7-2 雪解け
その後、避難誘導から戻ったAK商会警備隊防衛班の尽力により本社ビルの火災は消し止められ、騒ぎはひとまずの収束を見た。
渦中にいたアイーダたちは、重要参考人として――と言っても、会長を失い指揮系統が乱れている現在、半ば自主的に――火の手を免れた本社ビルの大ホールに集まり、状況の整理を行うことになった。
なお、この場にいるのは次の七名+五体。
AK商会警備隊警護班のホープ、アイーダ・マリアとそのMACHO、Aのアルフォンス。
最重要機密アダムカドモンことCボゥイ。
AK商会警備隊防衛班のエース、インゲル・カーレンとそのMACHO、Oのオスカー。
教団こと秘密結社Lの幹部、エリサ・クラウスとそのMACHO、Iのイグナシオ。
バックヤードの支配人フラミニア・アントニアとそのMACHO、Uのウルリヒ。
インゲルがCボゥイの替え玉として連れてきたバックヤードの協力者ミシェル。
そして、どういうわけかこの場にいる、乳狩りの賞金首ことゲルダ・ベルンハルトとそのMACHO、Eのエルンスト。
(約一名を除き、)奇しくも各陣営の主要人物が、その場には集っていた。
「……で、何でこの人がここにいるの?」
Cボゥイを膝の上に抱っこしながら、アイーダは不機嫌そうなジト目を傍らに控えているゲルダへと向ける。
一方、ゲルダはゲルダでかつての剣呑さは微塵もなく、まるで主に仕えるメイドのような凛とした佇まいで、
「今のあたしは、シィ様の忠実な僕なんで」
「はあ」
「何か、フラミィ姉さんがうまく飼い慣らしたみたいだよ。おかげで私の依頼にも素直に応じてくれて、非常に助かった」
そう言ったのはインゲルで、彼女の依頼とは、おそらくミシェルをCボゥイに偽装させた件を指すのだろう。会長の本命であるCボゥイはフラミニアに預け、代わりにCボゥイに偽装したミシェルを商都まで連れて行った、というわけだ。
心外とばかりにフラミニアが小さく頬を膨らます。
「飼い慣らすだなんて人聞きの悪い。わたしはただ、ちょっとした交換条件を彼女に持ち掛けただけよ。――ねえ、ゲルダちゃん?」
「ハイ。おっしゃる通りでゴザイマス」
顔を青ざめさせ、奥歯をガタガタ言わせながらゲルダは肯定する。彼女の生殺与奪の権は、こうしている今もフラミニアが握っていると見て、まず間違いなかった。
怯えるゲルダをにこにこと眺めていたフラミニアが、ほうとため息を吐く。
「ゲルダちゃんには、今後二度とシィちゃんには手を出さないことの他に、有事の際はシィちゃんを護ること、シィちゃんからのお願いには必ず従うこと――要はシィちゃんのボディガード的な役割をお願いしていたのだけれど……この最後のお願いが、ちょっと裏目に出ちゃったみたいでね」
「どういうこと?」
アイーダの疑問にはゲルダ当人が答えた。
「あんたが心配で大人しく留守番していられなかったシィ様が、ボスには内緒で商都まで連れてくよう、あたしにせがんだんだよ。言葉が不自由な中、精一杯身振り手振りでさ」
「この子が……」
「……ゲルダちゃん? ボスはやめてって言ってるでしょう?」
ドスの利いたフラミニアの苦情に「ひっ!?」と首をすくめつつ、ゲルダは続ける。
「……あたしにとって、姐さん」「姐さんもやめて」「の命令は絶対服従。従っても従わなくてもお仕置きが待ってるデッドロックな状況でできたのは、それとなく分かるように書き置きを残しつつ、シィ様を商都へ連れて行くことだったってわけ」
「で、その書き置きに気付いたわたしが急いで後を追ってきたのだけれど……」
そこまで言って、フラミニアは俯き気味のインゲルへと目を向ける。
「……結果的に、この誤算はプラスに働いたみたいね」
「…………」
押し黙るインゲルに、アイーダは詰め寄る。
「フラミィ姉さんの言う通りだよ、インゲル。あの時姉さんやCボゥイがわたしの前に現れなかったら、今頃わたしはあなたの虚言を鵜呑みにして、怒りのままにあなたのことを殺してしまっていたと思う」
その状況をイメージし、思わず吐き気を催しながら、アイーダは問う。
「……どうして、あんな嘘を?」
「……それは……」
わずかに言い淀みつつ、それでもインゲルは、今度は自分の言葉でちゃんと真意を話してくれた。
「……それは、アイーダに、私と本音でぶつかって欲しかったから」
「……? わたし、これまでインゲルに嘘吐いたことなんてないよ?」
「違う、そうじゃない」
インゲルはムキになって首をブンブンと横に振る。
「……アイーダ、自分に自信なさ過ぎ。アイーダはいつも私のことすごいすごいって持ち上げるけど、私からしたら、アイーダの方がもっとすごいって思うのに」
「それは流石に買い被り過ぎだよ。実際今回だって、わたしは最初から最後まで、会長の思惑通りに流されるままだったけど、インゲルは早々に裏の意図に気付いて独自に行動を起こしたじゃない。そんな大それた芸当、わたしにはどう転んでも無理だよ」
「それだって、アイーダがいたからできただけのこと。あの時のアイーダの様子がいつもと違うって気付かなければ、今頃私もどうなっていたか分からない」
「でも――」
「でもじゃないッ!」
大声で遮り、インゲルはアイーダに切々と訴える。
「……アイーダのすごいところはね、能力や才能みたいな表面的なものじゃなくて、誰に対しても分け隔てなく接することができる、その優しさにあるんだよ」
「優しさ……」
自覚なさげに呟いたアイーダに、インゲルはうんうんと頷く。
「あなたの何気ない優しさに、私がこれまで何度救われたか、アイーダ知らないでしょ? きっとそれは、その子も同じなんじゃないかな。その子の懐き方を見れば、あなたがどれだけその子に好かれているか、手に取るように分かるもん」
「インゲル……」
公然で恥ずかしい台詞の数々を臆面もなく並べ立てられ、アイーダは赤面せずにはいられなかった。同席している他の面々も、居たたまれなさが半端なかったのは言うまでもない。
そんな場の微妙な空気を読むことなく、マイペースにインゲルは続ける。
「誰かの力になりたい、大切なものを守りたい……その優しさからくる想いこそ、アイーダの強さの源流。……でも、言葉でいくら伝えたところで、あなたは絶対に認めようとしないから……だから……」
「な、なぁるほどー。それで、わざとCボゥイさんを殺したと嘘を吐き、お姉様に生の感情を剥き出しにさせた、というわけですか」
それまで大人しかったエリサが、インゲルの二の句を代弁する。
「言われてみれば確かに、お姉様はインゲルさんと違って、自分のためより誰かのために輝くタイプですものね♡」
「そ、そうなの? 自分じゃ、相変わらずよく分からないけど……」
エリサの熱量にやや鼻白みつつ、アイーダは真摯な眼差しをインゲルに注いだ。
「……とりあえず、インゲルの言いたいことは分かったつもり。――でも、どんな理由であれ、あんな真似は、もう二度とやめてね? こんな些細なすれ違いで、大切な親友を失うなんて……ほんと、真っ平ごめんだよ」
「うん、分かった。……それと、ごめんなさい」
「ううん。わたしの方こそ、あの時は言葉が足りなくて、ごめんね?」
雨降って地固まった様子のアイーダとインゲルに、ミシェルが嬉しそうに手を合わせる。
「一件落着、だね!」
「真に大変なのは、どちらかと言うとこれからなんですけど……まあ、今それを口にするのは野暮ってもんですわね」
やれやれと頭を振って、エリサは締め括るようにため息を一つ漏らした。
〇+
後日、今回の事件の真相と共に、これまで長年に亘り、AK商会会長による恣意的な情報統制が行われてきた事実が、AK商会、バックヤード、そして秘密結社Lの三者共同声明により公表された。
パンデミック後の世界をある意味私物化してきた当の会長は(表向き)既に鬼籍に入っており、彼個人に対する責任追及は実質不可能であるものの、組織としての商会は引き続き社会秩序の維持に貢献しつつ、広く情報公開に努める姿勢を改めて明らかにした。
バックヤードは全面的にこれを支持し、商会との更なる協力体制構築を表明するという。
会長の非望を挫くという積年の本懐を成し遂げた教団は、三者共同声明をもって解体する運びとなった。彼女らが保有する情報や技術は商会やバックヤードに遍く提供され、構成員はそれぞれ、商会やバックヤードに身を寄せたり、フリーに転身したりするなどして、新たな活動に身を置くそうだ。
現世界の成り立ちに関わるボルバキアウイルス蔓延の真相を知らされた世間の反応は、思いの外冷ややかなものだった。と言うのも、自分たちが生まれる何千年も前の話や、見たことも会ったこともない男性の事実上の絶滅を宣告されたところで、実感が伴わないというのが正直なところなのかもしれない。
大事なのは、そんな昔にあったことより今これから、というわけだ。
かくして、人造人間アダムカドモンを巡る一連の騒動は幕を閉じた。
なお、肝心のアダムカドモンがその後どうなったかについては、これといって特に何も言及されていない――




