1-1 アイーダとアルフォンス
TO :インゲル
FROM:アイーダ
DATE:■014‐01‐23
SUB :久しぶり
元気してる?
近々仕事で本社に戻るから、よかったら一緒にご飯でもどうかな?
そっちに着いたら、また連絡するね!
『確認:これより指定アドレス宛にメッセージを送信する。送信前に最終チェックを推奨』
「問題ない」
機械音声の事務的な問いかけに、アイーダは素っ気ない一言で簡潔に応じた。
この時代、遠距離通信の類いは稀少技術となっており、手段や方法は限られている。
それ即ち、このアイーダという少女が、その数少ない手段を保有している稀有な存在であることの証左でもあった。
桃色髪のサイドポニーに、吊り気味な琥珀色の瞳。
そして、豊かな双丘を持つ絶世の美女。
アイーダ・マリアの外見を端的に説明すると、そのような言葉で言い表すことができる。
その派手な見た目は決してファッションなどではなく、桃色の髪に至っては完全な地毛だ。
これもみな、ボルバキアウイルスによる遺伝子変化の影響であり、かつては自然発生しなかったような身体的形質を持つ人間が、この世界にはごまんと溢れ返っている。
(多分、今回も返事はないんだろうな)
浮かない面持ちで、アイーダはひっそり吐息する。
メッセージの宛先は、本社勤務の同期の親友。
インゲル・カーレン。
同郷の幼馴染みでもあり、二年前に別々の配属先になってからは、何かと疎遠な状況が続いていた。
お互い、忙しい身だったということもあるが――
(……わたしに出来るのは、根気強く、あの子の反応を待つことだけ)
そう自分に言い聞かせると、アイーダは気持ちを切り替え、本来の職務に戻ることにした。
〇+
ボルバキアウイルスの流行に端を発する旧文明の崩壊後、混迷を極める世界に一定の秩序をもたらした営利団体の存在がある。
その名も、AK商会。
遠い昔に絶滅した『男性』の復活を理念に掲げる大企業で、対ミュータント用の機動兵器を開発・生産している他、独自に私設警備隊も保有している現世界の実質的な支配者だ。
そのAK商会の警備隊に、アイーダとインゲルの両名は帰属していた。アイーダは警護班に、インゲルは防衛班に、それぞれ所属している。
防衛班は読んで字の如く、AK商会本社がある商都の防衛を担う本隊で、対する警護班は、要人や貴重品輸送、辺境施設の警護のために各地に派遣される支隊のような位置付けだ。
いずれも警備隊にとってなくてはならない機能であり、一概にどちらが上と比較することは出来ないが。
(人使いの荒さに限って言えば、確実に警護班の方に軍配が上がると思う)
そんな自虐めいた皮肉をアイーダは胸中で独りごちる。
今日も今日とて、本社から機密物輸送の任を受けた彼女は、地図にも記載されていない秘所を、人知れず独りで訪れていた。
(まあ、独りっていうのは語弊があるかもだけど)
そんなことを思いつつ、アイーダは傍らの相棒を見遣る。
彼女の隣には、二メートルを優に超える大型の機械巨人が黙して随行していた。
なだらかな曲線を描くアイーダのグラマラスな肢体と異なり、筋骨隆々でマッシブなその翠玉色のボディは、さながら文献に記されている『男性』の姿を彷彿とさせる。
この機械巨人こそ、過酷な世界で女性が生き抜くためにAK商会が開発した、対ミュータント用の機動兵器だった。
Muscular Artifacts with Cybernetic High-performance Organs――通称MACHO。
直訳すると、サイバネティクスによる高性能器官を有する筋肉の人工物、となる。男性をモチーフとしているのは、男性のいなくなった世界で、男性という概念を失わせないために、とのことらしい。
ちなみに、先程アイーダがインゲル宛てに送ったメッセージは、MACHOの電脳に搭載されている通信機能を用いたものだ。事実上この世界では、MACHO同士でしか遠距離通信は行えない。
ここにいないインゲルもまたアイーダ同様、自分専用のMACHOを所有しているからこそ為せるやりとりだった。
不意に、随伴機のMACHOが音声を発する。
『疑問:今回の任務は、SSSランクの最重要機密に指定されている。アイーダと当機のみで臨むのは、客観的に見て非常にリスクが高いと判断する』
「関係者が増えれば、それだけ外部に情報漏洩する危険性が高まるもの。だからこそ、バオル持ちのわたしたちに白羽の矢が立ったと考えるべきね」
バオルとは、言わばMACHOの格付けのようなものだ。
MACHOは名にアルファベットを冠するのが通例となっており、中でも母音――AIUEOのアルファベットを戴く機体は、世界に五体しか存在しない超高性能なアーキタイプとして界隈では知られている。
一般に普及している量産型MACHO――コンソナントとは全ての性能面で一線を画しており、それゆえバオルを所有することは、この世界ではとりわけ特別なステータスとされていた。
アイーダは、その世界に五人しかいないバオル持ちの一人であり、使役するMACHOの名をAのアルフォンスといった。
人工知能の癖に、なおも納得のいかない様子で首を傾げているアルフォンスの臀部を、アイーダは平手でポンポンと叩く。
「さあ、行くよ、アル。わたしと貴方なら、どんなミッションだって無事乗り越えられるよ」
『非合理的:納得のいく根拠の説明を乞う』
アルフォンスの訴えを、アイーダは無言で棄却した。
〇+
本社から指定された秘所は、崖下に樹海が広がる足場の悪い渓谷地帯を抜けた先に、ひっそりと門を構えていた。
滝の裏に隠された洞窟の、更にその奥に存在した研究施設と思しき建物は、久しく人が出入りした形跡がなく、外観が完全に苔むしている。
施設内には人っ子一人おらず、代わりに数体の旧式アンドロイドが稼働し、何らかの研究に従事しているようだった。
「見たことのない機体ね。――アル。貴方のデータベースに何か情報は?」
『不明:使用されている技術から判断するに、MACHOの基礎となった試作機、あるいはそれに類する機体と推測』
「要するに、相当な年代物ってことか」
表向きはMACHOの開発元、もしくは現世界の秩序維持を図る私設警察としての側面が強いAK商会だが、その活動理念は今も昔も『男性』復活であることに変わりはない。
当然のことながらこの施設も、それにまつわる研究が行われていると見て、まず間違いないと思われた。
(わたしが輸送警備を任された機密の品も、大方研究の成果物ってとこだろうけど)
人間という種が女性だけとなって早幾千年。
男性が滅び、ミュータントの脅威がはびこる荒廃したこの世界でも、人類はこうして何とか日々の生を繋ぎ止めている。
今更男の一人二人を復活させることに、どれだけの意味があるのかと思わないでもないが。
(商会には育ててもらった手前、そんなこと口が裂けても言えやしないけど)
元々孤児だったアイーダは、物心つく前にAK商会に引き取られ、商会と所縁のあるコミュニティの養護施設に預けられた経緯がある。
十二歳で警備隊の士官学校に入学するまでの数年間はその施設で暮らし、インゲルともそこで知り合った。
「……余計なこと考えてないで、仕事仕事」
雑念を振り払い、アイーダは施設の最奥部へと歩を進めた。
〇+
結果的に、アイーダたちがその場所に辿り着くことは出来なかった。
おそらく施設の最奥部に続くであろう大きなゲートの前で、二体のアンドロイドが道を塞ぐようにして立ちはだかっていたからだ。
「……まさか、ここに来て腕試しとか言わないよね?」
『否定:確認したところ、アイーダと当機はこの先への立ち入りを許可されていない。それゆえ、前方の二体が警備対象の封印を行い、我らが訪れるのを待っていた模様』
「あ、一応歓迎してくれてるのね、これ」
アルフォンスの推察が正しいことを裏付けるように、二体のアンドロイドは背後に用意していた荷物をアイーダたちの方に差し出すと、そのまま言葉なくゲートの向こうへと姿を消してしまった。
「……勝手に持ってけ、ってこと?」
『肯定:解析した結果、対話型インターフェイス未搭載機と断定。荷物の受け渡し以上のコミュニケーションは不可能と思われる』
「……わたし、貴方が雄弁で本当によかったと心から思う」
『恐縮:当機に対する褒め言葉と受け取る』
心なし嬉しそうなアルフォンスに口元を綻ばせつつ、アイーダは放置された件の荷物へと歩み寄る。
大きさにして、高さは一メートル程度。幅や奥行きはそれよりも小さい直方体の、機械仕掛けの箱だ。
開閉部には封をする形で「天地無用」を意味するシールが貼られており、側面には持ち運び用に一対のストラップベルトが取り付けられている。
「肝心の重さはどうだろ。わたしに背負えるかな?」
『非推奨:計測した結果、総重量は百キロに相当する。運搬は当機に任せた方が無難』
「アルは男前だね。それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
『了解』
軽々と荷物を背負ったアルフォンスを連れ、アイーダは早々に研究施設を後にすることにした。




