表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

12月○日 父親学級

 6か月に入ってから、私は小百合ちゃんと区でやっている母親学級に参加し始めた。

 そして今月は、父親も一緒に参加して、赤ちゃんの沐浴を教わる回だ。

「いよいよ明日だね」

 前日、小百合ちゃんとそんな話をしていた。


「聖君は大学どうするの?」

「午後から行くって。輝樹さんは?」

「午後から会社に行くって言ってた」

「そっか~~。私たちはしっかりと明日、学校休んじゃうのにね」

「うん」


 私たちは時々、2人だけで妊婦ならではの話をしていた。他のみんなにはわからないことだし、なんとなく二人だけで話したい時があり、そんな時はたいてい、保健室にやってきてしまう。

 養護の先生も子供がいて、妊婦の体験も出産の体験もあるので、いろんな質問もしやすいし、他の友達は保健室に行って、先生に話を聞いてもらいに行くと言うと、みんな私たち二人だけを、保健室に行かせてくれるので助かっている。


「聖君は、父親学級に出るの、抵抗ないの?」

「まったく。ずっと出たがってたから、明日をすんごい楽しみにしてるよ。ばっちりお風呂に入れるよう、しっかりと覚えて帰るからねって、張り切ってるもん」

「いいなあ」


「え?輝樹さんはそうじゃないの?」

「ちょっと嫌がってるの。でも私、聖君だって出るんだよって言って、無理強いしちゃった」

「そうなんだ」

「聖君がいなかったら、絶対に出ないな、輝樹さん」

「そんなもんよ、普通の男性は」


 話を聞いていた養護の先生が、口をはさんだ。

「榎本さんの旦那さんが、めずらしいのよ。だから、筑紫さん、そんなに落ち込むことないわよ」

「はい」

 う~~ん。めずらしいと言われるのも、喜んでいいものかどうか。


 あ、そうそう。筑紫さんっていうのは、結婚して小百合ちゃんの苗字が変わったんだ。筑紫小百合。やっぱりちょっと、女優さんみたいな名前だよね。


「あ、そういえば、孫学級って今ありますよね。孫が生まれたら、世話ができるようにって、おじいさんやおばあさんが参加するっていうのが」

 小百合ちゃんが先生に聞いた。

「あるわよ。でも、区でそういうのもしてるのかしら。病院でしてるのかしら」

「調べたらわかりますか?」


「今、ネットで調べてみる?なんで?お母さんが参加したいって?」

「いえ、おばあさんが」

「え?!理事長が?」

 私と先生が同時に驚いてそう口走った。

「はい。なんだか、ひ孫の世話をするんだって、今から張り切っちゃってて」

「あの理事長が」

 養護の先生が、口をあんぐりと開けたまま、呆けてしまった。


「うちの母親も、出たいって言ってたし、聖君のご両親も出たいって言ってました。特に、聖君のお父さんが」

「お孫さんの面倒を見たいって?」

「はい。お風呂も入れるって言い出してて、聖君と喧嘩してました」

「え?喧嘩?」

 小百合ちゃんと先生が、同時に聞き返した。


「聖君、絶対に凪の風呂は父さんにはさせないって言って、お父さんは絶対に俺も入れるって言って、2人とも一歩も譲らないって感じで…」

「そうなの?おほほ…。大変ねえ、今から」

 先生は笑いながらそう言った。


「でも、それだけ赤ちゃんが生まれるのを、楽しみにしてくれてるんですよね」

 小百合ちゃんがそう言うと、

「そりゃそうよ。私も楽しみだし、この高校の先生方もみんな、楽しみにしてるのよ?生まれたらぜひ、赤ちゃん連れて遊びに来てよ」

と先生が言ってくれた。

 そして、保健室からの帰り道、また私と小百合ちゃんは、ありがたいよねって言い合っていたんだ。


 で、今日は、父親学級当日。昨日の夜から聖君は、めちゃくちゃ張り切っていた。朝も、7時前に目覚め、

「俺、顔洗ってくる!」

とさっさと着替えて、一階に行ってしまい、部屋には戻ってこなかった。

 

 私はのそのそと着替えをして、のそのそと一階に行った。どんどんお腹が大きくなり、動きが鈍くなり、重たくなってきていて、もともとスローな私はますます、スローになっていっている。

「桃子ちゃん、ハムエッグでいい?」

「あ、あれ?聖君がご飯作ってくれるの?」


「うん。お母さん、今日出張エステだって。支度あるみたいだから、俺が朝ごはん作っちゃうよ」

 そう言うと、聖君は鼻歌交じりに朝食を作り出した。ああ、思い切りご機嫌だな。

「お父さんは?」

「もう出かけた。朝から遠出するって言ってたよ」


「遠出?」

「日帰りの出張だって。ほんと、大変だよね」

「そうなんだ」

 私は洗面所に顔を洗いに行った。そしてダイニングに戻ってくると、すでにハムエッグもトーストも、オレンジジュースやサラダまで、用意されていた。


「じゃ、食べようか!」

「うん。いただきます」

 聖君と一緒に、朝ごはんを食べだした。聖君はいつものごとく、美味しそうに食べている。

 そして聖君が食べ終わったころ、バタバタとひまわりが降りてきた。


「あ、あれ?お母さんは?」

 ひまわりはダイニングテーブルに着いた。ひまわりの席にもすでに、ハムエッグとサラダが置いてあり、聖君はトーストを焼き、オレンジジュースをコップについであげた。

「あ、お兄ちゃんが作ってくれたの?」

「うん」

「わあい!」

 ひまわりは嬉しそうに食べだした。


「フルーツも食べる?」

 聖君は私とひまわりに聞いた。

「ああ、私はいいや。もう時間ないし」

 そう言うとひまわりは、ハムエッグやトーストをバクバクと食べ、オレンジジュースをグビグビと飲み、

「ごちそうさま」

と言って、さっさと洗面所に行ってしまった。


「桃子ちゃんは?食べる?」

「うん」

 聖君はリンゴをむいて、持ってきてくれた。そしてまた、2人でのんびりとそれを食べた。

「いってきま~~す」

とその横を、ものすごい勢いでひまわりが走り抜けて行った。


「今日も元気だね、ひまわりちゃん」

 聖君、それ、心から言ってる?ちょっと毎回、実は呆れてたりしない?

 ま、いいけど。


「じゃあ、お母さんももう行くわよ。戸締り、しっかり頼んだわよ、桃子」

「うん。いってらっしゃい」

 母を玄関で見送った。聖君は母の重たい荷物を、母の車まで持って行ってあげていた。

「さ~~て」

 聖君は家に入ると、玄関のドアにかぎをかけ、そして私の肩に手を回し、リビングに連れて行った。


「2人っきりだね。思い切り、いちゃつく?」

 ブンブン。私は首を横にふった。

「もうそろそろ、保健所に行く準備しなくっちゃ」

「…ちょっとも時間ない?」

「聖君、沐浴の仕方、ばっちり覚えるんでしょ?」

「そうでした」


 聖君はそう言うと、2階に駆け上がり、スタジャンをはおって下に来た。

「じゃ、車、出してきちゃうね」

「うん」

 私も部屋に行き、上着を羽織り、それから玄関を出た。聖君はもう駐車場から車を出していて、助手席のドアを開け、私が乗るのを待っている。


 そして私が車に乗ると、聖君は運転席に乗り込み、車を発進させた。

「ああ、すげえ楽しみ」

 聖君はにこにこしている。私も一緒に行けるのが楽しみだ。きっと、今日来るお父さんの中で、一番若くて、かっこいいんだろうな。


 あ、でも、他の妊婦さんが、聖君に惚れたらどうしよう。

 なんつって。


 そして保健所に着き、会議室のようなところに通されると、そこにはもうすでに何組かの夫婦がいた。

「あ、桃子ちゃん」

「小百合ちゃん」

 小百合ちゃんのところに、聖君と行くと、小百合ちゃんの横にいた輝樹さんが、あきらかにほっとしたのがわかった。


「ね、また若いご夫婦が来たわよ。あのかっこいい子が旦那さんなのよね」

「まだ高校生くらいじゃないの?奥さんのほう」

 そんな話が聞こえてきた。

 すると小百合ちゃんが私のすぐ横に来て、

「私もここに入ったら、あれこれ言われちゃったの」

と耳元でこそっと話してきた。


「やっぱり、私たち目立っちゃうんだね」

と言いながら私は、周りの妊婦さんを見ると、あ、みんなの視線は聖君にくぎ付けになっていた。

 やっぱり。自分の旦那さんもほっておいて、聖君をみんな見てるよ。

 そんなのおかまいなしに聖君は、楽しそうに輝樹さんと話をしている。


 そして、保健婦さんがやってきて、沐浴の指導が始まった。旦那さんの数は7人。みんな順番に、重さが3キロもあるよくできた赤ちゃんのお人形で、沐浴の練習をさせられることになった。

 どの旦那さんも、すごく緊張しているようだ。

「うわ、けっこう重いんだ」

と、お人形を抱いて、驚いている人もいる。


 輝樹さんの番になった。するといきなり、小百合ちゃんはおもむろにビデオカメラをだし、撮影しだした。

 もしや、記念に撮ってるのかな?と思い、小百合ちゃんに聞いてみると、

「違うの。おばあ様が、絶対にビデオ撮ってきなさいって言うから」

と苦笑いをしながらそう言った。


 理事長が?

 ほんと、驚かされるよなあ。

 あ、私はそうだ!写メを撮ってプリントアウトして、凪の日記に貼っちゃおう!

 最後が聖君で、ずっとうずうずしていた聖君は、張り切って赤ちゃん人形を抱き、沐浴を始めようとして、ボト…。赤ちゃんをベビー用のバスタブに落っことしていた。


「あらら」

 保健婦さんが、

「本当の赤ちゃんだと、もっと滑りやすいんですよ。本当に注意して、いれてあげてくださいね」

と聖君を注意した。

「はい」

 聖君は沈んだ顔でそう返事をした。あ、かなりへこんじゃった?


「じゃ、もう一回最初から、やってみましょう」

 保健婦さんにそう言われ、聖君は気を取り直し、もう一回最初から沐浴の練習をし始めた。今度は真剣な顔つきだし、すごく注意しながらやっている。

 これだ!私は携帯で写真を撮った。聖君は手を止めて、一瞬こっちを見たけど、また赤ちゃん人形のほうを見て、緊張しながら沐浴させた。


「かっこいいのね~、あなたの旦那さんでしょ?」

 隣にいた人が、小声で聞いてきた。

「は、はい」

「若いのね。今いくつなの?」

「私は17で、彼は18です」


「ええ?じゃ、まさかまだ、高校生同士?」

「あ、彼は大学生です」

「そうなの。もう籍は入れたの?」

「はい」

「そう~~~」


 その人のお腹は、私よりもずっと大きい。

「今何か月?」

「7か月になります」

「じゃ、まだ大変じゃないわね。私は9か月。もう夜寝る時も上を向いて寝れないし、トイレは近くなったし、大変なのよ」

「そうなんですか?」


「この近くに住んでるの?」

「はい」

「また会えるといいわね」

「母親学級は?」

「私は今回が最後なの。産院はどこ?」


「すぐそこの青木産婦人科です」

「あら、一緒だわ。じゃ、検診とかで会えるかもしれないわね」

「はい」

 そんな話をしている間に、聖君の沐浴の練習は終わってしまった。

 あ、全部見ていたかったな。


 パチパチパチ。なぜだか、聖君が終わって、保健婦さんに赤ちゃんの人形を返すと、みんなから拍手が起こった。

 保健婦さんの話をそのあと聞いて、父親学級は無事に終わった。

「上手だったわよ~。うちの旦那さんよりも」

「若いのに父親学級に来て、えらいのね」

「かっこいいパパになるわね」

 そんな言葉を妊婦さんたちは思い思いに聖君に言うと、旦那さんと会議室を出て行った。


「はあ。なんか、緊張した」

 聖君がため息をついた。

「ほんとだな。練習でもこんなに緊張するんじゃ、赤ちゃんなんて、実際沐浴させてあげられるのかな」

 輝樹さんがそう言うと、

「父さんが、やらなきゃいけないって時が来ると、できちゃうもんだよって言ってましたよ」

と聖君がそう言った。


 それから、4人で近くのファミレスに入った。そして、和気あいあいと話をして、別々の車にお互いが乗り込み、お互いの家へと帰って行った。


「疲れたかも…」

 家に着くと、聖君はそう言って、私を玄関まで送ってくれて、

「じゃ、このまんま俺、車で大学行っちゃうから」

とまた玄関を出て行ってしまった。

「いってらっしゃい」


 私は玄関から手を振った。聖君もニコって笑い、車に乗り込み、行ってしまった。

「なんだ~」

 2人きりだし、ちょっとリビングでいちゃついてから大学行くのかと思ってたのにな。

 寂しいな~~~。


 帰ってくるまで、聖君のセーターでも編みながら、おとなしく待ってるとするかな。

 そう。凪のはいろいろと編めちゃったから、今は聖君のセーターを編んでいる。聖君と一緒に毛糸は買いに行った。聖君が自分で選んだ毛糸だ。なかなか渋い感じのセーターになりそうだ。


「ただいま~」

 母が帰ってきた。

「おかえりなさい」

 リビングから玄関に出迎えに行った。

「どうだった?父親学級は」


「聖君、緊張しながら沐浴の指導を受けてたよ」

「あら、そうなの?」

 母は荷物を片づけに行き、それからリビングのソファーに座った。

「お茶入れるね」

「ありがとう、桃子」


 私は渋めの日本茶を淹れて持って行った。

「は~~。美味しい」

 母がお茶を飲んで、ため息をついた。

「それで、どう?聖君はちゃんと凪ちゃん、お風呂に入れてあげられそう?」

「う~~ん、お母さんのほうがいいかも」


「え?なんで?」

「一回、赤ちゃんの人形落としてたし」

「そんなに緊張してたの?」

「さあ。あれは緊張じゃないと思うけど」


「大丈夫よ。本物の赤ちゃんならもっと、気を付けるから。それに、お母さんだって沐浴の仕方なんて忘れたわよ。だから、あまり頼りにならないわよ」

「そうなの?」

「でも、じじばば学級だってあるんでしょ?あれに参加しておくわよ」

 なるほど。世話がしたくてじゃなく、どう世話するかをすっかり忘れちゃってたから受けたかったのか。


 う~~ん。私は2人も育てた母に、かなり期待していたのにな。こうなったら、聖君のご両親に期待するしかないかな。

「さて、もうちょっとしたら、夕飯の準備しなくちゃね」

「私も手伝うよ」

 私は母とあれこれ話しながら、夕飯を作った。


 父がめずらしく早くに帰り、3人で夕飯を食べた。父は凪をお風呂にいれたいようで、今日の沐浴のことを、あれこれ私から聞き出そうとしていた。

「でも、実際に練習したのは聖君だし、聖君に聞いたほうがいいよ」

と言うと、父はそうかと言って、にんまりとした。


 あ、でも。聖君、お風呂にどっちが入れるかですでに、聖君のお父さんと喧嘩してたし、うちの父までが凪をお風呂に入れると言い出したら、父とも喧嘩になっちゃうかしら。

 と、思ったりもしたが、そんな心配はまったくいらなかった。


 聖君が帰ってくると、嬉しそうに父は出迎え、さっそく今日の沐浴の指導はどうだったかと聞いた。

「赤ちゃん、3キロって重いんですね。ちょっと俺、ちゃんと凪をお風呂に入れられるか心配になっちゃいました」

「わかるよ。僕もそうだった。でも、毎日入れてたら、まったく大丈夫になっちゃうから」


「そうですか?あ、お父さんは桃子ちゃんをお風呂に入れてあげたりしてたんですか?」

「うん。ベビーバスにも入れてあげてたよ」

「じゃ、経験がある分、俺よりも上手でしょうね」

「ははは、どうかな。まあ、入れてみたら思い出すかもしれないなあ」


「じゃ、最初のうちはお父さんに入れてもらおうかな」

 え?!

「そうかい?うん。いいよ、引き受けるよ」

 ちょ、ちょっと?聖君、凪は俺が絶対に入れるって、この前聖君のお父さんには言ってたじゃない。父さんには入れさせないって…。


「ああ、なんか、人形だって言うのに、緊張したな。一回落としちゃったし。あれが凪だったら大変すよね」

「大丈夫だよ。まあ、僕が見本を見せてあげるから、それから凪を入れるようにしたらどうかな」

「はい。そうします」

「はははは」

 ああ、父はものすごく上機嫌になった。それと反対に聖君はうなだれている。


 あんなに楽しみにしていた父親学級。そんなにへこんじゃったの?

 グニ~~。あ、凪がお腹で動いた。まさか、聖君の姿を見て、がっかりしてるとか?いや、逆に慰めたいとか?

 わかんないけど、自信満々だった聖君がいきなりしょげちゃったのは、ちょっと私は驚きだった。…まる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ