第44話
今回は前話よりも早めに更新しました。
しかし、話が全く進んでいないようにも感じられる。余計な話を入れすぎたか?
双子とキリエの関係は今のところ、主人と従者という関係以上ではないですね恐らく。時間が流れればその関係も変わってはいきますが。
それでは
吸血鬼キリエが仲間になり双子の旅は再び始まった。
双子がたどり着いた最初の町はキリエの住居である洋館から百km以上も離れていたものだったが、アイルとキリエの速度はその距離を僅かな時間で行き来出来る走行速度の為にまだ朝のまま。
町に到着して堂々と町中を歩く三名。一名は島を脅かしていた吸血鬼なのだが、その殆どは真紅の吸血鬼つまりは裏人格のキリエの起こした事のため、町民から怪しまれることはなかった。しかし、今は怪しまれるとは別にヒソヒソとした声の方が多い。
やはりその大半はキリエに対してだが、決して悪いものではなかったりする。特にその声の大半は男ばかりである。
「おい、あんな美人がメイドなのかよ……」
「子供のくせに羨ましいことこの上ないぜ。けどよ、あのメイドは確か男の首筋に噛み付いたって噂だぜ?」
「マジかよ!? かぁー、俺もあんな美人に噛まれたいぜ!」
男達の言葉がキリエの耳に入ってくるが興味が無いのか特に感情を抱くことはなく双子よりも一歩後ろに引いて見守るように歩んでいる。
双子も男達の声は聞こえているが何故、噛まれる事が羨ましいのか分からず首を傾げていた。吸血鬼に噛まれるというのは血を吸われるというわけで、決して嬉しい出来事ではないはず。そこは一応、二人共普通の感性を持ち合わせてはいる。
「血を吸われたら貧血になっちゃうのに、それが嬉しいの男の人って?」
「う~ん、大人の男の知り合いがいないから分かんないや。爺ちゃんなら分かるかもその気持ち!」
「えっ!? お爺ちゃんはそんな変な趣味ないよ!」
「それもそうか!」
大人の男性と言えば双子の知人は非常に絞られる。
双子を育て今も帰りを待っているグランと村の小さな教会の神父ぐらいなもの。後は知ってはいるがやはり赤の他人程度の関係。
まだまだ子供の二人に成人した男性の気持ちなど分かるわけもなく、アイルは育て親のグランに聞いてみようと提案してみる。が、アイラはグランにそんな変な性癖はないよと首を横に振る。提案したアイルも同意見ではあったらしく、アイラの言葉に笑って納得した。
何気ない二人の会話。そう、何も変哲ない普通の会話なのだがキリエはふと違和感を覚える。
「アイル様とアイラ様のお爺様? 失礼なことをお聞きしますがご両親はいらっしゃらないのですか?」
まず身近の男性ならば父親が先に出てくるのではないか。しかし、双子から出てきたのは老人でキリエは疑問符を浮かべてしまい、双子に両親について質問した。
吸血鬼という種族であるキリエにもきちんと両親というものがいて、生命は異なる性別の生物が色事を行うことで命が生まれる世界の神秘。世界が誕生し生命が芽吹いてから一度たりとも変わらない不変原理。だからこそ、両親はいるはずなのだとキリエはそう思い、両親について質問した。
「両親は私達も見たことがないの。どんな顔立ちで声なのか私達にとっては未知のものなの」
「あ――申し訳ございません。配慮のない質問をしてしまい……」
「気にしないでキリエさん。アイルなんて最近じゃ両親のことなんか興味が薄れてきてるぐらいだから」
両親を見たことがないので素直にそう答える。アイラの返答を聞いたキリエは深く考えずに質問してしまった事にばつが悪い顔をした。それに気付いたアイラはフォローを入れる。
既に旅を初めて何度か聞かれたことでもあるし、両親を探すのであれば当然、キリエのように聞いては駄目なことだったと思われることも重々承知もしている。
そして、アイルに至っては旅をしていることを満喫し両親のことなど頭の片隅にあるぐらいだ。それを考えれば別に聞かれても辛い話ではない。
「そうそ、キリエが気にする事ないって。そんなことで毎回気に病んでたら身が持たないよ」
「もうちょっとアイルは気にかけるという事を覚えた方がいいよ。キリエさんから分けてもらおう」
「ひどっ、ボクだって少しは気に病むことはあるんだよ?」
「ええ~? そんなアイル見たことないよ私」
「例えば嫌いな野菜が出るって知ってしまった時とか宿題が出たときとか!!」
アイルからすれば両親が居ない事は気に病むべき問題ではないらしく呑気に笑うだけ。そして、呑気者のアイルはキリエの分を分けてもらうべきだと唇を尖らせて言う。キリエは気に病むべきではないし、本当ならアイルの方がもう少しだけ気にするべきだと指摘する。
そんな事を言われたアイルは「失礼な!」と言いたげな表情で自分が気に病む時を語る。それら全ては日常的なことばかり。
(ええ~……なんだか小さいよ気に病む内容が)
自分だって気に病むときぐらいあると口にするアイルにアイラは冗談だと強く思い込んでいる。
アイルの隣に居たのは何時だって自分だと自負しているし、そこは誰にも負けない自信がアイラにはあった。だからこそ、アイルが落ち込んだり気に病んだりすること自体想像出来ないでいるぐらいで、アイルから気に病む理由を聞くと色んな意味で愕然し言葉を出せずにいた。
呆気にとられたようにポカーンと口を開いて黙っているアイラにアイルは声を掛ける。
「って、なんで黙るんだよ」
「べ、別に悩み事が小さいとか思ってないからね!」
「思ってるじゃんか!!」
ぶーぶーと文句を言うアイルと口をつい滑らしてしまい対応にこまるアイラ。そんな二人を見てキリエは小さく微笑みを浮かべる。
――あらあら、あんな強い子なのに本質はまだまだ子供なのね。
そして、それを見ているのはキリエだけでなく裏人格のキリエもその光景を見てまるで二人の保護者のように見つめている。
裏人格のキリエの言葉に表人格のキリエも短く「そうですね」と短くしかし、はっきりと答えた。
――落ち着いているわね。あの地から逃げるように去って、名も捨て誰にも見つからないように生きてきたのに。
「そう……ですね。アイル様とアイラ様が居られると心は落ち着きます」
――わたしが言うのもなんだけど、あまり情を移すもんじゃないわよ。何時かあの地の封印が解けたらあの子達まで巻き込んでしまう。一年半前の時や六十年も前にも現れた力が発生すれば何とかなるかもしれないけれど。
「分かってます。あくまでも従者として二人に付き添うのですから私は、そうキリエとして」
――ホントに分かってる? 今の貴方、凄く微笑ましそうにしてたわ。
「そ、それは久しぶりに他人と触れ合ったからです!」
今、この瞬間はキリエにとって心地よい時間。キリエにしか知らない過去はあるけども、双子はそんな事など知らないからそれがキリエにとって幸せなもの。
だが、もう一人の自分からは忠告されてしまう。その温かさに浸かり情を移してしまえば、何時か訪れるかもしれない別れに心を傷つけてしまうと。そして、温もりを感じこの瞬間を素晴らしいものだと思っている自分がいるのだと指摘され、つい言い訳をしてしまう。
「あのメイドは何を話しているんだ? ってか、独り言だよな」
「美人なだけにもったいねえよなあ」
やはり、一人の人間だけの声が聞こえてまるでそこに他の人物があたかもいるように話すのは他人からすれば頭を疑われるようなシーンで例えそれが美人な女性であっても、それは可笑しな場面には変わりない。
「キリエ、何さっきから話してるのさ。それじゃ、独り言にしか見えないよ」
「いえ、気になさらないでください、少しばかりお話をしていただけなので。それに、確かに話すには視線が多すぎますね」
さっきから何を話しているのかそんな事はアイルとアイラは知らない、だがやはり二人にとってもキリエ同士の会話は違和感しか見当たらないわけでアイルが指摘している始末。
指摘されたキリエは風評など興味ないが視線には気づいていたらしく、人が集まる中でもう一人の自分と会話をするのは避けた方が良いと改めて考え直した。
「ねえ、アイルはブルゴーニュの場所を知ってるの? そこを向かおうとって言ってたけど」
「この町についた時、島を一周したからね。途中で大きな街があったから、そこだと思う」
「島を一周ってどれくらいの速度なのそれって……」
「今のボクが本気出せば大陸横断なんて数時間あれば軽い軽い!」
三名が向かう先はブルゴーニュという街で、その場所を指定したのはアイル。そのアイルは場所を知っているのかとアイラは確かめる。島全体を走り回った時に大きな街を見たから高い確率でそこだとアイルは言う。アイラはアイラで色々な意味で愕然としていたが。
この島の面積をアイラは知らないが島を一周する走力はやはり異常なわけで成長が止まらないアイルにあきれ果ててしまう。そんなアイルはというと本気を出せば大陸横断なんて数時間あれば余裕と宣言するぐらいで。しかも自信満々におまけでVサインまでしている。
それを聞いたアイラはやはり呆れるしかなく
「え、ええ……セレナーデ大陸の端から端まで大体2万kmぐらいの距離があるけど」
「ボクが知ってる大陸はそこだけだから、セレナーデ大陸を往復するのに一日も掛からないよ」
「それ異常だからね!? 王国の騎士団が涙するよそんなの聞いたら!!」
セレナーデ大陸の最西端と最東端の距離は約二万kmでアイルが知っている大陸は自分が長らく暮らしていたその場所だけでアイルの言う大陸はセレナーデしかなく、往復するのに一日も必要ないと言う。
やはりそれは異常なわけでアイラはアイラで今までにないツッコミを見せる。
「そうなの? てっきり王宮騎士団なら余裕なのかと思ってたけど」
「そんなわけないよ。ぅぅっ、キリエさんはアイルと互角以上に戦えるしアイルは身体能力をさらに上げる技も持ってるし……」
相変わらず軽い物言いにアイラは頭が痛くなった。アイルが自覚している以上にアイルが強いということに。
そして、そのアイルに勝る実力を備える吸血鬼キリエという仲間にアイラは困り果てていた。しょうじき、王宮騎士団が相手でも二人なら余裕で返り討ちにしてしまいそうで怖いと想像してしまう。
騎士団を圧倒している様を本気で描いていたアイラなどスルーしてブルゴーニュに向かう為にアイラを背負うと言い、それを聞いていたアイラは少し顔を赤くして振り返る。
「それじゃ、今から行こっか。ボクがアイラを背負うからキリエは着いてきてね」
「ふぇっ!? ま、また背負われるの私!?」
「当然でしょ? いくらアイラでもボクの走る速度にはついていけないでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
長距離を移動する時はそれが当然の流れになっていた。
背負われることに驚くアイラに、アイルはアイラの速力じゃついて行けないから当然でしょとフォローもいれずに言うので、アイラは怒ることもできずに認めるしかなかった。やはり、アイルには気遣いが足りていない。
「それならば私がアイラ様を背負いましょうか?」
「ダメダメ! アイラを背負うのはボクの役目なんだから」
アイラを背負うと言うアイルにキリエが名乗りを上げたが、アイルは即座にそれを断った。
珍しくそういった事を断るアイルにアイラは嬉しそうに見て、キリエは「あらあら」と微笑んだ表情でアイルを見てはどちらも理由を訊ねる。
「え、アイルそれって……」
「分かりました。ですが、何故?」
アイラの乙女心がちょっぴり高まる。
普段は鉄の塊をどストレートで投げくるような感じで失言をするアイルが、本当に珍しく女の子がドキッとする言葉を吐いたのでアイラは少し興奮もしていた。
「だって、アイラを背負っていれば体力作りに、後は筋トレにもなるし!」
「「…………」」
だが、やはりアイルはアイルだった。
胸を張って発言した言葉にアイラとキリエは口を閉じてジト目でアイルの事を見つめていた。そして、二人のその目に気付いたアイルだが、理由が分からずに首を傾げてしまう。
「んんっ? 二人ともどうしたのさ、ボク変なこと言ったかな?」
自分の発言に可笑しな点があっととは想像すらしていないだろう。
少女相手に失礼極まりない発言をしたアイルにキリエは大きな大きな溜め息を。裏人格すら「こりゃ、ダメだ」と諦めた。
アイラに至っては涙目である。一番胸を高鳴らせたのはアイラなのだから。
「知ってたよ……アイルがそういう子だって知ってたけど、私の乙女心って……」
「な、泣かないでくださいアイラ様! まだまだアイル様がお子様なだけなのですから」
「ぅぅっ……」
「女の子が可哀想……」
「デリカシーのない子なのね」
何時もデリカシーのない数々の発言を口にするアイルが珍しく心ときめく言葉を口にしたと思えば、あまりの脳筋っぷり。
一抹でも淡い期待をしてしまい勘違いした自分の乙女心に泣く泣く涙するアイラと慰めるキリエの構図に三名の話を盗み聞きしていた町の人々も同じく合掌していた。
「わ、分からない。なにが悪かったのかが」
そして、そんな状況でただ一人分かっていないアイルは今も尚、疑問符を浮かべて事が収まるのを待っていた。
※
あれから約数十分程の時を経る。
アイルが目覚めて二日目の朝のまま新たな街へと到着していた。以前の二人ならば今の数倍もの時間を有する移動も今ではグッと縮んだわけで、一番それを実感しているのはやはり常識人のアイラ。
(なんかホントにあっと言う間に新しい街に来ちゃった。それにしても大きな街、城下町とも違うしこんな風に独立して栄える街ってあるんだ)
まだ街の外にいる状況だが街の大きさは外からでも見れるが、一国の城下町でもないのに独立して栄えていることにアイラは感心していた。本から知識を吸収するよりも実物を見て触れる、それだけでもアイラにとって充実になるものだった。
「そうそう、それでこの街の少し離れた所にも寂れた町や村が幾つかあるんだよ。ボク達が最初にたどり着いた町じゃないけどね」
「この街はこんなに栄えてるのになんで近くの場所は寂れてるの? それともやっぱり、アレが問題だからなのかな……」
眼前には栄えた街があるというのに近くに点在する町や村は寂れていたと口にするアイルにアイラは「え……」と思い耽るように考える。
その理由が分からないわけではない。寧ろ、自分が知る中ではそれが一番の理由だということもアイラは察している。その一場面を垣間見ているのだから。
「アレって何さ?」
「納税問題だよアイル。キリエさんと会う前にお世話になった若い夫婦の人がいたよ」
「あのことか~。たしか、横暴な納税額と決まっていない納税日が問題だったはず」
「多分だけどそれが原因だと思うんだ。それでブルゴーニュのことはあまり良く思われてないみたいだし、収集した金銭はここに持ってくる手筈になってるんだよ」
「へぇ~、よくそんな事を考えられるなアイラ。兎に角、街の中に入ろうよ考えるのはそれからそれから!」
「もう、街は逃げないよ?」
正直な話、アイルにとって他人の納税問題などどうでも良いことで、何よりも経済的な問題みたいな込み入った話はアイルの思考をショートさせる。
だからこそ、その話を早々に切り上げて街の中に入ろうと勧める。そんなアイルにもうちょっと話を聞いてくれても良いのにと不満を覚えながらアイラはアイルに続いて足を前に出す。
「お二人共気をつけてくださいね。今のブルゴーニュは荒くれや賊達も多く集っていますから」
「えっ!?」
ブルゴーニュに入ろうする二人に忠告するキリエ。
この島で暮らしていたキリエだからこそブルゴーニュという街の状況を知っている。そして、その忠告を聞くとアイラは歩みを止めキリエの方に顔だけを向ける。きっと、自分の聞き間違いだろうと思いながらも、その目はキリエに「嘘ですよね!?」と訴えかけている。
「ふーん、賊って言うと山賊とか海賊とかが沢山居るのかー」
賊が屯していると聞かされたアイルは聞き流す程度。
せいぜい賊と言えばこんな顔立ちだったようななど脳内で想像するぐらいである。その全てが顔にやたら傷がありスキンヘッド、さらに筋肉隆々とした男達ばかり。半分は憧れもあるのだろう、男であるのならば背は高くしっかりとした筋肉は欲しいというアイルの憧れ。
そんな呑気なアイルとは裏腹にアイラは一番の不安要素に詰め寄る。
「喧嘩なんて断固反対! 郷に入りては郷に従え、だからねアイル。絶対に挑発的なことを言ったりしたらダメだから分かった!?」
「わ、わかってるよ。街中で戦いなんてしないって約束する」
「絶対だからね? 喧嘩を売られた時は全力で逃げるの、特に着いたばかりだから何があるか分からないし」
一番の不安要素は何よりもアイル。沸点の低い賊や荒くれ者が切れる単語を無自覚で発言するかもしれない危険性は大いにある。
そもそも賊や荒くれ者の多くは世間のはみ出しもの。そんな業に入る前から喧嘩や窃盗など茶番時の相手の評価などアイラからすれば底辺でしかない。
「大丈夫ですよ私が居ますので賊や荒くれなど一蹴してみせます」
「き、キリエさんも意外と好戦的なのですね……」
「これでもそういう種族ですからね。とは言え、私よりももう一人の私の方がより酷いですが」
「出来れば二人とも話し合いを優先してほしいです」
「ふふ、勿論分かっていますよ。あくまでも私達は船を出してもらうだけが目的ですからね」
「はい! ああ、普通の人が仲間になってくれて嬉しいです!!」
何が起きても賊や荒くれなど即座に打倒して見せますと宣言するキリエにアイラは冷や汗を流すしかなかった。
今のキリエもアイル程ではないが割りと好戦的な性格をしていることに当惑してしまう。そして、当惑するアイラに自分も一応はと皮肉ったような言い方でそういう種族なのだと言う。さらに、もう一人の人格の方が一層酷く好戦的だとも語る。アイラもまた、もう一人のキリエはそういう人物だとアイルとのやり取りを静観していたので認めている。
戦いが避けられないのならば仕方ないが出来る限り話し合いを推奨し、キリエは理解してくれたのか快く頷いた。普通の感性を併せ持つ者が仲間になってくれてアイラは心なしか涙しているようにも見える。
行動方針が決まると立ち止まる理由はなく三名はブルゴーニュへと今度こそ足を進める。
街に入れば荒くれ者達が昼前から酒を飲み、ただ体がぶつかっただけで勃発する争い。とても栄えた街には見えない。
「てめえ、ぶつかっただろうが!!」
「おめえがぶつかってきたんだろ!!」
体がぶつかっただけで喧嘩が始まる。
街に入った瞬間にこの光景を目の当たりにしてアイラは顔を青褪め、アイルは「楽しそうな場所だなぁ」と呑気に呟き、キリエは興味ないのか表情一つ変えない。
「もうやだぁ~、いきなり喧嘩してるなんて……」
「見て見ぬ振りが一番ですアイラ様。目の前で喧嘩が起きたと事実のみを認めて流しておけばいいのです、勝手に喧嘩し怪我する地区なので」
「地区?」
「ええ、以前は漁業で栄えた街でしたがクレセリア帝国やバビロン帝国の台頭によって賊や荒くれ者が一気に流れ込んできました。っと、そういう込み入った話は落ち着いた場所でしますね」
「あ、うん。今は私も話に集中できそうにないよ……」
巨漢が圧倒的に多いこの街の地区。アイルやアイラの体が一層小さく見えアイラがこの場所にいることが場違いにも見える。
ブルゴーニュに詳しいキリエは自分達がいる地区は争いの多い地区だと説明し、一々気にしては負けで流しておけば万事解決するのだと語る。キリエから説明を受けていたアイラだったが、咄嗟にキリエがアイラを抱えると他の男に殴りかかっている男がアイラの立つ場所を駆け抜けた。
騒がしい場所で長話は難しいと判断したキリエは話を止めて、落ち着いた場所で続きを話すとアイラに伝える。アイラもその気ではあるらしくやはり震えながら頷くのであった。
「それにしてもお腹減った……あの町で朝食取るつもりだったけど忘れてたし」
「けっきょく直ぐにブルゴーニュに来ちゃったから仕方ないよ。それに私達、お金持ってない……」
「そうだった! そこら辺からお肉やお魚の香ばしい匂いがボクの空腹を刺激するのに」
朝ではあるが昼には少しばかりまだ早い。しかし、朝食を取っていないアイルは空腹に襲われ、酒場や寂れたレストランから漂う料理の匂いに涎を流して視線をウロウロと動かしている。
だが、ご飯を取りたくとも取れない双子。根本的に金銭面では貧乏と通り越して一文無しの状態。ディオールとの件で道具は全て塵になり、理由は不明だが時間移動で一年半後の未来に来ているのでお金は持っていない。その為、宿に泊まる金銭どころかまともに食事も取れない。
その事実を漸く認識した双子はがっくしと肩を落としていた。金銭面を解決出来なければ船にも乗れないことにも繋がるのだが、今の二人はそこまで行き着かない。
「安心してください。金銭面は私が居ますので心配せずとも良質な宿や料理店にも行けますよ。なので、少し行きつけの換金所に立ち寄らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「私は構わないです。じゃあ、その袋の中身って」
「ええ、宝石類ですよ。宝石のままでは意味がないのでいっそ金銭に換えた方が使えますし、なによりも私もワインを飲みたいですからね」
金銭的問題が立ち塞がって失意している双子につい苦笑いを浮かべてしまうキリエだが、気を取り直して心配しなくても大丈夫だということを双子に言う。
旅立った時に常に持っていた革袋。動くたびに金属音を奏でていたが双子はどちらも質問しなかったが、キリエの話を聞いてアイラはまさかと言いながら中身をキリエに確認する。するとキリエは革袋の中身をアイラに見せる。その中にはダイヤの指輪や金の指や、ティアラなど宝石類や売れば金になる装飾品が多く詰められていた。
「凄い数。でも、キリエさんがなんでこんなに沢山持ってるの?」
「山賊や海賊から襲われたこともありましたから。お陰で宝石など落とすので生活で困ったことは一度もないです」
「そうなんだ。この島のことに詳しいから、ここが故郷なの?」
「この島ではないですね。昔は国々を転々としていましたから……」
「――そっかぁ、何時かキリエさんの故郷のことを教えてほしいな」
歩きながら話すアイラとキリエ。やはり同性なので話しやすいのだろうか、アイル以外に気さくに話すのは珍しい。
そして、キリエに故郷についての話題を振ると目を細め遠くのどこか知らない場所を見て旅をしていたと寂しそうに語られる。何故、寂しそうな表情をするのかアイラには分からないがこれ以上は踏み込んではいけない事を察して、ただ何時か教えて欲しいとだけ自分の気持ちを伝える。
「あの……私が言うのはなんですが聞かれないのですか?」
「うん、だってさっきのキリエさん、ちょっと辛そうだったもん。だから、話したくなった時に話してほしいな」
「いずれ、いずれは必ずお二人にお話します。ですから今は――」
「うん、聞かない。それに今は私達と一緒に居てくれるんでしょ?」
「勿論です。如何なる障害が立ち塞がろうとも私はお二人と共に」
主従の契を歩きながら交わしている光景は非常に奇妙で、一人、前を歩いているアイルからすれば何をしているのだろうと伺われるようなもの。それは、他の者達から見てもアイルと同じ感想で話の内容と場所が食い違っていると誰もが思っていた。
約一時間、賊や荒くれ者の多い地区の大通りを歩いているとその数が少なくなってきた。そして、次に見られるのはお金に余裕のある者達で服や装飾品もやや高価なものばかり。当然、騒がしさも大人しくなり静かな地区という印象を双子に与える。
「ここは静かな場所。さっきの場所よりずっと落ち着く……」
「それでも、まだ賊や荒くれとかいるけどね~」
「目を逸らしてたのに言わないでよー……」
争いごとはそうそう起きそうにない雰囲気の街中に安堵の息を短く吐いては、そう口にするアイラの表情はホントに落ち着いている。いるのだが空気を読めないアイルはあっけらかんとその安堵を崩してしまう。
賊や荒くれ者が0になったわけではない。その数が減っただけ。それをつつかれアイラは微妙に涙を流してそっぽを向く。
「ふふ、この地区なら料理店もありますし、先程の地区よりも落ち着いて食事やお話も出来ますから」
「換金所かぁ、そんなところは今まで言った事ないから楽しみだなぁ。爺ちゃんと暮らしてた時はそんなの必要なかったし、何よりも換金所なんてなかった」
「換金所は城下町や自治都市ぐらいにしかありませんからね。武具や道具であるならば武具屋で売ってお金に換えれますが、宝石類は換金所の方が高く買い取ってくれますよ」
「へぇ~」
「着きました、ここですよ」
換金所の話をしていると何時の間にか換金所に辿りつき、キリエが先に扉の取っ手に触れて開けようとした瞬間――
「見つけたぞガキども!!」
野太い男の声が三名の耳に入り、声がした方へと視線を向けるとそこには鼻の右横に大きなホクロが特徴のフォンニャが相変わらず下品そうな顔で立っていた。
そして、フォンニャの後ろには彼の取り巻きの兵士であったり荒くれ者どもが不気味に笑っていた。
しかし、アイル達はフォンニャの姿を見てもピンとこずう~んと悩み末に――
「どちら様でしょうか?」
「誰だっけ?」
「誰ですか?」
結局、フォンニャの事を思い出せずに素性を問いかけた。
「大人を舐めてるのかガキども!! あの時はよくも赤っ恥をかかせてくれたな」
「貴方、先程から何を仰られているのですか?」
思い出せないでいる双子に怒りを覚えるフォンニャは二人の方へと詰め寄ってきて、アイラは一歩下がる。近づいては下がるを数回繰り返していると今まで観察していたキリエが双子とフォンニャの間に割って入った。
そして、両手の指の間に無数の短剣を挟んで威嚇をしていた。
「そのような下卑た顔でアイル様とアイラ様に近づかないでいだだけませんか? 貴方が何を理由に私怨を向けているのか理由は不明ですが、傷つけようとするのであれば私は容赦しませんよ」
そう言って冷淡な瞳でフォンニャを睨むキリエ。
そこから滲み出る殺気はアイルとアイラが感じられるものであった。




