12月24日 聖君の誕生日 その1
今日は聖君が生まれた日だ。明日はクリスマス会を例年のように、れいんどろっぷすでやる。そして今日は、聖君とは二人だけで過ごす…。
正確には2人と凪と。だから3人かな。
凪は本当によくお腹の中で動く。聖君も私のお腹によく手を当てて、話しかけている。
「桃子ちゃん、用意できた?」
「うん」
今夜、聖君は、お店に出ないでもいいんだって。お父さんが代わりに出てくれるらしい。だから、今日は2人でデートをすることにした。
デートの場所はみなとみらい。車を聖君が出してくれる。私は何もプレゼントはいらない。聖君と2人だけで過ごしたいなと言ったら、なんと聖君はみなとみらいのホテルを予約してくれたのだ。
いや、実はかなり前から聖君は予約していた。新婚旅行にまだ行けていないから、生まれてしばらくは旅行もできないし、近場でもいいから一泊しようって、聖君がホテルを予約してあることを明かしてくれたのは、クリスマスが近くになってからのこと。
めちゃくちゃ嬉しくって、私は聖君に抱きついた。聖君も喜んでる私を見て、喜んでいた。
内緒だったのは、サプライズの意味もあったけど、私のお腹の具合がクリスマスの時どうなるか、わからなかったからだ。ホテルに泊まることをぬか喜びさせるのは悪いと思ったらしい。
「いいな~。私も行きたいな~~」
ひまわりが思い切り羨ましがってる。すると母が、
「生まれたら二人きりで過ごせなくなるんだし、思い切り楽しんでらっしゃいよ」
と、私たちに言ってくれた。
「うちにいたって、2人でよくいちゃついてるくせに」
「ははは、ひまわりちゃん。これでもみんなの前では気を使ってるんだよ?俺ら」
聖君がそう言うと、ひまわりはさらに口をとがらせ、
「あれで?たまに平気でリビングでいちゃついてるじゃん」
と言ってきた。
「ははは。ひまわりちゃんも、今日かんちゃんとデートでしょ?楽しんできてね。それじゃ、桃子ちゃん、出発しようか」
聖君はちょっと顔を引きつらせながらそう言って、さっさと私と聖君のカバンを持って玄関を出た。
私も玄関を出ようとすると、
「気を付けるのよ。何かあったらすぐに連絡しなさいよ」
と母に言われた。
「は~~い」
母は玄関まで見送りに来たが、すねてるひまわりは来なかった。父は今日も会社。大変だよね、クリスマスも仕事なんて。
それから二人でウキウキしながら、ホテルまでの道を楽しんだ。聖君はとにかくご機嫌で、カーラジオから流れる歌を思い切り歌ったりしていた。
車がホテルに到着した。ベルボーイが出てきて荷物を持ってくれて、聖君は車のキーを渡した。
それからカウンターにチェックインをしに行った。
「榎本様、ツインでご予約承っております」
う。ツインだって!聖君はサインをして、そしてホテルマンに案内され、私たちはエレベーターに乗った。
「夜景、綺麗に見える部屋ですか?」
聖君がホテルマンに聞いた。ホテルマンは笑顔で、はいとうなづいた。
「よかったね。今年も夜景見れるね」
聖君はそう言うと、私にニコって微笑んだ。ああ、そんなことを思っててくれてることが嬉しい。
「来年は見れないかな」
「う~~ん、凪はその頃何か月?泊まるのは難しいかもしれないけど、タワーにだったら一緒に登れるかもよ?」
「えっとね、9か月とかそのくらいかな」
「予定日はいつですか?」
ホテルマンが私に聞いてきた。
「あ、3月です」
「春生まれなんですね。だんだんとあったかくなる季節ですし、育てやすい季節ですね。9か月の赤ちゃんでも泊まれますよ。ぜひ来年も、いらしてください」
「はい…」
私はちょっと照れながらうなづいた。聖君は何も言わず、なんだかすんごい優しい目で私を見ている。
部屋に案内され、私たちは部屋に入った。ホテルマンは荷物を置いて、部屋を出て行った。
聖君は窓際に行き、カーテンを開けた。
「ああ、すげえ!観覧車は見えるし、ベイブリッジも見える。夜景、すごく綺麗だよ、きっと」
「ほんとだ。だけど夜景じゃなくても、今でもすごく綺麗だね」
「うん」
しばらく私たちは寄り添いながら、景色を眺めていた。
「夜ご飯はどこで食べたい?桃子ちゃん」
「う~~ん、どこがいいかな」
「朝食は上のレストランのビュッフェね」
「うん」
「ちょっとみなとみらい、散歩してくる?」
「美術館あったよね。今まで見たことなかったし、見たいかも」
「うん、いいよ」
私たちはホテルを出て、美術館に向かった。
そして二人で、のんびりと絵を見て回り、美術館の中にあるカフェでお茶をした。
「この美術館にいつか、聖君の絵が飾られたらすごいなあ」
「へ?なんでそうなるの?」
「なんか、いろんな絵を見てて、そう思っちゃったんだ」
「はは。飾られないって。第一、絵はあんまり描かないと思うよ?」
「なんで?あんなすごい絵を描いたって言うのに!」
「桃子ちゃん、鼻膨らんでるよ。興奮しないで、凪に悪いよ」
「あ、うん」
私はホットミルクを飲み、ふうって軽く息を吐いて落ち着いた。
「いつか、描きたくなったら描くかもしれないけどね。今はそんなに描きたいって感じじゃないんだ」
「…今は、何がしたいの?」
「そうだな。何かな」
聖君はコーヒーを一口飲んで、ちょっと遠くを眺めた。あ、考えてる時って、聖君よく、遠くを見るよね。
「そうだ。来年ね、亨さんがダイビングしに行きたいって言ってたんだよ」
「え?そうなの?」
「うん。聖、一緒に潜ってくれよなって、この前亨さんの店に行ったら、そう言ってた」
「よかったね!」
「うん。まじで嬉しかった」
そっか。そうなんだ。聖君、今でもよく亨さんの所に顔を出してるんだな。聖君、すごく嬉しそう。
「今は、そうだな。桃子ちゃんとこうして一緒にいたいのと、あとは、凪が生まれてくるのが楽しみだな」
「…え?」
いきなり聖君が私を見て、そう言ってきた。
「しばらくは俺、子育てに専念しそう」
子育て?
「なんかさ、いろいろと今、子育ての本も買ってるじゃん?」
そうなんだよね。聖君、買ってきちゃうんだよね。
「見てて面白そうでさ。離乳食とか、俺、早く作りたいもん」
「ね、案外聖君って、保父さんにも向いてるかもよ」
「う~~ん、どうかな。確かに赤ちゃん大好きだけど、俺、自分の子が一番!みたいになりそうだし、人の子まで面倒みるかどうか」
「…」
なるほど。
「あ~~。凪に早く会いたい、俺!」
聖君がそう言って、お腹に触ってきた。
「あ、今動いたね」
「わかった?」
「うん。なんかわかったよ。すげえ!」
聖君が大きな声を出して喜んだので、周りの人がこっちを見た。
「若い夫婦だね」
「旦那さん、すごいイケメン」
いつもながらの、皆さんの反応…。そして、
「あんなかっこいい旦那さん、羨ましい」
と言う声。これも何回聞いたことか。
私のお腹が大きいのが一目瞭然なので、誰にも何を言わなくても、夫婦だって思われる。だから必ず、「イケメンの旦那さん」と言われている。
その声は、聖君の耳にも入っているはず。でも、聖君はまったくそんな声、無視している。
「これからどうする?桃子ちゃん」
「そうだな。ぶらぶら買い物でもする?」
「うん、いいよ」
私たちは美術館をあとにした。
ひゅ~~。外に出ると、北風が吹いていた。
「寒くない?」
聖君が私の背中に手を回し、抱き寄せた。
「うん。大丈夫」
く~~。嬉しい。これ、夫婦の特権?人がいようがどうだろうが、こうやってべったりくっついて歩いてしまう。聖君もべったりくっついて歩くことは、抵抗がまったくないようだ。
それから建物に入ると、私は聖君の腕に引っ付いて歩いた。雑貨屋を見たり、聖君の洋服や、靴を見て回ったり、そして赤ちゃんのものを見て、しばらく聖君と可愛いねって言って、その場でぼけら~~としてみたり。
「桃子ちゃんの服や、靴は見なくていいの?」
「だって、着れないし。靴も、転ばないように運動靴しか今、履けないし」
「凪が生まれたら、桃子ちゃんの可愛い靴や、服買いに来る?」
「う~~ん。私のはいいや、別に」
「なんで?」
「凪のが欲しいかな」
「でもさ、なんだかんだでかなり買っちゃってるよ?もう」
「だよね。お母さんも買ってくるし、聖君のお母さんも買ってくるしね。凪、もうたくさん服もおもちゃも持ってるもんね」
「ほんと、みんなして気が早いんだから」
「でも、赤ちゃんのものって可愛いんだもん。つい見てると、買いたくなっちゃうのもわかるな」
「まあね。俺もそれで何度か、誘惑されそうになったし」
「さっきもね。赤ちゃんのものを見てて、聖君、うずうずしてたでしょ?」
「桃子ちゃんもでしょ?」
「うん」
そうなんだよね。出かけると必ず、赤ちゃんのものを見てしまう。うずうずしながら、買うのをやめるのはなかなかの一苦労だ。
それから、疲れたでしょって言って、聖君がベンチに座ろうって提案してくれた。私はよっこらしょってベンチに座った。
「ごめん。桃子ちゃん、ここで待ってて。俺、さっきの靴、やっぱり買ってくるよ」
「凪の?」
「俺の…」
ああ、どうしようかなって、めずらしく聖君が買うのを迷ってたやつか。うん。かっこいい靴だった。聖君に似合ってたのに、自分の物だけを買うことを躊躇しちゃってたみたいだな。
「いいのに。あ、それをクリスマスプレゼントにしたらよかったかな…」
聖君が靴屋に戻ってから、私は独り言を言っていた。
でも、セーター2枚も編んじゃったし。いや、靴もプレゼントしたかったな。う~~ん…。
私はさっきの店なら道順がわかるだろうと、聖君を追いかけた。とはいえ、お腹も大きいし、ゆっくりと歩きながら。
どうにか間に合えば、プレゼント用に包んでもらって、私が買うんだけどな。
どうにか、迷わず靴屋を見つけ出した。あ、聖君が靴を2足並べて、悩んでいる。あれ?さっきのに決めたんじゃなかったのかな。
「う~~~ん、やっぱ、こっちかな」
「では、こちらにしますか?サイズはどうですか?」
店員は若い女性。顔を赤くしながら、聖君に聞いている。
「あそこにいる人、かっこよくない?」
後ろから声がした。ああ、このパターンも何回も遭遇している。そしてそのあと、必ず、
「彼女いるのかな」
と、そんなことをぼそぼそと言う。それで、すごく積極的な子だと、
「声かけてみる?」
となる。
で、何度か本当に、逆ナンされてたこともあり、そのたび慌てて、私は聖君のもとに行く。
「ごめん、俺、結婚してるんだ」
私に聖君は手を差し伸べ、そう女の子に聖君は言う。前よりもずっと優しく、聖君は受け答えをするようになった。
「彼女いるよね」
「でもわかんないよ」
「じゃ、声かけてみる?」
そんな会話を聞き、私はそっと後ろを向いた。大学生か、高校生か。しっかりとお化粧をした、割と派手な女の子たちだ。
「男一人で買い物に来てるんだよ?クリスマスに。それって独り身だからでしょ?」
「あんなにかっこよくて、クリスマスに一人って、なんだか、怪しくない?」
「デートに行く靴を買いに来てたんだったり?」
いいえ。お店で履くための靴です。今まではスニーカーを履いていたんだけど、ちょっと聖君は大人の男になりたいんです。で、スニーカーは卒業なんです!
何て心の中で言ってみた。あ、そうじゃなくて。聖君、レジに行っちゃった。早くに行って、私が買わないとプレゼントじゃなくなっちゃう。
私はいそいそとレジに向かった。
「聖君」
「あれ?桃子ちゃん、ベンチで休んでなかったの?」
「うん」
「あ!まさか、ナンパでもされてたとか?」
「ううん。その靴、プレゼントする」
「へ?」
「クリスマスプレゼント。私からの」
「え?いいよ。だって、桃子ちゃんに俺、2枚もセーター編ませちゃったんだよ?」
「それは誕生日プレゼント」
「いいって、あれは一つが誕生日、一つはクリスマス」
「…でも、買ってあげたいんだもん」
私がそう言うと、店員は私と聖君を交互に見た。それから、私のお腹にも気が付いたらしく、あっという顔をした。
「うん。じゃ、お願いしようかな」
聖君は私がじいっと懇願の目で見ているからか、ようやくプレゼントにすることを受け入れてくれたらしい。
私はお財布からお金を出し、
「プレゼント用に包装してください」
と店員に言った。
「え?いいよ。別に、俺」
聖君がそう言いかけたが、私は聖君を見て、また懇願の目をした。
お願い。プレゼント用にラッピングしてもらいたいの。それを聖君にあげたいの。と、思い切り心を込め、目で訴えた。
「う、わ、わかった」
聖君はその目に根負けしたようだ。
「じゃ、俺、あっちで待ってるよ」
聖君はそう言うと、お店の外に出た。私が聖君のほうを見ると、あ、さっきの子たちじゃないの!何か、聖君に話しかけてるよ。気になる。
でも、すぐにその二人は、去って行った。
プレゼント用にラッピングされたものを受け取り、私は聖君のところに行った。
「袋、持つよ」
聖君は持とうとしてくれたが、
「あとで渡す。それまで持ってる」
と私は渡さなかった。
「重くない?」
「このくらい、全然」
「そ、そう…」
「それより、さっきの子、なあに?」
「ああ、あの人は奥さんですか?っていきなり聞かれた」
「私のこと?」
「うん。だから、そうですけどって答えた」
「そうしたら?」
「じゃ、結婚してるんですねって、かなりびっくりされられたけど」
「う、うん」
「それだけ。そのあとさっさと行っちゃったよ」
「逆ナン…」
「なわけないでしょ。奥さんがすぐそこにいるってわかってて」
「でも、逆ナンしようと相談もしてたよ。さっき」
「…」
聖君は無言で呆れたって顔をした。
「私の幻聴じゃないってば」
「そうじゃなくて。そんな会話を聞いたなら、その場で私の旦那ですって言ってよ、桃子ちゃん」
「い、言えないよ」
「なんで?」
「でも、慌ててレジに行ったもん」
「ああ、そう」
あ、まだ聖君、呆れた目で私を見てる。
いまだに、そういうことはなかなか言えない…。お店を手伝っていても、お客に妊娠していることを驚かれ、妊婦さんなのにバイトしてるの?って聞かれても、私はバイトじゃなく、聖君の妻なんですとは言えず、もじもじしてしまう。すると聖君が来て、
「バイトじゃないですよ。俺の奥さんなんです」
と言ってくれるんだけど。
ああ、いつになたら、堂々と私は奥さんですと言えるんだろうか。凪が生まれたらさすがに、言えるようになるのかな。
いまだにこんなで、本当にごめんね。聖君。
夕飯は、みなとみらいの夜景が見えるレストランで食べた。
「お誕生日おめでとう」
今、運ばれてきたジュースで乾杯をした。
「サンキュ。今年も桃子ちゃんに祝ってもらえた!」
聖君はすごく嬉しそうに目を細めてそう言った。
うわ。喜んでくれてる。こっちこそ、嬉しいよ~。
「あ、そうだ。プレゼント」
私は紙袋からラッピングされてる靴の箱を出し、聖君に渡した。
「ありがと。でも、本当によかったの?」
「うん!」
「…こんな包装までしてもらわなくても」
「だって、プレゼントだもん。リボンつけてもらいたかったし」
「…だよね。桃子ちゃん、最近さ、知ってた?」
「え?何が?」
「俺に何か頼みたいことがあったり、お願い事があると、目で訴えてるの」
「そうかな」
なんつって。それ、わざとしてるんだもん。
「俺、その目に弱いんだよ。うるうるってしてて、目の中に星まで見える。もろ、チワワとかの潤んだ目そのものだよね」
チ、チワワ?
「やっぱ似てるよ。桃子ちゃんって、小型犬に」
「…」
もう懇願するのはやめておこうかな。
「ところでさ、桃子ちゃん」
「え?」
「結婚してることも、俺の奥さんだってことも、どうどうとばらしてもいいのにさ、なんで桃子ちゃん、いまだに恥ずかしがって言わないの?」
う…。
「…そうなんだよね」
「まだ自信ないとか?」
「ううん。そういうんじゃないの」
「じゃ、何?」
「…恥ずかしいだけ」
「俺の奥さんでいることが?」
「…そうじゃなくって、あ、まだあれかな。実感が伴わない」
「…そう~~。そうなんだ。へ~~~」
あ、なんだか意地悪な目つきだ。聖君。
「じゃ、何?今日も婚前旅行のつもりとか?」
「う、ううん。そんなことないよ」
「だよね?夫婦だし、だからどうどうとツインに泊まっちゃうし」
「うん」
「それもダブルベットのツインだよ」
「うん、そうだったね。大きなベッドでびっくりしちゃった」
「予約の時、言ったんだ。奥さん、妊娠しててお腹大きいから、大きなベッドにしてくださいって。そうしたら、ダブルベッドの部屋を用意してくれた」
「奥さんって言ったの?」
「そりゃそうだよ。奥さんでしょ?桃子ちゃんは」
聖君は、そう言うと私の鼻をむぎゅってつまんだ。
「ごめんね。なかなか奥さんの自覚がなくて」
「いいけどね」
「呆れてるよね?聖君」
「いいよ。いつまで~~も、俺も新鮮な気分でいられるし。いまだに結婚したての気分になれるしさ」
「…」
本当にそう思ってる?
「桃子ちゃん」
「え?」
「でも片思い気分はすっかり抜けてるよね?」
「え?うん」
「そっか。そりゃよかった」
聖君はそう言ってにこりと笑った。ああ、確かに。もうそれはさすがに卒業したな~。こうやってデートに出ても、思い切り聖君にひっついて、恋人気分を味わってるし。ちょっとは成長してるのかな。っていやいや、奥さんなんだから、このくらいで満足してちゃ、聖君に悪いよね。
ね?
レストランを出てからまた、私は聖君の腕にひっついた。
「聖君」
「ん?」
「こうやって腕組んで歩くの、すごく幸せだな」
「…そう?」
あ、今、聖君照れた。耳赤いし。私と聖君はしばらく恋人気分で、腕を組んでみなとみらいの夜景の中を散歩していた。