6-3 エリサ
(……温かい)
深淵を揺蕩うような微睡みと、自身を包み込む柔らかな感触の中で、アイーダはぼんやりとそのような感想を抱いた。
(……わたし、死んだのかな?)
今際の際に覚えているのは、自分を見下ろす幼馴染みの、感情の窺えない、冷厳な青い双眸。
(……結局、あの子とは最後まですれ違ったままだったな)
自分の最期の言葉は、ちゃんとあの子の胸に届いただろうか。
多分、届いていない気がする。
(……Cボゥイ、大丈夫かな?)
ひょんなことから一緒に行動することになった、謎の少年。
彼にどんな秘密が隠されているのかは最後まで気がかりだったが、それを知る術は、もう残されていない。
(……これからわたし、一体どうなるんだろ?)
ついさっきまで半覚醒だった意識は、遠退くどころか次第に鮮明になってきており、これから冥界に誘われるようには到底思えない。
それに、胸や手のひらから伝わってくる、この押し返してくるような弾力は……
(……あれ? これって、もしかして……?)
アイーダが何かに気付きかけた時。
彼女の耳元に、吐息混じりの甘やかな声が、そっと囁かれた。
「あん♡ お姉様ったら、ダ・イ・タ・ン♡」
「きゃっ!?」
豊かな胸の女性と裸で抱き合うようにして意識を取り戻したアイーダは、とにもかくにも慌ててその場を飛び退った。
「な、な、な……」
何が何だか理解が追い付かない。
そこは、比較的天井の高い洞窟のような所だった。さっきまでアイーダがいた場所の付近には焚火が焚かれており、その傍らで、プラチナブロンドの裸身の娘が妖艶な笑みを湛えてこちらを見ている。
自身も素っ裸であることに今更ながら羞恥心を感じつつ、アイーダは彼女に問う。
「……色々と聞きたいことがあるけど……まず、どうして、あなたがここに……?」
「それはですねぇ、話すと長くなるといいますか、どこから説明したものかといいますか……」
そう言って、ブロンド娘――教団のエリサ・クラウスは、白い歯を見せて屈託のない微笑を浮かべた。
「――とりあえず! 髪の短いお姉様も素敵ですわ♡」
〇+
エリサはアイーダの疑問に対し、包み隠さず一つ一つ丁寧に答えてくれた。無論、両者共に身支度を整えた後に。
まず、彼女がこの場にいる理由について。
「わたくしとインゲルさんは、とある利害の一致から、以前より協力関係にありましたの。今回も、事前に彼女から、戦闘不能のお姉様を保護してほしいとわたくしに依頼がありましたのよ」
「戦う前からわたしの敗北は織り込み済みか……。――でも、そのやりとりって、商会に全部筒抜けなんじゃ……?」
「論より証拠。実際、わたくしたちの暗躍は商会にはバレていないでしょう?」
チッチッチと人差し指を振りながら、エリサは得意げに大きな胸を張る。
「順を追って触れますけど、MACHOの技術に関しては、商会よりもわたくしたち教団の方に一日の長がありますわ。わたくしのナチョが商会の管理から外れているのは説明するまでもないと思いますが、インゲルさんのオスカーもまた、わたくしたちの手によって既に商会の制御下を離れているんですの。ダミーの識別信号や改竄された通信内容で商会の目を欺きつつ、インゲルさんは水面下で隠密行動を取っていた、というわけです」
「信じられない……」
ただただ驚愕するばかりのアイーダに、エリサは茶目っ気たっぷりにウインクして見せる。
「ちなみに、ナチョが絶賛修理中のお姉様のアルフォンスにも、現在同様の処置を施していますわ。ですから、彼の再起動と同時にお姉様の生存が商会に発覚する、というようなことにはならないので、どうかご安心くださいませ」
「……それはどうも」
忠義を尽くしてきた商会には訳も分からず命を狙われ、反面、これまで何度も敵対していた相手に、こうして命の保証をされる――アイーダは何とも複雑な気分だった。
おそらくインゲルが切って持ち去ったのだろう、なくなったサイドポニーの辺りに何となく手を伸ばしながら、アイーダはエリサに尋ねる。
「商会の命に背いてわたしの死を偽装し、その上でCボゥイを連れて行ったインゲル。あの子は何を知り、何を目的に行動しているの……?」
「そんなに難しく考えなくても、あの人の頭の中は、後にも先にもお姉様を守ること、ただそれだけだと思いますけど」
「え?」
意味が分からずきょとんとしているアイーダに、エリサは目を細め、神妙な面持ちで話を戻す。
「聡明なお姉様のことですから、もしかしたら薄々お気付きかもしれないですが……今回の一件――商会の最重要機密アダムカドモンにまつわる一連の出来事は、全てお宅の会長さんによって仕組まれた茶番劇なのです」
「やっぱり……」
それらしき可能性はフラミニアも指摘していたので、別段驚きはなかった。
アイーダが取り乱すことなく冷静に現実を受け止めていることを確認し、エリサは続ける。
「最重要機密を回収したお姉様が、商会の動向を探る教団のわたくしから接触を受け、指名手配されたことで乳狩りのゲルダに狙われ、バックヤードのフラミニアさんに助けを求め、最終的に、会長の命を受けたインゲルさんに始末される……。多少の違いはあれど、それが会長さんの思い描いたシナリオの大筋でしょうね」
「でも、その過程に一体何の意味が……?」
そこまで口にしたところで、アイーダはある規則性に思い至る。
ヒントは、バックヤード滞在中に自身が思い当たった、ある推測の中にあった。
――そうした特定の人物や場所にCボゥイをコンタクトさせることが黒幕の狙い……? だとしたら、わたしが行く先々で関わる事物の中に、何か共通点や法則性が見出せるはず……――
この観点を、今エリサから聞いた話にちょうど当てはめると――
「……Cボゥイを、五体のバオルタイプに接触させることが狙い……?」
頭を捻って導き出したアイーダの答えに、エリサは満足そうにこくりと首肯する。
「ご名答。流石はお姉様♡」
ほぼ当てずっぽうだったのだが、どうやら正解だったらしい。
引き続きエリサが解説を始める。
「AK商会の最重要機密、アダムカドモン……。その正体は、ボルバキアウイルスに耐性のある、男性タイプの人造人間ですわ。この素体に自らの人格を移植し、男性として復活を果たすことが、会長さんの数千年来の目的なわけですが……実のところ、ただそれだけであれば、もっと早く目標達成はできたのではないかと思われます。それこそ、こんな何千年もの時間をかけることなく」
「……と言うと?」
「会長さんの真の望みは、女性しかいないこの現世界で、自分だけのハーレム世界を創出することにありますわ。その実現のために不可欠な、あらゆる女性を虜にするフェロモンシステムがアダムカドモンには実装されているのですが……かのシステムの発動には、五体のバオルタイプに仕込んだ認証コードの受信が必要なのです」
「でも、肝心のバオルタイプは手元に二体しかなく、残りの三体は手の届かない所にあってロック解除もままならない……と、要はそういうこと?」
「ザッツライ♪」
両手をピストルの形にしてバキュンと撃つ仕草をするエリサ。
一応理屈は分かったが、アイーダはどうにも腑に落ちなかった。
「会長が自分で用意したシステムなのに、どうしてそんなややこしいことに? ――いえ、それよりも」
アイーダは、エリサの愛らしい碧眼をじっと見つめる。
「……何故、あなたがそのような情報を知っているの?」
「それはですねぇ……」
どこか勿体ぶるようにエリサはタメを作る。
「――バオルタイプを開発し、アダムカドモンの基礎設計を行い、その際商会に気付かれぬよう両者に細工を施したのが、教団の教祖様に他ならないからですわ」
「な……」
思いも寄らないエリサの告白に度肝を抜かれるアイーダ。
だが、驚くのはまだ早かった。
「それだけではありません。……古の時代、旧文明に終焉をもたらしたボルバキアウイルス。かのウイルスを創り出し、世界中にばら撒いた張本人こそ、何を隠そう、教団の教祖様と、商会の会長さんのお二人なのですよ」
「ええっ!?」
それこそ予想だにしなかった、現在の社会秩序を根底から揺るがす一大スキャンダルに、アイーダはしばらくの間、返す言葉が見つからなかった。
「……その話が事実だとすると、AK商会主導の今の世界は……」
「会長さんが、自身の好色な野望のために企てた、壮大なマッチポンプ、ってことになりますわね」
「……それだけのために、自分たちが暮らす世界を破滅に追い込むなんて……」
常人には理解し難い感覚に、アイーダは思わず身震いする。
そんな彼女に、エリサはそっと目配せする。
「続きを話してもよろしくて?」
「……ええ」
エリサは仕切り直すようにコホンと一つ咳払いする。




