3月1日 卒業前夜
いよいよ明日だ。高校を卒業するんだ。
明日制服は着られない。マタニテイのジャンパースカートで行く。制服を着れないのはちょっと寂しい。でも、卒業式に出られるんだもん。それだけでも、嬉しいよね。
蘭や菜摘と卒業できるのがすごく嬉しい。
3年どころか、中学も合わせたら、あの校舎に私は6年間も通っていたんだな。長かったな。
聖君がバイトから帰ってくるまで、私は部屋でアルバムを見ていた。高校の入学式。2年の修学旅行。みんなで海に行った時の写真。
懐かしいな。
修学旅行は、花ちゃんとヒガちゃんと、3人で行動していたっけ。あ、思い出した。お土産屋で、実はナンパされたんだよね。聖君には言ってない。
3人で困っていると、そこにたまたま蘭が通りかかって、助けてくれたんだった。
そんなことも、あったっけなあ…。
チャイムが鳴った。あ、聖君だ。今から一階に下りて行ったら、時間かかっちゃうし、ここで聖君が来るのを待っていようかな。
しばらくすると、トントンと階段を上る聖君の足音が聞こえた。
「桃子ちゃん?」
聖君が心配そうにドアを開けた。
「おかえりなさい」
「あれ?なんだ。びっくりした」
「え?」
「リビングにいないから、お腹でも痛くなって休んでるのかと思った」
「ううん。思い出に今、浸っていたところ」
「明日卒業だから?」
「うん」
「写真見てたの?俺も見ていい?」
「うん」
聖君は私の横に座ると、アルバムをめくりだした。
「これ、入学式?」
「うん」
「わお。桃子ちゃん、初々しい!なんだか、制服がでかいね」
「まだその頃、私背も小さかったし」
「そうだよね。俺が会ってからも桃子ちゃん、背、伸びたもんね」
「うん」
「ふ…。ポニーテールは変わらないね。でも、やっぱり幼いね」
「そう?」
「…俺が会った時もまだ、あどけなさが残ってたよね」
「そうだった?」
「うん」
聖君は口元をゆるませながら、アルバムをめくった。
「あ、これ。みんなで海に行った時の写真だ」
「うん」
「ほら、まだまだ幼さがあるよ」
「聖君とは、離れて写ってるね」
「…そうだね。って、俺、しっかり菜摘の横をキープしてんじゃん」
「本当だ」
この頃、聖君は菜摘のことが好きだったんだっけ。
「あ、花火大会。浴衣姿、可愛い、桃子ちゃん」
「え~。そうかな、まるで小学生みたい」
「あはは。自分で言っちゃう?」
聖君が笑った。あれ?そこでフォローはないわけ?やっぱり、小学生みたいって、聖君も思ってた?
聖君はぺらぺらとアルバムをめくり、聖君の家にひまわりと泊まった時の写真で手が止まった。
「楽しかったな。この時」
私がその時のことを思い出して、そう言った。
「桃子ちゃんのパジャマ姿が、可愛かったんだ」
「え?」
「母さんが作ったパジャマ。可愛かったな、あれ」
「…子供みたいで?」
「また、そういうことを自分で言う。子供じゃないよ?全然」
「そっかな」
「桃子ちゃん、自分のことわかってないよね」
「え?」
「そりゃ、大人っぽさはないけど、桃子ちゃんの可愛らしさは、子供っぽいとか、幼いとか、そういう可愛らしさじゃないんだ」
「じゃ、どういう可愛らしさ?」
「…」
聖君、黙っちゃった。
「あ、わかった。また犬みたいとか言うんでしょ?」
聖君が私のおでこに、おでこをくっつけた。
「可愛いって言ったら、可愛いの」
それから、チュってキスをしてきた。
「桃子ちゃん、お風呂入っちゃった?」
「ううん。まだ」
「じゃ、入りに行こうよ」
「うん」
アルバムを片づけ、私は聖君と一階に下りた。聖君は私が階段を下りる時、優しく手を引いてくれる。
お風呂に入った。裸になってみると、お腹のふくらみが下がってきたのが、すごくよくわかる。
「もうすぐなのかな、生まれるの」
「お腹張ってる?」
「今は大丈夫だけど、今日、何回か張ったんだ」
「明日は、大丈夫そう?」
「うん」
「もし、お腹張ったり、痛くなったらすぐに言うんだよ?」
「うん」
ドキドキ。なんだか、ドキドキしてきちゃった。
凪、お願い。卒業式には出させて。ううん。凪も一緒に出ようよ。一緒に卒業しよう。
お風呂から出て、部屋に戻った。日記を書いて、聖君と、今日は早めに寝ようねって言って、ベッドに横になった。
「聖君」
「ん?」
「なんでもない」
「もしかして緊張してる?」
「わかるの?」
「わかるよ、そりゃ。毎日桃子ちゃんのこと、見てるんだから」
「…聖君は卒業式、緊張した?」
「ううん。全然。あ、でも、女の子に囲まれたら嫌だなって、どうやって逃げようかってそんなことは考えてた」
「すごかったもんね。卒業式」
「桃子ちゃんと菜摘が来てくれてよかったよ。基樹も葉一も薄情なんだもん」
「聖君、今でもお店に聖君目当ての子、来るの?」
「う~ん。たま~~にね」
「バレンタイン、チョコレート、あんまりもらってこなかったよね」
「ああ、だって、母さんや父さんにあげちゃったから。それにバイトのみんなで分けちゃったし」
じゃあ、いっぱいもらってたんだ。知らなかった。なにしろ、バレンタイン以降、お店行ってないんだもん。
「結婚してても、モテちゃうんだね」
「でも、俺、桃子ちゃん一筋だよ?」
「凪が女の子だったら?」
「凪は娘じゃん。俺の奥さんは桃子ちゃんだけだよ?」
「そうだよね。もし凪が女の子だったら、いつかお嫁に行く日が来るんだもんね」
「え?」
あ。聖君の顔が、顔面蒼白…。
「お、女の子かどうかもまだわかんないし、先のことを考えてもしょうがないよね」
私は必死にそう言ったけど、まだ聖君は顔面蒼白。お嫁に行くっていうのが、そんなにショック?
「聖君。今は何よりも、無事に生まれてくることだけを思っていようよ」
「あ、うん。そうだね」
聖君はようやく我に返り、私のお腹をさすった。
「凪。無事に元気に生まれてこいよ」
凪はあまり動かない。先生の話によると、子宮が下がると、あまり子宮の中で動けなくなるそうだ。
この前、検診に行った時、心音はすごく元気だったし、だから、元気は元気なんだよね?
だけど、ずっとグニグニ動いていたから、あまり動かないとつい、不安になっちゃうな。
「桃子ちゃん。寝ようか」
「うん。おやすみなさい。聖君」
「おやすみ、桃子ちゃん」
聖君はそっと優しくキスをして、しばらくすると、すうって寝息を立てた。
聖君の寝顔を見た。私は寝付くまで時間もかかるし、寝てもトイレにいきたくて起きたり、お腹が重くて、熟睡できなかったりしている。
凪が生まれたら、この重さもなくなるんだ。だけど、いつも一心同体、どこに行くのも一緒だったから、離れるのはちょっと寂しいな。
あ、だけど、生まれてからだって、一心同体みたいに、いつでも抱っこしてることになるんだろうな。
凪に買った肌着も、ベビー服ももう洗って、ちゃんと閉まってある。
それから、オムツや、哺乳瓶も買っておいてある。
入院の準備はそろそろしないとな。
ベビーベッドも私たちのベッドの横においてあり、すでにそこには凪のおもちゃが取り付けてある。くるくる回って、音楽が流れたり、光ったりするものだ。
早くこれを見て、笑ったりしたらいいなあ。って、そんなこともまだまだ先の話だよね。
そんなことを思いながら、私はベビーベッドを眺めた。
「すう…」
聖君の寝息。可愛いなあ。寝顔もなんて可愛いんだろう。
こんな静かな夜は、凪が生まれたらもう、しばらくないんだろうなあ。
そっと聖君にキスをした。聖君の唇、あったかい。
お腹が大きくて、聖君の胸に抱かれて眠るわけにはいかなくなった。ビトってくっつけないのが寂しいけど、生まれたらまた、引っ付いて寝れるようになるのかな。
その日、夢を見た。
ああ、凪だ。ベビーベッドですやすや寝ている。それを私が見ていると、後ろから聖君が抱きしめてきた。
「桃子ちゃん」
聖君はキスをして、そして二人でベッドに寝転がった。
ギュウ。聖君が抱きしめてきた。私も聖君に思い切り抱きついた。
私のお腹はもう、ぺたんこになっていて、いくらでも聖君と思い切り抱きしめあえる。
聖君のぬくもり。ギュって力強く抱きしめてくれる腕。たくましい胸。全部が嬉しい。
そしてトイレに行きたくなって、目が覚めた。
隣には、背中を向けてしまった聖君が、すやすやと寝ている。
は~~~。お腹大きくなるまでは、私のことを抱きしめながら寝てたのに。聖君の腕の重さを感じながら、寝てたのになあ。
早くまた、抱きしめてもらいたいな。ギュって。
なんて思いながらトイレから戻り、私はよっこらしょと聖君の横に寝転がった。
あ。あれ?なんだか、お腹張ってない?
ドキドキ。明日、本当に大丈夫だよね?
それからしばらく、寝れなくて聖君の寝息を聞いていた。聖君の背中をさわったり、腕もさわってみた。ああ、腕の筋肉、またついてきたんじゃない?筋トレ頑張ってるのかなあ。
こんなにぴとぴとさわっても、聖君、良く寝てるなあ。
聖君の足に私の足をくっつけた。あったかい。私は寒がりだから、聖君と同じ布団はあったかくって、私の足は冷えることがない。
聖君の髪にもふれた。サラサラだ。
は~~~。背を向けていても、聖君、愛しいなあ。背中も腕も、髪の毛も、全部、愛しいよ。
「聖君、大好き」
その日はやけに、聖君が愛しくて、なかなか眠ることができないでいた。
聖君のことを思うだけで、なんでこうも胸があったかくなるんだろう。
そして、聖君の寝息を聞きながら、私は眠りについた。
目が覚めた。聖君が優しく私を見ていた。
「おはよう。よく眠れた?」
「ううん。夜中起きちゃった」
「トイレ?」
「うん」
「お腹は?張ってない?」
「うん。今は大丈夫」
昨日の夜は張ってたけど、今はもう全然大丈夫だ。
「聖君の背中にふれたり、髪にふれてたの」
「え?」
「全然起きなかったね。聖君」
「もう、俺が寝てる時にさわってくるなんて、エッチ」
「なんでそうなるの?私はただ、聖君がすごく愛しくって…」
「もう~~。桃子ちゃんってば!」
聖君はそっと私を抱きしめ、チュッておでこにキスをした。
「さ、もう起きよう。卒業式だもんね」
「うん」
そうだ。これから卒業式だ。
一階に下りると、私たちの朝食が用意されていて、母はもう、化粧をしたり、支度にとりかかっていた。父も洗面所で顔を洗ったりしているようだ。
「おはよう。聖君、桃子」
「おはようございます」
「どう?桃子。お腹は」
「うん。大丈夫だよ」
「そう。じゃ、食べて、支度しちゃいなさいね」
「うん」
聖君といただきますと言って、朝ごはんを食べだした。
私は昨日よりも落ち着いていた。聖君もいつものごとく、美味しそうにご飯を食べている。
そして、私も聖君も着替えをして、それから母、父とともに、車に乗り込んだ。
ひまわりはもうすでに高校に行ってしまった。いつものごとく、ぎりぎりに起きてきて、バタバタと出かけて行った。
ひまわり。私の卒業式だっていうのを忘れてるの?それとも、どうでもいいのかなあ。ちょっとさびしいな。
「さあ、出発するよ」
聖君がエンジンをかけた。ああ、みんなに会うのも久しぶりだなあ。
凪、よかった。今日はお腹も張ってない。ありがとうね。ママが無事、卒業できるようにしてくれたのかもしれないね。
さあ、一緒に卒業式に出よう。
そして、これからは高校生の桃子じゃなくて、聖君の奥さんであり、凪のお母さんになるんだね。
もうすぐ、私の妊婦時代も終わりを迎える…。
妊婦日記も終わりです。短かかったですが、読んでいただきありがとうございました。次作は、いよいよ凪が誕生します。