3-3 オアシスに潜む悪意
明朝、新たにアリシアを同行メンバーに加えたアイーダたちは、早速バックヤードに向けて出立することにした。
アルフォンスが空中に投影した地図を皆で取り囲みながら、アイーダが口を開く。
「最短ルートなら、半日程度で目的地に到着することも可能だけど……」
『非推奨:該当ルートの付近一帯は、近年脅威度の高いミュータントが出没する危険区域に指定されている。非戦闘員二名を同道しての通行は著しく困難を極めることが予想される』
「あはは……仮にわたしが自分のMACHOを使役できたとしても、そこを通り抜けるのはちょっと勘弁したいですね」
遠慮がちにアリシアが苦笑する。
余談だが、この時代、馬や車といった旧文明の乗り物は、使われたとしても精々街中でしか見かけることはない。兵器、移動手段、労働力――あらゆる面の利便性でMACHOが上位互換であり、こと街の外に関しては、MACHOなしに出歩くなど自殺行為に等しい。
かれこれアイーダも、人員運搬用の小型キャリアーを昨晩の内に調達しており、それをアルフォンスに取り付けることでCボゥイやアリシアを運ぶつもりでいた。
「となると、安全を第一優先とした迂回路経由一択になるけど……こちらのルートを選択した場合、終日走り通しでようやく目的地に辿り着くのが、早くて日没後になる見通し。幼いシィの体力も考慮すると、行程を二日に分けて、今晩はどこかで野営できる場所を見繕う必要があると思う」
「う?」
自分の名前に反応して顔を上げたCボゥイに微笑を返しつつ、アイーダはアルフォンスに問う。
「どう? 途中で休むのに手頃な場所はありそう?」
『不明:我々があまり利用しないルートゆえ、当該エリアの詳細な地形データが不足。ミュータントの分布が少ないという統計データ以上の安全面の保障はできない』
「あ、それならわたし、いい場所知ってます」
と言ったのはアリシアで、彼女は地図上のあるポイントを指差した。
「運び屋時代によく利用していた穴場なんです。小さなオアシスと、その近くに風雨をしのげる洞穴がある絶好のスポットなんですよ。今から向かえば、お昼に休憩を挟んでも夕方には現地に到着できると思います」
「なるほど……」
アリシアから提供された情報を吟味し、アイーダは決断を下す。
「……よし。それじゃあ、今日の所はそのオアシスを目指して出発するとしよう。――シィ。体調が悪くなったら無理せずわたしたちに伝えること。OK?」
「あい!」
ぴっと真っ直ぐ挙手して応えたCボゥイに和やかな笑いが生まれる中、一行は一夜を明かした隊商宿を後にするのだった。
〇+
無限に広がる荒野の只中を、アイーダ駆るアルフォンスは疾風のように砂塵を巻き上げながら黙々と前進した。
道中はこれといった障害もなく、時々エンカウントする小型ミュータントを適宜退ける程度の順調な道程だったこともあり、目的のオアシスには想定よりも早い夕刻前に到達することができた。
「この分なら、もう少し頑張れば今日中にバックヤードまで行けたかも」
泉の畔にある木陰で、Cボゥイたちを乗せたキャリアーを地に降ろしながらアイーダが素直な所感を漏らすと、
「いやいや、無理は禁物ですって」
座りっぱなしでお尻が痛そうに立ち上がったアリシアが、眼前で小さく手を振りながら異見を述べてきた。
「夜間は視界が悪くなりますし、夜行性の危険なミュータントもそろそろ活動を始める頃合いです。……それに、そうやって身の丈に合わない強行軍に臨む見通しの甘いWIMPは、乳狩り連中にとって正に格好のカモ。余裕のない所をつけ込まれて足を掬われるのがオチですよ」
神妙な面持ちで早口にそう捲し立てると、アリシアは矢庭にペロッと舌を出しておどけて見せる。
「……なーんて、偉そうなこと言ってすみません。実際のところは、身を以て学んだ手痛い教訓に過ぎないんですけど。あはは」
「……貴重な意見、参考にさせてもらうわ」
笑うに笑えないアリシアの体験談に何とかそう切り返すと、アイーダはアルフォンスから降りて彼をヒューマノイド形態に戻し、暗くならない内にキャンプの設営に取り掛かることにした。
〇+
夜は更け、草木も眠る丑三つ時。
見張りはアルフォンスに任せて床に就くアイーダたちであったが、寝静まる一行の中で、ただ一人、唐突にもぞもぞと蠢き出す存在があった。
「……しっこ」
Cボゥイである。
就寝中に、ふと耐え難い強い尿意を催して目を覚ました彼は、やむなく用を足しに身を起こすことにした。
「……(チラ)」
一瞬、アイーダに声をかけようかと迷ったCボゥイだったが、よく眠っている様子の彼女を起こしてしまうのは子供心にも忍びなく、最終的に自分一人で行動する決意を固める。
ふらふらと洞穴の外に向かおうとするCボゥイに、彼の起床に気付いたアルフォンスが質問を投げかける。
『確認:一人で大丈夫か? 要請があれば当機が同行するが?』
「……(ふるふる)」
首を小さく横に振って、一人で問題ない旨をアルフォンスに伝えると、Cボゥイは岩陰に隠れた茂みに向かってとことこ歩いて行った。その辺りが、あらかじめみんなで決めておいたトイレスポットになっていたからだ。
周りから見えない場所に移動したCボゥイは、アイーダの言い付けを守り、立ち小便ではなく女性と同じようにしゃがんで放尿を始める。
「はふー」
しばしの間、排尿の心地よい解放感に満たされるCボゥイであったが。
「ハハッ、出てる出てる。どうやらあたしが盛った利尿薬が効いたみたいだね」
目の前に生い茂った草むらから、突如、ぬっと人の顔が飛び出してきた。
「ひゃあっ!?」
びっくりした弾みでバランスを崩し、見事にすってんころりと尻餅をつくCボゥイ。
いまだ小水を放ち続けている彼の股間の一物を、件の闖入者は血のように真っ赤なルビーの瞳で嬉しそうにまじまじと眺めていた。
「あは♡ ほんとにおちんちん付いてる! まさかとは思ったけど、やっぱり見間違えじゃなかったんだ!」
興奮冷めやらぬ様子で、尿が止まりつつあるそれに手を伸ばそうとする闖入者。
彼女の手が今にもCボゥイの象さんに触れようとした矢先。
「――ようやく本性を現したわね、この女狐」
彼の首根っこを何者かがむんずと掴み、闖入者の魔の手から引き離すように遠ざけた。
獲物を奪われた闖入者は、邪魔者の介入に気を悪くした様子もなく、はっと鼻で笑って肩をすくめて見せる。
「……そっちのお姉さんには睡眠薬を盛ったはずなんだけどな。それを看破するなんて、なかなかどうしてやるじゃない」
そう言って闖入者が顔を上げた先には、感情のない冷徹な目で彼女のことを見下ろすアイーダと、保護したCボゥイを肩に乗せているアルフォンスの姿があった。
「あなたがわたしたちに何か良からぬ隠し事をしてるのは、昨日の段階で既に分かってたから。そういうわけで――アリシアさん。観念して、その目論見、ここで洗いざらい吐いてもらうわよ」
無感情に告げるアイーダに、闖入者――前髪を上げ、目元を晒したことで、別人のように雰囲気が一変したアリシアは不敵な笑みを返す。
「……あー、しくじったな。当初の予定通り、まずはMACHOをいただいてからボーナスに有り付けばよかったや。急いては事を仕損じるとか、大昔の人はうまいこと言う――ね!」
言うや否や、アリシアは素早い身のこなしで跳躍を繰り返し、泉の真ん中にぽつんと突き立った石柱の上へとあっと言う間に移動してしまう。
その動きは俊敏そのもので、全く油断していなかったにもかかわらず、アイーダは完全に出し抜かれる形となった。
「速い……!」
「バレちゃったのなら仕方がない……――エル! 出ておいで!」
『ま゛っ!』
直後、水面を割って中空に飛び出す巨大な物体。
アリシアの傍らに舞い降りたそれは、黒瑪瑙の装甲で身を固めた独特の風貌を持つMACHOであった。
目隠し風のバイザーにボールギャグ風のマスクといったその異様な出で立ちは、拷問を受ける奴隷のような印象を見る者に与えた。
「エル……ということは、まさか……!」
「へえ? その口振りだと、今のであたしの正体にも勘付いたみたいだね」
驚愕するアイーダに突き付けるが如く、アリシアは高らかに宣言する。
「そうさ! バオルタイプの一体――Eのエルンストを手中に収めた乳狩りの賞金首、ゲルダ・ベルンハルトたあ、このあたしのことよ!」




