第5話
第5話
「そりゃどういうことだ、一志」
「そのままの意味だよ」
「詳しく、わかりやすいように、頼む」
一志は時々ものすごくわかりにくいことを言う。そういう時は、今のように言葉を区切りながら、わかりやすく言ってもらうように頼むしかない。
「よし、じゃあわかりやすく言おう。これは死刑囚での実験なんだが……まず、実験者にナイフを見せて、目隠しをする。そして、腕に刺激を走らせる。そこから水を垂らし、その水が地面に落ちる音を聞かせる。ひたすら。すると、実験者は自分の血が流れていると勘違いする。結果、どこにも傷がないにもかかわらず、血が一滴も流れていないにもかかわらず、実験者は出血多量で死亡する」
「本当か……?」
「こんなところで嘘を言ってどうするんだ」
確かにそうだとは思うが、唸るほかない。
「そのようにして被害者を殺し、部屋の窓から侵入。そしてそこで腹部を刺した。死んでいる人間から出血はあまりしない。刺傷による出血多量と思わせるために、獣の血を使った。しかし、相応に使えば出血が少ないのがばれてしまう。そこで、部屋中に血をまき散らしてそれを隠したわけさ」
「成程……」
「大事な話があるからこっそり窓から出てきてくれと頼んで、呼び出した。被害者の目撃情報がないところを見ると、恐らくは車に呼び出して、殺害。後は今言った通りだ。だから、返り血も浴びることはなく、偶然ついてしまったユニフォームの血にも気付かなかった」
筋が通っている。あくまで推測にすぎないが、その推測を確証にするのは自分の仕事だ。
「さぁ新、昼ごはんにするよ」
「今度こそ、お茶を淹れてきますね」
新が席を立ち、今度こそお茶を淹れに行った。新が給湯室に行く間、光翼は動けなかった。こういう風に解決してもらったのはこれ一度ではない。だが、何度聞いても衝撃が強い。
「ははは、光翼はいつもそうやってリアクションしてくれるから話していても楽しいよ。さて、弁当を温めてこようかな。光翼の分はないけど。早く警察に戻った方がいいんじゃないのか?一応早めに調べとかないと、証拠を消されるぞ」
「……!一志、感謝する。謝礼は今度」
「楽しみに待ってるよ」
一志は片手を上げてにこやかに光翼を送り出した。
後日、光翼は峰元探偵事務所を再び訪れた。
「一志、いるか?」
光翼がノックもほどほどにドアをいきなり開けると、一志がコーヒーを片手にデスクで新聞を読んでいた。
「おお、光翼。逮捕されたんだってね。殺人犯」
突然の来客にも驚く様子もなく、一志は光翼を快く迎え入れた。
「お前のおかげだ。ありがたく思ってる」
「そんな、情報をくれたのは君だろ。私はそれをもとに推測に推測を重ねただけ。正直、その机上の空論が当たっていてホッとしているんだよ」
「謝礼だ。もらってくれ」
光翼は札束の入った封筒を一志に差し出した。
「そんなのいらないよ。言ったろ。私は推測しただけだ。何の証拠も挙げていないのに、そんな大金をせしめたら罰が当たる」
「だがそれじゃあ……」
「君も堅物だね。そうだ、教えてくれ。捜査一課の課長は、あれヅラだろう?」
「あ?」
課長の顔を思い出して光翼は噴き出してしまった。見事七三に分けられた髪は不自然なほどに黒く艶があり、誰が見てもわかるウィッグだった。
「ありゃヅラだ」
「やはりそうか。それと、捜査一課の女刑事がいただろう。目黒さんだったかな。彼女は二課の皆川君とまだ付き合っているのかな?」
「ああ、あの二人は別れて……って、何で知ってんだ!?」
「はは、そうか。それは残念だ。それが知れただけでも十分な収穫だよ。また面白い事件を持ってきてくれ」
「事件に面白いもんなんてあるか。不謹慎だ」
「これは失礼。またよろしく頼むよ、名刑事」
「勝手にあだ名をコロンボにするなよ」
くすくすと笑う一志にどことなく腹が立ったので、光翼はそのまま事務所を出た。そこでちょうど新と行き会った。
「新君、今帰りか?」
「はい。先日の犯人、逮捕されたようでよかったです」
「全部言ったとおりだったよ。勉強、がんばってな」
「またいらしてくださいね」
本当ならば来たくないのだが。しかし光翼は、コーヒーを飲みながら世間話をするのも悪くないと思って、「また来る」と言って階段を下りた。