7-1 まごころを、君に
「……………………は?」
一瞬、インゲルの発した言葉の意味が理解できなかった。
「殺した、って…………インゲル、あなた、何を言って……?」
「最悪の事態を未然に防ぐためよ。あの子ども――アダムカドモンは、既に五体のバオルタイプと接触し、フェロモンシステム発動の要件を完全に満たしている。会長の最期の悪あがきがないと言い切れない以上、リスクの芽は潰しておくに越したことはないわ」
「でも、だからって……あの子には、何の罪もないのに……」
いやいやするように頭を小さく左右に振り、喘ぐような声を絞り出しながら、アイーダは力なく膝からくずおれる。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、インゲルは冷たく言い放った。
「存在自体が、罪よ」
「……ッ!!」
一抹の慈悲もない幼馴染みの確言に、アイーダはびくりと大きく肩を震わせる。
程なくして、彼女はよろよろと立ち上がると、涙を湛えた両目で、恨めしげにインゲルを睨み付けた。
「……あの子のこと、お願いって……あなたのこと、信じてたのに……」
「…………」
だんまりを決め込むインゲルに、アイーダはカッと目を見開いて怒気を露にする。
「何とか言いなさい! インゲルッ!」
「……なんとか」
「ッ!?」
気付けばアイーダは、インゲルの左頬を全力で殴り飛ばしていた。
〇+
派手に吹き飛び、ホールに展示されたモニュメントを軒並みなぎ倒してようやく止まるインゲル・オスカー。
粉塵を巻き上げ、瓦礫をガラガラと崩しながら身を起こした彼女に、アイーダは絶叫する。
「インゲルゥゥッ!」
「……アイィダァァッ!」
対するインゲルも咆哮し、殺気を迸らせながらアイーダに向かって突撃を開始。
両者激突――かと思いきや、先手に続きカウンターを制したのは、またしてもアイーダ・アルフォンスの方だった。
来た道を戻るように、激しく蹴り飛ばされるインゲルたちの紅い機体。
(……強い!)
アイーダたちの秘められた力に圧倒されつつも、内心インゲルは歓喜に打ち震えていた。
(アイーダ、分かる? 私、今、本気であなたと戦ってるんだよ?)
間髪を容れず、まだ体勢も整わない内にアイーダの追撃が迫り、インゲルは防戦に徹することでこれを何とか凌ぐ。
(でも、全く手も足も出ないんだな、これが!)
そうこうしている内に生じたわずかな間隙を衝かれ、アイーダの拳がインゲルの腹部にクリーンヒット。
軽く、意識が飛びかける。
(私、不器用だから……こんな形でしか、あなたの全力を引き出せなかったけど)
抵抗できないところに容赦なく上方へと蹴り上げられ、くの字に身体を折り曲げながら、薄れゆく意識の中でインゲルは思う。
(私の気持ち……少しでも、あなたに伝わるといいな)
自由落下に身を任せていると、今にも自分にとどめを刺さんと必殺の構えを取るアイーダの姿が視界の端に映った。
(……あ。これ、もうダメかも)
観念し、最後の一撃を待たずに意識を手放しかけるインゲル。
そんな彼女を出迎えたのは、冥府に誘う鉄拳の衝撃ではなく、温かい抱擁と、慈愛に満ちた優しい声だった。
〇+
「はいはい、二人ともそこまでよ」
死闘を繰り広げるアイーダとインゲルの間に突如として割り込んできたのは、本来ならここにいるはずのない意外な人物であった。
「フラミィ姉さん!?」
目を白黒させてアイーダは叫ぶ。
落ちてくるインゲルを宙で抱き留め、そのままふわりと舞い降りる金色の機体。
最強のバオルタイプ、Uのウルリヒを駆る彼女の到来は、インゲルにとっても想定外のようであるらしく。
「どう、して、ここ、に……?」
息も絶え絶えにそう口にしたインゲルに対し、バックヤードの若き支配人、フラミニア・アントニアは、困ったように笑って肩をすくめて見せる。
「それがね――」
フラミニアがここに至った経緯を説明しようとした矢先。
幼い子どもの声が、突としてエントランスホールに反響した。
「あいーだ!」
一陣の風と共に駆け抜ける小さな人影。
それは脇目も振らずにアイーダに向かって直進すると、ダイレクトに彼女の懐へと飛び込んだ。
「……………………へ?」
気の抜けた声が、アイーダの小さな唇からこぼれ出る。
彼女のお腹にぎゅっと抱き着いてきたものの正体。
それが、先刻死んだと告げられたばかりの、あのCボゥイだったからで。
「……え? 何、これ……一体どういうこと……?」
訳が分からず、アイーダは救いを求めるようにフラミニアへと視線を向ける。
訳知り顔のフラミニアの腕の中で、何故かインゲルが居たたまれなそうに顔を背けていることに気付いたアイーダは、矢庭に半眼になって呻き声を漏らした。
「……インゲル。どういうことか、ちゃんと説明してくれる?」




