第3話
3話目です。恐らく後1・2話すれはアイルとアイラの旅が始まるはず。
ちなみに老婆と老爺の名前はありますが出て来てませんね。決して老婆と老爺の名前を決めていないわけではないのですがアイルとアイラは名前よりもお爺ちゃん・お婆ちゃんと呼ぶので名前が出ないのです。次話ぐらいで名前が出る筈だと思うんですけど……。
何時ものように目を覚ましたアイラ。隣には小さな寝息をたてて眠るアイルの姿を見てアイラは右手でアイルの左手を握る。するとアイルも握り返してきて、起こしてしまったのかもしれないと思い少し吃驚したが、起きる様子はないので一安心して小さな安堵のため息を吐く。
手を離すとアイラは子供二人で丁度良い大きさの寝台から降りて最初に閉めているカーテンを開ける。昨日の朝の様に陽射しが差し込む事はなく灰色の空がアイラの空色の瞳に映る。
「なんだか雨が降りそう」
曇り空を窓から眺めてアイラは一雨降るかなと予想した。今日は布団や洗濯物は乾かせないなあと思いながらアイラは少し古めのタンスから服を出して寝間着を脱いで着替え始める。寝台はアイルと共有しているが衣類などは別々にしている。ちなみに同じ部屋で時折だがアイラが着替えている時にアイルが起きる時があるがアイラは恥ずかしくなる事はない。そもそも、お風呂を今でも一緒に入るような仲なのでそういう恥ずかしいとい感情は中々湧かない。
淡い水色に白い花柄のワンピースに着替えるとアイラは部屋を出て洗面台へと身だしなみを整えに行く。時間帯は七時半頃でアイラはこの時間帯に起きるがアイルはその一時間後に起床するのですぐには起こさない。八時ぐらいに老婆と一緒に朝食を作り始めるのでそれ位が丁度良いのだ。
整容を終えてキッチンに行くと既に老婆と老爺が起床しておりアイラは礼儀正しく挨拶をする。
「おはようお婆ちゃんお爺ちゃん」
「おはようアイラ。それじゃ、そろそろ朝食を作りましょうかねえ」
「うん、今日も頑張るよ」
(二人が旅をしたのなら…きっと大丈夫じゃろう。アイルの実力は騎士と比べれば劣るじゃろうが一般の兵士よりは高い。アイラも決して弱いわけでもないし不思議な力を持っているからのう)
半年ほど前から料理を手伝い始めたアイラ。今では一通りの料理は一人で作れるようになるまでは上達している。得意なのは卵焼きで人参を使った料理はしない。しないと言うよりも自分が嫌いな材料なので単に使おうとしていないだけである。
仲良く横に並び立って朝食を作り始めるアイラと老婆を見ながら優しい目で見る老爺。昨夜の老婆との話が頭から離れずに、知らず知らずの内に二人を旅させた方が良いのではないかと思い耽って、きっと二人ならば決して無理な話ではないと老爺は考えてしまう。
「おはよー!!」
そんな何時になるかも分からない未来を考えているとリビングの扉が開いて元気なアイルの挨拶が聞こえてきた。既に寝間着からTシャツに短パンという非常にラフな格好になっており実に少年らしかった。
「相変わらず元気で何よりじゃアイル。ご飯を食べたら畑を耕しに行こうかの」
「もうすぐ種をまけれるから今日も張り切ってやるよー!!」
「アイル、お爺ちゃん朝ご飯出来たよ」
「はーい!」
「それじゃ、持って行こうかの」
元気じゃない日など見られないアイルなのだがこの元気がアイルらしい。アイルに朝食後に畑を耕しに行く約束をするとアイルはもうすぐ野菜の種がまけれると張り切っていた。ちなみに学校は毎日あるわけではなく週に三回だけであるので休みの日は畑仕事をアイルは手伝っており、アイラは老婆と一緒に家の掃除や雑草抜きをしている。
アイルと老爺が畑の事について話していると朝食も出来上がりアイラがアイルと老爺に出来たと伝えると二人は出来上がった朝食を机に持って行く。朝は簡単にフレンチトーストとコーンスープにサラダである。ちなみにアイルの量は三人よりもちょっと多めで一番少ないのは老婆だ。指定席が決まっているわけではないが、アイルとアイラは隣に座り老婆と老爺は二人に向かい合うように座っている。
談笑しながら四人は朝食を取る。話す内容は午後から何をしようかなどの話ばかりである。
※
朝食を取り終わったアイルと老爺は地下倉庫に畑
を耕す為の道具を取りに行く。地下には仕事道具を置いて盗まれないようにしている。また、アイルとアイラが倒れていた場所にあった武器もまた地下に保管されており、その場所だけは金塊の山でも置いてあるのかというくらいに黄金色に光り輝いている。
たまにアイルはアイラと二人でこの武器を覗きに行く事がある。それを遠くから見る事はあっても近場から見て触れる事は一度しかなかったが、その武器を見てアイルとアイラのどちらも懐かしいという気持ちを抱く。
畑道具を取りに行く途中に武器を保管している部屋への入り口を通過する時にアイルはその扉の前に立ち止まって、ある事を老爺に教えた。
「お爺ちゃん、たまにアイラとこの剣と弓を見に行くと呼ばれてるんだ。よくわからないけど」
「どういう…意味じゃ?」
「数日前ぐらいに一度だけ剣を抜いたんだ。そしたら剣は凄い軽くてまるで鳥の羽根みたいだったんだ」
「……アレを抜けたのか?」
「うん。アイラが弓を握ると空色の弦出て来たんだよ」
老爺に教えた事はたまに剣と弓を見に行くと呼ばれている気がする事と以前一度だけ剣や弓に触れた事の二つ。
それを聞いた老爺は困惑しながらアイルからもっと深く話を求める。するとアイルは剣が抜けた事とアイラが弓に触れると弦が発現したと伝える。まさかあの剣を本当に抜く事が出来たとは老爺は想像だにしていなかった。老爺も剣を抜こうと試した事が一度だけあったが少しも抜く事が出来ずにいたので、子供の力では不可能に近いと諦めていたが、それをアイルが既に引き抜いており老婆と話していた昨夜の予想が決定的なものとなった。
「そうか…アイルはあの剣が抜けてアイラは弓が使えるのか」
(本当に二人が旅立つ時が近いのかもしれないんじゃな……)
アイルから剣が抜けた事やアイラが弓を握ると弦が発現する事を知らされた老爺は嬉しいようで悲しい思いを抱いた。本当に双子が村を離れて外の世界へと旅立つ時が来たのではないかと老爺はそう思えた。孫が巣立つ事は育てた者からすれば嬉しいものだが、もしも本当にそうならば寂しくなると考えていると、一階へと上がる階段がある道を走っているアイラの姿が見えた。
しかし急いでおりさらに今にも泣きそうな表情だった。
「ど、どうしたのアイラ?」
「お、お婆ちゃんが…お婆ちゃんが倒れたの……!!」
「倒れたって転んじゃったの!?」
「ち、違うの! 胸を押さえて…それで…急に倒れたの」
「まさか、急いで戻るんじゃ!!」
既に涙をが流れそうなアイラを見て心配になるアイルだったが一先ず何があったのかを聞くとアイラは老婆が倒れたと伝える。倒れたと聞いたアイルは転んだと思って慌てた。勿論、老婆は九十近い程老いており一度転倒しただけでも危険なのだが、それ以上の事でアイラは上手く説明が出来ずにただあるがままにアイルと老爺に説明する。
アイラの説明を聞いた老爺は荷物を置いて急いで走る。アイルとアイラも何故老婆が急に胸を押さえて倒れたのか分からないままだが老婆が心配で互いに浮かない顔のまま老爺の後を追って老婆が居る場所へと向かう。
三人が老婆の様子を見に行った時には老婆は胸を押さえた状態で倒れており、老爺が老婆に触れると体温が低下しており呼吸も不規則で行ったり、時折呼吸が止まっていたりする。また呼気時にごろごろと不快な音が聞こえる。老爺が老婆の状態を調べている間、死を知らない双子は老婆に一体何が起きたのかと部屋の隅で固まっていた。
「アイル、急いで医師を連れて来てくれんかの? 一応…村の神父さまにも」
「え…うん! 医者を連れて来たら助かるんだよね? 全速力で行って来るね!!」
「あ、アイル!? 母さんは……」
村で小さな診療所を営んでいる医師と神父を呼んで欲しいとアイルに頼むとアイルは老爺の制止も聞かずに裸足で外に飛び出した。実際、その気になって走ればアイルは百mを五秒足らずで走り抜ける事が出来る程の速力や瞬発力を持っている。アイルは老婆は何かの病気に侵されているから医者を連れてくれば絶対に治るいう思いがアイルの中で先行してしまい話を聞く事なく体が動いた。
既に部屋を出たアイルの事を考えると老爺はいたたまれない気持ちになり目頭を右手で押さえる。もう老爺は分かっているのだ医者からも宣告されており老婆は不治の病に侵され治療の術が無い事を。
「アイラや洗面器に温かい水を汲んでタオルを持って来てくれんかの……」
「う、うん。お爺ちゃん…お婆ちゃん…助かるよね?」
「……それは、じゃの」
「あの、取って…くるね」
せめて体を清拭してあげようと思いアイラにタオルと温かい水を汲んでくるように頼むとアイラは戸惑いながら頷く。そして、リビングから出る時に老爺に老婆が助かるのかを聞いた。だが老爺は答えるのを躊躇った。もう遅いとも言えないし、治るとも言えなかった。言えば結局は悲しむ結末しかなく老爺には言う勇気がなかった。
数秒黙り込んだ老爺にアイラはその事に関して何も言わなかった。優しいからこそ老爺の思いを感じたからこそ、アイラは何も言わずにただ頼まれた事をしに行く。
※
医者と神父を連れて来る為にアイルが家を飛び出した時には雨が降っていた。雨が降り出して時間も経っているのでアイルが走る度に泥が飛び散っており、アイルの足や腕、服にも付着していくが構わずに村の方へと村への道を走り抜けて行く。
走っていると足を滑らせてしまいアイルは顔から倒れそうになる。しかし、受け身をとって顔を受け付ける事はなかった。とは言え服は泥塗れになってしまい洗わなければならないのだが叩く事もせずに直ぐに起き上って再び走り始める。転んだ拍子に腕や足に擦り傷が出来ているのだが、老婆の事が心配で自分の事を考える暇がアイルにはなかった。ただ全速力で診療所がある場所へと急ぐ。
約十分ほど走り続けただろうか、アイルは少し息を乱しながら診療所前に立っていた。そしてドアの戸を叩く事なくドアを思いっきり開けて入る。医者は目を見開いて診療所に入って来たアイルを見る。服は泥塗れで髪の毛や服から雫が垂れ落ちていく。
「アイル、そんなに汚れて一体どうしたんだ?」
「はあはあっ…お婆ちゃんが倒れたんだ! 先生は医者なんでしょ、お婆ちゃんを助けてあげてよ!!」
汚れている理由をアイルから聞く医者だがアイルはそんな事お構いなしに老婆を助けてほしいと懇願する。アイルの必死の表情や倒れたと聞かされただけで医者は即座に理解した。何せ老婆が病魔に侵されている事をこの医者は知っているからだ。
「ああ、今すぐ急ごう。アイルは神父も呼びに行くんだ」
「う、うん! 約束だよお婆ちゃんを助けて!!」
「あ…ああ」
やはり老爺と同じで医者もハッキリと言えずに曖昧な返事しか返せなかった。既にアイルは村の小さな教会の方へと走っていた。玄関口はアイルに付着していた泥で汚れているが医者はそれを咎める事はなかった。事情が事情故にアイルが必死になるのは嫌でも分かるからだ。