控えの間
お久しぶりです。
続きが書けていないヤツがあるのですが、新たに投稿してしまいました。
とりあえず、まずは三話分、順番を間違うとアレなので、一時間ごとに予約投稿しておきます。
ティウは待ちぼうけをくらっていた。
レイディアナ王国の都クレインにある王宮の一室──王との謁見を前に通された控えの間でだ。花の絵と金の線に彩られた壁、ふかふかで足を取られそうな赤絨毯、そろいの赤地の長椅子は座ると身体が沈みこむ。きらびやかな置物や柱の彫刻は、待つ者を圧する。
ティウの他に人はいない。皆、とうの昔に侍従に促されて部屋を後にしている。
小さくため息をつき、埋もれるようにして座っていた椅子から立ち上がる。
お呼びがかからないからといって、一介の傭兵風情が勝手に城内を散策するわけにはいかない。だが室内ばかりを眺めていたのでは、目がチカチカする。
ティウはテラスにつながる大窓のそばへ寄り、陽射しに青々と輝く庭園を見つめた。
窓から射しこむ陽の光で、ティウの金の髪が宝冠のように輝く。双眸を隠すほど長い前髪の下、紫水晶の瞳が受ける光はやわらかい。
庭の緑に少しばかり心をなごませながら、最後の客人が呼ばれてからの時間経過を数えていると、ノックの音が響いた。
開かれた扉の向こうに、人影が現れる。
ティウは部屋に入ってきた者へ、そっと目をやった。
取り次ぎの侍従ではない。官服を着ていないので、城に勤める者でもなさそうだ。どうにも、いまひとつ正体が知れなかった。
扉の前に無言で佇むのは、背の高い痩身の青年だ。つややかな光沢を放つ白金の長い髪を、ひとつに編んでたらしている。それに縁取られた容貌は、筋の通った高い鼻と薄い唇が冷ややかな印象だが、花の顔と讃えられそうな麗しさをあわせもっていた。
雰囲気や立ち居振る舞いは上流階級の人間のようだが、身なりは質素だ。けれど、センスはよい。紺青の上着は他ではちょっと見ないような鋭さをもって流れるラインを描いていて、いかにも洗練されている。生地も良いものだ。とはいえ、その飾り気のなさは、やはり貴族らしくない。
青年の銀を溶かしこんだような青灰色の双眸が、ティウにひたとすえられている。
その眼差しに惹きこまれるように視線を合わせた途端、ティウは微かに展開する力に気がついた。
(――っ、魔力)
とっさに身体が慣れた動きに沿って、右手は腰の剣へ、両足はどの方向にも移動できるようたわめようとする。
だが、実際はぴくりと身じろいだだけで、ティウは臨戦態勢に入りかけた身体を押しとどめた。武装解除されているため、今は腰に剣は帯びていない。それによって、ここが王宮であると思い出させられたからだ。
下手な騒ぎを起こせる場所ではない。相手もそれは同じだ。
とはいえ、身分が読めず得体の知れない相手である。何か仕掛けられても対応できるよう、ティウは密かに身構えた。
互いに見つめあう。
沈黙が、しばしつづく。
その沈黙の中で、ティウは違和感に気づいた。
(魔力、じゃない。もっとなにか――根源の)
すでに展開され終えた力の本質に疑問を持つ。あまりにわずかな力の動きであったため、もうすでに痕跡を探ることもできないが、魔法を行使するような明確な魔力流動はなかった。自然すぎる力の行使は、その力に馴染みがなければ決して感知できないほどのものだった。
さきほど感じた力の正体を追い求めて思考が半ば持っていかれそうになった瞬間、相手が行動に出た。
ふいに青年が大股で近づいてきたのだ。なにやら呟きながら。
「……あら、あら、あらあら、あらっ!」
最初は呟きだったのが大きくなり、だんだん嬌声に似てきた。
「まあ、まあ、まぁ――あ!!」
おかしい。何かが。
と訝しんでいる間に、青年がティウの肩に手を置く。壊れ物を扱うような手つきで、顎に触れられ上向かせられた。
そして彼は目を輝かせ、頬を染めて、のたまう。
「やーんっ、なんてステキな子なの! ちょっとアナタ、家にいらっしゃいなっ。そんなつまらない男物を着なくっても、アナタに似合うステキなドレスが山ほどあるのよ――!」
「………………は?」
青年の女言葉に面食らったティウは、彼の言葉のほとんどを理解できずに固まったのだった。
オネエではない。オトメ(ン)なのだ。