第4話
第4話
「とりあえず、ご飯にしようか」
「そうですね。今お茶を淹れてきます」
のほほんと日常の一風景を過ごす彼らに、光翼は混乱する頭を必死に落ち着かせた。が、無理だった。
「オイ、待て。いやいや、ちょっと待て。何でもいいから少し待て」
「君のその脈絡のないマシンガントークを待ってもらいたいんだけどね」
「いやだから、ちょっと待て。わかったのか?犯人」
「そりゃ、ねぇ。だから安心して食事を取ろうとしているわけだし」
「俺にちゃんと説明しろ!」
机を手の平でバンと叩いて講義する光翼に、一志は耳に指を突っ込んで顔を顰めた。
「うるさいな、君は。こっちは浮気調査で心身ともに疲れているんだ。あまり手間を取らせないでくれ」
「いいから話せ!」
もう片方の手を机に叩きつけようとしたら、一志に腕を掴まれて止められた。もううるさいのは勘弁だというように首を振る。
「わかった。話すから落ち着け。ほら、コーヒーでも飲んで」
聞き分けのない子供を相手にするように、一志はコーヒーを光翼の近くにずらした。光翼は仕方なく浮きかけた腰を椅子に戻し、拗ねながらコーヒーをぐいっと飲んだ。苦みが舌全体に伝わる。
「新、戻ってきて。お茶は後でいいよ。光翼は私たちの推測の根拠をご所望だ」
「わかりました」
この事務所の奥にある給湯室から春風の声がして、コンロの火を切る音がした。新が再び姿を現して、一志の隣に座った。
「いいかい。まず犯人を言おう。斉木だ。鈴木君は無罪だよ。本当に課題に精を出していたんだろう」
「本当か!?」
「ここで嘘を言うほど私は悪戯好きではないよ。さて、根拠だね。こればかりは私よりも新の方がうまく説明できそうだ。新、よろしく」
「最初に気になったのは、光翼さんが見せてくれた写真、これです」
新が指を差したのは、斉木が愛してやまないというサッカーチームのユニフォームだ。黒い生地に白い文字で背番号と名前が入っている。
「僕もサッカーが好きなのですぐわかるんですが、このユニフォームはドイツブンデスリーガのシュテルンというチームに在籍するギュンター・ベーア選手のものです」
「そうなのか」
サッカー始めスポーツに疎い光翼にはよくわからないが、新が言うのならそうなのだろう。
「それで、ここをよく見てください」
新が背番号の下、名前のある場所を指でさす。そこには「Bahr」と書かれていた。ドイツ語だから、これで「ベーア」と読むのだろう。
「これ、最初見た時におかしいなって思ったんです。本当のベーア選手のスペルは『Bähr』です」
新は近くにあったメモ用紙に、その文字を書いた。
「何でaの上の二つの点が消えてるんだ?」
「そこを、僕も思いました。そして、これは血ではないかと気づいたんです」
「そうか、ユニフォームに血が飛び散ったが、黒いからそれに気づかなかったわけか」
「はい。獣のものであれ、被害者のものであれ、現場から採取された血液と同じ血が検出されれば、証拠になると思います」
「新君、ありがとう。すぐに証拠を押さえるように言う」
光翼は新に頭を下げて、礼をした。これで証拠は押さえられる。しかし、まだ疑問が残る。
「だが、一体どうやって殺したんだ?窓からも部屋のドアからも入れないんだぞ?」
「光翼、君はまずそこから思い違いをしている。私と新は、被害者が最初から死体発見現場で殺されたとは思っていない」
「は!?」
一志の言っていることはおかしい。仮にそうだとしても、出血をしている以上どこかに痕跡は残る。しかし、それがないのだ。だから手詰まりだと言っている。
「光翼、実はね、血を残さずに出血多量で人を殺せる方法があるんだよ」
一志のメガネの奥の瞳が、きらりと光った。