12月24日 聖君の誕生日 その2
「ひゅ~~~~」
「あ、風冷たいね。もうホテルに戻ろうか」
かなり北風が冷たくなってきて、私たちはホテルの部屋に戻った。
そして熱めのシャワーを浴び、また二人でいつものように髪を乾かしあった。
「夜景綺麗だね、聖君」
「うん。眺めがすごくいいね~~」
髪を乾かし終え、私たちは窓際に行き、外を見た。
「すげえ、ロマンチックだな」
聖君がそう言うと、思い切りにやけた。うわ。その顔はあまり、ロマンチックじゃないけど?
「二人きりだね。桃子ちゃん」
「ううん、お腹に凪もいるから3人だよ」
「…そうか」
聖君は思い切りにやけていた顔を、元に戻した。
「聖君、3年前のクリスマスイブ、覚えてる?」
「覚えてるよ。二人で一緒にランドマークタワーに上った」
「夜景を見て、聖君、このネックレスをプレゼントしてくれたよね?」
「うん。今日してきてくれたんだね」
聖君は優しく私を見た。
「…あの時はずっと隣に聖君がいてくれたらいいなって、そう思ってたけど、まだまだ彼女でいることすら信じられないでいたなあ」
「俺も…」
「え?」
「沖縄いきで悩んでいた頃だ」
「私と別れることも考えてたの?」
「え?」
「別れて沖縄に行くこととか」
「…」
聖君が目を丸くして私を見た。
「俺から別れるってことは、一回も考えたことないけど?」
「俺からって?」
「だから俺から別れ話するとかさ」
「私からならあると思ってたの?」
「うん」
え~~!今度は私が目を丸くした。
「沖縄に行ってる間に、誰かが現れて桃子ちゃんのことかっさらっていったらどうしようとか、そんな不安あったよ」
「…」
「最初はね、大丈夫だろうって思ってたんだ。1年なんてあっという間だろうし、桃子ちゃんが卒業したら、桃子ちゃんが沖縄にきたらいいんだよな、なんてさ。かなり安易に考えてたし」
「途中で考えが変わったの?」
「うん」
「どうして?」
「幹男の出現とか?俺以外にも桃子ちゃんのそばにいる男いるんだって知って、かなり焦った」
「でも、幹男君は従弟だよ?」
「従弟って結婚できるでしょ?」
「できるけど、そんなこと考えたこともないよ?」
「だけど、もし俺が離れてて、ずっと会えないときに幹男に優しくされてたら、桃子ちゃんどうした?」
「…幹男君は聖君じゃないもん。どうもしないよ」
「え?」
「聖君じゃなきゃ絶対に嫌だし」
「…そっか」
聖君は私の背中に手を回して、そのままベッドに連れて行った。そして二人でベッドにドスンと座った。そして私の肩を抱き、聖君は、
「…沖縄いきはやめてよかったって思ってるよ」
と耳元で言った。
「後悔したことないの?」
「ないな~。まったくないや。きっと行ってたら後悔してるだろうね」
「なんで?」
「桃子ちゃんを他の男に、取られることになって」
「だから、それ、絶対にないってば。ただ、すんごく寂しい思いはしただろうけど」
「…俺も」
「え?」
「桃子ちゃんとずっと離れてるなんて、ちょっと信じられないっていうか」
「う、うん」
「ぎゅ~~~~~」
あれ?抱きしめてきちゃった。
「桃子ちゃんの首から、フェロモンが…」
「出してないってば」
「…葉一と基樹とこの前、ほんのちょっとそういう話になって」
「そういうってどういう?」
「フェロモンの話」
どんな話だ。それって…。
「基樹、蘭ちゃんと付き合いだしてメロメロなんだよね」
「ええ?」
「前から蘭ちゃんに惚れてたけど、今はなんかもう、尻に敷かれてるみたいな状態だね」
「そ、そうなの?あまり2人でいるところを見ないからわかんないけど」
「明日来るって言ってたから、見れるよ」
「ふうん」
蘭も確かに、すごく仲いいんだってこの前、のろけてはいたけど。尻に敷いちゃってるの?
「蘭ちゃん、その…基樹と結ばれたとか、そんな話をしたことある?」
「え?う、うん。教えてくれた、そういえば」
「基樹、大変だったんだ」
「な、何が?」
「でれでれ状態。しばらく呆けてた」
「…」
「ま、無理もないって思ったけど。ほら、一回は別れて、もう付き合えないだろうって思ってた相手だし」
「それでも基樹君、ずっと蘭のこと」
「ああ、好きだったんだよね。そんな子と結ばれたらそりゃ、天にも昇っちゃうよね」
「…」
そうなんだ。
「あ、俺も天に昇ってたけど」
「え?!」
私は思わず、聖君からちょっと離れて顔を見た。あ、やっぱりにやけてる。
「俺の話はいいか。そんでさ、基樹がね」
よくない。聖君の話も聞きたかった。
「女の子っていうのは、フェロモンを出していると思わないかって聞いてきて」
「へ?」
「葉一も出してるって言ってた」
「…聖君もそう言ったの?」
「うん。シャンプーとか、石鹸の匂いじゃないよねって」
うわ。男同士の会話?ボーイズトークですか?私、聞いちゃっていいの?でも、ちょっと知りたいかも。
「きっとその子によって、匂いが違ってて、男のほうが自分の好きな匂いを嗅ぎ分けてるんだよ。なんて話をしてたんだ」
「わ、私はどんななの?」
「桃子ちゃんの匂い?」
「うん」
「…………」
うわ。また聖君、にやけた。
「すげえ甘い、可愛い、俺がメロメロになる匂い?」
何それ!うわ~~~~。
「あ、真っ赤になった」
「も、もう~~。聖君の変態」
「なんでだよっ。だからさ、基樹の奴だって、蘭ちゃんのフェロモンにメロメロになったんだろ。俺が変態なんじゃなくて、みんなそうなの!」
「…あの葉君も?」
「あいつは言っとくけど、むっつりスケベなんだ」
「へ?何それ」
「俺の場合は、ちゃんと表面にも出してる、明るいスケベだけど、あいつは口では言わないだけで、内側がスケベなんだ」
「…そうなの?それ知ったら、菜摘、引くかも」
「ああ、そうか。菜摘、まだ潔癖なところあるもんな。菜摘の前じゃ絶対に、エッチなことは言わないんじゃないの?あいつ。だから、ムッツリになっちゃったのかな」
「…聖君たちの前だと言うの?」
「そりゃ、あいつもね、普通の男ですから」
「…」
やっぱり、ボーイズトークいいや。なんかいろんな人のイメージ壊れそうだし。
だけど、あれだ。聖君も天に昇ったって話は聞きたいかも。
「ねえ、聖君」
私は聖君のスエットの裾をひっぱった。
「なあに?おねだり?」
聖君が聞いてきた。
「え?どうして?」
「そういう声出して、また目を潤ませたから。あ、もしかして…」
「え?」
「そうか。そうだよね?そろそろ電気消そうか」
「そうじゃなくって!」
もう、そんなことおねだりしたりしないよ。
「さっきの続きが気になっただけで」
「続き?」
「聖君も、天に昇ったって話」
「ああ、え?知りたかったの?」
「…」
いきなり恥ずかしくなった。聞かなければよかったかな。
「も、もういい」
「でも知ってるでしょ?桃子ちゃん」
「何を?」
「桃子ちゃんと初めて結ばれた日の、でれでれな俺」
「え?」
「定期券は忘れて帰ったし、電車でずっとにやけてたし。それ、確か話したよね?」
「うん」
そうか。そのことかあ。
「…もう、桃子ちゃんってば」
「何?」
ドキ。こんなこと聞きたがったから、またエッチとか思ってるの?
「俺のこと、こんなに夢中にさせちゃって!フェロモン出し過ぎだよ」
「だから、出してないってば」
もう~~~。
「今も出してるよね?」
「出してない」
「桃子ちゃん」
「何?」
「俺ね、いいことわかっちゃったんだ」
「いいこと?」
「ネットで調べたら、臨月まで大丈夫なんだって」
「え?」
「もちろん、出血があったり、お腹が張ったりしたら即、やめたほうがいいらしいけど」
「…」
大丈夫って、その…?
「でも、夫婦で愛し合うのは、奥さんのほうも満たされたりするから、いいみたいだよ」
「…」
やっぱり。
「で、桃子ちゃん」
「え?」
「お腹張ってたりしない?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、電気消そうか」
「…うん」
聖君が電気を消した。すると外の夜景がもっと綺麗に映し出された。
聖君はそっと私をベッドに寝かせた。
「お腹が張ってきたらすぐに、俺に言ってね?」
「うん」
ふわ。聖君が優しく私の髪をなで、そして、優しくて長いキスをしてきた。うわ。とろける。
「今日はさ」
「え?」
「隣の部屋にひまわりちゃんがいるわけでもないし、一階にご両親がいるわけでもないんだから、桃子ちゃん、いいからね?」
「何が?」
「だから、声とかも出しちゃっても」
「へ?」
「いつも、ちょっと我慢して、押さえてるでしょ?声」
ギク。知ってたの?
「いいからね?今日は、遠慮せず、我慢せず出しちゃっても」
か~~~~~!私は思い切り、顔が赤くなった。
「なんで赤くなってんの?」
「へ、変なこと言うからだよ」
「変じゃないって」
「もう!聖君のすけべ」
「え?なんで?」
「あほ」
「なんだよ~~」
聖君はそう言って、私の鼻をむぎゅってした。
「あんまり、聖君」
「ん?」
「凪がお腹にいるんだし、激しいのは駄目なんだからね」
「…はい」
「それに、あまり私のこと」
「ん?」
「刺激するのも駄目」
「刺激?」
「お腹張ったら困るし」
「はい。刺激もしません」
聖君はなんだか、叱られてる子供のように、素直に返事をしている。
「だから、その…」
「ん?」
「や、優しく…ね?」
「はい。優しくします。思い切り」
聖君はそう言うと、優しくキスをして、優しく、
「愛してるよ」
とささやいてくれた。
ああ、やっぱり。その声とキスだけでも、溶けちゃいそうだ。
今日も聖君は、本当に優しい。そして優しく、腕枕をしてくれた。
「お腹大丈夫?」
「うん」
嬉しいな。そりゃいつも一緒の部屋で、一緒のベッドに寝てるけど、やっぱり今日はなんだか違う。
「俺の誕生日なんだっけ」
「え?うん」
「じゃ、桃子ちゃんも俺へのプレゼントだね」
「へ?」
「むぎゅ~~~~」
聖君が抱きついてきた。
「聖君」
「ん?」
「聖君の誕生日なのに、なんだか私のほうがプレゼントをもらったような、そんな気がする」
「俺をプレゼント?」
「う。っていうか、甘い時間とか?」
「甘い?」
「うん。溶けちゃうかと思ったもん」
「もう、桃子ちゃんってば」
聖君はそう言うと、またキスをしてきた。それもとろけそうな…。
「溶けた?」
「溶けた…」
「やばいね」
「え?」
「今日はなんだか、特別な感じがするね。ほら、ここからでも夜景見えるし」
「うん」
同じこと感じてたんだ。
「それに、ベッドもいつもよりも一回りもでかい」
「うん」
「隣の部屋にひまわりちゃんもいないから、遠慮することもない」
「…」
なんの?
「なのに、桃子ちゃんは、声をやっぱり押し殺してた」
「だ、だ、だから、それは」
「なんで?」
「恥ずかしいもん」
「だって、ひまわりちゃんも隣にいないし、聞かれる心配しなくていいんだよ?」
「聖君に聞かれる」
「へ?」
「それが恥ずかしいもん」
「なんで?え?なんで?」
「だって…」
「俺に聞かれるのを恥ずかしがってたの?ずっと?」
「うん」
「なんで~~!恥ずかしいことないじゃん」
「恥ずかしいものは、恥ずかしいもの」
「…なんだよ」
あ、すねた?
「聞きたいのに」
「もう~~~!スケベ親父」
「どうせね、スケベ親父ですよ、俺は」
もう、開き直ってるし!
「ま、いっか。そのうちね」
「え?」
「今はほら、お腹に凪もいるし、あまり激しいのは駄目だしね」
だから?…なに?
「凪が生まれてから」
「そうしたら、2人っきりの時間だって取れなくなるよ」
「無理してでも作る」
「ど、どうやって?」
「さあ?」
「………」
怖いぞ、聖君。この人そういえば、強引にお風呂に一緒に入ることも決行したんだっけ。時々、強引になるからなあ。
「聖君」
「ん?」
「そんなこと言ってて、あとでやっぱり、あんなこと言わなきゃよかったって後悔しない?」
「どんなこと?」
「私のこと、嫌になったり、がっかりしたり、引いちゃったり、呆れたり」
「え?桃子ちゃんがどうなって?」
「だから、その…。も、もっと大胆になったりして…」
「え?!!!」
なんでそんなに驚いてるの?
「それは、その…」
「え?」
「大歓迎です。俺」
「…………」
聞かなきゃよかった。
「もしかして、大胆になるのも我慢してた?」
「ううん!」
「いいんだよ?俺に遠慮しないでも」
「我慢も遠慮もしていないから!」
「桃子ちゃん。素直じゃないね」
「素直にそう言ってるもん」
「…」
聖君が、またまた~~って顔で見た。
「もう寝る!」
「え?」
「寝るから」
私はよっこらしょっと、ベッドに座り、下着やパジャマを着て、またよっこらしょと横になった。最近は寝返りをうつのも大変だし、仰向けになるとお腹が重い。
「桃子ちゅわん。もう寝ちゃうの?」
「うん」
「でもまだ、11時だよ」
「もう11時だね」
「二人っきりの、イブの夜だよ?それも俺の19回目の誕生日」
「う…」
そうだった、誕生日だったんだ。
「聖君が19年前の今日、おぎゃ~って誕生した日だよね」
「うん」
「…聖君、生まれてきてくれてありがとうね」
「…うん」
「聖君」
「ん?」
「愛してるからね?」
「…俺も、愛してるよ。桃子ちゃん」
聖君が優しくキスをした。
「ごめん、やっぱり眠い…」
その優しいキスでとろんとしちゃって、私はいきなり眠気が襲ってきた。
「じゃ、もう寝よう。桃子ちゃん」
「うん」
聖君も下着やスエットを着だした。でも、もうすでに私は半分うとうとしていた。
「おやすみ」
そう優しく聖君がおでこにキスをしてくれたのも、夢なのか現実なのかもわからないくらい…。
クリスマスイブ。聖君の誕生日。今日もまた、聖君の優しい腕の中で私は、安心してぐっすりと眠りについた。
凪はお腹の中で、ぐにゅぐにゅ動いていて、なかなか寝てくれなかったけどね。まる。