11月○日 まだまだ安定期?
桃子と聖の、その後を書きます。妊婦時代のラブラブ、ほのぼの生活の日記のような感じなので、あまりストーリー性はありませんが、よかったらお付き合いください。
11月のとある朝、行ってきますと玄関を出ようとしたら、聖君が玄関にやってきて、
「桃子ちゃん、駅まで一緒に行こう」
と言い出した。
「え?大学は?」
「今、携帯で調べたら休講だって」
「いきなりその日、休講になったりするの?」
「なるよ。教授の都合でいくらでも」
そうなんだ。大学ってそんななの?
玄関を開けた。少し肌寒いくらいの空気だ。
聖君と朝、こうやって腕を組んで駅まで行くの、どれくらいぶりかな。ちょっと嬉しい。
「公園の銀杏の木、すっかり黄色くなったね」
「うん、今が1番綺麗かも」
「どっか、紅葉見に行きたいね」
「ドライブ?」
「あ、いいね。今度の土曜に行こうか」
「デート?」
「うん」
「嬉しい!」
もう妊娠6か月になって、制服のスカートもきつくなり、ジャンパースカートを履いている。それに聖君がちゃんと、妊婦だってわかるよう、お腹に赤ちゃんがいますって書かれてあるバッジを、学生かばんにつけてくれた。
ジャンパースカートの上に、ボレロは着れないので、紺のカーディガンをはおったり、寒いと薄手のコートを着ている。
でも、カバンは学生かばん。だけど、カバンには妊婦のバッジ。周りからは、ちょっと驚きの目で見られることもあるし、好奇の目で見てくることもある。
「あら、まあ、今日は旦那さんが一緒なのね」
後ろから声をかけられた。聖君と振り向き、私はちょっとお辞儀をした。
「じゃ、駅までは旦那さんが守ってくれるから一安心ね」
おばさんがそう言って、にこにこしながら私たちを抜いて歩いて行った。
「なんか、あのおばさん、見覚えあるけど」
聖君が言った。
「覚えてた?前によく、ぐちぐち言ってたおばさんだよ」
「え?」
「朝から腕なんか組んで~とか、最近の若いのは~~とか、大声で私たちを見て言ってたでしょ?」
「ああ。思い出した。嫌味をいつも言ってたおばさん。あれ?なんか今日は、やけににこやかじゃなかった?」
「妊婦のバッジをつけたらね、あなた妊婦さんだったの?って声をかけられて、ちょうどその日、電車が人身事故で遅くなってて、すんごい人が駅にあふれてて、あのおばさん、周りの人が私にぶつかってきたりしないように、守ってくれたんだよね」
「え?そんな時あったの?なんだよ、なんで桃子ちゃん俺に電話しないの。車で送って行ったのに!」
「あ、それだったら大丈夫。小百合ちゃんがうちの車に乗っていってって、メールをくれて、乗せてもらえたから」
「…そうだったんだ」
あれ?聖君、口とがらせたけど、もしやいじけた?
「それに、聖君、多分車で出たあとだと思うよ?」
「途中で引き返してでも、桃子ちゃんを迎えに行った!」
あ、いじけたんじゃなくて、すねたのか。
「それで、あのおばさんと仲良しになったの。毎朝会うと、駅まで一緒にいてくれて、守ってくれるんだよね」
「守るって何から?」
「たまに駅まで走ってくるおっさんとか、学生とか、追突してくることあるから。おばさん、身をていして守ってくれたり、たまにこの子は妊婦なんだから、気をつけなさいよって、大声で怒ってくれたり」
「…ありがたいけど、大声でっていうのはどう?」
聖君が苦笑いをした。
「私もはじめ、恥ずかしかったの。でもそれからは、周りの人がぶつからないよう注意してくれるようになったんだよ」
「え?そうなの?」
「うん。たいていが同じ人ばかりじゃない?朝って。私が妊婦だってこと、みんなもうわかってるから」
「なんか言って来るやつはいない?」
「陰でこそこそ言ってる人はたまにいる」
「どんなこと?」
「高校生で妊婦なの?って、感じのこと」
「どうしてんの?桃子ちゃんは」
「無視してる」
「…たくましいね」
「え?」
「桃子ちゃん、ほんとたくましくなったよね」
「そりゃあ、そのくらいでめげてたら、凪のこと守れないもん」
「…凛々しいな~~。男らしいよ、桃子ちゃん」
「それ、褒め言葉?」
「もちろん」
「…」
そうかな。
駅に着くと菜摘がすでにいて、
「あれ?兄貴、大学さぼり?」
と聞いてきた。
「休講なの!」
「それで、桃子のこと送ってきたの?なんでそんなに、いまだにラブラブなわけ~~?熱いね~~」
「うっせえよ。お前こそ、葉一と今度温泉行くって」
「葉君のお母さんも一緒にだよ!」
菜摘は聖君の言葉に、顔をあからめながらそう言い返した。
「よかったじゃん」
「う、そうかな。今から緊張してるんだけど」
確かに。菜摘、すでに顔が引きつってる。
「あ、じゃあ何?お母さんと菜摘が同室?」
「うん」
「葉一は一人?」
「多分」
「じゃ、エッチなしの旅行?うわ。葉一かわいそ!」
バチン!!
菜摘が聖君の背中を思い切りたたいた。
「いって~~~!」
聖君が背中を押さえ、前かがみになった。
「兄貴!その発言はセクハラだよ!」
「なんだよ。兄妹なんだから、セクハラでもなんでもないだろ?」
「兄妹でも、デリカシーってものがあるでしょ!そういうこと平気で言わないでよっ。もう信じられない。こんなこと平気で言うような兄貴で、桃子も幻滅したでしょ?」
「……」
私は黙り込んだ。なにしろ、聖君がスケベ親父だってことは、前から知ってるし。
「兄貴、そんなことばかり言って、桃子に嫌われて捨てられても知らないからね!桃子、行こう」
そう捨て台詞を残し、菜摘は私の腕をつかみ、改札を抜けた。私は振り返って聖君を見た。あ、顔が青ざめてる。
「送ってくれてありがとう」
私がそう言って笑って手を振ると、聖君はほっとした顔をして、手を振りかえした。
菜摘は聖君に何も言わず、また私に、
「行こう、桃子」
とふくれっつらをして、エスカレーターに乗った。
「ほんと、信じられない。桃子も幻滅したでしょ?」
「…葉君って、ああいうエッチな発言することないの?」
「ないよ。言うわけないじゃない」
「まったく?」
「兄貴言うの?」
「う、うん。けっこうスケベ親父だよ」
「げ~~~~。そうなの?ああ~~。なんか兄貴のイメージが今、がらがらと音を立てて崩れていく」
私と菜摘は電車のドアが開いたので、乗り込んでシートに座った。
「菜摘にとって、聖君ってどんなイメージなの?」
気になり聞いてみた。
「一見クール。でもそうじゃないってのはもうわかってた。けっこうあほなガキっぽいところがあるのも、知ってた。だけど、その辺の男とは違って、あまりああいうエッチなこと言うとは思ってもみなかった」
「そうなの?」
「桃子は?桃子だって思ってもみなかったでしょ?幻滅してない?兄貴のこと」
「全然」
「全然?」
「うん」
「…御見それしました」
菜摘がそう言って、頭を下げた。
いや、頭を下げられても。それに私、そんなエッチなことを言う聖君も、かわいいって思うことあるし。
って、こんなだから、聖君に、桃子ちゃん変態だって言われちゃうのか。
それにしても、駅でたまにこそこそと何かこっちを向いて話してたり、電車の中でもちらちらと見られることはあるけど、学校ではみんな、あったかく接してくれてありがたいよなあ。
先生方もだけど、事務の人たちや、PTAの役員さんも、会うと「お腹の赤ちゃん元気?」って声をかけてくれる。
私だけじゃなく、小百合ちゃんもみんなからあったかく見守られていて、よく2人で、本当にありがたいよねって話してるんだ。
特に、マスコミが騒いだりすることもないし、親御さんが文句を言いに来ることもないし。
「おばあさまが言ってた。PTA役員さんがかなり、頑張ってくれてるんだって」
「え?どういうこと?」
「やっぱり、いろんな抗議の電話もあったし、じかに学校に来る親もいたみたいだよ。でも、先生方だけじゃなく、PTA役員が直接話をしにいってくれたりしてるんだって」
「そうだったの?」
お昼を食べてる時、小百合ちゃんがそう教えてくれた。
「すごいね。綿貫会長、さすがだよね」
菜摘がそう言うと、苗ちゃんが、
「椿のお母さんも頑張ってるんじゃない?」
と椿ちゃんに聞いた。
「うん。お母さん、小百合ちゃんも桃子ちゃんも、絶対に元気な赤ちゃんを産んでほしいし、そのためならひと肌でもふた肌でも脱ぐとか言っちゃって、やたら張り切ってるの」
「へ~~~」
ほんと、人って変わるもんだな。
「すごい味方をつけたんだね」
菜摘がそう言うと、
「私たちだってみんなが、味方だもんね」
と果歩ちゃんがそう言ってくれた。
「ありがとう」
小百合ちゃんが涙ぐみながら言った。私もじ~~んってして、鼻水が出そうになり、ズズってすすった。
「泣いてるの?」
菜摘が聞いてきた。
「う、だって」
私が言葉を詰まらせると、
「あはは。こうだから、みんな守りたくなるんだよね、2人のことをさ」
と菜摘が笑った。
あ、この笑い方、聖君に似てる。最近よく、菜摘と聖君がかぶって見えるんだ。似てるんだよね。やっぱり、兄妹だよね。
これ、前なら菜摘に言うと、喜んでたけど、今日はどうかな。聖君にかなり幻滅してたみたいだし。今日は言わないでおこうかな。
その日、聖君は早めに家に帰ってきた。
「おかえり~~。早かったね!」
私が喜びながら玄関まで出迎えると、
「だって、桃子ちゃんに早くに会いたくて」
と聖君は抱きしめてきた。
「ぎゅ~~~~~」
しばらく玄関で抱きしめあい、それから揃ってリビングに行った。
この二人のハグを、最近は母も邪魔しなくなった。聖君が帰ってきた時、出迎えに行くのは私だけになり、みんなダイニングにいたり、キッチンにいたりして、部屋に入ってきた聖君に、
「おかえりなさい」
と言っている。
「聖君、お風呂入るでしょ?」
「はい」
母に聞かれ、聖君はうなづいた。
「あ、もう洗面所に聖君の着替え、用意してあるから」
私がそう言うと、
「いつもサンキュー」
と言って、聖君は私とお風呂場に行った。
お腹が大きくなっても、一緒にお風呂に入れないものか…。と、考えた聖君は、時間差でお風呂に入ることを編み出した。まず、一緒に入って、聖君が私の体や髪を洗ってくれる。そして私がバスタブに入ってる間、いつも豪快にさっさと洗っているのを、ゆっくりめに聖君は体と髪を洗う。
それから私がバスタブを出ると、聖君がバスタブに入る。そして私は、先にお風呂から出る。
私が体を拭き、着替えをして、髪をその場で乾かしている間に、聖君はお風呂から出てくる。出てきた聖君に私はいつも、クラッとしながら、背中とか拭いてあげちゃったりしている。
今日の聖君も、かっこいい!と心の中で騒ぎながら。
「なんかさあ、俺も桃子ちゃんの体拭いてあげたいのに、それができなくなったのが残念で」
「でも、体は今も洗ってくれてるよね?」
「そうなんだけど、体拭くのもしてあげたいのにな」
…なんで?
「あ~~あ」
ため息までついてるし。
「拭いてもらうのはあまり好きじゃないの?」
「え?まさか。嬉しいよ。でも桃子ちゃん、背中しか拭いてくれないじゃん」
「え?」
「まあ、かがむのは大変だから足はいいけど、せめて胸とか、腕とか、拭いてくれても」
したいけど、恥ずかしかったからしなかったのに。
「でもあれか。お腹の大きな桃子ちゃんに、そんなこと頼むのも悪いか」
「だ、大丈夫だけど」
「まじで?」
あ、聖君の目、輝いた。
「じゃあ、はい」
聖君がこっちをぐるって向いた。ひゃあ。聖君のたくましい胸、じかに見ちゃった。いや、見慣れてはいるけど、でもドキッてしちゃったよ。
「聖君、また体引き締まった?」
「わかる?」
「筋トレ?」
「うん。父さんがまた新たに買ってきちゃって」
「筋トレグッズ?」
「そう。お前も赤ちゃんの世話、大変なんだから、今のうちに鍛えておけって。そんなに大変なの?って感じじゃない?」
「だよね」
「…引き締まった体、どう?」
「え?!」
いきなり聖君に聞かれ、私は真っ赤になった。
「あ、真っ赤だ」
「も、もう~~。いきなり変なこと聞いてこないで」
「なんで?ただ、どうかなって思って聞いただけなのに」
「…どうって、えっと。か、かっこいいなって思ったけど」
「そんだけ?」
「…」
ドキッてしちゃったとか、うっとりとさっきも、体洗ってる姿見てたとか、そんなこと言えないよ。
ムギュ。あれ?いきなり聖君、抱きしめてきた。
「明日、学校休みだよね?」
「うん、土曜日だもん」
「じゃ、ちょっと夜更かししても平気だよね?」
「え?」
「まだまだ、安定期だよね?」
「う、うん」
「部屋行って、いちゃつこうね」
また。そんなこと言って。
「あのね、そういうこと言ってるって、もし菜摘が知ったら、もっと幻滅されちゃうよ?」
「いいよ。菜摘に幻滅されても。っていうか、こんな会話してるの、ばれるわけないし、大丈夫だって」
「…」
「ただ…」
ただ?あれ、聖君黙り込んだ。
「なあに?聖君」
「桃子ちゃんに幻滅されるのは、俺、かなり痛手かも」
「…私が、幻滅?」
「うん」
「聖君がスケベ親父で?」
「う、うん」
「そんなの前からわかってたし…。今さらだけど?」
「だ、だよね」
あれ?でも、声沈んでない?
「聖君がスケベ親父でも、エッチでも、私が幻滅することなんて、地球がひっくり返ってもありえないから、安心して?」
「……」
あれ?まだ黙ってる?
「むぎゅ~~~~」
あ、むぎゅ~~の声が浮かれてる。聖君。
「もう、桃子ちゅわんってば、ほんと、俺に惚れすぎ~~~」
私の髪に頬づりをすると聖君は、さっと私から離れ、
「急いで着るから、部屋に行っていちゃつこうね。ああ、本当はこのまま裸ですっとんで行きたいくらいだけど」
とそんなことを言った。
「リビングにお父さんもお母さんもいると思うから、それはやめて」
「うん」
聖君はお尻や足がまだ濡れてるのにもかかわらず、パンツとスエットを履いて、長袖Tシャツをかぶりながら、洗面所を出た。そして、リビングにいる母と父に、
「お先でした!」
とわけのわからない挨拶をして、私の手を取って2階に上がった。
部屋に入ると、またいきなり豹変。
「桃子ちゅわ~~~~~ん」
と言いながら抱きついてくる。
「日記は?」
「あとで」
「髪濡れてるよ」
「そうだった」
聖君はドライヤーで、わしゃわしゃと髪を乾かし、
「あ、桃子ちゃんも半渇きだったね」
と私の髪は丁寧に乾かしてくれた。
そして、後ろから抱きしめてきて、
「桃子ちゃん。今日もすげえ可愛い」
と耳元でささやいた。
ボボ!もう何万回も言われてるだろうけど、いまだに顔が赤くなってしまう。
聖君はドライヤーとブラシを床に置くと、私をベッドに寝かせた。
「お腹張ってきたりしたら言ってね」
そう言うと、優しくキスをしてくる。
そう。相変わらず聖君は、優しい。キスも優しいし、触れる手もすごく優しい。そして私はそのたびに、とろけそうになっている。
「聖君」
「ん?」
「大好き」
「うん、俺も愛してるよ」
夜更かしOKだよねって言った日は、決まって聖君は時間をかけて愛してくれる。でも、お腹が大きくなってきてるので、時々、お腹張ってない?大丈夫?と聞いてくれる。
それに、私の上には絶対に乗らないし、体重をお腹にかけるようなことは絶対にしない。抱きしめるのも、そっと優しくだ。
そんな優しさが伝わってきて、それだけでも私は、溶けそうになる。ああ、聖君、優しい。ああ、聖君が愛しい。そんな思いでいっぱいになり、ものすごく幸せを感じる。
聖君は腕枕をしてくれた。私は横を向き、聖君に抱き着いた。
「安定期ってところで、いつまで?」
聖君は天井を見たまま、そう聞いてきた。
「さあ?」
私は、聖君の首にキスをしながら答えた。
「あ、桃子ちゃん、そこくすぐったい」
そんなことを言われてもやめないで、キスをした。
「…桃子ちゃん、くすぐったいって言うの聞いてた?」
「うん」
仕方なく、聖君の首筋から唇を離した。
「で、安定期っていつまで?まさか、臨月まで平気ってことはないよね」
「…わかんない」
「まさかな~。先生に聞けないしな~~」
私は今度、聖君の耳たぶにキスをした。
「も、桃子ちゃん、耳、弱いんだってば」
聖君がそう言って、くすぐったいって顔をした。う。その顔がかわいくて、つい耳にキスをしてしまう。
「桃子ちゃんさ、絶対にあれだよね」
「え?」
「…」
「何?」
「俺のこと、襲ってくるようになったよね」
「襲ってない」
「今、襲ってるって」
「これは違うもん。ただ、キスしてるだけだもん」
「俺にキスしたいの?」
「う、うん」
「……」
聖君が、流し目を使って私を見た。
「なに?」
「もう、エッチなんだから~~」
「え?」
「でも、エッチの桃子ちゃんも俺、愛してるからね!いくらエッチになっても幻滅しないから安心して」
そう言って、聖君はチュッてキスをした。そして、
「地球がひっくり返るくらい、どんなに桃子ちゃんがエッチになっても、幻滅しないからね」
とそんなことを言った。
「そそそそ、そんなにエッチにならないも~~ん」
「あはははは!」
もう、思い切り笑ってるし。だから、言動と笑顔が一致してないんだってば。なんでそんなにいつも、爽やかに笑うのよ。
って、そんなこんなで、今日も甘く、とろけるように夜はふけて行くのであった。まる。