第1話
初めて書いた推理物です。
一応R15指定にはしてありますが、あくまでも死体の状況等の描写だけなので、程度は低いと思います。
第1章と第2章に分かれて書く予定です。
それほど長くはなりません。
一緒にトリックを考えながら読んでいただけると、楽しいかな、と思います。
第1話
高尚な人々が余暇や休日を楽しむ別荘地。周りは山々に囲まれ、木々の深緑が目を癒す。近くにはその水面すら美しい湖が広がる。何もかもが一等地。その一等地という言葉すらも安く聞こえるような、そんな場所だった。
そこに豪邸を構える富豪たちは、それぞれ己の経済力を示すように別荘を建て、長い休みに入るとそこにやってきた。
その景観は、凡そ庶民が見れば圧倒されることは間違いなしだった。夢のような世界。一般市民が一度は必ず憧れるそんな夢想の世界で、ひどく現実的な事件は起きた。
大病院を経営する須藤崇の一人息子である須藤直之は、小説家を目指す大学四年生の若者だった。
文学作品を好んで書き、時折出版社に原稿を応募していた。残念ながら入賞を果たすことはなかったが、それでも高い評価を得ていて、最終審査に残ることもあった。
通っている大学が文系の学校ということもあり、大学内でも彼の存在は多少なりとも目立っていた。
今大学は夏休みに入っている。二ヶ月ほどある休みの大半を、ここの別荘で家族と共に過ごすことを決めた直之は、日々を散歩や勉強、そして執筆活動によって過ごしていた。決まったアルバイトもしておらず、来春からは出版社に就職が決まっている彼にとって、自由に使える時間をたっぷりと有意義に過ごしていると言えた。
そんな彼が、突如として殺された。
その事実は、周囲の人間だけでなく、世間も騒がせた。
一階にある自室で腹部を刺され、出血多量で死亡していた。遺体は椅子に座っていて、上半身は机の上に倒れており、その下から書きかけの小説が見つかった。彼は小説を書く時、集中するために音楽をかけながらペンを動かしていたという。死体発見当時も音楽が大音量でかかっており、背後から犯人が忍び寄ったとしても気付かなかったと思われる。凶器は鋭利な刃物で、確実に一撃で殺されていた。
また、この事件が世間を騒がせたのは、その部屋の状態だった。
部屋には血が多量に飛び散っていて、その悲惨さを物語っていた。しかし、あまりにも飛び散っている血の量が多いのだ。一人の人間から出血したにしては、多すぎる。解剖医がその血を調べたところ、なんとその血のほとんどは獣の血だった。
犯人は、ただ刺し殺すだけでは飽き足らず、獣の血をばらまいてそこから去ったのだ。その猟奇的な犯行は、注目を集めた。
「参ったなぁ……」
捜査一課の刑事である久遠光翼は現場である部屋の真ん中で呟いた。
三十路に独身という、男として最高の立ち位置にいる彼だったが、女っ気はからっきしで、友人たちにはかなりの奥手としても知られていた。警察に勤め始めてしばらく経つが、一向に減らない事件にそろそろ嫌気がさし始めている。そんな気持ちが顔面に出たように疲れた顔をしていて、無精ひげは伸びっぱなし、ついでに言うなら髪も最近は切っていない。どこと言って特徴のない、ただの人間だ。
「ったく、これじゃあ行き詰まりだ」
光翼は髪をぼりぼりと手荒く掻いて、煙草の箱を手で触った。いけない、禁煙中だ。
光翼が「参った」という理由は、二つある。
一つは、死亡推定時刻に両親が家の中にいたにもかかわらず、犯人の姿どころか怪しい物音すら聞いていず、周囲からも目撃情報は得られていないこと。
そして二つ目は、部屋の状況だ。被害者が倒れていた机は壁際に置かれており、その左斜め上には窓があった。鍵は開いていたが、そこから犯人に侵入されれば、いくら音楽を大音量でかけていようとも、気付くはずだ。
つまり、家の中には家族がいてどこからも入れず、部屋から入ろうにも窓からの侵入はできなかったことになる。
「しょうがねーなー」
誰に告げるわけでもなく、彼は部屋を出た。屋敷の入口で番をしている警官に軽く挨拶して、光翼は車に乗り込んだ。