1月元日 祖父の家
いつもなら、お正月は伊豆に行く聖君。今年は私の父の親戚、母の親戚の集まりに行くことになった。
まず、母の祖父の家に。聖君の絵も飾ってあり、祖父も祖母も聖君のことは大歓迎なんだけど、ただね、一人反対してる人がいるんだよね。う、ちょっと会うのが嫌だな~~。
「桃子、実果おばさんのことなら、気にすることないわよ」
車の中で顔が沈んでいたからか、母にズバリそう言われた。するとひまわりが、
「お姉ちゃんに何か言ってきたら、私がおばちゃんを怒ってあげるから大丈夫」
と頼もしいことを言った。
「ひまわりちゃんが怒る?」
それを聞いていた聖君が運転しながら、バックミラーを見た。
「かえって話がややこしくなるから、ひまわり、ちょっと今日はおとなしくしてて。実果おばさんのことなら、おじいちゃんに任せておくのが一番だから」
「は~~~い」
ひまわりは口をとがらせた。
「で、幹男君も来るんですか?」
聖君がちょっと嫌そうな顔をして、母に聞いた。
「さあ。去年はスキーだかスノボーだかをしに行っててこなかったし、今年も来ないんじゃない?」
母がそう答えると、聖君はほっとした顔をした。ああ、聖君は幹男君が嫌いか~~。
祖父の家に着き、聖君を残してみんな車から降りた。聖君は駐車場に車を停めに行った。
「明けましておめでとうございます」
母がそう言いながら、祖父の家に入った。祖父と祖母が出迎えてくれて、私や父、ひまわりもぞろぞろと中に入った。
「桃子ちゃん、お腹大きくなったわね~~」
祖母がそう言いながら、スリッパを出してくれた。
「足、冷やしたらお腹に悪いから、ちゃんとはいてね」
「はい」
「ひまわりちゃん、背がまた伸びたんじゃない?」
祖母が今度はひまわりに聞いた。
「うん。伸びたよ。おばあちゃんは縮んだ?」
「こら、ひまわり」
ひまわりの言葉に母が怒り、祖母は苦笑いをしていた。その横で、あははははと豪快に祖父が笑っている。
リビングに行くと、実果おばさんとおじさんがいた。
「おめでとうございます。お姉さん、お義兄さん。今年もよろしくお願いします」
母がそう丁寧に挨拶をすると、
「おめでとうございます。こちらこそ今年もよろしく」
とおじさんのほうは挨拶をしたが、実果おばさんは、私のお腹をじろじろと見て、
「桃子ちゃん…」
と眉をしかめて何かを言おうとした。
母が警戒をした。祖母が何かを察して私のほうに、慌てて歩いてきた。ひまわりも私のすぐ横にやってきた。
だがそこに、すんごい元気に、
「明けましておめでとうございます!」
と、聖君がリビングに入ってきた。
「ああ、聖君、明けましておめでとう。今年もよろしくな」
祖父がにこにこしながらそう答え、
「聖君。おめでとうね。さ、中に入ってここに座って!」
と祖母も朗らかにそう言うと、聖君をソファーに座るよう促した。
「あ、初めまして。榎本聖です」
聖君はソファーに座らず、実果おばさんとおじさんを見て、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。
「やあ、初めまして。へ~~。桃子ちゃんの旦那さん、すごくイケメンなんだね」
おじさんがそう言った。
「初めまして」
実果おばさんも聖君に挨拶をした。
また母も祖母も、実果おばさんが何かを言い出すんじゃないかと警戒した。が、
「幹男がそういえば、あとで来るって言ってたわ。なんでも聖君に会いたいからとかなんとか」
とおばさんは、いきなり言い出した。
「え?」
聖君はちょっと顔が引きつった。
「あらそう?聖君は幹男君とも仲がいいのね」
祖母にそう言われ、ますます聖君は顔を引きつらせた。
「おじいちゃん、おばあちゃんが気に入るだけの男だよって、そう幹男が言ってたわ。それになかなかのイケメンだって」
え?
「ほんと、こんなにかっこいいとは私も思ってもみなかったわ。だけど、心配じゃないの?結花」
実果おばさんが母にそう聞いた。
「心配って?」
「これだけかっこよかったら、モテるでしょう。それに、聖君は桃子のこと本気なの?」
うわ。ズバッて聞いちゃったよ。
「お姉さん。当たり前でしょ?聖君が本気だってわかってるから、結婚だって許したんだし」
「お腹に赤ちゃんができたから、許したんでしょ?」
母の言葉に実果おばさんが、きつい口調で言った。ああ、姉妹喧嘩がまた始まったの?この二人、必ず一回は言い合ってるよね。正月中に。
すると聖君が2人の間に入り、
「すみません、僕はすんごい本気ですけど」
と、話に割り込んだ。
「え?」
実果おばさんが、びっくりした顔で聖君を見た。
「本気じゃなかったら、結婚しません。いえ、お付き合いもしていませんけど?」
聖君はすごく真面目な顔つきで、そう堂々と言った。
「…」
実果おばさんは何も言えなくなっていた。
「あははは。実果。お前もそのうちに聖君の良さがわかるさ。さ、そのくらいにして、乾杯でもしよう」
祖父がそう言うと、
「そうね。さ、ダイニングのほうに来て、みんなで食事にしましょう」
と祖母も明るくそう言った。
ほ…。喧嘩にならずにすんだ。私は聖君の横に行き、腕にしがみつき、
「ありがとう」
と小声で言った。
「え?何が?」
「本気って言ってくれて」
「え?」
聖君が目を丸くして私を見ると、
「何それ。当たり前のことを言っただけじゃん。あはは。お礼を言われることじゃないってば」
と笑いながらそう言った。
う。なんて爽やかな笑顔なんだろう。なんだか空気すら重たくなっていたのに、一気に今、爽やかな風が吹き抜けていったような気がするよ。
そのあとは、みんな和やかに食事をして過ごした。
「なんだ、幹男ちゃん、来ないじゃん」
お腹いっぱいに食べたひまわりは、ソファーにどかって座りそう言った。母と実果おばさんは、キッチンで片づけを手伝っている。
「ひまわり、ずいぶんとうちに来なかったから、聖君の描いた絵も見てないだろう。アトリエに来て見てみないか?」
祖父がひまわりにそう聞くと、
「見たい!見たい!」
とひまわりが立ち上がった。
「あの絵、完成したのをまだ、僕も見てないですよ」
父もそう言って、祖父やひまわりと一緒にアトリエに行った。おじさんも見てみたいと関心を示し、一緒についていった。
私と聖君も、アトリエに行くことにした。聖君はかなり、照れくさそうにしていたけど。
「は~~~~~~~~。これ、お兄ちゃんが描いたの?すっご~~~~い」
ひまわりが口をぽかんと開けた。
「素晴らしい絵が完成したね」
父も目を丸くして、喜んだ。
「これを聖君が描いたのかい?」
おじさんも驚いている。
当の本人は、顔を赤くして、頭をぼりって掻いて、思い切り照れている。
「なかなかいい素質を持っているだろう」
「そうですね、絵画教室の跡を継げるかもしれないですよ」
おじさんがそう言うと、聖君がすかさず、
「無理です。俺の場合は何の知識もないっすから!」
と、慌てて手を顔の前でぶんぶんと振りながら言った。
「は~~。それにしてもすごい。実果にも見せよう。きっと驚くぞ」
おじさんはそう言うと、キッチンのほうに行った。
「実果はずっと絵を描いていたんだよ」
祖父の言葉に私は驚いた。
「え?それ初耳」
「結花なんて、1回だけしか描かなかったが、実果は子供のころから絵を描くのが好きだったんだよ」
「へ~~。知らなかった」
ほんと、実果おばさんが絵を描いていたなんて聞いたこともないし、母からも聞いたことがない。
そこに実果おばさんがやってきた。
「え?!この絵、聖君が描いたの?」
あ、ものすごく驚いている。
「それも、はじめて描いた絵だよ。すごい才能だろ?」
祖父がそう言うと、しばらく実果おばさんはじっと絵に魅せられていた。
「すごいわね。圧倒されるわ」
「この絵は聖君そのものだよ」
祖父が言った。実果おばさんはやっとこ絵から視線を外し、聖君を見た。
「あなた、すごいのね」
「え?い、いえ」
聖君が困っている。
「将来、何になりたいの?」
「僕はまだ、決まってないです」
「え?なんにも?」
「はい」
「結婚もしたのに?!」
実果おばさんが呆れている。
「どんな仕事に就いたとしても、彼なら成功させるし、才能を発揮できるよ」
祖父がそう言った。
「そうですね。聖君なら、すべてをプラスにしてしまう力がありますからね」
父もそう言って、聖君を見た。そして肩をぽんとたたいた。
「あ、ありがとうございます」
聖君は耳まで赤くして、照れてしまった。
「ははは。まあ、仕事に就くことができなかったら、ここで絵を描いて画家になればいいさ」
「は?」
祖父の言葉に、聖君が驚いた。
「いや、うちの会社に入って、僕の部下として働いてもらうっていう手もありますよ。聖君がうちの会社に来てくれたら、ありがたいけどな~」
「え?」
聖君は今度は父の言葉に驚いている。
「だけど、もっともっと君はいろんな才能を秘めてるからねえ。これからがほんと、楽しみだよ」
父がそう続けると、聖君はまた驚いて目を丸くしたが、それよりも、実果おばさんとおじさんのほうが驚いてしまっている。
「そ、そんなに2人が認めるくらいの、男なんですね」
おじさんが感心した。実果おばさんはただ、聖君を見ている。とそこへ、ピンポンとチャイムが鳴り、幹男君がやってきた。
「おめでとうございます」
玄関に出向いた祖父に、幹男君が挨拶をして、祖父はそのまま幹男君をアトリエに連れてきた。
「幹男、遅いじゃないの」
実果おばさんに幹男君は、さっそく怒られた。
「それより、幹男、来たそうそうで悪いが、どうだ。この絵を見て」
祖父が幹男君の背中をぽんとたたき、聖君の絵を見せた。
「この絵ですか?おじいさんの絵にしては、なんだか、ダイナミックと言うか、力強いですね」
「僕が描いた絵じゃないさ」
「じゃ、生徒さんですか?すごい絵を描く生徒さんがいるんですね」
「幹男は、どんな人物が描いた絵だと思うかい?」
「そうですね」
そんな質問を祖父がしたから、みんな聖君が描いたんだということは黙って、静かに幹男君を見ていた。ただ一人、聖君だけは、その場にいたくないって顔をして、幹男君とは違う方を向いている。
「う~~ん。大胆で、器が大きい男の人。あ、男性ですよね?描いたのって。でも、繊細さもあるんだ。それからすごい色鮮やかだけど、きっと多彩な才能の持ち主なんじゃないですか?」
「ははは。大当たりだな」
祖父が笑った。
「へえ。そんな生徒さんがいるんだ」
「幹男、生徒さんじゃないんだよ。描いたのはここにいる聖君だ」
「え?!」
幹男君が驚いて聖君を見た。
「ども…」
聖君が軽く頭を下げた。でも顔は、かなり無愛想。
「へ~。君が描いたの?こりゃ驚いたな」
幹男君はそう言うと、あははっていきなり笑い出した。聖君は笑われて、ムッとしている。
「幹男、何を笑ってるの?」
実果おばさんが聞いた。
「ああ、だってさ。やっぱ、すげえ男だなって思って。母さんだってそう思わない?会ってわかったでしょ?やたら桃ちゃんの結婚をぐちぐち言ってたけど、こんだけすごい男と結婚したんだから、もう文句言わず、祝福してあげたら?」
幹男君がそう言った。その言葉に私も聖君も、びっくりしてしまった。
「そうね。なんだか、みんながみんな、聖君に魅了されちゃってるから、文句も言えなくなってきたわよ」
実果おばさんがそう言ってから、聖君を見て、そして私を見た。
「桃子ちゃん、今、もしかしてすごく幸せ?」
「え?はい!」
「そうよね。そう見えるわ。さっきからずっと、聖君に寄り添って嬉しそうだったし。そうとう、彼が好きなのねえ」
「…は、はい」
私は顔を赤くして、うなづいた。
「じゃ、大好きな彼と結婚できたんだ」
「はい…」
聖君は黙っていたが、
「それ、僕もなんですけど」
とぼそって言いだした。
「え?」
実果おばさんが聖君を見た。
「僕も、桃子ちゃんと結婚してすごく嬉しいし、幸せなんです」
そう聖君が言うと、実果おばさんは黙って目を丸くして聖君を見たが、その横でまた幹男君が笑った。
「そうそう。こいつ、すんげえ、桃ちゃんが好きなんだよ。俺なんて何度も嫉妬されちゃって、大変だったんだからさ」
幹男君の言葉に聖君は、顔を赤くして、
「何度も嫉妬って?」
と怒った口調で聞き返した。
「あれ?本当のことじゃん。でも、そんだけ桃ちゃんに惚れてて、大事なんだろ?」
「今頃わかったんすか?」
まだ聖君は怒ってるみたいだ。ムッとしている。
「ふん。わかってたよ。沖縄いきをやめた時点でね。ああ、こいつ、本当に桃ちゃんから離れられないんだなって」
「…」
聖君はまだムッとしている。
「で、結婚もしちゃって、桃ちゃんをとても大事にしてるみたいだし、もう俺には何も、言うことはないよ」
「…」
聖君はちょっと睨むように幹男君を見ている。
「ちょっと、あなたたちって仲悪いの?」
実果おばさんが聞いた。
「そりゃ、可愛い桃子を取られたんだから、幹男だって、聖君に嫉妬するのも無理もないさ」
祖父がそう言って、聖君と幹男君の肩を、ぽんぽんとたたいた。
「さ、リビングに行って、お茶でも飲んでゆっくりとするか。そうだ。聖君は囲碁はやらないのかい?」
「はい、囲碁はできません」
「じゃ、耕平君、どうだい?」
「はい、いいですよ」
父と祖父はそのまま、和室に行き、どうやら囲碁を打つらしい。
実果おばさんは、ご飯まだでしょと言って、幹男君をダイニングに連れて行った。おじさんもそのあとを、続いて行った。
アトリエにはひまわりと私と、聖君が残った。そしてしばらく3人で椅子に座って、のんびりとしていた。
「お兄ちゃん、やっぱ、すごいわ」
まだひまわりは、聖君の絵を見て圧倒されている。
「サンキュ、ひまわりちゃん」
「…なんだか、お兄ちゃんってさ、底知れない何かがあるよね」
「お、ひまわりもそう思うの?」
私が聞くと、ひまわりは私のほうを見た。
「お姉ちゃんもそう思った?」
「うん。この絵を見て、聖君の才能やいろんな可能性を、潰しちゃいけないなって思ったよ」
「潰す?」
「うん。私がそれを邪魔したりしないで、もっと聖君がどんどん羽ばたけるよう、何か私にもできることがあったらいいなって、思ったりもしてたんだ」
「ほえ~~~。そうなんだ」
ひまわりがやたらと感心した。
「なんか、照れる」
聖君は私の横で、頭を掻いた。
「…俺はさ、俺のすごさとかわかんないし、可能性もよくわかんないんだよね。でも、やってみたいことは挑戦しようって思ってるよ」
「…うん」
「だけど、桃子ちゃんにも桃子ちゃんにしかできないことや、いろんな才能があるんだから、桃子ちゃんもやってみたいことは挑戦してみたら?」
「え?私が?」
「うん。あるでしょ?してみたいこと」
「…聖君のお母さんみたいな、カフェ?」
「…それ、したかったら挑戦しなよ。ね?」
「…うん」
「そっか~。お姉ちゃんにはやりたいことがあるんだね」
ひまわりが私の横で、ぼそっとそう言った。
「ひまわりちゃんにはないの?」
聖君が聞いた。
「私、まだわかんないや」
「そうだね。俺もわかってないよ。だけどさ、きっと見つかっていくよ。焦らなくてもさ」
「…一つだけあるかな」
ひまわりがそう言った。
「何?」
「お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいに、だ~~~い好きですんごく大事に思える人と、結婚する。これはもう、決めてるの!」
ひまわりの言葉に、私と聖君は顔を見合わせ、クスって笑った。
「それ、きっと叶うから大丈夫だよ」
聖君はひまわりのほうを見て、優しくそう言うと、ひまわりも嬉しそうに笑った。
実果おばさんも、聖君を気にいっちゃったみたいだし、幹男君はなんだかすっかり、聖君を認めたみたいだし、聖君のほうはまだ、幹男君が苦手みたいだけど、ま、それもいっか。
祖父の家でそのあとも、私たち家族は楽しく過ごし、夜、お酒を飲んで酔っ払った母と父を車に乗せ、家に帰ったのであった。まる。




