第34話
いよいよ世界への旅立ち編でアイルの最後の戦いが始まりました。一国を容易く滅ぼせる化け物相手にどこまで、アイルが肉薄できるのかは次話で書かせてもらいます。
そして、次話はアイラにも大きな変化があります。
それを次話で納めることが出来るのか非常に不安ですね(笑)
それでは34話も楽しまれたら幸いです!
平原を駆け抜ける三頭の馬と一人の子供。その光景はどこか滑稽に見えた。
綱を握っているのはそれぞれガイル、セルシル、アスペルの三人。アイルは馬術など習った事がないので本来は三人の内、誰かと一緒に馬を乗らなければならない。のだが、馬よりも遥かに速く走れるからという理由でアイルは馬に乗る事を断り、アイラを背負い並走していた。
「アホだ、絶対にコイツは真性のアホだ」
「いや、アホというよりもバカですよガイル」
この中で傷を負っているのはアイルだけで、そのアイルが走っている事にアホだのバカだの言いたい放題である。特にガイルとセルシルの二人。
突っ込むべき点はそれだけではないのだが、身の心配はしていた。包帯は四肢や頭部に巻かれ血が染み付いているのも見て分かる。正直、充分な休養を取るべきだと誰もが思うぐらいだ。
ただ、アイルの様子から苦しそうや辛そうという感じはない。しかし、その背負われているアイラは頬を紅潮させて恥ずかしがっていた。
「ううっ……恥ずかしいよアイル」
「そんなの気にしたら駄目だよ。それにこれくらいのハンデでもちょっと加速したらあっと言う間において行っちゃうからね」
そんなアイラの言い分など全く気にもしないアイルは加減をして走っていた。
並走してはいるが数m程の差がアイルと馬三頭にはあり、アイルはあくまでも置いて行かないようにしていた。馬の方は全速力でエレスティス達からすれば速いと言えるもので、魔物にさえ出くわさなければ数時間も掛からないで到着しそうだと期待が持てる程だった。
しかし、アイルにはまだ圧倒的に余力がありアイラを背負っていながらというハンデを持ちながら道中の魔物は瞬時に倒しそれでも尚、馬を追い越している状況。
「ねえ、アイル。やっぱり変――あんまり活発じゃないよ魔物が」
「え、そうなの? まぁ、別に襲われてるわけじゃないから気にしなくていいんじゃないの?」
背負われた状態のままアイラが気にしている事をアイルに問う。それは、魔物が襲い掛かってこない点についてだった。馬に乗っていても魔物は普通に襲ってくる。寧ろ魔物からすれば馬もまた自分達の食料程度にしか見ていない。彼らもこの世界で生きる一つの種族なのだから。
(どうして――アイルはそんなに強いの? 私は今にも何処かに消えてしまいたいのに)
何時もと何一つ変わらない、ただ思うがままに我が道を行くアイルの姿にエレスティスはギュッと唇を噛み締める。
きっと自分とアイルでは価値観が全く違うのだと、綱を握るアスペルの後ろで声に出さず心の中でアイルに問う。何故、心苦しまないのか平静でいられるのか――それはエレスティスから見れば強いと認識するしかなかった。
※
コルネット城及び城下町含むコルネット王国には巨大なクレーターの痕が残っていた。
城下町の跡など何一つ残っておらずそこに国があったなど誰が想像出来ようか。直径数百kmにも及ぶ巨大なクレーターの中心にはこの一撃の張本人が立ち尽くしていた。満足気な表情で周囲を見渡すディオール。すると空間が歪みそこからフレインが姿を現した。
「酷い有様だな。お前の望みはこれで叶ったのか?」
「一つだけな。俺の目的はあくまでも新たな国を築き上げることだ。その為に俺はお前達と手を組んだ」
「ククッ、それもそうか。要が済んだのならアナスタシアに向かうぞ、そこに陛下や俺達の同胞が待っているだろう」
周囲を見渡しながらその威力に顔を顰めるフレイン。だが、すぐに何時もの余裕のある表情に戻すと望みは叶ったのかとディオールに確かめる。
現コルネット王国を滅ぼし新たな国を築きく事を最大の目的にしているディオール。その目的を達成する為に天壌なる星々と手を組んでいた。ディオール一人の力では国を滅ぼす事すら不可能だったが、与えられた能力は一国を容易に滅亡させるまでに至るレベルまであった。まだ、ディオールの目的は完全には叶っていないと淡々と語る。
それを聞くとフレインは納得した様子で、王都アナスタシアへ戻るとディオールに伝える。そこには陛下なる者とフレインの仲間達とその地で待ち合う手筈だと説明する。
「一つだけやり残した事がある。それを果たしに行く」
「お前、何を考えている?」
「俺も分からん。お前達が言う“混沌の聖櫃”だったか――それを胸に埋め込んでから時折、声が聞こえる」
「声――だと?」
仲間が待つ王都アナスタシアに戻るため、フレインは意思一つで空間を歪ませると人一人が入れる黒い穴が作る。しかし、ディオールは別方向に視線を向けて空間に入る事を拒んだ。
国を滅びし他に何をしようと考えているのか、その思惑が理解出来ないフレインは怪訝な表情に変わっていた。するとディオール自身も分からないと口にした。ただ、混沌の聖櫃を肉体に埋め込んでから時折、知らぬ声を聞くのだと言う。それをディオールの口から聞いたフレインも初耳だった。
「アイルと呼ばれる少年と戦えと。何故、その子供の名前を声の主が知っているか分からんがな」
「その割には平然だな。どこか肉体への違和感はないのか?」
「特に障害があるわけではないが、何故かその声には逆えん。それこそがこの混沌の聖櫃の後遺症なのかもしれないが」
ディオールはアイルの事は少なからず知識はある。何せ一週間程、エレスティスとの修行の為に滞在していたのでディオールもアイルの事は知っていた。
しかし、声の主が何故、アイルの事を知っているのかまでは答えがでない。そもそも、混沌の聖櫃自体がどういった性質の道具。そもそも道具か何かさえ完全な答えは出ていないので深く考える事は無粋だろう。
今までフレインは実験体として混沌の聖櫃を与え結果を見てきたが声が聞こえてくるという事に一応、ディオールの身の心配をしていた。ディオールは特に肉体的に障害が生まれたわけではないと良い、幻聴として聴こえてきたのかもしれないとそれこそが後遺症ではと自身の予想として語る。
混沌の聖櫃がどういったモノなのか。それは混沌の聖櫃を生み出した存在にしか答えが出せないモノで、それ以上の問答は無益だと判断し黙り込んだ。
そして、それ以上の会話はなくディオールは再び凄絶な速度で滅亡したコルネット王国から立ち去っていく。その速度はアイルの移動速度が遅いと思える程の速度で移動していく。その際、再び混沌の聖櫃が蠢き始めディオールの周辺に黒い靄を発生させ、その靄が大小それぞれの形を成し始める。
「魔物なのかアレは? ただ、命を創造している?!」
フレインから見ればディオールが行っているのは生命の創造。それは神にのみ許された業。たかだか力を得た人間が実行出来る現象ではなく、しかし、それが眼前で現実となっているので驚愕を隠せずにいた。
神の御技を行ったディオールに驚愕している間に姿は特に見えなくなっておりフレインはそれに気付くと舌打ちをした。知能や意識への障害は見られていないかもしれないが暴走気味にあるディオールにフレインは苛立ちを覚えていた。
コルネット王国が有する港町まで三十分も掛からない位置まで一直線に飛ばしてきたアイル達は岩陰に隠れて休息をとっていた。乗馬していたエレスティス達に疲労は見られないが常に走り続けていた馬が既に疲れ果てて横に倒れておりアイラは心配そうに頭を撫でていた。
そして、馬の速度に合わせて数時間走り続けていたアイルはと言うと――
「う~ん、何か近づいてきてるような気が」
アイルの体躯の数倍以上ある岩の上から平原の景色を眺めていた。
全く疲れていないわけではないが余力は充分に残されており寧ろ動き回りたそうにウズウズと体を動かしている。巨大な爆発が起きた痕は遠く離れた地点に居てもハッキリと視認出来るもので、アイルはそこを眺めていたのだが黒く蠢く影に首を傾げた。
その距離は徐々に狭まっており確実に接近していた。それを見てアイルは岩の上から座っているエレスティス達に一声かける。
「ねえ、なんか近づいてきてるよ!」
「なんかって。もうちょっと具体的に言いなさいよアイル」
「そんな事言ってもなぁ。なら、エレスが見てみれば良いじゃんか」
「えっ、ちょっ!?」
具体的に言ってほしいとエレスティスに指摘されたアイルは少し不満そうな表情をしてエレスティスの元まで移動していた。もうアイルの瞬発力には驚かないでいるエレスティスだが、問答無用で横抱きされて顔を赤く染めて慌てた。傷心気味だがエレスティスはまだ十五歳のうら若き乙女。横抱き――通称お姫様抱っこされるのには慣れていない。もっとも、されたエレスティスは子供のアイルよりも己の理想の男性にされた方がなどと考えていた。
(良いなぁ、私もアイルにされたいよ……)
お姫様抱っこされているエレスティスを見てアイラは心の中で羨ましがっていた。旅を始めてから背負われる事は何度かあったものの少女ならば一度は憧れるであろうお姫様抱っこはされた事がない。その為、余計にエレスティスが羨ましくてしかたがなかった。
「な、何よアレ。皆、ここから早く離れましょう!!」
そんなアイラの気持ちなど露知らずエレスティスはアイルに下ろしてもらい、アイルが言う何かを見つめる。すると見る見るうちに顔面が蒼白していき声を荒げて休んでいるガイルやセルシル達に伝える。
だが、既に離れる時間などなかった。蠢く闇は瞬く間にアイル達が休息をとっていた岩山周辺へと到達し岩場を呑み込んだ。
「こ、この魔物達は!?」
「城下町を襲撃した魔物!? まさか、これを指揮する者が近くに!?」
瞬く間にアイル達を囲んだ魔物達の姿にガイルとセルシルは驚愕して周囲を注意深く見渡す。
魔物達の大きさや形は大小様々だが色は全て黒で塗り潰しているかのように真っ黒で目の色などからどんな状態なのか判断する事も出来ない。同時にその魔物達がコルネット城下町を襲撃した魔物達と同種だとすぐにガイルとセルシルは思い出すことができた。
セルシルの言葉にエレスティスとアスペルの表情が歪む。眼前には祖国を滅ぼした魔物だと、それだけで水面下にあった憎悪は一気に漏れ出す。
だが、この中で最も冷静な人物。それは幼い子供のアイルで、エレスティスをアスペルに片手で投げる。
「えっ、ちょっとアイル!?」
「な、何故投げるのですかアイル君!?」
岩の上から投げられたエレスティスは酷く困惑するがなんとかアスペルが地面に落ちないように保護した。
「よぉしっ、暴れるぞ!!」
剣を鞘から抜き戦う気満々なアイルにアイラは目を大きく見開く。
魔物はざっと見た感じ千体は居るだろう。しっかりと見ればそれ以上は確実か――そんな魔物の大群を相手にしようとするアイルを止めようとする。
「あ、暴れるの!? 逃げるんじゃないの?」
「へぇ? 逃げるのはアイラ達だよ、ボクはこいつら全員倒したら後を追うからさ」
流石に無謀過ぎるとアイラは思っているので逃げようとアイルに言う。
しかし、素っ頓狂な声を漏らすアイルは滅茶苦茶納得していない表情で、全員倒してから後を追うとアイラに否、エレスティス達全員に対して告げる。だからこそ余計にエレスティス達に怪訝な表情をされる。
「アンタ、何を言ってるの!? 皆で逃げるに決まってるじゃない!」
「でも、逃げてもこいつら直ぐに追いかけてくるし意味ないよ。それに戦いたいし体がウズウズするよ!!」
「ちょっ、アンタやっぱり可笑しいわ……」
今逃亡しても魔物たちは後を追ってくるのは自明の理で、アイルはその引き止め役を買って出ていた。だが、その理由は魔物と戦いたいという理由でそんな考えを抱くアイルに可笑しいと呟いてしまう。
「それに魔物はボクの事を待ってるみたいなんだよね。魔物の方もボクと戦いたいんだよきっと!」
「そうじゃないと思うけど確かに攻撃して来ないのは何で……」
千体弱の魔物が同時に唸り声を上げるだけで小さな地響きになる。しかし、威嚇する事はあっても魔物から攻撃をしてくる事はなかった。
やはりそれはアイラからすれば信じられないもので怪訝な表情で魔物達を見る。魔物が待っている理由までは見当つかないが、攻撃してこないのは何者かに支配されているからなのかと予測する。
魔物を調教する事で動物のように飼い慣らす事も可能だと本で見た事があるがそれは比較的大人しく、弱い魔物に見られるもの。だが、明らかに血の気の多い眼前の魔物は例外だとアイラは思い込む。もしくはより強い力で支配しているかもしれないと脳裏を過ぎった。
「逃げますよエレスティス様! 貴方は何が何でも生きなければならないのですから」
コルネット王国の希望と言えるエレスティスは生き残らなければならない。ある意味それは使命なもので、アスペルはエレスティスを絶対に死なせない為に遂に行動に出る。
きっとエレスティスに嫌悪され非難の言葉を言われる。しかし、アスペルは君主を守る為に己の使命を遂行する。馬を起こしてエレスティスを無理矢理乗せる。
「ほらほら、アスペルが使命を果たそうとしているんだからガイルとセルシルも早くしなきゃ。エレスを守るのが三人の役目でしょ?」
「ぐっ、確かにそうだが……! しかしだな、子供を残すのは」
アスペルの行動をチラリと確認するとニッと笑みを作りガイルとセルシルを急かす。
ガイル達にはエレスティスを守る義務がある。そう言うと岩から飛び降りてアイルは約千体もの魔物の大群と対峙する。
強いと言えども子供一人だけ残して逃げるのは正しい行為なのかとガイルは迷い決断出来ずにいた。
今はまだ魔物が襲ってこないので悠長にしている時間はあるかもしれない。しかし、決断に踏み切れないガイルにアイルは痺れを切らした。
「だああっ、もうめんどくさいなあ! エレスティスはコルネット王国にとっての希望なんでしょ? なら、なにがなんでも生き残らせないとダメなんだろ! それにボクは戦いたいんだから心配しなくても良いんだって」
痺れを切らせたアイルは珍しく怒りの色が見える表情でガイルに逃げる事を促す。それでも、やはり自分のやりたい事だけは明確に意思表示しているが。
「――分かった。だが、必ず後を追って来るんだぞ!?」
「当然じゃん!」
これ以上、何を言ってもアイルの考えが折れる事はない、そう判断すると苦渋の末にアイルを置いていく事にした。その代わり必ず後で追いかけて来る事を前提にした。そして、アイルもまた背を向けたままガイルの言葉を受け入れる。
もしも、追ってこなかったらなどとは言わない。絶対に追ってこいと告げるとガイルはアイラを抱え馬に乗せる。
「わ、私も残る。あ、アイルだけを残せないもん!」
「駄目だよアイラは。ちゃんとエレスティスの所に居なきゃ」
「あんな奴にいくらなんでも一人じゃ勝てっこないよ!!」
アイルだけを残して自分一人逃げるなんてアイラの性格では不可能な事で、アイルも充分それは分かっている筈だが断固としてアイラも残そうとはしなかった。そもそも、本来ならばアイラはアイルの愚行を止める気でいた。しかし、断固として折れないので何を言っても無駄だと判断しせめて一緒に残ろうとしていた。
残る理由はアイル一人残したくないという事以外にも、もう一つだけあった。無論、残したくないという気持ちが約九割は占める。そして、もう一つの理由は魔物ではなく別の何かがアイラには見えたからだ。それ相手には絶対に一人では勝てないと言い、無理矢理でも自分もこの岩場に残ろうとする。
「ガイル、絶対にアイラを離したら駄目だよ? ボクとの約束だからね!」
結局、アイラの言葉を無視してアイルはガイルに離さないでほしいと頼むとガイルは何も言わずにアイラとセルシルを乗せた馬を走らせる。
「そんなっ!? が、ガイルさん止めてくださいお願いします!!」
「アイル君の考えを無下に出来ん……!」
「お願いですから! このままじゃ、アイルが死んじゃう」
「大丈夫、アイルは強い。それを一番良く知っているのはアイラちゃんだろう?」
アイルの背後から徐々に小さくなる話し声、それを聞いたアイルは安心していた。
「これで心置きなく戦える。ねぇ、その魔物の中で隠れてる人も出てきて良いよ」
安心して戦えると分かるとアイルはニッと口元を歪ませる。そして、魔物の群れに隠れ見えない者に対して出て来ても大丈夫だと言葉を投げる。
すると魔物が従順にし始めまるで海が割れるかのように道を開けた。そこを歩きアイルの前に姿を現したのは魔物を統率し、コルネット王国を滅亡にまで追いやった張本人ディオールでアイルを見据え口を開いた。
「久しいな。まさか、アイルとはお前の事だったとは」
「えっ、だれ!?」
「コイツ、自分の状況を把握出来ないのか? それとも単にバカなのか」
ディオールはアイルと一度出会っていた。だが、アイルは目の前の人物が一体誰なのか分からずに首を傾げながらまじまじと見る。右腕は人間の腕とは思えない異形の腕をし胸に黒く艶やかな色合いの、しかしそれでも不気味に思わせる拳程度の宝玉を埋め込んでいる人物に知り合いはいないとアイルは何度も思う。
しかし、決して見た事がないわけではない。何とか一生懸命に目の前の人物を思い出そうとアイルは脳を回転させる。目の前に魔物が軍を成していながらも自分のペースを崩そうとしない、崩れないアイルにディオールは若干、神経の図太さを疑った。
「ああああっ!! 思い出した思い出した、君はあの時にぶつかったお兄さんだね。でも、どうしてそんな変な腕とかしてるのさ」
コルネット王国で過ごした事を思い返すこと数分、漸くアイルは眼前のディオールの事を思い出した。
それはコルネット王国に到着したばかりで城内が分からず迷子になっていた頃にぶつかった時の青年で、しかしあの時はえらく変化しておりアイルは純粋に質問していた。
「つまらん問答をする気はない。やれ、お前達」
「おっ、やるんだね。ならボクも手加減はしないからな!」
アイルの問いをつまらんと言い切り捨てると魔物達に襲えと命を下す。すると魔物達は一斉にアイルへと飛び掛り攻撃を仕掛ける。一度に四十弱の魔物が同時に襲いかかってくる恐怖は子供であれば既に戦意など消え失せている事であろう。しかし、魔物達の眼からアイルの姿は消え、一体の黒い骸骨剣士のような魔物に重い衝撃が伝わり少年の元気な声が響いた。
「だりゃあああああっ!!」
右足での鋭い回し蹴りを決めると蹴り飛ばした魔物の勢いで後ろから攻めてきていた魔物達の陣形を崩す。
さらに倒れ込んだ魔物の内、その中で掴み易そうな足をした魔物の足首を掴むと片腕で攻めてきていない魔物達の方向へと勢い良く投げ飛ばした。重さにすれば大人一人分の標準体重と変わらない魔物が豪速で飛んでくればその威力は相当なものとなる。
戸惑う魔物達、それはアイルの考えていた通りで超絶的な速度で風を撒き散らしながら剣を持ち魔物の体を一刀の元、切り裂き絶命させていく。千弱居た魔物達は数百、数十へと数が確実に減少していた。
眼前のその光景を見てディオールは忌々しくアイルを睨む。アイルはコルネット王国では割と有名な人物であった。その類まれなる戦闘センスはコルネット国王から神童と呼ばれるもので、まさに一騎当千の実力。だからこそ、ディオールは腹ただしい思いを抱いていた。
「なぜ、貴様のような奴が居るんだ……! 血が滲むように努力をしていながら、それを軽々しく超えていく」
魔物など取るに足らないとでも言いたげな表情で疲れも見せないアイルにディオールは歯軋りをする。
自分は天壌なる星々より与えられた混沌の聖櫃を使い始めて異常な力を手に入れたにも関わらず、アイルはさっさと成長していくその姿に苛立ちを覚える。そんな事、アイルはきっと興味ないだろうし今は聞こえていないだろう。
何せ魔物に囲まれていながら無傷でそれ以上に戦っている事にどこか楽しそうにしているのだから。
「そんな速度じゃボクは捉えられないよ? だだだっ! でりゃああっ!!」
魔物達の爪による切り裂く攻撃や殴り殺そうとする腕など一度も掠りもせずアイルは避けていく。
そして、大振りで隙だらけになった魔物の体に目にも止まらぬ速度で拳を連続で叩き込み顔面に強烈なストレートを決めて殴り飛ばし、殴り飛ばされた魔物は大きな岩山に叩き付けられその威力で岩は粉々になり魔物達へと降り注ぐ。
「千体いたって結果は変わらないけどまだ魔物に戦わせる? ボク的には君と戦いたいんだけど」
既に残り十数体程にまで数を減らしたアイルは魔物やディオールから少し離れて一定の距離を保つ。
アイルとディオール間は約3m程でアイルからすれば瞬きしている間に攻撃を決めれる距離。だが、それはディオールにも同じ事だと言える。
圧倒的な実力を発揮し僅かな時間で魔物を殲滅に追い込んだアイル。足元には斬り飛ばされた魔物の四肢や頭部などが転がっている。すると倒した魔物は全て黒い靄と化して弾けるように霧散した。
アイルの言葉を聞き受けたのか一対一で戦おうと他の魔物達をこの場所から消滅させる。それを見たアイルは嬉しそうな表情になり屈伸運動をし始めた。
「お前は少々厄介な子供だ。ここで殺させてもらうぞ」
「さぁ、こい!! ボクは負けないぞ?」
恐れを知らず前へと突き進める精神力はディオールからすれば厄介なものであった。下手に調子を乗らせれば周りもまた士気が上がる、存在するだけでそうさせてしまう厄介な存在。そして、最も危険視するべきは非常に高い戦闘能力。
今のディオールよりも劣る実力かもしれないが生かしておけば簡単にその差を縮め、追い越していくのだと。そう思わせるアイルにディオールは背筋に悪寒を感じずにはいられなかった。
「むんっ!!」
「うぎっ!? このっ、でりゃあああっ!!」
地を蹴る動作すら見せない脚力で異形の右腕でアイルを掴もうとするディオール。それを上半身を仰け反らして避けるアイルだが、右腕を突き出した衝撃だけで十数m程の岩が粉々になりアイルは目を疑う。仰け反らした状態のまま後方に回転し体勢を戻すと地を蹴ると、その勢いに乗せた鋭い飛び蹴りをディオールに決めようとする。
「あっ!?」
「ふん、そんな鈍い動きで攻撃が決まるとでも思っていたのか」
「えっ、いいっ!?」
右足を掴まれたアイル。そのままディオールは地面へとアイルを強く叩きつける。
「がっ、ぁぁあっ!?」
ただ純粋に腕力に力を込めて叩きつけたに過ぎないがその威力は並外れた威力ではなく叩きつけた場所は周囲十数m程陥没し、陥没していない部分にも亀裂が走っていた。その威力にアイルも堪らず苦痛の表情に変わる。
「ハッキリ教えてやる。お前では俺には勝てん」
「ち、きしょう……!」
ゆっくりと起き上がり陥没した場所からディオールを睨みつけるアイル。包帯は破れ額から血を流血させており、左腕で流血している傷跡を拭き取ると大きく跳躍して陥没した場所から亀裂が走る大地へと移動する。
「寧ろ今のを受けて平然と立てる事に俺は驚きだが、今度はどうだ?」
「そんなことも出来るの!?」
異形の右腕から放たれるは黒い光球。それも数は一発や二発ではなく数十発という数でそれは秒間の内に放たれ続けている。それを見てアイルは目を大きく見開きながらもディオールに背を向けたまま一気に駆け出す。
風を切るような速度で避け続けるアイルだが黒い光球が一発でも地面に当たると爆発を起こして周辺を巻き込んでいく。一発一発が周囲に多大な影響を齎す威力でアイルは目を疑うが、それでも行動は止めない。
(これ、隠れても無駄だよね。まさかこんな凄い奴がいるなんて)
岩陰に隠れて様子を見ようと企んでいたが隠れでも根こそぎ消し飛ばされるなとアイルは隠れる事を止めた。そして、それ以上に非常に強い存在が居た事に心中では驚嘆としていた。しかし、表情は諦めた様子は微塵も感じられずにディオールの方へと方向転換して一気に地を強く踏み込む。
「やっぱり強い奴と戦った方がボクも強くなれるからね、思いっきりいくぞおっ!!」
「ほう、逃げずに立ち向かうか?」
数百m程離れていたがアイルは瞬く間にその距離を零へと変え、柄を強く握りディオールへと立ち向かう。
逃げずに立ち向かっているアイルに感嘆の溜め息を吐き、鋭いアイルの剣戟を異形の右腕で防ぐとまるで金属同士が激突したような甲高い音が響き風が舞った。




