第2話
第2話
光翼は車を飛ばし、別荘地からは遠く離れた市街地へと向かった。そこから更に走り、郊外の田舎道を行くと、一つの看板が見えた。
プライベート・アイ ミネモト
三階建ての小さなビルになっていて、一階は宝石店、二階が光翼お目当ての探偵事務所だ。客が入りやすいようにと、看板はプライベート・アイにしてあると依然その探偵から聞いた。ここの探偵である峰元一志とは古くからの友人で、時々事件に詰まると話を聞いてもらっている。勿論、お忍びでだが。
今回もそのパターンで、ヒントを得るためにここにやってきた。駐車場に車を停め、階段を上る。峰元探偵事務所と書かれたプレートはきれいに磨かれており、光翼はその下を拳で軽く叩いた。
「どちら様ですか?」
奥から男の声が聞こえてきた。
「光翼だ」
「少々お待ちください」
扉を開いたのはまだ若い、二十歳にも満たないような少年だった。白いワイシャツにジーンズをはいて、髪の毛は少しだけ茶色に染めてある。嫌らしさを感じさせない、爽やかな少年だ。
「おお、新君。突然悪いな。一志はいるか?」
「先生でしたら今は外出中です。もう少ししたら戻られると思いますが、中で待ちますか?」
「じゃあ、待たせてもらう」
光翼はそのまま中に入り、部屋の真ん中に置かれている応接用のソファに腰を下ろした。
「新君、大学はどうだ?」
「楽しいですよ。毎日が新鮮です」
少年、一色新は一志の助手で、この探偵事務所の雑務係も兼ねている。高校生の頃からここでアルバイトをしており、現在は大学に通いながらもバイトは続けている。
「この上の階に住んでるんだって?」
「ええ。ちょうど空いて、良かったです。ここからなら大学も近いし、アパートみたいに騒音問題とかもありませんから」
「一人暮らしか。大変だな」
「探偵事務所で似たようなことやってますから、大体の勝手はわかってますよ」
そこで新はカップにコーヒーを淹れて、光翼の前に出した。
「ありがとう。一志の奴はいつごろ帰ってきそうだ?」
「今聞いてみますね」
新は応接用とは別にある一志のデスクの上にある電話の受話器を取った。そこで彼は一志に電話をかけ、いくつか言葉を交わして切った。
「今帰っている途中だそうです。あと十分で着くと」
「それまで待たせてもらうよ」
光翼は内ポケットの煙草に手を伸ばし、禁煙中だったことを思い出した。
「いや、お待たせお待たせ。新、昼にコンビニ弁当を買ってきたよ」
「先生、お帰りなさい」
きっかり十分後に、探偵事務所の主である峰元一志が帰ってきた。手にはコンビニ弁当が入った袋がぶら下がっている。
そんなに高くない上背に、目尻の下がった恵比須顔。眼鏡をかけているが、それはどこか彼のパーツとしては似合わない。ちなみに、何故か白衣を着ている。
「おい、食べ盛りの若者にそんなもん食わせるなよ」
「いや、光翼よく来てくれた。君が来なければ探偵という身分にありながら殺人事件を解決するなんてことは不可能に近いよ。ありがとう」
まったく筋違いの返答が返ってくることにはとっくに慣れている。
「今しがた浮気調査の報告を終えたところだ。あのまま行けば離婚だろうな。全く、探偵なんて人のあら捜しを生業にするんだから嫌な職業だよな」
「警察もそんなもんさ」
適当に相槌を打つと、新が一志の分のコーヒーを持ってきた。そこで光翼がふと気づく。
「おい、俺殺人事件なんて言ったか?」
普通に流していたが、具体的な要件はまだ何も伝えていない。
「おや、私は新からそう聞いたのだけど」
二人の目が新に向けられる。彼は相変わらず爽やかな笑顔で、根拠を話し出した。
「この辺りで起きて、尚且つ光翼さんが担当になる事件と言えば、先週起きた別荘地での殺人事件だと思っていましたが、違いましたか?」
「いや、正解だ」
光翼はそれ以上何も言わなかった。ここの探偵事務所は目の前の探偵だけでなく、この助手もなかなかと聡明だ。
「それで、光翼。事件の具体的な内容を聞かせてくれるか?」
「ああ」
そして光翼は一志に一つ一つこの事件を解説していった。