Prolog-1-1
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「……きろー!」
「ん…」
茫洋とした頭に、聞きなれた妹の元気な声が通り抜ける。
寝ぼけた脳みそにその声は大きすぎたのか、頭の中で反響して鐘のようにがんがんと鳴り響く。
カーテン越しからこぼれる無機質な朝の光が瞼を焼き、自分が眠りから覚めたのだと、脳が働くまでに数秒。
ゆっくりと光に慣れるように瞼を開いていく。
目を完全に開く途中、妹が自分に向かってダイブしようと中空を漂うのを確認する。
ん? ダイブ?
目の前に飛び込んでくるものに対し、驚愕して思わず、一気に目を見開いた。
「お兄ちゃん! おっきろー!」
「うぉっ!」
瞬間、腹部に鈍い痛みが走り、開いた目を反射的に閉じる。肺の中の空気が一気に吐き出される。まだ浅いまどろみの表層にあった意識が、一気に引き剥がされ、現実の世界の輪郭を取り戻す。
「げほっげほっ……なにすんだ、伊織」
目を開き、自重とは別の重さを感じる胸元の方に視線を向ける。
俺が通う私立学園である草薙学園の中等部制服を身に包んだ少女は、伊波伊織。俺の妹である。
「おっはよーお兄ちゃん!」
伊織はピンクのサイドテールを揺らし、満点の笑顔を俺に向ける。
「あ、あのなぁ伊織! もっと普通の起こしかたできねぇのか!?」
俺は眉間に皺を寄せ、伊織に静かな激情を向けた。
「えー、普通に起こしたよ。けど、ぜーんぜんおきなかったんだもん! どうせ昨日も遅くまでゲームしてたんでしょ?」
「うっ、いやまぁそうだけどよ」
そう言われると、ぐぅの音もでない。昨日は遅くまで"アストラル・ベルト"に一晩中耽っていた事は事実だ。認めよう。
「けど、もっと起こしかたあっただろう……」
「ねぼすけさんのお兄ちゃんにはこれくらいで十分だもーん。こっちはねぼすけさんじゃないみたいだけどねぇ」
伊織さんが俺の股間に手を伸ばす。そこには朝で制御できなくなった俺の効かん棒ががが。
「や、やめんさい! そんな薄い本みたいな展開いらないよ! いまのでお前確実に淫乱ピンクって呼ばれるぞ!」
「冗談だよ。むきんなっちゃって」
伊織はぱっと手を放し、にししと小悪魔的な笑いをこぼした。
「お兄ちゃんが好きなのは、巨乳だしね」
「ばかな……なぜそれを!」
「ふふん、お兄ちゃん秘蔵の本はばっちりチェックしたからね!」
「あ、あれは隠したはず!」
「お兄ちゃん、見くびってもらっちゃ困るよ。私の妹力は53万、人呼んで"シスターの暗黒卿"よ。フォースの力を持ちいればたやすいこと。こーほー」
「あふぉーすの間違いじゃないかね」
「なにをー! おっぱい星人の癖に!」
「……そう、俺はおっぱい星人。しかし、それは単におっぱい好きだということではないのだ! 見せてやる、我が力を」
「え、嘘! おっぱいがお兄ちゃんの手に吸い寄せられていく! あぁ!」
「これが、銀河系から100万光年離れたOπ星雲に住む光の国の者、乳タイプの力なのだ! げぇへっへっへ。むっ……」
「ふふ、お兄ちゃん気づいた? 確かにその力、本物らしい。けれど伊織には……」
「まさか!?」
「そう、胸がない!!」
「くっくぅ……胸のないものにこの力は通用しない、おのれムネナイドォォォオオ!!!!!」
「うん……胸、ないんだぁ……」
「妹よ……地べたを這いずり回ってこそ見える光があるんだ……。だが期待するな! どうせ俺たちには一生見る事はできない」
「「はぁ……どうせ俺なんか」」
妹とともに深く嘆息をつく。
「いい加減にしろ」
ごつん! と頭に鈍痛が走り、顔が地面の方に向く。脳を揺らされ、耳鳴りがなる。
「「あ、ありがとうございましたー」」
それを幕引きにモニターの前のみんなに一礼。
「いってぇー!」
顔を上げると、いつのまにか母がそこにいた。おそらく、母に殴られたのだろう、その拳はグーに握られていた。
「痛いよーお母さん!」
伊織も殴られたのか、伊織の方を見ると自分の頭を何度もさすっていた。
「あんた、晶起こしにいくって言ってからどんだけ時間くってんのよ」
「ご、ごめんなさーい」
><←こんな感じの顔で謝る伊織。すげぇ、どうやってんのそれ。
「ほら、ご飯できてるから。急がないと遅刻するわよ」
「「はーい」」