6-6 末路
『アダムカドモンではない、だと……!?』
人格転写装置のシステムAIが告げた予期せぬ言葉に、会長は完全にパニックに陥っているようだった。
『これはどういうことだッ!? アダムカドモンは五つの認証コードを全て受信済みだとシステムAIも示しているではないかッ!』
『はい、その通りです。確かにアダムカドモンは全ての認証コードを受信しており、フェロモンシステム発動の前提要件を満たしています』
『だったらッ!』
『ですが、そこにいる個体はアダムカドモンではありません』
「……ふっ、ふふふ」
唐突に忍び笑いを漏らし出したインゲルに、会長は苛立たしげに罵声を飛ばす。
『何が可笑しいッ!?』
「……まだ分からない? 一応、DNA鑑定ってヒント、あげたつもりなのだけれど」
『何ッ!?』
会長がみっともなく喚き散らしていると、それまで一言も発することなく沈黙を保っていたアダムカドモン(?)が、不意に顔を上げ、インゲルの方を向いて口を開いた。
「……インゲルお姉ちゃん、もう喋っていい?」
「ええ。ありがとう、ミシェル。協力に感謝するわ」
『な……ッ!?』
絶句する会長。
それもそのはず。彼が把握しているアダムカドモンは、自身の人格移植が完了するまで、片言の言葉しか持たないはずだからだ。
アダムカドモンと瓜二つの容姿を持つ幼子を前に、会長は今にも歯ぎしりが聞こえてきそうな呻き声を漏らす。
『……ミシェル、だと? まさか、本物のアダムカドモンと別の子どもをすり替えたとでもいうのか? だが、私でも見抜けないほどの、ここまで精巧な偽物を、一体どうやって……?』
「種明かししてしまえば単純な話よ。アイーダとの一騎討ち後、私は商都には直帰せず、お前がアダムカドモンと呼ぶ子どもを連れて、バックヤードに向かったわ。なんとそこには、フラミィ姉さんが取り押さえることに成功した、かの乳狩りのゲルダがいたの」
『乳狩りのゲルダ? どうしてここで彼奴の名が――』
そこで、はっとしたように会長は息を呑む。
『そうか! ゲルダは我が商会や憎き教団の追跡を免れるほどの変装の名手! ……貴様、もしや彼奴と取引したな? そして、どこの馬の骨とも知れぬその子どもを誑かし、ゲルダの手を借りて偽装を施したのだろうッ!?』
「まあ、人聞きの悪い。卑怯なお前と違い、私は事前に本人の承諾を得てるし。――ねえ、ミシェル?」
インゲルから話を振られたミシェルは、変装マスクを剥ぎ取りながら、誇らしげに小さな胸を張る。
「うん。アイーダお姉ちゃんやシィちゃんのことを私利私欲のために利用しようとする悪い大人なんて、はっきり言って許せないもん。……まあ、フラミィお姉ちゃんは、あんまりいい顔しなかったけど」
『何も知らないガキが、いけしゃあしゃあと……!』
激昂する姿無き会長を射竦めるように、インゲルはすっと目を細める。
「エリサに聞いていた通りだね。自惚れが強く、その癖、最後の最後で詰めが甘い。そんなだから、勝利を目前に、いつも誰かに出し抜かれる。……でも、その往生際の悪さも今日で終わりだよ、会長。ここでのやりとりは、オズを通じて全てバックヤードのフラミィ姉さんにも共有してる。お前の所業が白日の下に晒されるのは、最早時間の問題」
言いながら、インゲルはオスカーにトランスフォームを命じ、彼に機乗する。
「臆病なお前のことだ。たとえ本社を潰したとして、他にも自我データや研究成果のバックアップを残している秘所のような場所があるのかもしれない。……けど、少なくともお前の悪巧みに商会を利用することは、今後金輪際できなくなるよね」
『……インゲルッ!! 目をかけてやった恩も忘れおってッ!!』
「他人を道具としか見てないヤツが偉そうに! ハーレムだか何だか知らないけど、お前の下らない妄想に私たちを巻き込むな!」
怒号を飛ばす会長に負けず劣らずの声量で、オズに搭乗したインゲルは吼える。
「やるよ、オズ! 最大出力で行く……ッ!」
『了解:フルパワー、解放』
顔の横に構えたインゲルの左拳に、鬼火の如き青白い闘気がメラメラと集束する。
同時に彼女は頭上へと跳躍、燃え盛るように発光する左腕を天井に叩き込んだ。
「成敗!」
ドゴォッ!!
『おのぉぉれ――!!』
旧時代最後の男の断末魔は、爆砕するバイオコンピュータの瓦解音の中に掻き消えていった。
〇+
商都への道中、アイーダは素朴な疑問をエリサに投げかけた。
「ふと思ったんだけど、教団がそこまでの裏情報を掴んでるのなら、それを世間に公表すれば、会長の目論見を暴くことも可能だったんじゃ?」
「んー、それはどうでしょう」
隣を並走するエリサが、マニピュレータの人差し指を顎に当て、可愛らしく小首を傾げる。
「本を正せば、教祖様が会長さんと共犯だったからこそ知り得た真実。ボルバキアウイルスを蔓延させ、旧世界を壊滅させた事実に繋がる以上、何をどう言い繕ったところで、教団が世論を完全に味方につけることは難しかったと思いますわ」
「そういうものか……」
話も程々に、アイーダとエリサは商都のメインゲートに辿り着く。
ドーム状の透明な外壁に覆われた市内は混迷を極めていた。それもこれも、中心市街地にあるAK商会本社ビルの頭頂部が吹き飛んでおり、もくもくと黒煙を立ち昇らせていることに起因しているようだ。
野次馬を避けるように路地裏に回り、建物の屋上を飛び移りながら、MACHOに機乗したアイーダたちは本社ビルを目指す。
「あれも、インゲルの仕業だっていうの……?」
「十中八九、そうでしょうね。あの会長さんが、完敗を認めて潔く自爆、なんてまずあり得ないと思いますし」
人目を掻い潜って本社敷地内へと侵入を果たした両機は、衆人が上空の火災を注視する中、混乱に乗じてエントランスから隠密に社屋へと突入する。
従業員の避難が完了し、もぬけの殻となったエントランスホール。
その中央で、幽鬼のようにゆらりと佇みながら、二人を待ち構える存在があった。
「……インゲル」
アイーダたち同様、紅いMACHOを身に鎧ったインゲルは、二人の来訪に気付くと、自らの名を呼んだ旧友ではなく、エリサの方に気のない目を向ける。
「……人払いはしておいたから。事後処理は教団に任せるよ」
「任されましたわ。――して、会長さんは?」
「本社ビルにあったバイオコンピュータは、人格転写装置ごと跡形もなく吹き飛ばしたわ。バックアップの所在は不明。後は煮るなり焼くなり、そちらの好きにしてくれればいい」
「言われなくてもそのつもりですわ。――それではお姉様、また後程♡」
「あ……」
淡々と事務的なやりとりをインゲルと交わしたエリサは、打って変わった満面の笑みでアイーダにウインクすると、足早に上階へと続く階段を上っていった。
残された二人の間に、気まずい沈黙が立ち込める。
(……何から話せばいいのだろう?)
Cボゥイのこと。
今回の真相のこと。
世界の真実のこと。
話したいことは山程あったが、どうやって話を切り出したものか。
そんな単純なことが、今のアイーダにはひどく難しく感じた。
顔には出さず、アイーダが胸中で独り悶々としていると、不意にインゲルの方から話を振ってきた。
「……怪我は平気?」
「え? あ、うん。大丈夫。……インゲルのことだから、どうせ急所は外してくれたんでしょ?」
「ええ。アイーダに戦う気がなかったから、思いの外やりやすかった」
事も無げに言ってのけるインゲルに、アイーダはぐっと閉口する。
二年に及ぶ離別や先日の一悶着があったにもかかわらず、あくまで何事もなかったかのように振る舞うインゲルに負けじと、アイーダは気後れしている自分を何とか鼓舞した。
「エリサから話は聞いたわ。……わたしの先走りのせいで、インゲルには色々と迷惑をかけちゃったみたいだね」
「それはお互い様よ。何も知らずに散々振り回されたという点では、アイーダの方がよっぽど大変だったと私は思う」
「……インゲルにそう言ってもらえると、大分気が楽かな」
ちょっとした会話の中で、これまでのわだかまりが氷解していくような手応えを何となく感じて、緊張していたアイーダの頬は思わず緩む。
幾ばくか気を許した彼女は、早速もう一つの懸念事項についてインゲルに尋ねた。
「それで、Cボゥイは? あの子は今どこに?」
「しーぼーい?」
きょとんとしているインゲルに、アイーダは若干まどろこしそうに、口早になって捲し立てる。
「ほら、最重要機密の。安全な場所に無事保護してくれてるんでしょ?」
「……ああ、あの子」
言われて思い出したとでもいう風に短く声を漏らすと、インゲルはアイーダの琥珀色の双眸を見つめて、次のように告げた。
「あの子なら死んだわ。私が、この手で殺した」




