本格的 ガチムチラッシュボーディング 第一節
TDN? あぁん、なんで? カモン、チ◯ポお兄さん! 牛だ、モーモー
真夏の夜の幻夢 第一節
より改題
まだ夜になっていなかった
「送迎のボートもキタコレ」
そう言って礼佳が、左前方の海を指さした。
距離一キロメートルたらず、おそらく八〇〇メートル前後の海上に、小さな船が見えた。
平たい船体、一枚だけ張られている四角帆は、弁才船やバイキング船に似ていた。本物の有馬家の住人がニシキゴイを飼っていた庭池に今も(今が二〇〇二年ならばだが)生き残っているミジンコほどに見える乗員が、帆と櫂を動かしている。乗員がヒト型かどうかは、遠すぎて肉眼では識別できなかった。
有馬はブリッジ中央へ急ぎ足で戻り、別の双眼鏡を手にした。
「左まわりを見てくれ。一隻だけか?」
「一隻だけですね……。転覆してるボートの同型船のようです」
右舷ウィングから見わたせる範囲にも、他の船はいなかった。島も、より大きな陸地もなかった。
後方の暗雲は、薄らいだ霧のむこうにまだ残っていた。赤い光点が低く、黒い雲の一ヶ所で輝いている。爆散しつつ上昇を始めている暗雲に対して不動の、まばゆいその光点は太陽だった。
「ボギーは信地旋回でレフトロール」
左舷ウィングへ戻る有馬に、礼佳が双眼鏡をかまえたまま報告した。
「乗っているのは、ヘルメットをつけた人間。立ってる一〇人くらいが弓矢? と剣と革のジャケットで武装して、坐ってる漕ぎ手も……一五人くらいはいます」
「人間か?」
「人間に見えます。地球人、ホモ・サピエンスという意味です。――怪しいフルフェイスお面のマザーファッカーじゃなくて良かたお、ダッチ」
やけに赤い夕方の海へ、霧の中からあらわれた自分たちを『さまよえるオランダ人』になぞらえた礼佳の機知に、有馬はニタリと笑った。
「近づいてくるか。二〇トン……一五トンといったところだが、目的は仲間の船の救助だろうか?」
有馬も双眼鏡で小型船を観察して言った。
小型船の乗員は、確かに地球人に見えたが、日本人には見えなかった。
「アナクロニズム愛好家の団体が、転覆した仲間の船に急行している」
「文綾丸に呼びかけないのはなぜだ? こだわりのアナクロニズム愛好団体でも、無線や発煙筒はあるはずだ」
「水に弱いものは、さっきの波で壊れたとか。むこうの船、甲板がないみたいだから奥までびしょ濡れだし」
小型船の船首と船尾では、木製の桶を持った数人が、海へ水を捨てていた。
帆綱が結ばれている前部と後部には、操船のための部分的な上甲板はある。しかし船全長の半分以上ある漕手席は露天の船室で、漕ぎ手が体を隠せる分だけ、前後よりも低くなっている構造だった。そこにかなりの水が入ったらしい。
甲板の数人は、水を捨ててから階段を降りて桶を戻し、その漕手船室の水汲み係からバケツリレーで次の桶を渡されているようだった。
帆の左右でも、幅広の湾曲した鉈を腰に吊っている船員が動きまわり、あわただしく復旧作業をおこなっていた。櫂に絡まってしまった切れた帆綱を、前部甲板にたぐり寄せている。漕ぎ手はそれなりに櫂をそろえて小型船を走らせているが、数本の櫂は空中にあげられたまま動いていなかった。
さらに七人、操船を手伝っていない武装者が、舳先で戦闘準備にかかっていた。狭い前部甲板は、人と物品でごったがえしている状態だった。
「全長が一五メートルとして、秒速三メートルほどか。五分であの弓の射程距離だ」
舳先の七人は長弓を準備している。木と革の保存箱から出した弓に弦を張り、矢筒に巻いた防水布をほどいていた。
乗員は後部甲板にも何人かいるが、小型船が回頭して彼らは帆布に隠れてしまった。有馬が右舷ウィングに行っていた数分で、小型船はこちらへ進路をまっすぐに向けていた。
「この非常時に長モノ装備とは、外人レイヤーさんちょうよゆうッチ」
余裕の声で礼佳が言った。常人とは気力が違うのか、おちつき払ったいい声だった。
「仲間の救助を邪魔させないために、武器を見せびらかしてるだけならいいんですが」
「文綾丸が、非力な客船だと知っている可能性もある」
「この大きさの船を、おもちゃのガレー船でシージャック? 現代船のスペックを知っていれば、弓とオールで海賊は無理と思うでしょう。乗りこんで人質をとるにしてもマシンガンくらいはいるんじゃないですか?」
「現代の地球の海賊なら、そう思うだろう。しかしやつらは、ここの先住民だ。こうした現象で出現する船が、幽霊船と化すことを知っているから接近してくるのかもしれない。勇気を誇示しているだけの、無知な蛮族という可能性もあるがな」
「そうですね……。とにかく、まずは平和的な接触を試みましょう。日本語が通じな――」
一〇〇メートルほどの距離に近づいていた小型船から、次々に矢が放たれた。