第40話
もう四月ですか。早いですね、働き出して既に一年ですね。
私ももう社会人2年目とは時とは無情である。
今回は珍しくアイラが戦う描写がありますが、アイラ程戦う描写が難しいのはいません。描写とかちゃんと書けないし。
とは言ってもディオール戦のような力を使うわけではないので激しくもないです。
基本的にアイルが戦ってばかりですからね。そういうキャラですし。
それでは40話もどうぞ!
って、もう40話に到達しちゃったんだ!?
ぐるりと逃げ道を塞がれたアイラは今、自分が置かれている状況を激しく嘆いていた。
自身を囲むのは全て男ばかりで、しかも子供を大人達が囲むのは酷く可笑しな光景。さらに全員が簡易の軽鎧を装備しているので厳つさが一層際立つ。
何故、アイラがこのような状況に置かれているかと言うと、とある新婚が税を払えないという理由から税を徴収に来た役人の部下から余りにも横暴な暴力を振るわれており、流石のアイラも相手の暴力を見兼ねて庇い、今の状況となってしまった。
アイルが隣にいれば既にこの件は終わっていただろう。無論、相手を物理的に倒して終わらせるので、フォンニャよりも上の存在に狙われる可能性も生まれる。先程まではそう考えて居なくて良かったと安心していたが。今は寧ろ、物理的に倒してくれるアイルが居たほうが非常に心強い。
「嬢ちゃんなら高値で売れるだろうからな、寧ろ誇るべきなんじゃないのか?」
「そ、それはとても困ります! 私には戻らないといけない場所がありますし!」
美少女かと言われればアイラは自ら首を捻るぐらいに自分の顔に対する評価が低いが、雰囲気的には高い値で売れるとフォンニャが雇っている兵士に言われて戸惑いながらも断固拒否する。しかし、拒否する前に色々と指摘しなければならないが、今のアイラにそんな余裕は一切なく逃げ道を模索していた。
取り囲む兵士達は総勢三十名弱で圧倒的に不利な状況。それがアイラが出した客観的な答え。
今までアイラはアイルという完全な前衛的ポジションが居たからこそ、遠くから戦いに参加していたに過ぎず実質、多人数相手に一人で戦うのは今回が初である。
そして、アイラが放った攻撃が特異点だと分かると兵士達はジリジリとアイラの方へと詰め寄ってくる。アイラが相手に対してどんな攻撃をしたいのかと想像するだけで、それが現実となり一つの攻撃に変化した。
「そ、それなら!」
そうと分かるとアイラは手始めに右手の人差し指を自分の足元に向け、蒼色に煌く米粒程度の光球を撃った。地面にそれが決まると爆発を起こしアイラを中心に砂埃が空中に広がっていき、アイラは咳き込んでいた。
「何をする気なんだ!?」
「わ、分からねえ……」
何故、アイラの足元に光球を撃ったのかその真意が図れない兵士達はアイラの周りだけに充満する砂埃を見て首を傾げる。
「けほっけほっ、私の場所に撃っても意味ない……けほっ!」
兵士の周りに砂埃を充満させなければ逃げ道を作れないのに誤って、自分の足元に撃ってしまい、それによって発生した砂埃を吸い咳き込みながら誤ちを嘆くアイラの声が砂埃の中から兵士や町民達に届く。
「あの子……もしかしてアホの子?」
「そ、それは俺にも分からないが……戦い慣れていないのか? あんな珍しい事をやったのに」
アイラが狙われる原因となった若い夫婦はアイラの言葉を聞いてついつい毒を吐いてしまう。
魔法ではない非常に珍しいモノを見せたので戦い慣れているのだと勘違いしていたのだが、見るからに戦闘初心者のような失敗を見せたアイラに疑いの目を向ける。
そんな呆れにも似た言葉はアイラの耳にもしっかりと届いており――
(ぅぅっ、聞こえてるよ~! 私はアイルみたいに戦いとか全然してないんだよ……)
口には出さないが必死に心の中で自己弁護していた。
「嬢ちゃん、諦めて捕まったほうが良くないか? 痛い目には遭いたくはないだろ?」
「い、嫌です! 知らない誰かに売られたら痛い目や嫌な思いだってしちゃう! だ、だから私は貴方達と戦います!」
今のアイラの失敗を見た兵士達は無理矢理に捕獲しようともせずに寧ろ生暖かい目でアイラの事を見て、潔く捕まる事を勧めていた。勿論、捕まれれば人権を剥奪され奴隷や家畜扱いされてしまう事となる。それは断固拒否するものでアイラは逃げるという選択を捨てた。
(こんな近くに沢山の人が居たら私らしい戦いが出来ないから、少し間合いを離さないと……兵士達が油断してる今がチャンスだよね)
失態が功を成しているのかアイラに対して油断を見せている兵士達。それは好機でありアイラは相手を攪乱する攻撃を想像する。
アイラの周囲から放たれるは十の鎖。蒼白い煌くそれの先端には錨のような物が形成されており兵士達へと問答無用に伸びていく。しかし、アイラの性格から兵士達の心臓や頭部など致命傷になるような場所は狙っておらず、腕や脚などを重点的に狙っている。
「なにっ!?」
「この小娘、なんでも出来るのか!?」
「がああっ!?」
(まだ私の攻撃終わってない、よ)
辛うじて回避する兵士達だが砂埃を巻き上げた攻撃とは全く繋がりのない攻撃に驚愕していた。
攻撃速度は決して避ける事が出来ないスピードではなく兵士達は悉く回避したが不意を突かれた攻撃に対処出来なかった兵士達の腕や脚に切り跡を残す。そして、兵士達を通り越した十の鎖はアイラの意思によって、兵士達の背を狙い蛇行しながら戻る。
アイラの背後に立つ兵士達は剣を振り上げていたり、槍で刺そうとしていたが戻ってきた鎖によって妨げられていた。さらに鎖の数は徐々に増加し今では二倍の数へとなり、アイラを守るように蒼白い光を帯びている鎖が周囲を自在に動いていた。
鎖は全てアイラの意思によって操作されており、アイラが守るように動けと想像しただけで鎖はその通りに動く。その事もあってか兵士達は無闇に攻撃に移ろうとはしない。動けば鎖が飛んでくるので一人が突っ込む事はしない。
「ええいっ、何をやってるんだ!! 人数ではこちらが勝っているのだからその人数を使え馬鹿者どもが!!」
小娘一人簡単に捕まえる事が出来ない兵士達に苛立ち始めたフォンニャは兵士達に怒声を浴びさせる。いくら特異点の可能性のある子供と言えども所詮は子供なのだと偏見を抱いているフォンニャはこの見苦しい状況に羞恥を抱いていた。
「お願いです、私はあまり人を傷つけたくないので退いてもらえないでしょうか? 貴方達が私を狙う理由なんてないと思いますし」
これ以上の戦闘を望まないアイラはフォンニャに交渉をしていた。元々、攻撃も護身術程度の活用しかしていないアイラなのだが、本気で攻撃に転じれば死人が数多く出ても可笑しくはない程の能力で。それをアイラはある程度だがきちんと認識している事もあってか、戦いたくない即ち傷つけたくないと意思を告げる。
「言っただろお前を捕まえて闇市にでも売れば中々の金になるんだと。しかもお前は旅人だ問題もなかろう」
「分からず屋だよこの人……! あれってもしかして」
アイラとフォンニャの関係はハッキリと言えば赤の他人。しかも、フォンニャの横暴な行いを見兼ねて敵対しただけの希薄な関係にすぎない。だからこそ、そう言えば退いてくれるという考えに至ったのだが、アイラが金になる実だと分かっているので退く気など毛頭感じられずにいる。そんなフォンニャを分からず屋だと溜め息を吐きそうになるアイラだったが、遠くから何かが走っている姿を瞳に映し、気がそちらに向いてしまうがその表情は笑顔だった。
アイラの意識が戦闘から変わった事もあり蒼白い無数の鎖は素粒子レベルまで分解し虚空へと消え去った。急に鎖が消えた事に兵士達は僅かの間、呆然とするが攻撃の好機だと悟ると捕まえようと足に力を込めて飛び出そうとする。その刹那、兵士達や町民は激しい突風を浴びて、髪や服が靡く。
「きゅ、急になんなの!?」
「なになに!? 何か通り抜けたわよ!?」
巻き起こる風を浴びながら町民達は何事かと慌てふためく。
何かが兵士達の間を通り抜けた事は視認出来たが完全に見れたわけではないのでそれぞれが周囲を見渡して変化を探している。
「遅いよ、アイル。私、ずっと待ってたんだよ」
「なははっ、言い訳もできないや。ところでさ、何があってるのさこんなにも沢山の人が集まって」
今まで置いてけぼりをくらっていたアイラは戻ってきたアイルを見て不満そうに頬をぷくぅっと小さく膨らませていた。当然、事実なのでアイルは苦笑いを浮かべながら何も言い返さずに軽く周囲を見渡す。
そして、人集が作られている事に疑問を抱きアイラにその理由を問う。
「い、色々あったんだよ。説明は後でするから一緒にこの人達を追い払ってほしいんだ」
「事情は分からないけど任せてよ! でも、この人達が相手なの? なんだかなぁ、あんまり強そうじゃないし」
事情を訊くも説明する暇がないとアイラは困った表情で言い、先に兵士達を追い払うのを手伝ってほしいとアイルに頼む。一緒に追い払って欲しいと頼まれたアイルは二つ返事で了承する。のだが、相手が兵士達だと分かると少しだけげんなりとした表情をした。
物量的には圧倒的に劣るがアイル本人の実力は数をものともしない域に達しているからなのか、兵士を相手にして戦う事への高揚感は生まれてこない。それでも戦うのでアイルは足腰に力を入れて動く態勢に入った。
「ははっ、こんな餓鬼が相手なのかよ? しかも、てんで弱そうだぜ!」
「しかも武器一つ持ってねえんだぜ。勝負になるかよ!」
臨戦態勢になったアイルを見て兵士達は馬鹿にしたようにゲラゲラと笑い続ける。
「すぐに終わらせてあげるからね!」
「「「!!?」」」
その瞬間、アイルは弾かれたように兵士達の間を駆け抜け、突風が吹き荒れるのを兵士やフォンニャが確認し終える頃、既に何事もなかったかのようにアイラの隣には年相応の笑みを浮かべて立つアイルが。目では追いつけない速度でアイルから攻撃をさせれたのか、兵士達は音沙汰もなく足元から崩れ落ちて地面に倒れ込む。
あまりにも突然の事象にその場に立ち見ていた者達は唖然として倒れた兵士総勢二十名を見下ろす。残りは十名弱そして、フォンニャだけだった。
「軽く首筋に手刀を入れただけだから死んでないから安心していいよ。気絶してるだけだし」
「な、なっ!? 何も見えなかったぞ!!」
「そりゃ、少しだけ本気のスピードで動いたからね。ボクは話の内容が分からないから何とも言えないけどこの町からさっさと出て行きなよ!」
「ぐっ、ぐぐっ!!」
残されたフォンニャが代表として何も見えなかったとアイルに叫ぶように言う。慌てるようなフォンニャの言葉を聞きアイルはにこにこと微笑みを浮かべながら速さだけは少し本気を出したと語る。そして、アイルは前後で何が起きたのか知らないのだがフォンニャに立ち去る事を勧める。
眼前には十歳前後の変哲もないただの少年が立つ。しかし、その実力は非常に高く少年の手によって二十名弱の兵士達が瞬く間に気絶させられている状況で、フォンニャは悔しさのあまり歯を食いしばるも何も言えずにいた。
「小僧、覚えていろよ!! 俺達に逆らった事を後悔するが良い、行くぞお前達!!」
「せっかくだから、もっと強い人をお願いするね~」
このままアイルに挑んでも返り討ちに遭うだけと予想出来たフォンニャはアイルに対し捨て台詞残し、気絶していない兵士達を引き連れてその場から逃げるように退散していく。
フォンニャの捨て台詞を聞いたアイルは呑気に手を振っており、アイラは何も言わずにやや呆れた表情でアイルを見つめていた。
「行っちゃったね~。それよりさ、なんでアイラが兵士達と戦ってたの?」
「そ、その事なんだけど……先にこの人の傷の手当をしないと。大勢の人に殴られたりしてたから」
「え、そうなの!? 何か悪い事をしたんじゃないのこの人が?」
フォンニャ達が居なくなった事を確認するとアイルがアイラに戦っていた理由を直ぐに聞いてきた。やはりアイルからしてもアイラが自ら戦いに出るというのは珍しく感じていた。それを聞かれると目を泳がせて兵士たちに暴力を振るわれていた若い男性へと視線を移す。頬は腫れ、唇からは赤い血が流れている姿は痛々しく男性の妻である女性が膝枕をしていた。
普通、何も理由なしに暴力は振るわれないのでアイルは原因が男性にあるんじゃないのかと平然と言いのける。
「あの、夫を助けてくれてありがとう!」
「い、いえ! 私もさっきのは理不尽だと思ったので、つい……」
「ははっ、アイラ照れてるね」
「て、照れてなんかないよ!? 私だってたまには戦うんだよ?」
双子の事に気付いた女性はアイラに感謝の言葉を述べており、感謝されたアイラは照れているのか頬を若干紅潮させておりアイルにからかわれていた。
「ふふ、もし良かったら二人共家に遊びに来てくれない? せっかくだからお礼もしたいし」
「え、流石に悪いですよ! それに兵士達を追い払ったのアイルのお陰ですし」
「だけど貴方がいなかったら家の旦那はもっと酷い傷を負っていたもの。だからお礼をね?」
お礼をしたいとの事で家に招待されたアイラは断るが、女性の方が折れる様子がない。
「折角だから言葉に甘えようよ。それだけアイラは偉いことをしたんだしさ!」
「そんなに偉いことしたのかな……」
「充分だよ! 誰かの為に頑張れるのは凄い事だから、爺ちゃんや婆ちゃんが聞いたらボクのように喜ぶと思うんだ!」
「アイルも嬉しいの? えへへっ、そうだったら私も嬉しい……」
折れる様子もないのを見兼ねてアイルが介入してくる。
アイルとしては真紅の吸血鬼に会いたいだけなので、お礼に関しては気にも留めていないのだが、アイラは凄い偉い事をしたのだと褒め称える。褒められた事がとても嬉しいのかはにかむアイラ。
※
フォンニャ達との小さな事件から一時間後、アイルとアイラは小さな一軒家の木質の椅子に座りくつろいでいた。兵士達に殴られていた男性は切った箇所に傷薬を自分で塗り治療していた。
「あの、大丈夫……ですか?」
「あ、ああ! 何も知らなかった俺が本当は悪いんだから君は気にしなくて良い」
「そ、それにしても横暴ですよあんな納税額は!」
「俺達もそれは知らなかった。ここは元々、治安の良い土地だと聞いて引越して来たんだがな……」
自力で薬を塗布している男性は突然にアイラから声を掛けられ、動揺するも平気だと言うことを伝える。この男性、素は穏やかな人物なのだろうフォンニャにきちんと払えなかったのは自分の落ち度だと認めていた。のだが、アイラはフォンニャのやり方はとても納得出来ないと怒っているのが感じられた。
納税額があまりにも高い。それは田舎育ちのアイラだからこそ余計に強く感じるものだった。庶民の一般給料として金貨15枚程度支給されるものだがその三分の一も支払うというのは生活を縛らねばいけない額。
「やっぱりプルゴーニュがあるから問題なのよ!! そもそも、こんな高額な納税を何に使っているか分かったものじゃないわ! さっさとこの島を出るべきよ!」
「俺もそうしたいのは山々なんだが、港町も閉鎖されている以上この島から出れないんだ……。この島に“紅蓮の舞姫”が来てくれれば解決出来るのかもしれないが」
台所で昼食を調理している女性は今だに怒りが収まらないのか非常に機嫌が悪く、夫である男性に早く島から出ることを提案する。男性もその意見には大いに賛成したがっているが島に出れないという現実に拳を作っていた。
せめて紅蓮の舞姫が島を訪れていたら島全体が抱えている問題を解決出来るかもしれないと小言を呟く。
男性が口にした紅蓮の舞姫という単語はとある人物の好奇心を刺激するには充分で――
「その紅蓮の舞姫ってなになに!? もしかして真紅の吸血鬼と何か関係があったりするの!?」
「い、いや関係はない。って、キミは何でそんなに目を輝かせてるんだい!?」
「だって紅蓮の舞姫って二つ名でしょ? それって英雄とかそんな人に付けられるって爺ちゃんが言ってたし、英雄ぐらいなら強いじゃんか。だからボクはその人に会って戦いたい!」
「そんな理由なのか!? って、いくら君が子供ながら兵士達に勝てるぐらいの実力者でも紅蓮の舞姫はともかく真紅の吸血鬼と戦うだなんて危険だ! やめたほうが良い!」
「そんなに強いの?」
「強いなんてものじゃない俺達とは種としての格が違う! 吸血鬼というのは既に絶滅危惧種の中でも特に強い種なんだ。しかも真紅の吸血鬼に噛まれた者は屍食鬼になると言われている!」
「うっはーっ、余計に戦いたくなるじゃんかそんなの聞いたら! よーし、必ず戦ってやる!」
やはりと言うべきかアイルは紅蓮の舞姫という単語を聞くと簡単に食いついた。今まで話にも参加していなかったアイルが急に話に加わった事に若い夫婦は吃驚していた。しかも、目が輝いており男性は嫌な予感しか抱けない。
何故、そんなに目を輝かせているのかはアイル自ら楽しそうに語る。二つ名を世間から付けられるとなると相当な猛者で、アイルの戦意に火をつけるには充分なもの。だから、戦いたいのだと言う。しかし、男性からは紅蓮の舞姫はともかく真紅の吸血鬼と戦う事だけには強く反対されてしまう。
その理由は絶滅危惧種の中でも吸血鬼は非常に格の高い種族で全ての能力が人間という種を超えるものだとアイルに説明する。さらに吸血鬼に噛まれると屍食鬼と化してしまうという。それ故に吸血鬼は恐れられる存在でもある。だが、そんな説明は火に油を注ぐだけ。一気にアイルの戦意が燃え上がった。
「この子は言っても聞きそうにないと思うけど?」
「そ、そうだな……。しかし、キミは良いのか? 彼は非常に危険な事を考えているみたいだが」
何を言ってもアイルの意思が変わる事はないと察した若い夫婦は反対する事はしなかった。それでもアイルが危険な行為に走ろうとしているのは事実で身内であるアイラに男性が確かめる。
「アイルがこうなった以上は私が何を言っても聞かないですし……」
アイラは既に諦めていた。後は吸血鬼と戦いアイルの興奮が沈静化するのを待つほかない。
「同情するわ。けど、吸血鬼に会うだなんて住処を知っているの?」
「多分、知らないかと。月が昇る時間まで起きて根気よくアイルは待つ気かと」
「あの子はどちらかと言うと一ヶ所に留まれないような子だと思うけど」
「あはは、反論のしようもないです」
落ち着きがないわけではないが同じ場所に居続けるのは苦手そうだと女性に指摘されるアイル。だが、事実なのでアイラは苦笑いを浮かべ反論せずに肯定した。
「月が昇るまで後10時間ぐらいだよね?」
「そうだよアイル」
「そっかぁ、なら夜中まで寝ておこうかな! 屋根の上で寝てくるね」
「そ、それならさ……わ、私と一緒に町を歩こう? ……っていない!?」
今宵の月が昇る時間まで幾らかあるのでアイルは昼寝をしてくると伝える。それを聞いたアイラは少し恥ずかしそうにもじもじとしながらも、勇気を振り絞って町の中を散歩しようと誘う。しかし、アイルからの返事がないので確かめるも、既に外に出ておりアイルの姿はなかった。
最近はゆっくりと二人で町を散歩し過ごす事が出来ていないので勇気を出したにも関わらず、この残念な結果にアイラはちょっぴり涙を流してしまう。
「はぁ……そんなに私と居るの嫌なのかなぁ」
とんだ被害妄想である。
若い夫婦の家の赤茶けた屋根の上で昼寝を始めたアイル。
ただ、すぐに眠るような事はなくぼんやりと晴天の空を眺めていた。
「ふわぁ~!! 良い天気だなぁ、こんなポカポカ日和は眠くなっちゃうよ」
吸い込まれそうな程に青く澄んだ空を眺めながら大きな欠伸をしては目を擦る。
「そう言えばどれくらい耐えれるのかなあの技を使ったら。ディオールと戦った時の10倍は固いと思うけど10倍はそんなに維持出来ないしそこら辺は訓練しないとなぁ」
ふとディオールとの戦闘で使用した技の事を振り返り始めた。
僅かな時間ディオールを圧倒出来る強さへを身につける事が出来る技でアイルにとってこれから先、必要になる技だと自ら認識している部分もあり今、自分はそれにどれほど耐え切れるのか憶測で計っている。そんな事を考えている内に何時の間にかアイルは寝息をたてて寝始めていた。
月が天に昇る頃、アイルは既に目を覚まして屋根の上に立ち景色を眺めていた。
時折、月光を浴びてアイルの金色の髪が煌くように見える時があるがそんなのに見惚れるのはアイラぐらいなものである。
深夜の時間帯なので双子以外の子供はもう夜道を歩いていないが、恋人や若い夫婦が歩いている姿を多く見る。だが、アイルが探しているのはそんなものではない。人間を襲う危険な存在である。
普通なら止められるのだが常人よりも頭のネジが多く抜け落ちているのか、それが危険だなんて思いもしていない。それどころか、そんな存在と戦いたいなど狂気の沙汰だ。
「吸血鬼って確か凄い美形なんだよねアイラ」
「うん、図鑑に載ってた説明だと吸血鬼は男なら夜の王、女なら月の姫とも言われてて男性にしろ女性にしろ容姿端麗で身体能力は人間の数百倍とも書かれてるよ。血に対して執着もあって人間の血を好むみたい。でも、太陽の光や十字架とか弱点もあるけど、教えようか?」
「くうっ、人間の数百倍!! その響きに憧れちゃうね!! 弱点? そんなの聞きたくないねボクは真っ向勝負がしたいんだから!!」
「言うと思った。もう、ホントにアイルってば楽しそうにしちゃって……可愛いんだから」
果たして今の何処にアイルが可愛く感じられたのかはアイラ以外には誰にも分からない。
そもそもアイラもまたアイルと同く常人との価値観に大きなズレがある。本当に怖いのならばアイルが居るからと言って危険な目に自ら遭いに行くこともないのだが。
※
「それでさー、フォンニャの悔しそうな顔って言ったらざまあみろって思ったわ!!」
「俺も俺も! 子供相手に舐められてるんだもんな!」
「あれはダサいと言いたいけど、あの子供が強すぎなんじゃねえのか? 俺達より絶対強えだろ」
「人間じゃないでしょ絶対。女の子は別として男の子は間違いなく化け物の生まれ変わりね」
双子よりも年上だが大人というよりもまだ垢抜けていない青年四名は今日起きた事を話題にしていた。
彼らに納税義務はまだないのだが両親と暮らしている以上、親がその肩代わりをしなければならず鬱憤が溜まっているのか四人とも下品な笑いをしていた。
そして、そんなフォンニャを悔しがらせた子供つまりアイルの事もその話題に入っており、青年達から僅かに恐怖を抱かれていた。
そんな風に道のど真ん中で話していると一人の女性が覚束無い足取りで青年グループに近づいていた。
長い銀髪はまるで銀糸のようで肌は蒼白いがその美しさは月光を浴びることで見る者を虜にする程。それは性別の壁すら超越するもので四人とも見惚れていた。
「すげー綺麗だ……」
「ああ……こんな美しい人がこの世に居るなんて知らなかった……」
「憧れるわ……あの体型」
「足もスラッとしてて、胸も大きくて腰の括れとか……」
女性にとって憧れの理想の体型。身長は女性では高いほうで足が長く所謂、モテる体型である。
「血……血を吸わして……」
だが、青年グループの賞賛の声は銀髪の女性に聞こえていないのか聞き取りづらい声量で呟く。
「え、えっ!?」
ゆっくりと近づいてくる銀髪の女性に青年達は訳分からずに首を見回してしまう。
そして、女性は一人の青年の首筋に顔を近づき口を開けて噛み付いた。
「なっ!? こ、こんな人前でそんな……っは!?」
あまりに美しい女性の麗しい唇が自身の首筋に触れた事に吃驚し顔を見る見る内に赤く変化させる。しかし、こんな人前では恥ずかしいのか理性が勝り引き剥がそうとする。
しかし、青年は漸く自分の身に起きた事を実感する。体から吸われているものは人体を流れるもの。いや、人間だけでなく生物であるならば誰もが有しているもの。
「うっ……」
血を多く吸われてしまったのか青年は気を失い、血を吸った銀髪の女性は吸い終わったのか青年の首筋から唇を離す。すると血を吸っていた首筋から僅かに血が噴き銀髪の女性の右頬に飛び散って、それを右手の人差し指で触れ、指に付着した血を舐めた
「ま、ま、まさか……こ、この女の人が吸血鬼!?」
「嘘でしょ!? この町に伝わる吸血鬼って赤い髪をしてるんじゃなかったの!?」
血を吸うその行為こそ吸血鬼だと証明する事実。しかし、この町に伝わる吸血鬼の情報とは合致せずに少女達はただ恐怖で動けずにいた。
そして、完全が月が昇った途端――銀髪の女性は頭を抱えて苦しみ始めた。
「ぅっ……!? ぅぅっ!? あああああああああっ!!!」
あまりにも突然の発狂。それは静かで小さな町中には充分聞こえるもので。
だが、それ以上に銀髪の女性の髪色は深紅に染まっていくのだった。
「し、真紅の吸血鬼……!!」
町中で噂になっていた真紅の吸血鬼が今、少女二人と青年一人の前に姿を見せた。
「ふ、ふふふっ! わたしの手で貴方達の血を派手に散らしてあげるっ!!」
美しくしなやかな右腕を右下から左上へと素早く振り抜く真紅の吸血鬼。
その刹那、真紅の吸血鬼と少女二名の間に少年が立ち入り、真紅の吸血鬼の右腕を少年は右手で止めていた。
「漸く見つけた。君が真紅の吸血鬼だね」
「なぁ~に、子供がこんな時間に? わたしにズタズタに引き裂かれたいのかしら?」
「違うよ、ボクは君と戦いに来たんだ」
「あははははははっ!! 面白いことを言う子供ね、貴方みたいな子供がわたしと本気で戦えるとでも思っているの?」
「もちろん、そんなの当たり前じゃないか」
「――へえ、随分な自信家な子供ねぇ」
真紅の吸血鬼の右腕を握ったのはアイルだった。突然の発狂を聞いた瞬間、アイルは急いでこの場所まで駆け抜けてきて少女二人を助けていた。
だが、既にアイルの眼中に少女二人など映っていない。映るのはエレスティスの赤い髪よりも深い紅の髪と瞳をし、凶悪なしかし美しさをも感じさせる吸血鬼のみ。そして、同じように真紅の吸血鬼の瞳には不敵な笑みをしたアイルが映って互いに睨み合っていた。




