第42話
何時の間にか四月も終わりそうですね。前、一年を迎えたと思っていたんですがもうこんなことに。
なんだか仕事ばっかりなような気がしますね。後は家に帰って執筆ぐらいなもので。はぁ、友達と遊びに行きたい。けど、友達も仕事をしてるので時間が合わない。まさに負のスパイラル!!
学生の皆さんは学生の本分を忘れず、青春を謳歌してください。
たくさん、遊んでた方が良いですよ!!
アイルと真紅の吸血鬼の間合いはほぼ無いに等しい。手を伸ばせば触れ合う程の距離でアイルは真紅の吸血鬼を見上げている。逆に真紅の吸血鬼はアイルを見下ろしていると互いの瞳からお互いの姿が消えて、左隅で壁が音を立てて削れ、それを見たアイラは自分の目を疑ってしまう。二人の姿はそこにはいないなのにまるで刃物で切り裂いたような痕が残っている。
それどころか傷つけている痕は増えるばかりで――
「でやあ!!」
「ぐっ!?」
「おおおっ!!」
少年らしい元気な声が書斎に響く。刹那、真紅の吸血鬼は横腹を蹴られ顔を歪ませながら本棚に激突。その衝撃に耐えれない本棚は後ろへと倒れ、その後ろにあった本棚はドミノ倒しのように倒れていく。
本棚に激突した真紅の吸血鬼が反撃に移ろうと上を見上げた頃にはアイルが跳躍し追撃に入って、瞬きしている暇などなく真紅の吸血鬼は並べられている本と棚板の僅かに掴める箇所を右手の指だけの力を使い逆立ちする要領でアイルの顎に右足の黒いブーツの靴底で蹴りを決める。
「がっ!?」
「なかなかやるじゃない!」
「あぐっ!?」
さらに顎を蹴り上げ怯んだ瞬間を見逃さず、真紅の吸血鬼はアイルが部屋の宙に浮いている状況より高く跳び上がり右首筋にかかと落としを決めて床に叩きつける。
アイルが床に叩きつけられた衝撃と吸血鬼の蹴りによって床は崩れアイルは二階へと落下していく。しかし、二階から三階の高低差などアイルにとって無いにも等しく、軽く跳躍しただけで書斎に空いた穴から飛び出てきた。
「へへっ、やっぱり強い!」
「当たり前よ。子供、貴方とは生きた時間が違うのよ。子供、私に吸血鬼としての力を使わせる事が出来るかしら?」
「絶対に使わせてやる! 先ずはこんな狭い場所を破壊させてもらう!!」
三階に戻るとアイルは口からの流血を右手の甲で拭き取ると、倒れた本棚の上で腕を組み悠々と立つ真紅の吸血鬼に笑顔を浮かべながら見据えている。相手が強いという事を素直に認めるアイルとそれを聞き、ふふんっ!と魅惑の胸をさらに張る真紅の吸血鬼はアイルを煽る。そして、煽られたアイルは明らかに乗る気満々で寧ろ既に乗っていて。アイルは右手を大きく高らかに上げる。
「アイラー! ここを今から崩すから逃げる準備をしててね!!」
「へっ、く、崩すって!? な、なにを考えてるの!?」
「ははっ、もう行動してるし」
今から部屋を崩すを宣言するとアイラに脱出する用意をしておく事を勧めると、アイラはアイルの言葉を疑いながらも離れていた。
即座に避難していたアイルを見て逆に笑うとアイルのが高く上げた右手は蒼穹のように清々しい輝きを放ち、それは大きな竜の爪の形を成して周囲に力強さを見せつけるように蒼色の光輝と竜の爪と化した右手からは突風が吹き荒れ、本棚が倒れた事により床に落ちている本や用意していたケーキなどが吹き上がる。
「うおりゃああああああっ!!」
力強い咆哮と共に振り下ろされる右手。刹那、轟音が鳴り響き周囲の物質が振り下ろされる勢いで書斎だけでなく洋館全体に嵐が巻き起こったかのような衝撃が行き渡り洋館は音を立てて崩れ落ちていく。当然、アイル達が立つ床も巻き込まれており床全体は崩壊しそれぞれ落ちていく瓦礫の破片を足場にし跳躍しながら避けていく。
そして、洋館全体全てが崩れ高く積もった瓦礫の山の頂上でアイルと服が破れたりしている真紅の吸血鬼が互いに組み合っていた。
「「ぐぐぐっ!!」」
(し、死ぬかと思った……。それにしても、アイル凄く楽しそう)
アイルの突発的な無差別攻撃によって崩壊する洋館をアイルと真紅の吸血鬼と同様に破片などを足場にしてアイラもまた無事でいた。
互いに激しく拳をぶつけ合う姿を見てアイルが戦いたがるのは無理もないなぁと呑気にも体操座りになり戦闘を見学し始めたアイラ。きっと第三者からすれば殺し合いでしかないし、それはアイラにとっても同じことだ。しかし、アイルにとってはそうではない。
夜の浜辺で語っていた強い相手と全力で戦いたいという言葉は叶っているのだと。アイルが強いことはアイラが一番良く知っていることでその強さは底知らず。そんな人物が求める強い相手となると戦えば下手すると死ぬこともある。今、それが目の前で行われていてアイラとしては止めたくこれ以上、アイルが傷つく姿は見たくないというのが本音。
(止めたいけどアイルはきっと怒るよね。それくらい、今は凄く充実してる)
「ふふふっ、ははははっ!」
「うっ、このっ!!」
最早、真紅の吸血鬼の拳が幾つにも見える程の連続攻撃がアイルを襲うが必死にそれを腕で弾いたり防いだりするアイル。
押しているのは真紅の吸血鬼でアイルは僅かに押されている。しかし、力の差はそれ程大きいわけではない。だからこそなのかアイルはこの状況下でも笑っていられた。そんな表情を見たら止めるのはあまりに無粋だと思えて仕方がなかった。
「うおりゃああああっ!!」
「っぐ!」
「こんどはボクの番だああああ!!」
音よりも早く撃ち出される吸血鬼の拳。その僅かな隙を衝き、腹部に重たい右拳を叩き込む。重たい一撃に流石にダメージを受けたのか攻撃の手を休め左手で殴られた箇所を押さえる吸血鬼。それを見逃さないアイルは流れるように拳や蹴りを吸血鬼の右上腕、横腹、体の至る場所に確実に決めていく。
殆ど互角に近い両者の実力ではどちらも同じだけのダメージを受けている。そして、実力が近ければ短期決戦へとなるのだが。
(この子供、なんて体力なの!! まるで攻撃の威力が弱まらないし、寧ろ激しくなっている!!)
時間が経てば経つほどに眼前の子供。今、自分に猛攻撃を嗾けている子供の攻撃力とその撃ち出される速度が徐々に上昇していく。それでも、なお完全に追い抜くことが叶わないのは流石は吸血鬼という種族なだけはあるだろう。
真紅の吸血鬼もまた徐々にアイルの上昇していく攻撃速度に順応し始め、受けることはなくなり攻撃を防いだり弾き始める。二人の戦いの衝撃で周囲の瓦礫は吹き飛んだり、丁寧に作られていた庭はグチャグチャとなっていた。
アイルの右ストレートを左腕で防ぐと二人は一旦、間合いを取る。互いに全身から血が流血しているが、寧ろ真紅の吸血鬼はそれを見て不気味なまでに笑みを浮かべ、アイルに対して拍手を送る。
「な、なんだよ急に拍手するなんてまだ終わってなんかないぞ!」
「ええ、それは分かってる。話を聞きなさい、あなたを子供と見くびっていたし、ここまで戦うだなんて思いもしなかった。ホントにアーパーな子供、いえ、アイルその強さに評してわたしも吸血鬼としての力を使ってあげるわ」
「ついに!? だよね、そうでなくちゃ!!」
「ホントに戦闘馬鹿なのね。その欲求、戦争してる国にとっては宝、ね!」
「!?」
遂に相手を本気にさせたとガッツポーズを決めるアイル。殺し合いをしているにも関わらず喜ぶ姿に真紅の吸血鬼は呆れながらも戦闘馬鹿だと評し、右腕を横に一払いすると一直線に赤色の細い針が放たれアイルの左頬を掠めた。
あまりの速度にアイルは切れた頬に触れて後ろをゆっくりと確認する。何かを放たれた、しかしそれが一体何かは確認出来ずにいた。
(い、今のは血……!? 多分、一本だけであんな細いんじゃ吸血鬼の前に立つアイルじゃ多分認識しにくいんじゃ。それに月が出てるって言っても夜だし見にくいよ)
目を細めて見なければ横から見学していたアイラにしか確認出来なかった極細さと夜の暗さが合わさって一層見難くさに拍車をかけていた。
右手で確かめてその手が濡れているものを見て目を細めるアイル。何かに切られたことは分かるがそれが何かまでは分からないと言いたげな表情のアイルに吸血鬼は再び先程と同じものを一発放つ。
「何で血が出ているのか分からないみたいわね。ほら、しっかりと見なさい!!」
「うっ!? なんかに刺された!?」
「こんどは沢山よ! 今度こそ避けなさいアイル!!」
「だったら耐え抜いてやるっ!!」
次は右足に鋭いまるで針のようなものが刺さった感触を味わうアイル。いくら目が良くとも認識しにくい物や出来ない物もあり、悔しさを顔で表していた。そして、そんなアイルを試すようにさらにその数を増やして超高速の速度で鋭い針のようなものを撃ち出し続ける。
アイルは避けるという行動には移さず両腕で顔などを守り腕や腹部、脚などの箇所に攻撃を受け続ける。それを数秒間続くと真紅の吸血鬼は撃つのを止めて、訝しげな表情を見せた。
「ふぅっ、ふぅっ!」
「なぜ、避けなかったのかしら。いくら見えなくとも貴方なら避けることは充分に可能だったはずよ」
真紅の吸血鬼の攻撃の手が休むと両腕をダラリと落としてしまうアイル。全身とまではいかなくとも体の至るところから赤い血が流れ息も乱れ始めている。雨あられのように前方から視認しにくい攻撃を撃ちだし続けていた真紅の吸血鬼はアイルに問いかける。それは、単純な疑問。
見えなくとも回避は出来たはず。しかも、攻撃速度は常人では捉えることなど不可能でもアイルには充分回避出来る速度。常に受け続ける必要などなく、一直線に攻撃が飛んでくると悟れば行動の幅は広がっていた。それは真紅の吸血鬼自身が理解しているこの攻撃の弱点。
「君の能力を知るため……二発目までは鋭い何かだと思ってた。きっとボクの見えない速さで縫い針みたいな細くて鋭いものを飛ばしてるのかと勘違いしてたけど、攻撃を受け続けて分かったんだ。君は自分の血を針のようなものに形を変えて攻撃してたんだ。ボクは別に犬みたいに鼻が効くわけじゃないけど、ボクの流す血にしては血の臭いが強いし血の量も多いかなって。そう考えたら案外、簡単に答えは出たんだ、吸血鬼だし血は関係あるのかなって」
「そう、ふふふふっ!! その為に攻撃を受け続けていたっていうわけね、アイル貴方は本物の馬鹿ね!! それで傷を負ったら意味がないんじゃないのかしら、わたしの力を全て見せたわけではないけれども」
「ははっだから、ボクも必殺技を使う事にする――うぁぁぁあああっ!!!」
回避しなかった理由を問われたアイルは俯いたまま吸血鬼としての能力を知るためだと口にすると、うつむいていた顔を上げてニタッと悪戯小僧のような笑みを浮かべて説明し始めた。
二撃目までは細い針のような物体で攻撃を受けたのだと勘違いし、針を飛ばすことが吸血鬼の能力なのではと勘違いをしていた。しかし、真紅の吸血鬼が撃ち続けた無数の針の一斉掃射を全身に受け耐え抜いたことにより自分の考察は勘違いだと理解し、吸血鬼の能力が血に関係するものだと答えを導き出した。
アイルの考察が正解なのか否定も肯定もしない吸血鬼は右手で額に触れると銀の月を見上げるようにして呆れるように笑い、馬鹿にした様子はないが馬鹿だとアイルを評した。能力を知るためにはリスクを負いすぎだと罵るような目を見せる。それはアイルも同じ考えらしく苦笑いを浮かべて後頭部を右手でかく。
だが、そんな情けなく苦笑いをする姿がまるで虚像だとも言うかのように再び対峙した時と同じように不敵な笑みを浮かべて両手で握り拳を作ると全身に力を込めて腹の底から声を出す。今まで風は収まっていたにも関わらずどこからか風が吹き始めた。
何が起きるのかと周囲を見渡す真紅の吸血鬼と体操座りで蚊帳の外だったアイラ。しかし、アイラだけは真紅の吸血鬼とは違う光景が映って見えていた。
(王家の渓谷と同じように光子みたいなのがアイルを中心に渦を巻いて集まってる! でも、剣はないし何をするの……?)
気合を込めているアイルの全身から蒼穹の煌きが発生し始め吸血鬼やアイラどちらも目を大きく見開いてそれを凝視する。
全身から煙のようにゆらゆらと揺らめく蒼穹の光がアイルから立ち昇りるように発生し、それはディオールとの戦いに見せたものと同じ技だった。アイルが纏った力はとにかく強いもので、アイルの足元の地面に罅が入り、破片が力の上昇気流に乗せられて上がっては完全に砂と化す。
まだ、それは淡い雪のように消えそうな輝き。だが、真紅の吸血鬼はそれを前にして慄いて――
試しにアイルの全身を刺した鮮血の針を数発放つ。するとアイルは右手でそれを薙ぎ払い消し、同時に姿もまた消えた。
「速いっ!? だけど、見えてるわよっ、残像!?」
予備動作すらない、されどその超絶的な速度は今までのアイルの比にもならない。しかし、微かに見えたアイルの動き。真紅の吸血鬼は次は針ではなくダガーを作りアイルへと投げつけた。高速で放たれたそれはアイルに決まることはなくすり抜けて行く。
ダガーがすり抜けるとアイルの残像は消え、しかし周囲を見回すとそこにはベロベロバーをしていたり、逆立ちしていたり、正直ぶん殴りたくなるような表情をしている幾つものアイルが吸血鬼を取り囲むようにしていた。
「ちいっ、めんどうな――」
無数の残像。どれが本物なのかそれは一発で判断出来ないもの。昼であれば影があるものが本物だと簡単に見分けつくのだが、真夜中にそんなものは見えず。
「だああああっ!!」
「やっぱり来たか!! 速度で劣ろうともアイルから流れている血の臭いで本物がどれかくらいは見分けがつくのよっ!!」
一気に加速して来たアイル。しかし、真紅の吸血鬼はアイルの動きを捉えていた。
既にどちらも引けない距離まで来て、アイルは全力の一撃を叩き込もうとするもアイルの腹部に強烈な衝撃が再び走った。
「がっ!?」
「残念だったわね、貴方がもう少し体が大きければ私よりも先に攻撃が決まっていたのだけれど、あらゆる身体能力が上昇するその技は確かに凄いけど、リーチまでは流石に伸びないものね」
アイルが攻撃を決める前に、ほんの僅かなリーチ差で先に攻撃を決められていた。
全身に伝わる激しい痛みにアイルは顔を歪ませて蹲る。だが、急に俯いたまま小さく笑い出して――
「へ、へへっ……やっぱり強いなぁ」
「当たり前よ」
相手が強いことを認めていた。それを聞いて当然だと一言で返す真紅の吸血鬼。
「まさかこの技を使用しても互角だなんて世界はやっぱ広いや」
「戦い終わったのかな?」
脱力したのか肩を落とし纏っていた淡い蒼穹の煌きを消すと満天の星空を見上げて小さな溜め息を吐く。
何時の間にか戦闘という雰囲気がお互いに消えていることに気付いたアイラは立ち上がりながらお尻を叩いて砂を落とし、少し疲れが見えるアイルへと近づき声を掛ける。
「どうしたの、アイル?」
「さっき使ってた技って使った後に凄い疲労感に襲われるんだよね、だからちょっと疲れただけだよ。(まさか二倍だけでもこんなに疲れるなんて、ははっ――十倍なんてしたら五分ぐらいしか持ちそうにないや)」
額から汗が流れていて息も乱していたアイルは溜め息を吐いた理由をアイラに教える。それは先程まで使用していた技はアイルの戦闘能力を上昇させるものだが、解けば多大な疲労感に襲われることとなり、体力に自身のあるアイルでさえ相当な負担となっていた。
「そ、そう言えば二人共凄い真剣に戦ってたけど、屋敷が全壊しちゃたけど大丈夫なの?」
「うわー、入って来たときはすごい庭が綺麗だったのになー」
専属の庭師が造っていたのではないかという程に整えられていた花園も今は見るに耐えない状態で、花は踏み潰されていたり木もへし折れている。そんな状態を見たアイルは初めて見た庭と今の庭の状態を比べて冷や汗を流してしまう。
戦いに熱中し過ぎて周りが見えておらず今、漸く気付いたといった感じである。
どうやらそれは真紅の吸血鬼も同じで惨憺な庭を見て口を開けたまま声も出せずに停止していた。
「やってしまった……」
「吸血鬼、あんまり気にしたらダメだよ。やってしまったものは仕方がないんだし」
哀愁が漂う背を見てアイラは可哀想だと思いながら苦笑いを浮かべ、アイルは相変わらず楽観的な態度を崩さず果たして元気づけているのか分からない言葉で励ましていた。
「わたしよりももう一人のわたしの方がどちらかと言うと気がかりなんだけど」
吸血鬼が別の自分と言う存在を示唆することを呟くと――
「うん? ね、ねえアイラこの人って少し頭が可笑しいの? もう一人のわたしとか変なこと言ってるみたいだけど、もしかして腹にパンチをしたのがいけなかったのかな!?」
「そ、そうじゃないと思うけど……そんなことよりも女の人を殴ったらダメだよ特にお腹とか赤ちゃん産めなくなったら大変だよ!?」
「そ、そっちなの驚くとこは? それよりもあまりアイラは驚かないね」
「アイルが来る前にそういう事を言ってた気がするから……」
そんな可笑しな言動をしっかりと双子は聞いており、アイルはどストレートなところは変わらずアイラに質問してしまう。そんな直球さに苦笑いを浮かべたアイラはアイル程に可笑しいとは思っていなかった。逆にアイルが戦いの中でお腹を殴っていたりしたことの方が驚きでそれに対して腹部を殴ったことを咎めていた。
咎められていたアイルはアイラが珍しく不自然に思わないことに対して首を傾げると、その理由をアイラが説明し始めた。丁寧に教えると子供らしく大袈裟に驚いておりアイラはそんなアイルを見るのが楽しいのか微笑んでいて。
「ううむっ、ボク達って記憶喪失なのか~?」
「どうなんだろ、でも五歳ぐらいの時からの記憶しかないから、そうかもしれないけど」
「まあ、考えても仕方ないし今は今を楽しめば良いや」
「そんなに早く結論出しちゃって良いの!? もっと色々気にすることいっぱいあるよ!?」
「え、何か問題でもあったけ?」
「だって――私達のお父さんやお母さんの記憶だってあったかもしれないんだよ! それを忘れたままだなんて絶対に嫌だよ!!」
吸血鬼との会話の内容をアイルに伝えると記憶喪失の可能性が浮かび上がってきて、それはアイラもその意見には賛同していた。
記憶。それは誰もが当然のように持ち、時と共にその量を増やしていくもの。そして、双子のように特別な事例がなければ誰もが両親の記憶を鮮明に憶えている。だが、双子には両親の記憶が何一つとして無い。特にアイラはその両親について知りたがっていて、真逆のアイルの淡々とした態度につい声を荒げてしまう。
そのアイラの声に今まで崩壊した洋館を眺めていた真紅の吸血鬼は吃驚し、振り返って双子を見比べていた。
呑気そうな吸血鬼的にはアホ面に見えるアイルとそんなアイルの言葉に賛同出来ないでいるアイラ。そんな二人の姿に名前をくれた子供の姿を幻視する。
「えっ!? あ、ああ――見間違いよねあの子まで黒髪に見えたのは」
六十年前の少年の姿と重なったことに目を見開き瞬きをして再確認をすると、それは見間違いだったと認識した。
そう本来ならばあの時の子供達は大人になっていなければならない年齢。
吸血鬼やエルフなど寿命や若い期間が長い種族でなければ説明がつかない。双子が人間であるかどうかは不明だがその線が非常に濃厚で、やはり名前を名付けてくれた子供達ではないのかと疑ってしまう。
「まだ喧嘩?してるのね。とは言ってもそんなに長引きそうにはないみたいだけど、あ、終わった」
最初の方はアイラが唇を小さく尖らせたり頬を膨らませたりと怒っていたがすぐにそれも冷めて普通の話し合いに転じていた。
「あの、吸血鬼さんの名前……教えてもらってもいいですか? なんだか吸血鬼さんって言うのも変ですし」
「わたしは――わたし達はキリエ。その名を貴方達に似た子供につけてもらったのよ」
話し終わるとアイラは吸血鬼の顔を見上げて名前を訊ねた。訊くのを躊躇ってはいたが本当に知らないので正直に訊いた。
名前を訊かれると吸血鬼は隠す必要がないので名乗ろうとしたが一度止まり、笑顔を見せて“わたし達の名前”としてキリエとハッキリと名乗った。名前に対して思い入れが強いのか、戦っていた時の挑発的で高圧的な表情や態度はまるで見られない、その笑顔を向けられれば男性などひとたまりもなく落とされる。
「キリエ、さん。凄く良い名前ですね!」
「ええ、わたし達にとっても大切な宝物よ。ふふ、だから早く記憶を取り戻してね?」
「ほわぁ~」
「えっと、アイラ? なんでその頬を赤く染めてるのかしら? ちょっと、聞いてる!? もしかして風邪じゃ!?」
名前を褒められたキリエは今まで双子に見せなかった優しい笑みを浮かべて、早く記憶を取り戻してとウインクを一つする。
そんなギャップすらある笑顔の差にアイラは心を奪われ頬を紅潮させてただ一心にキリエを見つめていた。あれから一言も発さないアイラが気になったキリエは身を屈めてアイラの視線に合わせる。頬が赤くなっており理由が風邪なのではと勘違いして額と額をくっつけて熱を計る。
「熱はないわね。ちょっと返事しなさいよ! アイル、どうにかしなさい!!」
「へっ!? わ、分かった!」
「ちょっ、ごめんアイラ!」
熱はないが揺さぶっても返事が返ってこないので酷く困惑するキリエはアイルに投げた。
まさか匙を投げられるとは思っていなかったアイルは驚きつつも、アイルに近づいて肩を叩いたりする。それでも反応がないのでアイルは最終手段として大きくを息を吸う。その動きを見てまさかと察したキリエは両手で耳を塞ぐ。
「アイラアアアーーーっ!! 起きろおおおおおおお!!!」
息をめいいっぱいに吸うと大声に変えて吐き出す。無論、アイラの右耳のすぐそばで。
相当な声量だったのか森の中で生きている小鳥やリスが驚き逃げて行った。
「うひゃああああああっ!?」
「おっ、元に戻った。けど、うひゃあああって変な驚き方するなぁ」
「も、もう心臓が止まるかと思ったよ!?」
「だって、ボケっとしてるから仕方ないじゃんか」
流石のアイラもそんな大音量を耳元で聞かされれば反応せざるおえない。寧ろ、反応しなければ余計に心配するであろう。
アイルはアイルでアイラの驚き方に可笑しいと笑っていたが、割りと本気で心臓が止まる思いだった涙目で文句を言っていた。そんなアイラの気持ちもアイルには悉くスルーされてしまうわけで、もうアイラは半分諦めていた。
「そうだ日が昇ってきたらわたしは少しいなくなるけれど、もう一人のわたしに挨拶してくれないかしら。もう一人の方も貴方達と会ったら話したいと思うから」
「そんなことで良いのであれば私は大丈夫ですよ」
「任せてよ!」
「そう、ありがとう。きっと喜ぶわ」
何時の間にか満月も傾きつつあり二から三時間もすれば時間帯は明朝になるだろう。それを見越してかキリエは双子に一つだけ願望を伝えた。
特に拒否する理由がない双子は快くその依頼を受けた。
双子と吸血鬼の間に溝はなくその後、適当に夜が更けるのを待つことにした。夜ということもあって魔物達は活性化し、洋館が崩壊したことで野宿するしかないので魔物と襲われることとなるのだがアイルとキリエが襲いかかる魔物達を全て倒してしまい近くには魔物の亡骸が積み上げられていた。どれだけ魔物が襲いかかろうともアイルとキリエはそれを払い除けてしまい、アイラは魔物達の方に合掌しそうな思いだった。
特にキリエの方は吸血鬼としての本能らしくアイル以上に魔物に対し容赦がなく殆どを死に追い込んでいた。
そして、月は隠れ太陽がその姿を見せる。
「髪色が変わった!?」
「ふ、不思議なことってあるんだ」
陽の光を浴びるとキリエの真紅に染まった髪色が銀色へと頭部から変色していく。その姿を見て双子は初めて見る不思議な光景に目を奪われていた。
体型に変化はなく髪の色のみが銀色に変わった。それだけでも充分、双子にとっては不思議でならず上から下まで見ていた。
「アイル様、アイラ様!? ど、どうしてこちらに!?」
「「え!?」」
目を瞑っていたキリエが目を覚ますと双子の姿を見て嬉しそうな表情のまま固まった。
同時に先程までの言葉遣いの変化に双子もまた驚き目を大きく見開き互いに見据える形となってしまった。




