第3話
第3話
「ついでに言うと、部屋のカギは開いていたが、この部屋を出るとすぐにダイニングキッチンに続いているから、両親がいた。そこ以外から外に出る方法はない」
「それは手詰まりになるねぇ」
まるで他人事のように、一志はハハと笑いながら写真を手でいじくる。
「で、容疑者は?」
「二人いてな。一人は同じ大学の同級生、鈴木健二。アリバイがなく、被害者とは金銭的なトラブルがあった。大学でも口論になっているところを周囲の人間が目撃している。もう一人は、被害者がよく行くバーの常連、斉木弘。三十一歳で、被害者とは常連同士、こいつもアリバイがない。そしてやはり金のトラブルがあった。被害者は坊ちゃんだからな。貸す金はたんまり持ってた。二人ともそれを返さないだの滞納するだのっていうよくあるトラブルさ」
「成程。動機も十分、アリバイもない。理想的な容疑者像だな」
変なところに感心する。だが、一志に「変」という単語をいちいち使っていてはキリがなくなる。
「一人目の容疑者と被害者の学部学科は同じか?」
「一緒だ。日本語教育系の学科で、取っている科目もほとんど一緒。接点は多かった。本来は仲のいい友人同士だった」
「金は人を狂わせるからな。二人目と被害者が常連だというバーはどこだ?」
「ここから車で二十分くらい西に行くと、『クアトロ』っていうバーがあるだろう。そこだ。お互い通い詰める内に仲が良くなって、金を貸すほどになったらしいな」
「うん、成程。二人の証言は取れているのか?」
「ああ。調書だ」
光翼のズボンのポケットから小さく折り畳まれた紙が出てくる。彼は鞄を持ち歩くのが嫌で、何でもポケットに入れてしまう。ポケットから色々なものが出てくるのを見た一志が、どこぞの猫型ロボットのようだと言ったことがある。
「さて、拝見」
一志は隣に座る新にも見えるように調書を読んだ。鈴木の場合はこうだ。
死亡推定時刻と思われる水曜日の夜は一人でアパートの部屋にこもり、大学の課題をやっていた。期日が明日までで、急いで仕上げなければいけなかった課題だったらしい。担当の教授は厳格な人として有名で、その課題如何では内申書にも響くと言われるほどの大事なものだから、一日中家で食事もとらずに勉強に没頭していたらしい。故に証人はいない。
斉木の場合はこうだ。
その日はサッカーの試合をテレビで観戦していて、贔屓のチームが負けて苛々していたから、一人自宅のアパートで飲んでいたらしい。サッカーの大ファンで、負けるとよくあることだと言っていた。彼は独身で一人暮らしのため、同じく証人がいない。
「ついでにこれも」
光翼は次いで、二人の部屋の様子を撮影した写真をポケットから出して二人に見せた。事件解決の役に立つかもしれないと、家に行ったときに撮影していたのだ。といっても数は多くなく、パッとしたものもない。
具体的にいえば、鈴木の方は参考書が並んだ机、ノートパソコン、キッチン、風呂場、レポートなどが撮影されていて、斉木はサッカーのユニフォーム、酒の瓶、同じくキッチン、風呂場、愛車などが写っていた。
「どうだ?何か気付いたことはあるか?」
溜息をついて光翼が話を振ると、一志は新を見た。
「新、どうだい?」
「何とも言えませんね」
「やはりね。光翼、この事件は不可解な点があるよ」
「血のことか」
「そうだ。なぜわざわざ獣の血をまき散らしたのか。そんなに血を見たかった乃至殺したかったのなら、犯行はもっと雑に行われるべきだ」
一志は納得がいかないように唸った。
「何か、獣の血を使わなければならない理由があったのでしょうか」
新が手を顎に当てて考えながら独り言のようにつぶやいた。
「そうだね。……光翼、被害者は、本当に出血多量が死因だったのか?」
「ああ。解剖所見でそう出ている。ただ、これも少しおかしなことがあってな」
「なんだい?」
「出血多量が死因であることに間違いはないんだが、その割に被害者の出血が少ないんだよ。獣の血がインパクトあるから想像しにくいとは思うが、被害者自身の出血は、そんなに大したことがなかった。どういうことかと、解剖医も警察も頭を抱えているんだ」
その言葉を聞くと、一志の眠たそうな垂れ目が不意に丸く大きくなった。
「光翼、鈴木は車を持っているか?」
「鈴木か?いや、持っていない。斉木は写真でも見せた通りワゴン車を所有しているがな」
「そうか。犯人はわかった。後は証拠だな……」
「証拠なら、僕が見つけました」
突然新が声を上げた。一志は「そうか」と笑顔で頷いた。
「さぁ、逮捕は君の仕事だよ、光翼」