7-3 エピローグ
「――ところでアイーダ様」
「……あなたに様付けで名前呼ばれるの、いまだに慣れないんだけど」
商都に構えたばかりの事務所で書類仕事を片付けていたアイーダは、淹れ立ての珈琲が入ったカップを差し出しながら声をかけてきた相手を、どこかしっくりこない様子で見返した。
声の主――メイドに扮したゲルダは、にこりと上品に微笑みながら、
「今のわたしは、シィ様に仕えるメイド、アリシアです。隊商宿で出会った頃のように接していただければ、と」
「あの頃のあなたも十分疑惑の人だったような……」
公的には、乳狩りの賞金首ゲルダ・ベルンハルトは、先日のアダムカドモン事件の最中でフラミニアに捕らえられ、Eのエルンストを剥奪の上、投獄されたことになっている。
実際は、今も彼女はエルンストのWIMPであり、フラミニアの命でCボゥイの護衛の任に着いていた。外見が割れていないことから、人前ではアリシアの偽名で活動している、というわけだ。
フラミニアからの別命で一時的に別行動を取ることもあるが、基本的には、AK商会を抜けてフリーの何でも屋に転向したアイーダたちと行動を共にしている。
(フラミィ姉さん、一体どんな手を使ったんだろ? 自由奔放なこの子が、素直に人の言うことに従うなんて)
ゲルダのようなじゃじゃ馬を完全に手駒として使いこなしているフラミニアには、驚きを通り越して空恐ろしささえ覚えた。彼女と敵対するようなことはないと思うが、なるべく逆らわないでおこうと肝に銘じる。
アイーダは短く嘆息すると、
「で、何?」
「あ、いえ。大したことではないのですが……シィ様の名前は、ずっとCボゥイのままなのでしょうか?」
「? と言うと?」
「え、いや、だって……Cボゥイって、何か人の名前じゃなくありません?」
珍しく困惑気味に意見するゲルダに、アイーダは「う~ん」と眉根を寄せる。
「それは最初にわたしも思ったけど、当の本人が気に入ってるみたいだし……」
「……解せぬ」
当時のアイーダと全く同じ感想をゲルダが漏らしていると、噂のCボゥイ本人が、お供のインゲルや二体のMACHOを伴って買い出しから帰ってきた。
「あいーだ、ただーま!」
「お帰り、Cボゥイ」
「ゲルダ、お腹空いた。今日のお昼は何?」
「……インゲル様? お言葉ですが、わたしはあくまでシィ様に仕える身であって、別にあなたたちの召使いではありません。今度からは自分たちで用意しやがれ下さいと言いたいところなのですが」
表情は笑顔のまま、微妙に素に戻って反発するゲルダに、インゲルはやれやれと肩をすくめてボソリと呟く。
「……フラミィ姉さんに、ゲルダが護衛の仕事サボってるってチクってやろ」
「!? あんた、それヒキョーだよ! あんたたち二人がまともに料理できないって言うから代わりに飯作ってやってるっていうのに!」
あーだこーだと言い合い始めたインゲルとゲルダを尻目に再度嘆息すると、アイーダはやりかけの書類仕事へと復帰する。
例の事件後、揃ってAK商会を退職したアイーダとインゲルだが、この際二人にはそれぞれAのアルフォンスとOのオスカーが譲渡されることになった。
これは、トップ不在となった商会の運営を引き継いで会長代行に就任したエリサの計らいによるもので、その対価として、二人は元会長の息のかかった施設の捜索や根絶を行う遊撃隊の役目を引き受けている。
普段はフラミニアやエリサからの依頼を請け負いつつ、ターゲットの情報が入り次第、その調査・撲滅に動く、というのが、フリーになったアイーダたちの専らの仕事だった。
(今までは変な子としか思ってなかったけど、めっちゃ童顔な割に、かなり有能だよね、あの子も)
バオルタイプのWIMPの中で、結果的に一番の重責を担うことになったエリサだが、普段の彼女は相変わらずだった。商会と教団のしがらみがなくなったことで、毎日のようにアイーダにメールや通信を寄越すようになり、アイーダと離れ離れなことを日々嘆き、アイーダといつも一緒にいるインゲルとは口喧嘩が絶えず……とまあ、何だかんだで元気にやっているようだ。
(知らない間にわたしの盗撮写真や動画をインゲルに横流ししてたり、立場が入れ替わった今も、インゲルに後任を託そうとあれこれ手回ししてる辺りは相変わらずだけど)
ここにはいない元教団幹部に思いを馳せ、アイーダがくすりと忍び笑いをこぼしていると、出し抜けにCボゥイが彼女の服の袖をくいくいと引っ張ってきた。
「? どうしたの、Cボゥイ?」
「これ、あいーだにあげる!」
そう言って、彼が小さな手で差し出したのは、以前アイーダがサイドポニーにしていた頃に愛用していたものとよく似た、真紅の髪留めだった。
「これは……」
「アイーダ、そろそろ髪、伸びてきたでしょ?」
まだうまく喋れないCボゥイに代わってインゲルが事情を説明する。
「あなたの髪を切った時、髪留めのことまで気が回らなかったから……お詫びってわけじゃないけど、Cボゥイと私からプレゼント。Cボゥイが選んで、お金は私が出した」
「そうなんだ……二人共、どうもありがとう」
Cボゥイの目が「付けて! 付けて!」とキラキラに訴えていたので、早速アイーダはもらった髪留めで桃色の髪を結わいでみた。
まだ前ほど髪の長さがないため、ちょこポニーといった感じの髪型を、若干照れ臭そうにアイーダは披露する。
「……どうかな?」
「あいーだ、かわいい!」
「うん、アイーダ可愛い」
『『肯定:アイーダは可愛い』』
「……え? 何このアイーダ讃頌」
完全に地の彼女になってドン引きしているゲルダに苦笑しつつ、アイーダはCボゥイをそっと抱き上げた。
「……あなたが今の心優しい男の子のままでいられるよう、引き続き頑張らないとね」
「う?」
きょとんとしているCボゥイの頭を、アイーダはそっと優しく撫でる。
世界にひとりぼっちとなってしまった少年。
彼が、この女性しかいない歪な世界で幸せな人生を歩んでいけるよう支えること。
それが、彼女の次なる目標だった。
「どんな時でも、あなたは一人じゃないからね、Cボゥイ」
この先、この少年にどんな未来が待ち受けているのか、それは誰にも分からない。
ただ、自分だけは、何があってもこの子の味方であり続けようと。
その強い決意を胸に、アイーダはCボゥイをそっと抱き締める。
と、その時。
『報告:フラミニア・アントニアからアイーダ宛てのメッセージを受信』
『報告:エリサ・クラウスからインゲル宛てのメッセージを受信』
奇しくも、アルフォンスとオスカーが同時に仕事の依頼の到来を告げる。
各々メッセージの内容を確認したアイーダとインゲルは、互いにそっと目配せする。
「……これは、手分けしないと晩御飯までに戻って来れないかも」
「はあ……これだから外回りは嫌いよ」
早くも辟易している様子のインゲルに苦笑いを浮かべると、アイーダは抱きかかえていたCボゥイをおろしつつ、ゲルダの方に向き直る。
「そういうわけで、ゲル――もとい、アリシアさん。悪いけど、またこの子と一緒にお留守番頼めるかな?」
「内々ではゲルダでも大丈夫ですよ、アイーダ様。――それはともかくとして、そのお願い、今回はちょっと聞けそうになさそうです」
『ま゛っ!』
ゲルダの隣には、どこからともなくエルンストが出現していた。
ボールギャグ風の改造マスクのせいで同じ発音しかできない彼は、代わりに有視界通信でメッセージの伝達を行う。
目隠し風バイザー上に投影されたホログラフのメッセージからは、差出人がフラミニアであることと、アイーダに同行し彼女をサポートする旨の依頼内容が読み取れた。
「……と、いうことは」
「あいーだといっしょ!」
両手を挙げて嬉しそうに歓声を上げるCボゥイに、つられてアイーダも相好を崩す。
「だね。また一緒に冒険だ」
「いえー」
「私だけ単独行動か……。それじゃ、さっさと面倒な仕事を片付けてくるかな。――行くよ、オズ」
『了解』
思い立ったが吉日とばかりに事務所を飛び出していくインゲルとオスカー。
その後ろ姿を見送ったアイーダは、自身も外出の準備を進めつつ、ゲルダを振り返る。
「それじゃゲルダ。Cボゥイのフォロー含め、改めてサポートよろしくね?」
「あいまむ。――それではシィ様、先に外出てましょうか?」
「あい」
Cボゥイの手を引いてゲルダが事務所を出ていき、その後にエルンストが続く。
そうしてアルフォンスと二人取り残されたアイーダは、最後に戸締りを終えると、
「さて、と。わたしたちも行こっか、アル」
『了解:アイーダと当機であれば、どんなミッションも必ず遂行できると推測』
「お? アルも言うようになったね」
そんな他愛のない、でも微笑ましいやりとりを交わしつつ、二人は事務所を後にした。




