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隻手の門  作者: 夏和白
6 廃墟に落ちる陰
18/29

6-3

本日の投稿3話目です。

前話をお読みになっていない方は、先に6-1からお願いします。




「チコ、しっかり!」


 呼ぶなと怒鳴られた愛称で、ティウは思わず呼びかける。

 焦点の合わない瞳のままで、チコの唇がふるえる。

「…………し、て……」

 聞き落としそうな微かな声だったが、必死の思いで何かを求める切実さがにじんでいるようだった。ティウは聞き逃さないよう顔を近づけて耳をすます。


「ど…して、助け……くれない……待って、る、のに」


 ティウはハッとする。

 チコが復讐心をあらわにするときはいつも、故郷を滅ぼした原因であることを理由にティウを責めていた。もちろん、その気持ちも嘘じゃないだろう。だが彼が本当に辛かったのは、行方不明になってから後のことだったのではないだろうか。

 チコの消息は、禍の混乱に乗じて魔法使い専門の人買いにさらわれたのだと推測されていた。魔法に優れた子どもたちをさらい洗脳・教育し、主人に忠実な魔法使いに仕立てるのだ。正規に雇い入れるよりも安あがりで、裏切りも少ない。彼らは法を犯す豪商や後ろ暗い画策をする貴族の心強い私兵となるのだ。

 そんな場所で自分を保つのは難しい。けれど、チコはイングの《魔物使いアマウズ》であるという誇りを支えに耐えてきたのだろう。いつか、助けがくることを信じて。


 ティウはチコの手をとって額に押し戴く。

「……ごめん、ごめんなさい、チコ」

 災禍の日にチコを引きとめられなかったこと、そして助けにいけなかったことを、詫びずにはいられなかった。深く、深く頭が下がる。

 ふと、チコの唇がゆるんだ。

「ああ……来て……、ティ…………っ」

 至近距離にいるティウへ、チコは空いている手をのばしかけたが、途中で動きが止まる。両目が見開かれた。


「う、うわああああ! なな、なっ」


 チコは頬をそめて、焦った様子で腕をふりまわす。

 その腕に押しのけられて、ティウは上体を起こした。

 ティウがどいたおかげで視界が開けたチコは、ほかに賢者とエルハがいるのを見てとると、勢いよく起きあがった。顔が真っ赤になっている。

「い、いま、オレ、なんか言って……?」

「ああ。ティウに……!」

 エルハが無情にも内容つきで肯定してやろうとしたのを察した賢者が、でかい手で口だけでなく鼻までふさぐ。

 元気なチコを見て、ティウの表情がゆるみ柔らかくなっていた。まだ混乱気味のチコを、母親がしてくれたように抱きよせる。

「よかった……無事で、よかった」

「っ、…………」

 チコはなにか言いかけ、ふりはらおうとする素振りを見せたが、結局ティウの肩に顔を埋めたまま動かなかった。絶句しているようにも、甘えているようにも見える。

 ティウがチコを抱きしめたものだから、エルハがのどの奥で悲鳴をあげた。しっかり栓がされたままだったので窒息寸前だ。

 賢者は冷静に鼻から手をずらす。窒息の危機から解放されたエルハは、まだ口をふさぐ手から逃れようとした。チコをティウから引きはがそうとするのは明白なので、賢者はがっちり首に腕をかけて阻止した。


 しばらくして、賢者はチコに訊く。

「おまえ、どうしてここにいるんだ」

 ティウはその声を聞いて、ゆっくりチコから身体を離す。

 視線は離れるティウを追いながら、チコはぶっきらぼうに答える。

「逃げたからに決まってるだろ。あいつら、オレがガキだからって舐めすぎ。手足に枷つけて倉庫にぶちこんだだけで、見張りひとりつけねーんだもん」

「そうじゃない。なぜ、おまえが俺らの行き先を知ってたんだ」

「騎士団長とかいう人が、聞いたら教えてくれた」

「……ボルロムド、あのお人好し」

 嘆息した賢者である。騎士団長もまさか逃げ出せるとは思わずに口を滑らせたのだろう。

 ふと、賢者は何か引っかかりを覚えたように眉をひそめた。


 それをさえぎるようにして、ティウが訝しげに口をはさむ。

「だけど、チコだけじゃ枷を外せないだろう。ロックも駐屯地へ簡単に忍びこめないだろうし」

 行方不明になっていたチコは、まだ召喚術を習っていなかった。だからチコの友、ロックを呼び出すことはできない。昼間は駐屯地に忍びこむには人目がありすぎるし、夜間はカシューのような《魔物使いアマウズ》の魔獣が警戒していて無理である。

 けれど、チコはぱっと目を輝かせると胸を張った。

「オレは《魔物使いアマウズ》だって言ったぜ。ロックを、倉庫に召喚したんだ。売られた先から逃げ出せたのも、自力で召喚術をマスターしたからだぜ」

 自慢げな様子に翳りはなく、昔のチコを彷彿とさせる。

 ティウは懐かしさのまじる喜びで胸をあたたかくしながら、チコの頭をちょっと乱暴になでた。

「すごい。ひとりでそこまで到達したんだ。えらいね、チコ」

「ま、まあなっ」

 また頬を赤くしながらそっぽをむいたチコが、突然顔色をかえる。


「ロック!?」


 いまだ目覚めない魔獣に気づいて、チコはロックの頭をひざの上に抱く。耳元でささやくようして何度も名前を呼ぶが、やはり意識が戻る様子はない。

 チコは蒼白になって言葉を失う。

「落ち着いて。きっと、チコのようにもうじき目覚める。そうだ。ユーリィに診てもらおうか」

 ティウの提案で、外へ出ることになった。賢者を先頭にエルハ、ティウ、遅れてチコと連なる。

 チコが遅れるのは、ロックを抱いているからだった。ロックは自分の友だちだからひとりで運ぶと、チコは言い張ったのだ。

 先を行くティウたちは、足許のおぼつかないチコを心配して後ろを見ながら進む。

 ロックは成獣でこそないが、チコを背に乗せて走ることができるほど大きい。それを痩せた少年が運ぶのは易しいことではない。ひとえに、ロックを巻きこんだ張本人であるチコが友情と責任を果たそうと、力をふりしぼっているのだ。

 あのエルハでさえチコの姿勢に感心したのか、素直に扉を開けて待ってあげていた。


 屋外へ出た一行は、短い距離だったとはいえチコが無事に運び終えられたことに息をつく。

 ユーリィが蹄の音をたてて近づいてきて、そんな彼らを迎えてくれた。

「お疲れさま。やはり、イングの子がいたか。あまりに薄い気配だったから、気のせいかとも思ったけれども」

「ありがとう、ユーリィ。あなたが気がついてくれなかったら、チコを妖獣の巣窟においていってしまうところだった」

 思いつめた顔をしたチコが、ロックをしっかり抱いたまま一歩進み出た。

「ユーリシェントさん。お願いします、ロックを診てください。目覚めないんだ」

 はじめて真正面からチコを見たユーリィが、双眸を細める。どこか硬質な雰囲気を、一瞬滲みださせた。チコが気づかない素早さで消えた空気は、しかし他の者には充分伝わる。


 横たわらせたロックにユーリィが鼻面をよせる横で、賢者は何げなく呟く。

「まったく、どうしたもんかな。これから先、チコを連れていくわけにはいかんし。ユーリシェントの足が速いと言ったって、引き返すのもなあ」

「調査隊がまださっきの村にいてくれるといいんですけれど。伝言鳥を作って、問い合わせてみましょうか」

「オレはついていくぞ!」

 心配そうにロックを見ていたチコが、勢いよく顔をあげた。

 エルハが鼻白む。

「ぶっ倒れてたヤツが、よく言う。足手まといになるって、わからないのか」

 チコが負けずににらみかえす。

「あれはっ、たんに睡眠をとってただけだ! 戦時の体力回復は、戦士の基本だぞ!」

「俺たちがどんなに騒いだって起きなかったのは、戦士としてどうなんだ」

「そんなの知らねえ!」


 二人が言い争っている間に、ティウは分身体のユーリィと魔力をあわせて伝言鳥を作りだし、さっさと東の空へ放つ。

 賢者は伝言鳥を見送りながら耳をほじくっていたが、やがてうんざりした顔でため息をついた。

「バーカ、バーカ!」

「なにぃ、バカって言った方がバカなんだぞっ」

「おまえらなあ、三歳児の喧嘩か、それ……。でもな、チコ。エルハが最初に言った言葉は、おまえにも納得できる節があるだろう。どうだ」

 どんどん低次元に落ちていく口喧嘩に終止符を打つため、賢者が話題をもとに戻す。

 チコは悔しそうに唇をかんだ。

「……だけど、オレ。オレ、知ってるんだ、ここらにいるの魔獣じゃないだろ。それに、長が教えてくれた依頼内容は討伐部隊への助力だったのに、あんたたちだけでどこへ行こうとしてるんだよ」

「どこへっていってもな。おまえには関係ないことだからな」

 つれない口調で答える賢者に、チコが必死の形相で食らいつく。

「関係あるよ! オレはティ…こいつに勝手に死なれると困るんだっ」

「フン、どうして」

 チコは息がつまりかけたような表情をしたが、どうにか言いかえす。

「そ、それは、オレの……仇だからだ。ほかのヤツに取られるのは、ごめんなんだ」

 いままでと違い、チコの双眸に激しい憎悪は浮かばなかった。むしろ仇と言うのを戸惑っているようだった。

「だから、ついていく。それがダメなら、教えてくれよ。どこへ何をしに行くのか、ちゃんと帰ってこられる算段がついているのか」

「…………」


 賢者は視線を泳がせる。視線の先にはティウやエルハ、ユーリィの姿がある。チコの死角にいるティウが目で肯いた。

 賢者が大げさに首をふって、両手をあげてみせる。

「教えてやりたいのはやまやまだが、それはできないってお約束だ。〈四精霊結界〉!」

「〈風縛〉」

 エルハが同時に札をかざす。発動した術はチコとロックの周囲で魔力を組みあげる。


 だが、術が完成するわずかの間に異変が起きた。

 意識のないロックの身体から、凄まじい妖気が放出される。まるで嵐のまっただなかだ。

 皆、腕で顔をかばいながら両足に力をこめた。

 平然と立っているのは、チコだけだ。唇の端が醜くつりあがる。

「気ヅイタ、カ。ダガ、オ前ノ魔力ガ、隻手ノ門ニ刻マレタ記憶ト合致スルコトハ分カッタ。門ヲ閉ザスコトハ許サヌ。去ネ」

 周りの空間がゆがむ。

 賢者たちはぎょっとする。暗い血色とも漆黒ともとれる闇が、その場にいる者をのみこんでいく。何が起こっているのか悟る前に、彼らは闇に落ちた。

 それまで醜悪に笑んでいたチコは、操り人形の糸が切れたようにくずおれた。そして、チコもまたロックとともに闇に沈んだ。


キーワード「剣と魔法」クリア!


……草玉3匹しか斬ってないけどね!


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