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隻手の門  作者: 夏和白
3 アウル村の《札創り》
7/29

3-2

本日二話目です。

前話3-1を読んでいらっしゃらない方は、

そちらからよろしくお願いします。


 夜遅くに、賢者一行は聖アウレッタ山の中腹にあるドウン老師宅に到着した。

 訪れた一行を迎えたのは、二十歳になるかならないかの青年だ。家の中から洩れる灯火が、彼の金色の髪をより明るく見せている。

 しばらくぽかんと立ちつくしていた青年は、ぱっと表情をほころばせた。


「エルハ!」


「……やあ、久しぶり」

 気後れして動けないエルハに、青年が駆けより抱きついた。

「このばっかやろう! 全然便りなしかよ。生きてんのかどうかぐらい知らせろよなっ」

 エルハをぎゅっと抱きしめた青年は、次には首を締めあげた。顔に怒り心頭と書いてある。

「……わ、悪かった。謝るから、放してくれ」

 その言葉を半眼で聞き流す青年を、賢者が低く笑いながら止める。

「そのくらいにしといてやれよ。俺には挨拶なしか?」

 素直に手を離した青年が、賢者の方へ視線をやってキョトンとした。

「どちらさまでしたっけ」

「おい、ご挨拶だな、カナルよ。おまえは、この顔見たことあるだろうが」

 青年は目を瞠りつつ、二度三度と瞬きしてみせる。本気の不思議顔に見えるが、大げさな瞬きがややわざとらしい。

 ティウと同じことを言われた賢者は、彼女を驚かせた面貌を情けなく歪ませ、頭をガリガリとかいた。

「レン・ガシュナーだよ」 

「ああ!」

 にこりと笑ってうなずいた青年が、愛想よく賢者を家へ招く。

「お久しぶりです、ガッシュ。その顔を見たの五年前でしたから、すっかり忘れてました。あ、そうだ、残り物でよければ食事を用意しますよ。さあ、君もどうぞ遠慮しないで入りなよ」

 賢者に「嘘つけ」と文句を言われつつ青年は、後ろに控えていたティウに朗らかに笑いかける。エルハは無視だ。

 丸太小屋の中へ賢者、ティウと続き、その後に残されたエルハに青年は言う。


「おかえり」


 微かに目を見開いたエルハは、ぎこちない歩みで玄関をくぐった。

(また、ここへ戻ってくるとは思わなかった)

 懐かしい、四年前には毎日見ていた飴色の廊下を眺めながら呟く。


「……ただいま」


 扉を閉めた青年が、後ろから優しく背をたたく。

 それに押されて、エルハは食堂へ向かう。


 その途中、先行した賢者とティウが驚いた様子で立ち止まっていた。

「うわあ。この人たち、誰?」

 十歳ぐらいの少年が、扉のすき間から顔をのぞかせている。鼻の頭に浮いたそばかすが愛らしい。くりくりとよく動く大きな瞳が、好奇心あらわに客人を観察する。

「タオ、明日の朝紹介してやるから、今夜はもう寝な」

「うえ―――っ」

 不満を唱えるタオの頭を、青年が乱暴にかきまわす。

「言うこと聞かないなら、明日はこの頭に理論ばかり詰めこむぞ」

「げっ。なんだよ、先生のケチ、オニ、サディスト! 彼女に嫌われっぞ――!」

 よけいな一言をつけ加えながら、すばやく頭を引っこめる。見事な引き際だった。

「――すいません、お騒がせして」

 食堂の扉を開けてうながす青年に、賢者がおもしろそうに問いかける。

「ドウンの新しい弟子か、あれは。えらく手を焼きそうなガキだなあ」

「まったくです。師匠に似て手がつけられません。あ、ドウンはいませんよ。急用でクレインに行くって、出かけました」

「いや、大丈夫だろ、おまえがいるなら。こっちの用は、それですむはずだ」


 おのおの席につくと、用件はひとまずおいて、彼らは野菜のスープとソーセージをはさんだパンをご馳走になる。途中で固パンと干し肉をかじってはいたが、腹にたまるほど食べていなかった。簡単でもきちんと手を加えた料理はおいしく、テーブルをかこんでの食事は楽しい。


 ひとまず給仕を終えた青年が椅子に腰かけた。そして、ティウに気づいて首をかしげる。

「あれ、しまった。まだ名のってなかった。おれは《札創りカダンタ》のカナルです。よろしく」

 ティウは食事の手をとめて、丁寧にお辞儀する。

「こちらこそ。私はイングのティ・ルウク。《魔物使いアマウズ》です」

 紹介し終わる前に、カナルという青年はハッと表情を変えた。親しみを覚えながら、何かを危惧し怖れるような、奇妙な表情だ。

 その理由を察したエルハの脳裏を、アウル村に住む少女のことがよぎる。カナルと同い年の彼女は、いまは娘盛りだろう。懐かしさとともに彼女の片親の血筋を思いだし、エルハは慎重に言葉を選びながら話しかける。

「カナル。村に用はないんだ。ここへ来たのは、俺が都合してほしいものがあったからだ」

 エルハが断言すると、カナルの緊張は目に見えてほぐれた。


「……そっか。で? 出てったっきり、顔を見せるどころか手紙のひとつも寄こさなかったエルハくんは、なんの用で帰ってきたのかな」

 冗談めかしているが、目が怒っている。エルハの不義理を簡単に許すつもりはないようだ。

 悟られない程度に口許を引きつらせながら、エルハは用件を伝える。

「修行用の札を借りたいんだ。余ってるのはないか」

「は? 修行用の札? 何に使うんだ、そんなもの」

 ひどく意外なことを打ち明けられたというように唖然としている。

 カナルの心情がよくわかる賢者は、肩をすくめながら口添えする。

「《札使いカダスタ》として、俺の仕事に同行してくれるんだとさ」

「ガッシュに同行するんじゃない。ティウについていってるんだ」

 きっちり訂正をいれるエルハを、カナルが目を見開いて凝視する。棒をのみこんだような顔をして硬直すること数秒、止めていた息を吐きだすのと同時に疑問を表した。


「はあー!? アンタいったいどうしちゃったんだよ!」


 一人わけがわからないティウの訊ねる視線を受けたエルハは、あわててごまかす。

「あ、あのね、珍しく顔を見せたと思ったら、変なことを頼むから驚いてるんだよ。カナルは感情表現が大げさだから、びっくりしたかな。はははははっ」

 言い終えて、エルハはすっくと立ち上がる。座っているカナルに近づくと、有無を言わせず立たせ、厨房へ引っぱっていった。


「突然なにすんだよ」

 厨房の奥へ連れこまれたカナルは、顔をしかめる。

「しっ、声が大きい」

 エルハは真剣な顔で、カナルの口を手でふさぐ。

 ふつうにしゃべったところで、食堂は扉を隔てた隣の部屋なのだ、聞こえはしない。それをわざわざ食堂から一番離れた隅の一角で、何をこそこそしているのか。

 必死なエルハに、カナルが不審いっぱいの視線を送る。

 エルハはほとんど哀願するように拝みたおした。

「頼む、小声でしゃべってくれ。手、離すから」

 そっと離れた手と弱り顔を交互に見たカナルは、大きく息をついた。

「で?」

「ティウには言わないでくれ、俺が札や――魔法関連から遠ざかっている理由を」

「そりゃ、おれが話すようなことじゃないし、言わないけどさ。なんで?」

 エルハはうなだれて、ぼそぼそと説明する。

「理由を知られたら、ティウの負担になると思う。ただでさえ押しかけ護衛なのに、それこそついていくのも断られる気がする」

 は――っ、と苦悩のため息をついて肩を落とす。本当に、そんなことにだけはなりたくない。


 その様子を、カナルは異界の見知らぬ生物でも見るように、珍妙な顔つきで凝視した。

「…………あのさ、アンタ本当にエルハ?」

 カナルが、ぐいぐいとエルハの頬をのばす。

 容赦ない手をつかんで引きはがしたエルハは、冷ややかににらむ。氷のごとき眼差しだ。


「……おい」


「あー、それそれ、その感じ。エルハだ。いや、別人みたいだからさ、イタズラ好きの精霊が化けてるのかと思って。丸くなったなあ。てゆーか、もしかして、あの子限定? そうだよな、ガッシュに対する態度はあんまり変わってないもんなー」

 納得するカナルに、エルハはふと過去を思い出して釘をさす。

「ティウは女の子だぞ。間違えるなよ」

「わかってるって。まだ根に持ってんのか、昔、エルハの性別を間違ったこと」

「十六にもなって、女性に間違われるとは思わなかったんだ」

 憮然として愚痴るエルハに、カナルは慰めるように肩を二度叩く。

「しょーがねえよ、ホント女みたいにきれいだったんだから」

「…………」

 台詞は全然慰めではない。エルハは恨めしげににらむ。

 だがカナルがエルハに初めて出逢ったとき、彼は体の線どころか顔さえほとんど隠してしまうフード付きのマントを着こんでいたのだ。優美な容貌は年の若さもあって、乙女のような清廉さと可憐さを合わせ持っていた。これで間違えるなという方が難しい。


 気を取り直したエルハは、「とにかく!」と指を突きつけた。

「ティウが気に病むような俺の情報は、いっさい話さないでくれ。疑問に思うような話題もなしだから。頼んだぞ」

「うーん、まあ、考えとく」

 要領を得ない回答をして、カナルは回れ右する。

「考えとくって、なんなんだ」

 エルハは顔色を変えて後を追うが、カナルはとっとと食堂へ行ってしまった。


 食堂では、食事を終えたティウと賢者が談笑していた。

「よお、密談はおしまいか」

 賢者の軽口に、カナルが笑って応じる。

「旧交を暖めてきましたよ。ところで、ガッシュはこれからどちらへ向かわれるんですか」

 雑談の続きの軽さで、カナルは腰かけながら訊ねる。

 確約を得られなかったエルハもまた、しぶしぶ残りの料理をたいらげるために席についた。

 賢者はエルハの様子をおかしそうに見ながら、いたって簡潔に答える。

「ああ、西へな」

「へえ」

 詳しい場所を聞かずに相づちだけ打ったカナルは、エルハに向きなおって微笑んだ。


「わかった。修行用の札は、貸さない・・・・



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