12月25日 クリスマス
クリスマスの日、朝起きると、聖君が横ですうすうって寝息を立てて寝ていた。
あ、私のほうが先に目が覚めたんだ。うわ。寝顔が可愛い!
しばらく寝顔を見てから、私は聖君のおでこにキスをして、よっこらしょとベッドから降りた。窓の外には、綺麗な海の景色。そして青い空。
「ん~~」
あ、起きた?
「桃子ちゃん?あれ?」
横に私がいないから、聖君びっくりしてるの?
「…」
しばらく聖君が無言で、目を開けてるのにぼけっとしている。
「ここ?」
「聖君、おはよう」
「え?」
聖君がやっと、窓際にいる私を見た。
「あ、そっか。ここ、ホテルか」
「よく寝てたね」
「…なんで桃子ちゃん、先に起きてるの?」
「え?今だよ、起きたの」
「なんでもう、ベッドから出てるの?」
「なんでって」
「もう~~、朝からいちゃつきたかったのに」
「……」
ダダこね聖君だ。一つ年を重ねても変わらないんだなあ。
私はベッドに行き、聖君の寝ている横に座った。
「おはよう、聖君」
もう一回聖君のおでこにキスをした。
「…おはよう」
聖君がちょっとすねながら、そう言った。
「クリスマス会の準備、手伝うんでしょ?」
「うん」
「それに、朝のビュッフェも行くんでしょ?」
「うん」
「顔洗って、行こう」
「まだいちゃつきたい…。桃子ちゅわん」
…やっぱり、駄々っ子だ。しょうがないって、私はまたベッドに横になった。
「桃子ちゅわん。今日は何をする?」
「クリスマス会の準備」
「夜からだから、夕方に戻ればいいって母さん言ってたよ」
「…じゃあ、どうしよう。ここって11時にチェックアウト?」
「うん。それまで、いちゃついてる?」
「…」
聖君、抱きついてきてるし。なんでこうも、いちゃつきたがるんだろう。
「上のレストランのビュッフェ、行こうよ」
「行くよ。でもまだ、時間大丈夫でしょ?」
聖君が私の顔をのぞきこみ、にへらって笑った。
「な、なあに?」
「今日も可愛いなって思って」
「…」
も、もう。朝から何を言ってるんだ。
「俺、夢見ちゃった」
「どんな?」
「桃子ちゃんが、熱い視線で俺のことを見て、誘惑してくる夢」
どんな夢なの?それ。
「海で会うんだよ。俺と目が合ったらいきなり桃子ちゃんが、俺のほうに熱い目で寄ってきて、一人?一緒に泳がない?って誘って来るんだよ」
「え~~。それ、絶対に私じゃないよ」
「桃子ちゃんなんだって。俺、ドキドキして、うんってうなづくんだ」
「ドキドキ?」
私に誘われてドキドキしちゃったの?
「で、一緒に泳ぎに行くんだけど、いつの間にか海がプールになってて、桃子ちゃん、お腹大きくて、周り見たらみんな妊婦さんで、マタニティスイミングしてるんだ」
「へ?」
「俺、びっくりしちゃって。でも、けっこう周りにも、奥さんと一緒に泳ぎに来てる旦那さんがいて、そのうちの一人がいきなり、生まれる!って騒ぎ出して、俺、おたおたしちゃってさ」
「…」
「で、桃子ちゃんは大丈夫?って後ろを見たら、桃子ちゃんが赤ちゃんと一緒に泳いでるんだ」
「え?」
「もう凪が生まれてたんだ。俺、すんげえびっくりしちゃって!いつ産んだんだよ!ってのけぞってびっくりしちゃって。で、目が覚めた」
どんな夢~~~。
「変な夢だよね」
「うん」
「あ~あ。熱い視線で誘惑して来たと思ったのにな。なんだ。あれ、結局は凪と3人で泳ごうってことだったのかな」
「プール?3人で?」
「うん」
「行きたい。絶対に行こうね」
「くす。いいよ。凪が何か月になったら行けるかな?3人で泳ごうね」
私は嬉しくて、聖君に抱きついた。
「お腹、張ったりしてない?」
「うん。大丈夫」
「じゃ、今日もデートしようか」
「うん!」
嬉しい。嬉しい。嬉しい。私はちょっとだけスキップをしながら、顔を洗いに洗面所に行った。
「ぶふ!」
それを聖君が見て、ふきだしていた。
「な、なあに?」
「桃子ちゃん、俺とデート、そんなに嬉しい?」
「うん!すごく嬉しい」
「あ~~、もう~~~。可愛いな~~~~~。なんでそんなに可愛いのかな~~~~」
聖君はそう言うと、ベッドにうつぶせて、足をバタバタして喜んでいる。
あ~~。もう~~。そんな聖君がめちゃ可愛いよ。
顔を洗い、着替えをして、レストランに私たちは向かった。聖君はホテルに泊まるからなのか、クリスマスだからなのか、ちょっと洒落込んでいる。といっても、いつものようにシンプルだけど。
白のシャツに、薄手のシンプルなカーディガン。それにチノパン。靴も革靴だ。私もマタニティだけど、ワンピースを着た。そのうえに、カーディガンをはおい、靴もこの格好で、運動靴というわけにはいかないので、ペタンコの靴をはいた。
レストランに着いた。中に入ると、窓からすごく綺麗な景色が見えた。
ピアノも置いてあり、来ているお客さんはみな、泊り客だろう。外人さんもいれば、大人な感じのカップルもいる。
もしかして、ここ、ジーンズやスニーカーで入れるところじゃなかったとか?それ、聖君、知ってたのかな。
窓際の席に案内され、席に着いた。ふと視線を感じて見ると、隣の席の奥様も、逆側の席の外人さんの女性までもが、聖君を見ていた。
そうだよね。見ちゃうよね。今日は特に大人っぽくて、かっこいいもん。
前は隣にいて、引け目を感じてた。釣り合ってないんじゃないかなとか、みんな、私と聖君は似合ってないって思ってないかなとか。
だけど今は、ちょっと優越感を感じている。
私の旦那さん、超かっこいいでしょ~~~~!って心でいつも、叫んでる。そんな私、性格悪いかな。
「桃子ちゃん、料理取りに行こうよ。それとも俺が持ってこようか?」
「ううん、一緒に行く」
サラダ、パン、フルーツ、ジュース。卵料理やハムやソーセージ。お皿に入れて、席に戻ると、聖君はにこにこしながら、
「いただきます」
と手を合わせた。
「いただきます」
私もそう言うと、聖君はまず、ジュースを飲み、
「うん、上手い」
とそう言ってから、料理やパンを食べだした。
ああ、今日もほんと、美味しそうに食べるよなあ。
「ここ、いいね」
聖君が外を見てそう言った。
「うん。外の景色を見ながら朝食って、いいね」
「父さんと母さんにも、いつかプレゼントしたいな」
「え?」
「2人っきりで、どこかに泊まるなんてしたことないだろうからさ。ここの宿泊と朝食、予約してあげるのもいいなって思ってさ」
「うん!いいかも」
「母さん、喜ぶだろうな」
「お父さんも、きっと今の聖君みたいに、美味しそうに食べるんだろうね」
「…っていうかさ、俺らみたいに、2人っきりでいちゃつくんだろうな~~。あの夫婦」
「え?」
「う~~ん。父さん、やばいくらいにはしゃぐかも」
「お、お父さん、はしゃぐの?!」
「母さんと2人になったら、はしゃぎそうだよ」
そ、そうなんだ。なんだか、可愛い夫婦なんだなあ。
「いいな。いつまでも仲いいって」
「俺らだって、いつまでも仲いいよ。絶対に」
「…そうだよね?」
なんてったって、いつまでもバカップルだもんね?
レストランを出て、私たちは先にチェックアウトを済ませ、それからみなとみらいをぶらついた。
海を見に行ったり、赤レンガ倉庫のほうまで、足ものばした。
「ここ、みんなで来たね」
「うん」
なんだか、ついこの前のような気もするし、ずいぶん前のような気もする。
「桃子ちゃん。寒くない?」
「うん。ちょっと風が冷たいかな」
聖君は私の手を取って、聖君のジャケットのポケットに入れた。
「あったかい」
「…桃子ちゃんの手は、ふわふわしてて、可愛いよね」
「え?」
「最初に手をつないだ時から、そう思ってた」
「そ、そうなの?」
なんか照れちゃうな。
「だから、俺、しょっちゅう手をつないでいたかったんだよね」
「そうなの?でも、腕も組んでもらいたかったんじゃないの?」
「あれ?ばれてた?それ」
「うん」
「手をつなぐのもいいけど、腕組むと、もっと桃子ちゃんと接近できるじゃん」
「…」
それ、私も思ってたな。今でも、聖君の腕にしがみつくのは、聖君にぴとってくっつけるからなんだよね。
「昨日そういえば、籐也、ライブしたみたいだね」
「メジャーデビューして初のライブでしょ?」
「うん。どうだったのかな。花ちゃん、見に行ったんでしょ?」
「そういえば、メール来てないね。あ、そっか。私、聖君とホテルに泊まるって言ってたから、遠慮してるのかもしれない」
「ま、夜、店に来るから、話も聞けるかな」
「うん」
「そういえば、ここじゃないけど、桐太もホテル予約して、麦ちゃんと泊まってるはず」
「え?そうなの?」
「あれ?桐太から聞いてない?」
「うん。クリスマスは麦と過ごすって、ず~~っと浮かれてたのは知ってるけど」
「あははは。俺がホテル予約して、それを桐太に言ったら、あいつも予約するって、かたっぱしから電話したみたいだよ?」
「そんなになかなか、とれないものなの?」
「俺はかなり早くに予約しちゃったから。でも、桐太も山下公園のあたりのホテル、予約できたって、言ってたけど」
「わあ。あの辺もいいよね」
私はそう言いながら、聖君にぴったりくっついた。
「…あれ?それじゃ、もうあの2人って」
「え?」
「もう、結ばれて?」
「そりゃそうだろ。あいつらだって、それなりの年齢なんだし」
「…」
「だと思うけど。待てよ。そういう話は桐太から聞いたことないな」
「…じゃあ、まさか」
「昨日の夜、初めて結ばれちゃった…なんて!」
聖君がおどけながらそう言った。
「も、もう~~。聖君、言い方がすけべ」
「なんで?!」
「まあ、いいや、聖君はスケベ親父だし、エッチなんだし、しょうがないよね」
「…なんだよ、それ」
「えへ」
聖君のポケットに入れてないほうの手で、聖君の腕にしがみついた。
「なんだよ、それ!」
「いいの。そんな聖君でも、私は呆れたりしないからね?」
「………なんだか、喜んでいいんだかどうなんだか」
「ねえ、聖君」
「え?」
「聖君が実はスケベでエッチだって知らない女の子たちが、さっきからこっちを見てるよ」
「え?」
「注目浴びてる。聖君、今日かっこいいんだもん」
「若い夫婦だから、みんな見てるだけだよ」
「そうかな。目をハートにさせてると思うけどな」
「隣に奥さんがこんなにべったりと、ひっついてるのに?」
「…ひっついてないと、誰かがまた聖君に言い寄ってきそうで」
「あはは。桃子ちゃんも変わったよね」
「え?」
「やっぱ、たくましくなったよ」
「…そうかな」
それから、聖君とみなとみらいをぶらぶらして、大きな観覧車が見えるレストランでランチをして、そして江の島に車で行った。
江の島までも、ドライブを楽しめて、本当にずっと恋人気分を味わえた。
「聖君。二日間楽しかった。ありがとうね」
「え?こっちこそ。最高の誕生日だったよ?」
「ほんと?」
「本当。桃子ちゃんとこんなにずっと2人っきりでいられたし、昨日はいちゃつけたし」
「…」
それだったら、いつもいちゃついてる気もしないでもないけど。
「さて、夜はみんなとクリスマスを楽しみますか」
「うん」
みんなに久々に会う。籐也君にも、桐太にも、ずうっと会ってない。
お店に着くと、すでに麦さんが来ていて、お店を手伝っていた。桐太はまだ、サーフィンショップのバイトがあって、クリスマス会はお店を閉めてから来るらしい。
「二人で昨日泊まってきたんだろ?」
聖君がそう、いきなり麦さんに聞いた。麦さんは、一気に赤くなった。
「…そ、そっちこそ、みなとみらいのホテルに泊まってるって、桐太が言ってたけど?」
「うん。泊まってきた。最高だったよ」
聖君がにっこりと微笑んでそう言った。
「あ、そう。さすが、夫婦は違うよね」
「何が?」
聖君がきょとんとして聞いた。
「ホテルに泊まるのも、あまり気が引けてないっていうか、堂々としてるっていうか」
「気が引けてたの?」
「だって、親には友達の家に泊まるって嘘ついたし」
「あ~~。そうか。そりゃそうだね」
聖君は納得したようにうなづき、
「俺らは、そりゃ夫婦だから、榎本聖と榎本桃子で予約もしたし、ダブルベッドの部屋にしてもらったし。どうどうと泊まってきたよ」
と、思い切り鼻高々にそう言った。
「なんか、悔しい」
麦さんがそう言って、悔しがっている。
「なんだよ。悔しがらなくてもいいじゃん。桐太と2人でクリスマス過ごせたんならそれでさ」
聖君がそう言うと、また麦さんは赤くなった。そして、それ以上は何も言わず、さっさとキッチンの奥に行ってしまった。
「ん~~~。やっぱり」
聖君がそれを見て、にやりと笑った。ああ、もう。その顔もかなり、スケベ親父だってば。
「こんちは~~」
元気にドアを開けて、基樹君と蘭が入ってきた。
「お!早いじゃん」
「うん。早くに行って、なんか手伝おうって蘭と話しててさ」
「桃子。メリークリスマス。桃子はお腹大きいんだし、休んでていいよ。私、手伝うから」
蘭がそう言うと、なんとエプロンをカバンから出して、
「おばさん。私もなんか手伝います」
と言って、キッチンに入って行った。
「お、驚いた。あの蘭が」
私が目を丸くしてると、
「蘭、今、料理も特訓中なんだよ」
と基樹君が言った。
「え?」
「俺のために、頑張ってるんだってさ」
「え?!」
「手作りの料理、食べてもらいたいんだって」
「え~~!あの蘭が?」
「へへへへへ」
あ、基樹君が思い切りにやけた。
それから、菜摘と葉君もやってきた。そして花ちゃんは、顔を赤くしながら、籐也君と手をつないでお店に入ってくるし…。もうどっからどう見ても、恋人だよね。
そして、ひまわりはかんちゃんと一緒に、ぎりぎりの時間にやってきた。
夜の7時。クリスマス会は始まった。
「あれ?杏樹ちゃんは?」
「今日も塾なのよ」
聖君のお母さんが、乾杯したシャンペンを飲みながらそう言った。
「クリスマスでも?」
私が驚いてそう聞くと、
「塾が終わったら、元彼連れてすぐに行くって言ってたけどね」
と、後ろから聖君のお父さんが言った。
「元彼?」
へ~~。そうなんだ。連れてきちゃうんだ。
みんなで料理を食べ、笑って話していると、桐太が息を切らして入ってきた。
「おお!桐太、お前の分も食べちゃったぞ」
聖君がそんな意地悪なことを言うと、
「麦、ちゃんと俺の分もあるよね?」
と桐太君は、聖君を無視して麦さんに聞いた。
「あるよ」
麦さんは嬉しそうにそう言うと、桐太にジュースを渡したり、食べ物を取り分けておいたお皿を持って行ったりしてあげている。
「サンキュー」
桐太がそう言って微笑みかけたら、麦さんが赤くなりながら笑った。
うわ。なんだか、2人の世界ができあがってる~~。
ふと気が付いて、店内を見回すと、驚いたことに、みんなカップルだった。
そこへ、杏樹ちゃんが登場。
「草刈君。入って入って!」
元彼を本当に連れてきちゃった。
聖君はちょっと眉を引きつらせたが、聖君のお母さんとお父さんが和やかに、
「いらっしゃい。ジュースでいい?」
とか、
「いっぱい食べていけよ?」
とか言ってあげて、草刈君は照れくさそうに、はいってうなづいていた。
あれ?なんだか、杏樹ちゃんともいい雰囲気じゃない?
「ね。聖君」
「ん~~~?」
あれ?聖君ってば、ご機嫌斜め?杏樹ちゃんのことでかな。
「ここにいるのって、みんなカップルだよ。気づいてた?」
「あ、そういえば」
「ね?すごいね?」
「…うん」
聖君がにっこりと笑った。
店内にはクリスマスツリーも飾られ、外のウッドデッキの周りには、電飾が飾られ、窓には、トナカイとサンタさんの絵が貼ってある。
ああ、思い切りクリスマスだ~。
来年には、この辺を凪がはいはいでもしてるんだろうか。きっとあのクリスマスツリーも、喜んではしゃいで見てるんだろうな。
店内は笑い声が絶えなかった。みんなものすごく嬉しそうに笑っている。
ああ、いいな。この雰囲気。ずっとこんな笑顔がいっぱいの毎日が、続いたらいいな。
そんなことを思いながら私は、また聖君の腕にひっついた。
「聖君」
「ん?」
「メリークリスマス」
チュ。そっとみんながわいわいとしている後ろのほうで、私は聖君にキスをした。
「…もう、桃子ちゃんってば」
聖君がほっぺを赤くして、照れた。
その笑顔も、めちゃ可愛くて、私は胸をきゅん!ってさせていたのであった。まる~~。




