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次元迷宮の迹  作者: 藤閏
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本格的 ガチムチラッシュボーディング 第二節

「伏せろ」


 隣に立つ礼佳に、有馬は言った。

 言葉につづけて手ぶりで指示するのと、わずかなあいだ立ち竦んでいた礼佳が、ウィング操作盤の筐体へ隠れるのは同時だった。

 有馬は伏せず、腹の高さまで壁があるブリッジ部に立ったまま、古めかしい武器と船を用いている先住民の観察をつづけた。矢は小型船の舳先から射出されて二秒で、文綾丸の船楼前面に当たった。やや文綾丸の右舷側へ、風で流されている。順に七本の矢が、軌道を修正しつつ射かけられた。

 次の射手は、前の射手が放った矢が着弾してから一秒もかけずに、自らの矢を放った。実践的な襲撃で練磨されている早業だった。

 『赤い満月』が真東にあると仮定すれば、北東から小型船は近づいていた。固定が不完全な帆は、乗員にとって追い風があると示している。

 六本目の矢はブリッジの窓ガラスに当たった。七本目の矢は、有馬が立っている窓から一メートルほどしか離れていない船楼外壁に当たり、小さな金属音を鳴らした。長弓の矢は一〇〇メートルを飛んでも、衝突で矢柄を撓ませる勢いを保っていたが、厚く硬いブリッジの高価な窓ガラスを砕く破壊力はなかった。


「本物の金属だお」


 装置類の狭い隙間に隠れた礼佳が上へ手を伸ばし、操作盤の汽笛ボタンを押した。

 小型船の乗員は、巨大な標的に低く太い音を鳴らされ、動きを止めた。一五〇メートル級の文綾丸は、船舶法に準拠して大出力の汽笛スピーカーを搭載している。

 舳先に立つ七人が長弓を振りかざし、あんぐりと大口を開けた。礼佳が汽笛を鳴らしっぱなしにしているせいで、まったく聞こえないが、鬨の声をあげているらしい。甲板の水夫どもが桶や鉈を頭上に掲げ、射手にならって大口を開けた。動きを乱していた櫂が、空中に引きあげられて整列した。

 有馬は手ぶりで、礼佳に汽笛の吹鳴をやめさせた。こちらに音を出すなにかがいる程度のことで、怖じ気づく連中ではなさそうだった。


「どうします?」

「壁に隠れろ。そこは危険だ」


 小型船を監視しながら、有馬は礼佳を手招きした。

「今は矢をつがえていない」


 礼佳は筐体から首を伸ばして海を見ると、ブリッジ側へ身をかがめて走った。連段窓で床までガラス張りの部分は、ウィングの正面幅一.五メートルほどでしかないため、走りぬけるのは一瞬だった。


「距離三〇メートルならば、射ちあげでもガラスを割れそうだ。……ブリッジは攻撃されたくない」


 有馬は自らも壁に姿を隠して、礼佳の問いに答えた。


「他の場所から、やつらの気を引く。敵が攻撃を断行する場合、文綾丸の船内へ引きずりこむ必要がある」

「勝つには?」

「そうだ」

「二〇人はいましたよ……勝てますか?」

「各個撃破すればな。一斉にかかってこられると、多少やっかいだ。それを避けるために船内へ誘引する」


 小型船が鳴らしている、鐘か銅鑼のものらしい甲高い金属音がウィング内にも届いた。漕ぎ手の動きをあわせる拍子打ちだった。文綾丸左舷へ五〇メートルまで近づいた小型船が、ウィング下段の窓から見えた。転覆した同型船をかすめる進路に、舵を切っている。

 革鎧の射手が、こちらへなにごとか叫び始めた。

 名乗りでもあげているのか、彼らが従属している権力が定めた警告でも伝えているのかといった雰囲気だったが、なにを言っているのかは全閉型のウィングでは聞きとれなかったし、有馬としても内容など知ったことではなかった。既に戦闘は始まっている。敵の言い分など勝ったあとで、そうするにたる訴求力があるなら聞いてやればよい。


「無知な蛮族が短絡的に、わたしたちがやったと思ったんでしょうか? いや、それにしても短気すぎでしょ、これは」

「戦場では、これで普通だ。――あのボートだが、大きさはガレーよりも小早船に似ている」

「小早船……、戦国時代の戦闘用ボートでしたか」

「ああ。本格的な大規模戦闘ではなく、哨戒などに使われたらしい。あるいは警察や海賊が使った小船だ」


 礼佳は体の向きを変えて、小型船を見た。

 廊下にもなっている椽材と船縁で、小さな船からは遮蔽を得られる漕手船室も、高さ二〇メートルはある文綾丸ブリッジでならば覗きこめた。体を汗で濡らした漕ぎ手は、同型船へ進路を微調整したときから、櫂を空中にあげて休んでいる。

 外は暑いのか、彼らも水夫も半裸だった。舵柄を握る船長らしい男もそうだが、彼は裸の上半身にけばけばしい色使いの外套をまとっていた。


「戦場で、警察や海賊」

 嫌悪がこもる声で、礼佳がつぶやいた。

「見るからに海賊です」

「いや、海賊にしては装備に統一感がある。自信過剰な態度も、どちらかといえば官憲的だ」


 小型船の後部甲板から渡り板が出され、飛込台を使う要領で、水夫が転覆した同型船の船腹へ降りた。小型船はそのまま同型船の横を通過し、櫂を水に入れてさらに減速した。後ろの甲板に集まった残りの水夫は、帆を絞った。四角帆は帆桁が上下にあり、上桁を索具で動かし展帆・絞帆する構造だった。帆桁の重さを利用できるためか、四人がかりにしては作業が速い。


「おちつかせて、こちらが遭難者だとわからせれば、平和的な交渉の余地があるってことですか?」

「ああ、そうだな……。しかし残念なことに、興奮した無知な蛮族をおちつかせるには、まずブチのめす必要がある。思いあがった後進国の官憲に、なにかをわからせるにも、ブチのめしながら叩きこむしかない。連中が平和的な交渉をしたいと望むのは、それからだ」

「えー……、それはちょっと好戦的すぎませんか。いくらあっちが戦地脳でファビョってるにしても、筋肉ゴリ押しアクションすぎ」


 礼佳は海図机のそばに設置されている冷蔵庫と、床に放られた商品袋を指さした。

「まず、お菓子とかお土産を与えてみましょう。賄賂は世界共通の土人文化だって変酋長が言ってた」

「やつらの文化形態は、まったく不明だ。身ぐるみ剝がされ奴隷にされるかもしれん。不用意に接近するべきではない」


 有馬は拳銃を抜き、それを礼佳に示した。


「手持ちの品は、できるだけ高く売りつける必要がある。九ミリ弾の代金には情報を払ってもらう。下ッパどもに、いくらぼられるかわからん目こぼし料をくれてやる余裕はない」

「衣類と食品なら、二人で使いきれない量があるでしょう」


 ゆっくりと文綾丸も、左舷側が北回りで旋回している。ウィング後方の窓は、西の空が広く見わたせる向きになっていた。

 言葉をつづけようとしていた礼佳が、有馬の視線に気がつき、西の空へ目で追った。


「……月が、二つあるにしては穏やかな海ですね」


 『白い三日月』を見つめて礼佳が言った。


「ああ。引力が地球の月より弱いのか……、地形で潮汐が弱い場所なのか。いずれにせよ我々は地球から孤立してしまった。永久に孤立したのかはわからんが、当面は、この船を拠点として守らねばならない」



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