Prolog-1-2
俺と伊織が朝食を食べ終えたので、時計を一瞥する。
時刻はちょうど7時45分。ということは、もうあいつが来る頃か。
と思った瞬間に、ピンポーンとチャイムの簡素な音が家に響く。
「あいよー」
俺はチャイムに応じ、学校へ行くための荷物を持ち、玄関まで足を運ぶ。その後を伊織がついてくる。
玄関の扉を開くと、やはりそこには俺のよく見知った少女が立っていた。
「おはよう、晶」
清廉な佇まい。目鼻のはっきりとした端正な顔立ち。陶器のように白い肌。長く綺麗な髪。草薙学園の制服から突き出たふとももがまぶしい。
少女の名前は七海彼方。俺と同じ草薙学園に通う同級生。彼方の両親と俺の両親は友好関係があり、それがきっかけで彼方とは子供の頃からの付き合いがある。
7時45分。時間に律儀な彼女はいつもこの時間にきっちりと俺の家に訪れ、ともに同じ学び舎へと登校するのだ。
彼方は自慢の髪を掻き揚げ、俺に微笑みを投げた。
彼方の髪は絹のように背中に流れ、朝の光を優しく包み込む。その様子に思わずどきりとしてしまう。
「お、おお、彼方。おす」
俺は内心をばれないように、笑顔で取り繕う。
「おっす、かなちゃんおはよーっす」
俺の背中から伊織が顔を出して彼方に挨拶をする。
「うん、おはよっす、伊織ちゃん」
彼方は伊織のノリに乗ってあげ、伊織に挨拶と微笑みを返す。
「んーかなちゃん。今日もいいかなっぱいしとるのー」
伊織は忍者のように彼方の後ろにつくと、豊満な彼方の胸を揉みしだいた。
「きゃっ! ちょ、ちょっと伊織ちゃん!」
「ほーれほーれ」
彼方の胸が変形していく!
「お、おい、伊織!」
「こ、こらっ。伊織ちゃん! はっ」
俺の存在を忘れていたのか、俺に気づくとはっとなってすぐに伊織の魔の手を振りほどいた。
「晶はみちゃだめ!」
彼方はうー、と唸り赤面して胸元を隠した。
「なんやかなちゃん。ウブなネンネじゃあるめぇし」
両手をわきわきとさせる淫乱ピンク。
お前一体いくつだよ。
「お兄ちゃんもだよ。って、なぁに前かがみなってんのさ」
伊織は片眉を吊り上げ、怪訝な表情で俺を見下ろす。
「ち、ちょい待ち草のやるせなさ」
2、3、5、7、11、13、17、19……。
「ふぅ……さぁ。行きましょう!」
俺は精悍な顔立ちで立ち上がり、曇りなき眼で空を仰いだ。
俺は今まで何をやっていたのか、ああ混戦とした世界に平和をもたらすためにはどうしたらいいだろうか。
なんてね。
気を取り直して、三人で学校まで向かう。
まだ、多少眠気を引きずっているのか、それか朝食をたらふく食ったせいで副交感神経が働いてるのか、少し意識が眠さで薄ぼんやりとしている。1限目はぐーすかだね、こりゃ。
「くぁ~っ……」
思わず、間の抜けた欠伸を漏らしてしまう。
「ん? 晶、眠たいの?」
彼方が首をかしげながら俺に尋ねる。
「ああ、ちょっと昨日遅くまでゲームやっててさ」
「最近はまってるんだよねお兄ちゃん」
「へえー、そんなに面白いんだ。どんなのなの?」
「ああ、専用のHMDを使った、宇宙SF系を世界観にしたVRMMOのRPGでな。"アストラル・ベルト"っていうんだ。実際にユーザーが投影された仮想空間を現実と同じような感覚でゲームをプレイできる。ユーザーはレンジャーと呼ばれる宇宙に広げられた政府の治安維持を目的とした……、まぁ宇宙の警備隊のようなものになってクリーチャーを討伐するといったミッションをこなしていくんだ」
もっと言うと、発展したニューラルネットワークの技術を用いたシミュレーショントレースシステムである"アーク・システム"。この"アーク・システム"はユーザーの思考パターンからのゲーム上での行動へアウトプットする……。さらに、ユーザーの脳内を巨大なサーバーと独自のセキュアなプロトコルの通信を行うことで、安全な脳内ネットワークを構築し、SF世界のような一様な仮想世界を知覚表象としてユーザー間でシェアリングできる。つまり、ユーザーがそっくりそのままゲームの世界へ没入できるってこと。
このシステムが確立した当初、ごく一部の研究者のみしか研究用及び軍用のデバイスとして使用できなかったが、民間技術として運用できるようになったのは、およそ8ヶ月前である。発表と同時に多くの工学系出身者は脳髄からこのシステムを使用できるデバイスを欲したという。
これからはMR技術との融合や最先端医療技術への応用など、この技術の転用は新しい世界への幕開けになるだろう。
民間企業でそのさきかげとなったサービスが、日本有数の巨大ゲーム企業であるREX社が作り出した"アストラル・ベルト"である。世界初のこの"アーク・システム"を運用したとして、多くのメディアが当サービスを世界中に発信した。いまや、老若男女問わず多くの層の者たちの注目の焦点となっているのだ。
電○コイルや○殻の世界も最早夢ではなくなったって訳だぜ! 俺はこの事実を知ったとき、興奮のあまり全裸でブリッジしたね! そのときの我が家の愛猫であるロビンが好奇と恐怖の目で見てたけど、ブリッジしながらロビンを追っかけたぐらいさ! フル○ンポだどん!
「面白そう! 伊織、やってみたい! 今日帰ったら教えてよ」
伊織は目を輝かせてこちらを見る。
さすがは俺の妹。こういうものに関しては本能のままに好奇する。いいね、そういったハングリー魂のある奴はクリエイターのマインドがあるぜ。
「今日はバイトあるから、夜からだな。そうだ、彼方もどうだ?」
「おもしろそうだけど、私はそういうのちょっとむずかしそうかな」
彼方はそういって、たははと苦笑いを浮かべた。彼方はそういったハイテク技術は昔から苦手だものね。
「なんなら、お前も俺が教えてやろうか? 結構簡単だぜ?」
「うーん、晶が教えてくれるなら」
「ほげい。じゃあ夜だな。俺の二刀流スキルが火を噴くぜ」
俺のプレイヤースキルは二刀流じゃないけど。