゃうかな?」


「なっ、ちょっ、タタラぁ!?」


「自業自得って奴やで、リゼ」


 わなわなと震えるリゼと、してやったと口の端を吊り上げるタタラ。

 その二人の温度差の変化に事態を全く把握できていないセイロンは、ただただ首を傾げることしかできないでいた。

遂に当タイトルでも感想を頂いてしまいました。

我ながら単純なもので、それだけで執筆の心強い活力になります。


気付けばすぐに脱線するような癖のあるキャラばかりで、

それもあって更新が安定しないと言う本作ではありますが、

読者の方々に楽しんでいただける作品になるように努力します。


……ひとますは更新頻度の向上からですね。 頑張ります。

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