6-5 反逆のインゲル
「……どういうこと?」
「ここからはインゲルさんから聞いた話になりますが……お姉様から転属の件を打ち明けられた彼女は、お姉様が自分からそんなことを言い出すはずがないと思い、何者かが裏でお姉様によからぬことを吹き込んだのではと考えたそうです。程なく、お姉様が配置換えを決断したきっかけが、会長さんからの打診であることを突き止めた彼女は、会長さんへの不信を募らせ、その真意を探るべく独自に調査を開始しました」
「あの子がそんなことを……」
自分との連絡を絶っている間にそのような事態になっていたとは、少なからずアイーダは驚きだった。
彼女の知るインゲルは、自発的に何か事を起こすような人間ではなかったからだ。
「会長さんの裏をかいてお姉様を守るべく、表向きはお姉様と反目して仲違いを装い、会長さんに忠実で従順な子飼いのバオル持ちを演じつつ……水面下では、商会にいては得られぬ情報を求め、大胆にもわたくしたち教団に接触を図りました。そうして彼女は、わたくしたちしか知らない、会長さんが隠匿している世界の真実に触れたのです。ちょうど、今のお姉様と同じように」
「それならそうと、前もって相談してくれればよかったのに……。――いや、できなかったのか」
「ええ、その通りですわ。会長さんを油断させるためにも、何も知らないお姉様は囮役として泳がす必要がありました。インゲルさんにとっても辛い決断だったと思います」
あとは、全てを聞かずともおおよその見当がついた。
会長の悪巧みを妨害するという共通の利害が一致したインゲルとエリサは、以降定期的に連絡を取り合うようになり。
アイーダの行く先々でエリサが姿を現したのも、インゲルがアイーダの現在地や目的地の情報を逐次エリサに伝えていたからであり、表面上は敵対しながら、もしもの場合に備えてアイーダのバックアップを頼んでいたのだろう。
エリサがそれとなくフラミニアに流していた商会の内部機密も、教団独自の情報網に加え、インゲルからの情報提供による裏付けがあったと考えれば、諸々辻褄が合う。
最後に、エリサが思い出したように付け加える。
「そう言えば、お姉様の手配書が出回る前に、ゲルダがあの場所にいたのは全くの偶然なんですけど……認証コードを受信し、最早用済みのはずの彼女を可能であれば捕獲したいとか言ってましたわね、インゲルさん」
「ゲルダなら、多分今頃フラミィ姉さんが拘束していると思うけど……でもどうして?」
「さあ、理由まではちょっと。作戦の成功率がどうこうって言ってたような気がしますが……肝心なことは話してくれないんですのよね、あの人。わたくしの知らない小さい頃のお姉様の話とか色々聞きたいのに」
眉根を寄せて頬を膨らませながらエリサがぷんすかする。協力し合っている割に、その仲はあまりよくないのかもしれない。
(あの子がわたし以外の人と仲良くしている光景なんて、いまだに想像できないけど)
そんなことを思いながら、アイーダはエリサに問いかける。
「ということは、今頃インゲルは……」
「私腹のために自分たちを……と言うより、お姉様のことを利用した会長さんに意趣返しすべく、一芝居打っているのではないかしら。きっとさぞ見物なことでしょうね。わたくしもその場に是非居合わせたかったものですわ」
あっけらかんとしているエリサに対し、アイーダは警戒の色を強めながら、彼女のエメラルドの瞳を覗き込む。
「Cボゥイは……あの、アダムカドモンの子どもは、これから一体どうなるの? まさか……」
「そんな怖い顔しないでくださいませ。在りし日の教祖様ならいざ知らず、わたくしたち教団の目的は、あくまで会長さんの邪悪な野望を食い止め、彼の支配からこの歪んだ世界を解放することにありますわ。かの少年が会長さんに利用されるリスクを完全に払拭することさえできれば、たかだか復活した男の子の一人や二人、わざわざ害するまでもありません」
「そう。なら、いいけど……」
張り詰めていた糸が切れたように肩を落とすと、アイーダは力なく薄ら笑いを浮かべた。
「……それにしても、情けないな。今回の一件、わたしは完全に会長やインゲルの手の平の上じゃないか」
(頑張って、努力して、少しはあの子に近付けたかもって思っていたのに……)
インゲルの目覚ましい活躍を知り自信喪失するアイーダに、エリサはそっと諭す。
「そう、ご自分を卑下なさらないでください、お姉様。変わりたいと願ったお姉様の崇高な決意が波紋を投じ、コミュ障インゲルさんの自立――もとい、奮起を促した……。つまり、今この状況を導き出したのは、他ならぬお姉様あってのこと、なのですわ♡」
「……こじつけだよ」
エリサの励ましもさして意味をなさず、悲観した様子でアイーダが俯いていると、洞窟の奥の方から蒼いMACHO――イグナシオがアルフォンスを伴って現れた。
『お待たせエリつぃん。アルフォンスの修理、完了したわよ』
「流石はナチョ。こちらもちょうど話が終わったところですわ」
いえーいと両手でハイタッチを交わすエリサとイグナシオ。
一方アイーダも、五体満足な状態で戻ってきたアルフォンスの姿に胸を撫で下ろす。
「ごめん、アル。わたしが不甲斐ないばかりに……」
『否定:アイーダが全力でインゲルに抵抗していれば、今頃双方共に甚大な被害を受けていたものと思われる。当時アイーダが執った行動は、最終的に最良の選択であったと当機は判断』
「でも、それは結果論であって――」
「まあまあ、お姉様。アルフォンスなりの気遣いですって。ここは素直に受け取っておきましょう」
「むう」
まだ納得のいかない様子のアイーダは、「愛されてますね、お姉様♪」と冷やかしてきたエリサを邪険にあしらう。
「とにかく、いつまでもここでゆっくりしているわけにはいかない。急いでインゲルの後を追わないと」
「水を差すようで申し訳ないのですが、お姉様がインゲルさんとの戦闘で気を失ってから、かれこれ丸一日以上の時間が経過しています。今から商都に駆け付けたところで、何がどう変わるわけでもないかと」
「だったら尚の事、あの子に全部任せたまま、最後まで蚊帳の外にいるつもりはない」
アンバーの瞳に強い意志を宿すアイーダに、エリサはぽっと頬を赤らめ、いやいやと身を捩る。
「そういう前向きなところ、相変わらず素敵ですわ、お姉様♡」
そう言って彼女は、イグナシオをパワードスーツ形態に移行させると、
「ここからはわたくしも同行致しますわ。共に事の顛末を見届けに参りましょう」
エリサの提案にアイーダは頷く。
「了解。――行くよ、アル」
『了解』
エリサに倣ってアルフォンスを変形させたアイーダは、颯爽と愛機に乗り込んだ。




