表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

踊らされたのは

作者: yuris

彼女はいつも俺を笑っていた。

それがどんな笑みなのか俺には分からない。ただ彼女はいつも哲学的なことを言って俺を困らせ、笑っていたのだ。

彼女は病を抱えていた。医者に言わせると、不治の病だそうだ。ただそれでも、彼女は嘆き悲しむような素振りは見せなかった。

病室のベッドに横たわり、彼女は今日も俺を笑う。

「ねえ翼、知ってる? この世には事実と理想しかないの。でもね、均等じゃないの。事実の方が優先順位が上なのよ? どんなに夢見がちな人間も事実を一番に考えている。例えばそうねえ、ある男の子がある女の子を好きだとします。その男の子は女の子に振り向いてほしいと考えるけど、自分に振り向いてくれないのを分かってる。そんな感じかしら?」

「……難しいこと言われても分かんねえよ」

彼女がどんな簡単な例え話をしても、俺は毎度のことそう答える。分かったとしても、そう答える。俺が分かったなんて言った日にゃ、彼女は「つまんないわね」と言って一日中話をしてくれないからだ。

彼女は、俺が悩むのを愉しんでいる。

彼女は昔っから病弱で、病院の外を知らない。知ってるのは調子の良い日に限って出られる病院の庭だけだ。

俺と彼女は家族絡みの付き合いで、世間でいう幼馴染ってやつだ。俺は小さい時から病院に通いつめて、彼女に花やら絵やらを贈っていた。今はもう、しないけど。

「分かんないの? ううん、そうだなあ。もっと身近な例えにしましょうか」

彼女はくつくつと笑って、俺を人差し指で指した。

「翼は私があと何日生きられると思う?」

「っおい!」

勢い余って立ち上がる俺に、彼女はまたくつくつ笑って「冗談よ」と言う。俺は彼女に振り回されてばっかりで、情けない気がした。

「でもね、きっと私明日には死ぬわ」

「な、何言ってんだよ! お前は絶対治るんだ。治って、一緒に学校行くんだよ……」

「優しいのね、翼は」

俺は彼女の手を握った。誰でもない、俺の不安を掻き消すためにだ。悔しいけど、こんなことしても彼女は至って冷静。彼女の行動に俺は喜んだり悩んだりさせられるのに。

俺は彼女のために何ができる? 何をしてやれる?

当てもなく前だけを向いて全力疾走してきたつもりだ。彼女に尽くしてきたつもりだ。

でもどうだろう、振り返った時、そこには何も残っていない。

彼女のためだと思ってしてきたことは、俺の自己満足でしかない。

何度答えを追い求めても、それに手は届かない。

俺の道に在るのは、彼女の意地悪な笑顔の残像だけだ。

「翼、私ずっとあなたを振り回してきたけど、すごく楽しかったわ」

そんなこと言うなよ、まるで“最期”みたいじゃないか。

「あなたって見ていて飽きないんだもの。おかげで長生きできた」

ならまだ俺を見てろよ。俺が困る様を見て笑ってくれよ。

俺、まだお前に言いたいこと、いっぱいあるのに――――

「今日はもう帰りなさい。おばさん心配するでしょう?」

「……じゃあ、またな」

俺の言葉に頷いてくれるだけでも良かったのに、またねって返してくれれば良かったのに。

彼女はまた意地悪く、くつくつと笑うだけだった。


     ☆


その翌日、彼女は亡くなった。

最期に何を言うでもなく、看護婦さえも呼ばずに、病室で一人亡くなったそうだ。

誰にも看取られず死んだあいつは、何を思っていたんだろうか。

ずっと俺を笑っていたのか、はたまた己の体を恨んだのか。

俺にはあいつの考えていることが一つも分かりゃしない。ただの一つも、分からない。

俺や自分のことをどう思っていたかも、外をどう思っていたかも。

――もし、もしも。あいつが言っていたことが本当なら。そうだとしたら、事実とか理想とかひっくるめてこの世界が一番残酷だと俺は思う。

果たして、本当に振り回されていたのは。俺か、あいつか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ