1-3 回想と邂逅
「アイーダ、どうして……!?」
これは、二年前の、別れの記憶。
インゲルと同じ本社勤務の防衛班ではなく、敢えて赴任先の異なる警護班への配属を志願したわたしに。
絶望に染まり、今にも泣き出しそうな悲痛な表情で、彼女は縋りつくようにそう詰問した。
「私たち、何があってもずっと一緒だって約束したじゃない! あの言葉は嘘だったの……?」
「嘘じゃないよ。たとえどんなに遠く離れていても、わたしとインゲルが親友だって事実は決して揺るがない」
「でもッ! ……それでも、やっぱり、離れ離れは、すごく、寂しいよ……」
消え入りそうな声を絞り出すと、インゲルは哀願するような眼差しでわたしを見上げた。
「アイーダが傍にいてくれなきゃ、私……この先、うまくやっていく自信、ない」
「インゲル……」
幼い頃に出会ってからずっと、わたしの後ろにくっ付いて離れなかった、可愛いインゲル。
実の家族にも等しい彼女を、この時わたしは、そっと突き放した。
「……わたしがいなくたって、インゲルならきっと大丈夫」
「え……」
それは、断じて拒絶の意味などではなく。
お互いの自立のためにも、わたしたちは一度距離を置く必要があると、常々わたしは感じていた。
今回の配属決めは、それを実行に移す、いい機会だと。
でも、言葉足らずで独りよがりなわたしの想いは、インゲルにはちゃんと伝わらなくて。
「…………何よ、それ」
キッと、今まで見たことのない険しい目顔でわたしを睨み付けたインゲルは、わたしの胸をドンっと思い切り突き飛ばす。
「行かないでって言ってるのに……結局アイーダも、私のこと見捨てるのね……」
「ッ!? インゲル、それはちが――」
「触らないでッ!」
わたしが伸ばしかけた手を、インゲルはぴしゃりとはねのける。
彼女はわたしに背を向けると、感情を押し殺した声で、次のように吐き捨てた。
「……もういい。そんなにどこかへ行きたいのなら、どこへなりとも勝手に一人で行けばいいわ。……もう二度と、私は誰も頼らない」
「インゲルッ! 待って!」
しくじった、と思った時には既に遅く。
この日以来、わたしとインゲルの親交は、完全に途絶えることとなった。
〇+
「…………ん」
(生き、てる……?)
あれから一体何がどうなったのか。
気が付くとアイーダは、アルフォンスに搭乗したままの状態で、柔らかな土壌の中に沈み込むようにして横たわっていた。
辺りは非常に薄暗く、上方は葉の緑で埋め尽くされて、空は見えない。
見渡す限り、どこまでも鬱蒼とした森が広がっていることから、ここが樹海の内部であることは疑いようもないみたいだが。
(堆積した腐葉土……。これと、木々の枝葉が緩衝材になってくれたお陰で、思ったほどダメージを受けずに済んだ、ってとこだろうか)
問題なく身体を動かせることを確認すると、アイーダは相棒に安否を問う。
「……アル、無事?」
『肯定:ただし、通信機能に解決不能なエラーを確認。メンテナンスを受けるまで当該機能は使用不可』
「そう……まあ、一命を取り留めただけよしとするしかないか」
今度こそアイーダはアルフォンスから降り、彼のパワードスーツ形態を解除して通常のヒューマノイド形態に戻ってもらう。
「アル、ここに落ちてからどれくらいの時間が経ったか教えて。それと、警備対象の現在地も」
『報告:経過時間は十五時間七分二十九秒。なお、当機のシステムもしばらくの間ダウン状態にあり、再起動が完了したのは今から一時間八分三十四秒前となる』
「エリサたちと交戦したのが大体十五時頃だから、ちょうど明け方か早朝ってところか。で、肝心の荷物は?」
『探知:――四時方向、十二メートル先の地点に警備対象の反応を確認』
指定された場所に行ってみると、こちらも腐葉土に埋没する形で、ほぼ無傷な状態のまま件の機箱がそこに鎮座していた。
(……いや)
よく見ると、箱に施された封印は解けてしまっており、積層構造になった筐体の内側が外部に露出している様が見て取れた。
アイーダは途方に暮れる。
「まいったな……。何があっても開封は厳禁ってお達しなのに……」
などと嘆いたところで、今更起きてしまった現実は覆らない。
やむを得ず、アイーダは荷物をアルフォンスに回収させ、ひとまず中身の状態をチェックすることにした。
半開きになった筐体のハッチに手をかけたところで、心許なくなったアイーダは、横目でちらりとアルフォンスを一瞥する。
「……こんな状況だし、荷物の内容を偶然知ったとしても不可抗力だよね?」
『回答不能:その是非を判断する権限を当機は持ち合わせていない』
「……この薄情者」
『異議:その評価は当機に対する不当なクレームと受け取らざるを得ない。訂正を求める』
気持ち狼狽した様子で抗弁してくる相方にため息をもらすと、アイーダは覚悟を決めて筐体のハッチを開放した。
中には、ゲル状の衝撃吸収材に包まれるようにして、生命維持装置と思しきカプセルが収まっていた。
アイーダがそれを生命維持装置と判断したのは、カプセルに備え付けられた覗き窓から、人の顔が覗いていたからだ。
「……子ども?」
外見年齢にして十歳前後と思われる幼子が、そこには眠りに就いていた。
(警備対象が生き物である可能性はもちろん考慮していたけれど、まさかそれが人……しかも、こんな年端もいかない子どもだなんて……)
困惑を隠せないでいるアイーダの目の前で、外界の異常を検知したカプセルが自動展開を始める。
カバーが開き、膝を抱えるようにしてうずくまる幼子の全身が外気へと晒される。
その子どもは裸体だった。
短い黒髪は癖もなくさらさら。
その体つきは、まだ女性らしい丸みを帯びておらず、発育途上の未成熟なそれで――
「………………ん?」
ふと覚えた猛烈な違和感に、アイーダは怪訝そうに目を細めた。
「……なんだろう、これ?」
恐る恐る、そっとそれに手を伸ばす。
幼子の股間には、何やら見慣れない、可愛らしい器官がぶら下がっていた。
球状の物体を二つ内包する袋状のものと、その上部中央からちょこんと飛び出している、包皮に包まれた突起状のものがセットになったような器官だった。その見た目はどことなく、太古の昔に存在した『象』という生物の頭に見えなくもない。
自分たちの身体にはないそれをアイーダが不思議そうに指先でふにふにしていると、出し抜けにアルフォンスが次のようなことを言い出した。
『推測:アイーダが現在弄んでいるそれは、おそらくペニスと思われる』
「は?」
『復唱:ペニス。即ち、男性器――』
「いちいち言い直さなくていい」
男性器――その存在は、アイーダも知識としては知っていた。
というのも――彼女自身は使用した経験はないが――MACHOには実はラブドールとしての機能も備わっており、股間にはペニスを模した伸縮自在のシリコン製張形が格納されているからだ。
この時代の女性は単為生殖が可能なため、男性との性行為のノウハウなど最早無用の長物と言えるのだが、それを危ぶんだMACHOの開発元であるAK商会が、男性との生殖行為を経験として継承することを目的に、WIMPとの疑似行為が可能なように当該機能を設計に組み込んだそうな。
そんなこんなで、今では純粋に性的快楽を得るための手段として、当初の目的とは異なる形で一部の女性に重宝されているという。
話が脱線したが、詰まる所――
「紛い物じゃない、本物のペニス……。でも、それって……」
アイーダはごくりと息を呑む。
「……ひょっとして、この子…………男、なの……?」




