3-1 アリシア
女性は名をアリシアといった。
何やら困っている様子の彼女を無下に追い返すことも出来ず、仕方なくアイーダたちは、食事を摂りながらアリシアの話を聞くことにした。
「――で、どうしてアリシアさんは、そんなお願いをわたしたちにするの? こんなところにいるぐらいだから、あなたも行商人や運び屋の類いなんでしょ? だったら仕事用にMACHOの一機や二機、保有してそうなものだけど」
「ご慧眼の通り、わたしは少し前までフリーの運び屋を細々と営んでいました。……ですが、先日――」
そう言って、彼女はおもむろに着ている衣服の胸元をはだけて見せる。
「……ッ!?」
そこには、真新しい晒の下に、血で汚れた詰め物をした、痛々しい惨状が広がっていた。
絶句するアイーダに、アリシアは続ける。
「悪名高い賞金首、ゲルダの乳狩りに遭い、わたし自身はご覧の有様。愛機のMACHOも彼女に奪われてしまいまして……」
乳狩り――
それは、WIMPの女性からMACHOの使役能力を奪う卑劣な行為である。
その名の通り、女性の乳房を刈り取る野蛮な所業で、乳房を失った女性はこの世界で生き抜くための力そのものであるMACHOの操者資格を永久に剥奪され、誰かの庇護なしではとてもではないが生きていけない身体へと堕とされてしまう。
バオル・コンソナントを問わず、MACHOは非常に高価な代物だ。それゆえ乳狩りのような犯罪行為が横行し、被害者から奪い取ったMACHOは闇市場で高額取引されているのが実情だった。
「……それは、本当に災難だったとしか……」
流石に同情し、言葉に詰まるアイーダに、アリシアは力なく首を横に振る。
「もう、過ぎたことですから……。――それで、命からがら生き延びたものの、先立つものを失ったわたしは、ひとまずバックヤードを目指すことにしました。あそこは、乳狩りに遭った女性の保護と救済を行っているとのことなので」
そこまで言った彼女の表情がにわかに曇る。
「……ですが、ただでさえ危険な旅路。更にあのゲルダがこの辺りに出没すると聞いて、わざわざ面倒事を背負い込むような物好きなどそうそういるはずもなく……。わたしが同じ立場だったら、やっぱり我が身可愛さに協力をためらうと思いますし……」
「乳狩りのゲルダ、か……」
その賞金首の噂は、アイーダも以前小耳に挟んだことがあった。
なんでも、先代のバオル持ちからEのエルンストを強奪したことで一躍名を揚げ、それと同時にAK商会からも指名手配されることになったという相当な曲者だ。変装の名手らしく、ゲルダという名前以外、その実態を知る者はいない。
一つ、判明しているのは、今もエルンストは彼女によって運用されており、それ即ち、ゲルダがバオル持ちとして認められるほどの巨乳だということだけだ。
アリシアはほうとため息を吐く。
「不幸中の幸いと言うべきか、ゲルダはMACHO以外の所持品には手を出さなかったので、怪我の治療費や、ここの当面の滞在費用は何とか工面できたのですが……一向に同行者の当てが付かないまま、そうこうしている内に路銀が心許なくなってしまいまして……」
「そちらも一刻の猶予を争うというわけか」
一通り事情を聴き終えたアイーダは、難しい表情を浮かべる。
アリシアの境遇は気の毒に思わないでもなかったが、とは言ってもこちらだって現在進行形で非常事態に見舞われている身だ。正直な話、余計なトラブルに首を突っ込んでいる余裕などありはしない。
(ここは心を鬼にして、依頼をお断りさせてもらうか……)
そう臍を固めるアイーダだったが、
「じー」
ふと、自分に注がれている、真摯な眼差しの存在に彼女は気付いた。
アリシアのものではない。
そう。
隣にいるCボゥイだ。
「あいーだ……」
「う……」
その濁りのない純真無垢な双眸が、まるでこれから自分が取ろうとしている無慈悲な選択を咎めているかのように思えて、無性に罪悪感が込み上げてくる。
(でも、ここで情に流されるわけには……)
決心が揺らぎ、なおも煩悶を続けるアイーダ。
――と、そこへ。
『――わたしと貴方なら、どんなミッションだって無事乗り越えられるよ』
自分のものではない自分の声が、突として背後から聞こえてきて、アイーダは文字通り耳を疑った。
「……は?」
「それってつまり、わたしの依頼を引き受けてもらえるってことですかッ!?」
訳が分からず困惑するアイーダに気付いた様子もなく、食い入る勢いでアリシアが彼女に詰め寄ってくる。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……! 地獄に仏とは、正にこのことを言うのですね!」
「いや、違……」
「これからわたし、一体全体どうすればいいのかと……最近は、食事もほとんど喉を通らなくて……うっ、うう」
鼻息も荒くアイーダの両手を握ってきたかと思えば、思い出したようにむせび泣き始める情緒不安定なアリシアに、今更誤解だと言い逃れすることもできず。
「……ああ、もう」
なし崩し的に厄介事を抱え込むことになってしまったアイーダは、手近にあったパンの切れ端を乱暴に掴むと、やけくそ気味に口へと放り込むのだった。
〇+
「――アル。さっきはどうして勝手にあんな真似を?」
夕食後。
明日の出立予定時刻について簡単にアリシアと意識合わせを終え、一旦彼女と別れたアイーダは、自分たちの客室へと引き返すなり、開口一番に相棒を問い詰めた。
言うまでもなく、先程アイーダの声を騙って彼女の意図しない発言を実行に移したのは、あの時背後に控えていたアルフォンスである。
先日アイーダが彼に向けて放ったセリフを録音していたらしく、それをあの場で再生した、というのが先刻の事の真相だった。
特に悪びれた様子もなく、アルフォンスは意見する。
『報告:アリシアは我々に対し、明らかに虚偽の情報を提示している』
「虚偽?」
『肯定:彼女のバイタルチェックを行った結果、証言との明確な齟齬を確認。我々に接触を図った目的が不明な以上、あの状況で下手にそれを問い質すのは得策ではないと判断』
バオルタイプのMACHOは、廉価版とは比べ物にならない高度な情報分析能力を有する。その性能をもって、アルフォンスはアリシアが隠し持つ何らかの欺瞞を見抜いたのだろう。
裏を返せば、あの時アルフォンスが機械的にそのことを指摘していた場合、彼がバオルタイプであることをアリシアに悟られていたかもしれない、というわけだ。
「……あえて要求を呑み、引き続き相手の出方を探るべく、差し当たっては警戒心を刺激しないことを第一優先とした、ってことね」
相方の突拍子もない、それでいて理に適った行動を、二年来の付き合いにて培った勘で咀嚼し解釈すると、アイーダは早速本題へと入る。
「それで、アリシアさんが吐いてる嘘っていうのは一体――」
「……ふわあ~…………あふ」
張り詰めた空気に場違いな、ひどく間の抜けたその声にアイーダとアルフォンスが振り返ると、そこには地べたにぺたんと座り込み、寝ぼけ眼でうつらうつらとしているCボゥイの姿が目に入った。
そのあどけない光景に、思わずアイーダは笑みをこぼす。
「……まずは、この子をお風呂に入れて寝かせるのが先か」
『同意』
アイーダの見解に賛意を示すと、アルフォンスはその巨体に見合わぬ繊細な動きでCボゥイを優しく抱き上げる。
その合間に手早く身支度を整えたアイーダは、彼らを伴い階下の公衆浴場へと向かうことにした。




