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MACHO繰りの少女  作者: 女又心
6 アダムカドモン

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16/24

6-1 色付く世界

 女性だけとなり単為生殖に変異した人類の生殖事情は、ともすると男性がいた頃より理不尽だと言えなくもない。


 懐胎の契機は、妊娠可能な身体に成長した女性が発情した際、不定確率で身籠るという、何ともアバウトで不確かなもの。


 そこに当人の意思は介在せず、受胎の頻度も個人差によるところが大きい。


 場合によっては生涯一度も出産を経験しないケースもあれば、一人で十人以上の子を()すことだってままある。


 そのような背景もあり、望むと望まざるとにかかわらず産み落とされた命の中には、当然親の庇護を受けられない個体も数多く存在した。


 そうした身寄りのない子どもたちの中でも、運よくAK商会が構築するセーフティネットの目に留まった者は、彼らに保護されバックヤードに預けられることになるが。


 そこに至るまでの境遇は、正に千差万別だった。


(私は、誰よりも自分のことが大嫌いだった)


 年の割に(さか)しくて愛想の欠片もない、おどおどしているばかりの憎たらしいクソガキ。


 誰からも好かれない、愛されない、必要とされない、生きている意味のない無価値な存在。


 そんな肯定感ゼロの他者&自己評価で彩られた空虚な世界が、幼き頃のインゲルを取り巻く全てだった。


 それまで所属していた劣悪な環境から救い出され、バックヤードに引き取られることが決まってからも、彼女の目に映る景色は依然灰色なままで。


(助けてくれた大人たちは、よかったね、よかったねって何度も言ってくれたけれど)


 どこへ行こうとも、こんな自分には居場所なんてないと、当時の彼女は本気でそう思っていた。


 あの日、彼女と出逢うまでは。



「――ねえねえ。あなた、名前は何て言うの?」



 不意に声をかけられ、抱えた膝と膝の間に顔を(うず)めて塞ぎ込んでいたインゲルは、覇気のない虚ろな目だけを声のした方へとぬっと向ける。


 そこには、好奇心旺盛な光を宿した両の琥珀の瞳で、覗き込むようにしてこちらをじっと見つめている、桃色髪の少女の姿があった。


 年の頃は自分と同じか。


 ほんのり上気した頬や、時折ぴくぴくと膨らむ小鼻の様子から、何やら興奮している模様。


 年相応のあどけなさが何とも愛らしく、そして、ひどく眩しかった。


「…………(ふい)」


 これまでの人生で、こんな好意的な視線を向けられたことがなかったインゲルは、その言い様のない気恥ずかしさに思わず顔を背け、シカトを決め込んでしまう。


 そして、直後に後悔する。


(……やってしまった)


(せっかく向こうから声をかけてくれたのに)


(これでまた嫌われる)


(でも、遅かれ早かれ自分なんて……)


 表情には決して出すことなく。


 しかし、人知れずマイナス思考の海にずぶずぶと沈んでいくインゲル。



 だが、今回の相手は、これまでと、どこか一味違った。



「わたしはアイーダ。それで、あなたのお名前は?」


「……え?」


 インゲルの不躾(ぶしつけ)な態度に気を損ねた様子もなく、アイーダと名乗った桃色髪の少女はストレートにアプローチを続けてくる。


 今まで経験したことのない展開にインゲルはまごつき、アイーダの方に恐々(こわごわ)と目を向けながら、か細い声でそっと尋ねた。


「……私のこと、嫌いにならないの?」


 訊かれたアイーダは、何のことだか分からないといった様子で、


「? 理由もなく嫌いになんかならないよ?」


 とだけ答えて、笑った。


 それは彼女にとって、何てことはない些末な会話のワンシーンに過ぎなかったのかもしれない。


 それでも、この時のインゲルにとっては、生まれて初めて体験する、自分を受け入れてもらえた、掛け替えのない一大イベントだったのだ。


 この子は、自分が粗相をしても笑って許してくれる。


 これまで周りにいた大人たちのように、暴力を振るったり言葉で(なじ)ったりしない。


 たったそれだけのことが、彼女にとって、どれだけ救いになったことか。


 つっかえつっかえになりながら、インゲルは何とか声を(ひね)り出す。


「……わ……わた、し……イン、ゲル」


「インゲルちゃんかー。いい名前だね!」


 そう言って、アイーダは小さな手をすっとインゲルに差し伸べる。


 その手を取っていいのか分からず、インゲルがあわあわしていると、宙を彷徨(さまよ)っていた彼女の手を、アイーダの方からしっかと握ってきた。


「行こっ♪ そろそろ新しいお(うち)に出発だって!」


「……………………うんっ!」


 温かく、そして、力強く、それでいて、優しく、自分を包み込んでくれる、アイーダの手。


 彼女が傍にいてくれるなら、こんな自分でも、前に一歩、足を踏み出せるような気がして。


 この日を境に、インゲルの目に映る世界は、急速に色味を取り戻していくことになる。

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