6-1 色付く世界
女性だけとなり単為生殖に変異した人類の生殖事情は、ともすると男性がいた頃より理不尽だと言えなくもない。
懐胎の契機は、妊娠可能な身体に成長した女性が発情した際、不定確率で身籠るという、何ともアバウトで不確かなもの。
そこに当人の意思は介在せず、受胎の頻度も個人差によるところが大きい。
場合によっては生涯一度も出産を経験しないケースもあれば、一人で十人以上の子を生すことだってままある。
そのような背景もあり、望むと望まざるとにかかわらず産み落とされた命の中には、当然親の庇護を受けられない個体も数多く存在した。
そうした身寄りのない子どもたちの中でも、運よくAK商会が構築するセーフティネットの目に留まった者は、彼らに保護されバックヤードに預けられることになるが。
そこに至るまでの境遇は、正に千差万別だった。
(私は、誰よりも自分のことが大嫌いだった)
年の割に賢しくて愛想の欠片もない、おどおどしているばかりの憎たらしいクソガキ。
誰からも好かれない、愛されない、必要とされない、生きている意味のない無価値な存在。
そんな肯定感ゼロの他者&自己評価で彩られた空虚な世界が、幼き頃のインゲルを取り巻く全てだった。
それまで所属していた劣悪な環境から救い出され、バックヤードに引き取られることが決まってからも、彼女の目に映る景色は依然灰色なままで。
(助けてくれた大人たちは、よかったね、よかったねって何度も言ってくれたけれど)
どこへ行こうとも、こんな自分には居場所なんてないと、当時の彼女は本気でそう思っていた。
あの日、彼女と出逢うまでは。
「――ねえねえ。あなた、名前は何て言うの?」
不意に声をかけられ、抱えた膝と膝の間に顔を埋めて塞ぎ込んでいたインゲルは、覇気のない虚ろな目だけを声のした方へとぬっと向ける。
そこには、好奇心旺盛な光を宿した両の琥珀の瞳で、覗き込むようにしてこちらをじっと見つめている、桃色髪の少女の姿があった。
年の頃は自分と同じか。
ほんのり上気した頬や、時折ぴくぴくと膨らむ小鼻の様子から、何やら興奮している模様。
年相応のあどけなさが何とも愛らしく、そして、ひどく眩しかった。
「…………(ふい)」
これまでの人生で、こんな好意的な視線を向けられたことがなかったインゲルは、その言い様のない気恥ずかしさに思わず顔を背け、シカトを決め込んでしまう。
そして、直後に後悔する。
(……やってしまった)
(せっかく向こうから声をかけてくれたのに)
(これでまた嫌われる)
(でも、遅かれ早かれ自分なんて……)
表情には決して出すことなく。
しかし、人知れずマイナス思考の海にずぶずぶと沈んでいくインゲル。
だが、今回の相手は、これまでと、どこか一味違った。
「わたしはアイーダ。それで、あなたのお名前は?」
「……え?」
インゲルの不躾な態度に気を損ねた様子もなく、アイーダと名乗った桃色髪の少女はストレートにアプローチを続けてくる。
今まで経験したことのない展開にインゲルはまごつき、アイーダの方に恐々と目を向けながら、か細い声でそっと尋ねた。
「……私のこと、嫌いにならないの?」
訊かれたアイーダは、何のことだか分からないといった様子で、
「? 理由もなく嫌いになんかならないよ?」
とだけ答えて、笑った。
それは彼女にとって、何てことはない些末な会話のワンシーンに過ぎなかったのかもしれない。
それでも、この時のインゲルにとっては、生まれて初めて体験する、自分を受け入れてもらえた、掛け替えのない一大イベントだったのだ。
この子は、自分が粗相をしても笑って許してくれる。
これまで周りにいた大人たちのように、暴力を振るったり言葉で詰ったりしない。
たったそれだけのことが、彼女にとって、どれだけ救いになったことか。
つっかえつっかえになりながら、インゲルは何とか声を捻り出す。
「……わ……わた、し……イン、ゲル」
「インゲルちゃんかー。いい名前だね!」
そう言って、アイーダは小さな手をすっとインゲルに差し伸べる。
その手を取っていいのか分からず、インゲルがあわあわしていると、宙を彷徨っていた彼女の手を、アイーダの方からしっかと握ってきた。
「行こっ♪ そろそろ新しいお家に出発だって!」
「……………………うんっ!」
温かく、そして、力強く、それでいて、優しく、自分を包み込んでくれる、アイーダの手。
彼女が傍にいてくれるなら、こんな自分でも、前に一歩、足を踏み出せるような気がして。
この日を境に、インゲルの目に映る世界は、急速に色味を取り戻していくことになる。




