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隻手の門  作者: 夏和白
終 やがて帰る処
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やがて帰る処-3

本日、投稿3話目です。

前話をお読みになっていない方は、そちらからよろしくお願いします。




 朝日が荒野を照らす。

 丘陵の一番小高い場所で、ティウは空へ手をさしのべていた。その先で鳥が飛翔している。

 隻手の門を閉ざした翌日である。

 昨日、依頼を完遂した賢者一行は、チコとロックを伴い古森を後にした。

 しかしさすがに頑健な賢者でも、その封印術に体力を持っていかれてしまい、古森付近で早々に野営することとなった。賢者どころか一行も傷つき疲れはてていたので、否やはなく歓迎されたのである。

 たっぷり休養をとり、彼らにすれば少々遅い朝食を終えたとき、ティウはふと東へ頭をめぐらせた。そこに朝日を背負ってやってくる小さな鳥影を見つけたので、ティウは皆に断って食事の席を立ったのだ。

 腕に降りたった鳥の羽毛は白く、青みを帯びて艶めいている。ユーリィの白毛と同色を持つ鳥は、グリーセン森林の廃墟で放った伝言鳥だった。どうやら返答が携えられているようだ。

 他の者たちは野営の始末をしていたが、伝言鳥が再び放たれたのを見たエルハがいち早く抜けだす。小走りでティウに近づいていった。

「何か言ってきた?」

 隣に立ったエルハを、ティウは笑顔で見上げた。

「ええ。駐屯地から……」

 と、二人の間に、追いかけてきたチコが強引に割りこんだ。割りこむというよりも、むしろエルハを押しのけている。エルハとチコが火花を散らしながら、はったとにらみあう。

 だがティウに気づかれる前に、両者はふいと視線を逸らした。

「ティウさん、どしたの?」

 チコは視線をそのままティウに向け、双眸をのぞきこむ。

 ティウはふと、隻手の門からこちらへ戻ってきたときに出迎えてくれたチコを思い出す。顔を真っ赤にして目をつり上がらせて、言ったのだ。


『ティウさん、オレから逃げも隠れもしないって言ったじゃないか! なのに戻ってこないから、オレ……オレ、あいつのところへ行っちゃったんじゃないかって……』

 目じりに涙をにじませながら、口を引き結んだ。瞳に憎しみはなく、不安と心配が現れている。力いっぱい握りしめた両の拳がふるえていた。そのふるえが止まると、チコは双眸に強い光を浮かべた。

『オレ、強くなる。すぐに、もっと強くなる。ティウさんをあっという間に追い越すから、そのときは勝負して。いつか、ティウさんを負かす。それで敵討ちにしてやるよ。だから……勝負のときまで、どこにも行くな』

 精一杯の言葉で許す意志を伝えてくれたチコを、ティウは思わず抱きよせた。

『……ありがとう』

 感謝せずにはいられなかった。チコの許しは、まだいろんなことが間に合うのではないかと、ティウに力を与えた。この手で大切なものを守るため、強い心を育てていくことができるのではないか。チコの変化に、そう勇気づけられた。

 抱きよせられて硬直していたチコは解放されると、あいかわらず真っ赤な顔のまま、ものすごい勢いでエルハの方へ喰ってかかっていった。

『あんたオレに釘さしといて自分が剣帯離してんなよなあ! 連れ戻すって大言吐いといて、結局ユーリシェントさんに連れ戻してもらってるし!』

『なんだとっ!? 妖霊にとっ捕まって迷惑かけっぱなしだったお子サマに非難される筋合いはないぞ!』

 そこからまた、チコとエルハの果てしなく低次元に落ちていく喧嘩がはじまった。それを諫めてやめさせたのは、やはり賢者だった。


「ティウさん?」

 まじまじとチコの顔を見つめていたティウに、訝しそうに呼びかける。幼稚な喧嘩を思い出して呆れかかっていたティウは、あわてて頭を切り換えた。

「あ、ああ。チコは廃墟の村で、私が伝言鳥を飛ばしたのを覚えてる? あのとき調査隊の後に、駐屯地にも行くよう命じておいたの。チコの行方を捜しているはずだから、所在を報告しておこうと思って。さっきのは、その報告に対する騎士団長さんからの返信だったんだけど」

 ここで一度言いさす。再びチコを凝視した。

「……イングリドから迎えがきてるそうだよ。コーエン先生とジル先生が」

「あっ、あのっ、鬼教官がそろって!?」

 コーエンとジルは《魔物使いアマウズ》養成所における、特別厳しい教官の二大巨頭である。

 ティウは同情しながら忠告した。

「覚悟しておいた方がいい」

「か、覚悟って、うわあああっオレもう駐屯地に侵入した罰受けたのに、なんでこれ以上鬼教官二人に絞られなくちゃなんないんだよう!」

 恐慌をきたして洩らした言葉を、ティウが聞きとがめる。

「そういえば、結局どんな罰を受けたの」

 この疑問にチコは頬を赤くし冷や汗を流しながら、激しくうろたえた。

「え……えと、その……あっ! オレ、近辺の偵察行ってくる。ロック、行こう!」

 一目散に走っていってしまった。


 不思議に思いながら見送ったティウに、エルハが笑い含みに訊ねてくる。

「そうとう厳しいんだね、その先生たち。ティウも絞られたことはある?」

「……ええ、コーエン先生にはよく……」

 ちょっとうつろな目になって遠くを眺めてしまうティウだった。厳格なコーエン教官には、金色森を散歩道にして、しょっちゅう不法侵入していたティウがお気に召さなかったのだ。

「へえ、意外だな。ティウは真面目なのに」

 言いながら、ティウに近寄り手をのばす。エルハの手が慰めるように彼女の頭を優しくなでた。幸福そうに目を細めて。

 ティウはその表情に見惚れる。

(エルハの優しい微笑みを守ろう。この手で)

 そのために決意した。神にかけられた呪いを解くと。すべてを終わらせる復讐という手段ではなく、これからつづく日々を守るために解呪という道を模索するのだ。

 決意を新たにしていると、エルハはなでていた手で金の髪をすくい指先に絡めた。眩しそうに、熱をこめたような眼差しをする。

 トクンと鼓動が高鳴った。あれ、とティウは心中で首をかしげる。なぜか鼓動が速くなって、しかもなんだか無性に恥ずかしくなってきた。

 思わずさっと身を引き、気まずさをふりはらうために口を開く。

「え、と。あ、前に話してくれましたよね。控えの間にいた私に会いにきたのは、金髪の少年がいるって聞いたからだって。金髪がお好きなんですか」

 髪を弄られたせいか、おかしな質問をしてしまった。

 エルハはキョトンとしてから、笑ってうなずいた。

「うん、好きだよ。亡くなった弟が、ティウみたいに綺麗な金の髪でね。いまでも、弟と近い年頃で金髪の男の子を見かけると、弟なんじゃないかって確かめずにはいられなくなるんだ」

 話すうちに、やるせなさそうに視線をふせる。

 ティウの顔が曇った。やはりエルハも肉親を喪い、その痛みをずっと抱えてきたのだ。

「……私は弟さんに似ていますか」

 エルハが視線をティウに戻す。もうそのときには翳りが消えていた。

「うーん、顔はティウの方が美人だけど、素直でまっすぐな性格なんかは案外似ているかもしれないね」

 明るく答えるエルハにほっとしたティウは、とんでもない発言をする。

「じゃあ、私を弟さんだと思ってください」

「弟!? え、いや、あの、弟とは違うような……」

 もごもごと弱腰な反論は、ティウの耳に入らない。

 ゆえに、彼女はさらなる爆弾を投下する。

「あ、いま気づいたんですけど、エルハはちょっと私の父に似ていますよ。優しくて、へ……いえ、ええと個性的なところとか」

 変なところが、と言うのはさすがに失礼だったので、別の表現でお茶を濁す。

 エルハが茫然として呟いた。

「…………………………お父さん?」

 次いで、ものすごく深刻そうな顔をして頭を抱える。

 あんまり暗い顔色なので気分でも悪くなったのかと、ティウが案じて熱を計ろうと手をあげかけたところに、賢者が声をかけてきた。

「ティウ。そろそろ出発準備を整えておけよ」

「はい、わかりました。賢者様、伝言鳥に異界の扉を封印したと伝えさせておきました。ところで大丈夫ですか、エルハ」

 心配してふりむくティウの背を、賢者が笑いながら荷物がおいてある場所の方へ押す。

「大丈夫、大丈夫。俺が見ててやるから用をすませてこい。それから伝言の件、ありがとうよ」

 自信たっぷりに追いやられてしまい、ティウはちらちらとエルハの様子を窺いながら離れていった。



 一方、取り残されたエルハを賢者は介抱するどころか、彼の肩に腕を乗せ寄りかかった。

「父親だって?」

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて横目で見てくる。

 そんな賢者を、エルハはふりはらうこともできないほどショックを受けていた。話の流れからして、父親に似ているということは、ティウはエルハを父親みたいに慕っているということじゃないのか。

(違う、違うんだ)

 そういう愛がほしいのではなく――。

 ついに、エルハは爆発した。


「ティウ、違う、違うのよ――――! それとは全ッ然違ってるのよおおおおおおっ」


 魂の叫びが朝の荒野に響きわたる。

 耳をふさいでいた賢者が、すげない応援を贈った。

「先は長いな。ま、がんばれよ」

 確かに先は長そうだ。

 それでもエルハは、突然絶叫をあげた彼を案じて、ティウが飛んで引き返してきてくれたので、とりあえずいまはこれでいいかと満足することにしたのである。



 最果ての地の荒野を、一行は朝日に向かって発つ。

 帰りたい場所へ、思いを馳せて。



キーワード、れ恋愛(効果・微)クリア!


「つきあってください!」

「いいですよ。で、どこまで?」


みたいなオチですので、キーワードではどもりつつ効果は微小と記しておきました。

ほとんどプロポーズみたいな告白して承諾もらったのに、弟と父はない。妹なら、何か新しい展開へと進んだかもしれませんが。


ついに、ラストまで投稿できました。

途中、あまりの反応のなさ(評価ポイント0は初めてだった……)に凹んで、

「そっとフェードアウトしちゃおうかな~……」

と本気で検討してしまいました。

が!

アクセス解析を見てみると、細々ながらもご覧になってくださっている方々がいらっしゃったので、なんとか完結まで投稿できました。

最後まで付き合ってくださった皆様、

投稿する気力の糧をいただき、本当にありがとうございました!

ちょっとでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。


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