第1話
第2章 第1話
光翼は今日も峰元探偵事務所に足を運んでいた。と言っても今回は事件でなく、仕事の合間に世間話をしに訪れた。早い話が、サボりである。
ドアをノックすると、中から新の声がした。ドアを開けてもらうと、一志が自分用のデスクで小説を読んでいた。どこかの言語の本で、何語かは学のない光翼にはわからない。
「やあ、光翼。今日はたまたま暇なんだ。君を解剖させてもらえると非常に嬉しい」
「開口一番それか」
「今日はこんな青空だよ?解剖日和だ」
「そんな日和があってたまるか!」
「光翼さん、ソファにどうぞ。今コーヒーを淹れてきますね」
荒ぶる光翼を優しく諭すように、新が物腰柔らかな態度で接する。大学生にして光翼よりも大人だ。
「事件かい?この辺りで起きている事件で君が私のところに来るようなものはなかったはずだが」
「今日は事件じゃない。世間話でもしに来ただけだ」
「成程、サボりか。全く、こんな人間に税金を払っていると思うと脱税したくなるな」
「脱税したら逮捕だからな」
「日本も腐敗したものだ」
眉間にしわを寄せて目を閉じ、唸る一志。光翼はため息をついて、ソファにふんぞり返った。
「どうぞ」
新がコーヒーを持ってきた。彼の爽やかな顔を見ていると、世間のしがらみなんて馬鹿らしく感じる。そういう点、若者はいい。
「新君も早めに転職を考えた方がいいぞ。こんなところにいたらいつ解剖されるかわからんからな」
「何を言うんだ、光翼。新のことは解剖しないぞ。こいつは何から何まで値が正常すぎて解剖してもつまらんからな」
新はハハと苦笑して、光翼に「ごゆっくりどうぞ」と言って事務所から出て行った。
「大学の課題が忙しいんだそうだ。まだ学校に慣れたわけじゃないからな。今日は適当にやるように言っている」
「そうか。新君も大変だな。こんなところしか働き口がなかったのかね」
「まぁ、不景気だからね」
その後も少し談笑をして、光翼がコーヒーを飲み終えたのを合図に帰ろうかとしていたとき、彼の携帯電話が鳴り響いた。
「サボりがばれたか?」
「まさか。俺の手口は巧妙だぞ」
「犯人みたいな言い方だな」
光翼が電話に出ると、彼の顔が見る見るうちに青ざめていった。携帯電話を握る手に血管が浮き出て、握力に耐えられなくなってきた機体がミシミシと音を立てている。
「くそ!」
電話が終わると、光翼が大声で吐き捨てた。
「どうした?」
一志の目がいくらか鋭いものになって、事を問いただす。
「殺しだ。行ってくる」
それだけ言い残して、光翼は事務所を出て行った。荒々しく閉められたドアの音の残響が事務所の中に木霊した。