5-2 ゲルダ、再び
インゲルが指定してきたランデブーポイントは、商都とバックヤードのほぼ中間地点に位置する。MACHOに機乗して向かえば、大体半日程度で辿り着く距離だ。
食事の後、正午まで無理矢理仮眠を取って最低限のコンディションを整えたアイーダは、起床するなり目的地に向けて出立しようとしていた。
「それじゃあフラミィ姉さん、そろそろ行くね」
養護施設の裏手。
パワードスーツ形態に移行させたアルフォンスに搭乗しながら告げたアイーダに、フラミニアは沈痛な面持ちで詫びの言葉を口にする。
「大した手助けも出来なくて申し訳ないわね」
「ううん。こうして一晩匿ってくれて、色々情報を整理できただけでもすごく助かった」
それに、これ以上自分たちがバックヤードに留まれば、確実にフラミニアたちにも累が及ぶ。彼女が自分たちを厄介がることは決してないだろうが、だからと言っていつまでもその厚意に甘える訳にはいかない。
「あー……」
見ると、何やら気もそぞろに辺りをキョロキョロ見回している様子のCボゥイ。
彼が何を探しているのか気付いたアイーダは、その幼い身体を抱き上げつつフラミニアに尋ねる。
「ところでミシェルは? この子、あの子にお別れの挨拶がしたいみたい」
「そう言えば、戻ってくるのが遅いわね。あの子には、あなたたちに渡すお弁当を取りに行ってもらっていたのだけれど……」
フラミニアが不思議そうに小首を傾げていると、不意に、聞き覚えのある悪戯っぽい声が物陰から聞こえてきた。
「は~い♪ わたしならここにいま~す♡」
ミシェルのものではない。
人を小馬鹿にしたように話すその声の主は、漆黒の機装を身に纏った状態でアイーダたちの前に姿を現した。
相手を視認することなく、フラミニアは嘆息して肩をすくめる。
「……なるほど。今度はわたしの方が、あなたのことを少し甘く見ていたようね」
「へへ、そーゆーこと。転んでもただじゃ起きないのがあたしの信条なんでね」
声の主――褐色肌の銀髪バオル持ち、乳狩りのゲルダは勝ち誇ったように犬歯を見せて嗤う。どうやら損傷したエルンストをこの短時間で修復した上、自分たちに気取られぬよう尾行までしていたらしい。
流石にアイーダの指名手配に関する情報はまだ掴んでいないのか、彼女のことを気にする素振りは特になかった。
「ゲルダ・ベルンハルト……」
アイーダは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
苦汁を舐めさせられた相手と早くも再会する羽目になったから、などではない。
あろうことかゲルダは、ミシェルを人質に取っていたのだ。
「お姉ちゃん……」
両手を拘束され、今にも泣きそうな顔でこちらを見ているミシェル。
何の罪もない天真爛漫な彼女に、こんな怖い思いをさせることになるなんて。
(……わたしのせいだ)
この事態に責任を感じたアイーダは、一度は抱き上げたCボゥイを再度地面に下ろし、ゲルダに向けて臨戦態勢を取ろうとする。
が。
「はいはいそこまで。ここ、バックヤードで喧嘩はご法度よ」
ぱんぱんと手を叩きながら、フラミニアがアイーダの動きを制した。
「アイーダちゃん。ここはわたしに任せて、あなたたちはもう行きなさい」
「でも、それじゃ――」
反論しかけて、アイーダは気圧されたように息を呑む。
と言うのも、語調こそ物腰柔らかなままだが、有無を言わせぬプレッシャーをフラミニアが発していたからだ。
(こうなってしまったフラミィ姉さんは、もう誰にも止められない……)
誰に対しても寛容である一方、バックヤードの恒久平和を乱す輩には容赦なく鉄槌を下す統率者の鑑のような人物。それがフラミニア・アントニアである。
ゲルダ・ベルンハルトは触れてしまったのだ。
眠れる獅子の、逆鱗に――
「ウル。シーケンスTF、アクティベート」
『了解です、マスター』
いつの間にかフラミニアの傍に控えていた彼女のMACHOがパワードスーツ形態に変形を始める。
落ち着いた動きで機体に乗り込み始めたフラミニアの背中に向かって、ゲルダは透かさず右手甲を射出するブーストナックルをお見舞いした。
「悠長な真似を! みすみす機体に乗せるわけないだろバーカ!」
「馬鹿なのはあなたの方よ」
泰然としたフラミニアの言葉を裏付けるように、ゲルダの攻撃はフラミニアに直撃する直前、突如発生した光の壁に阻まれて弾かれる。
「……は?」
「バオルタイプのシーケンスTF時には機体周囲にバリアフィールドが形成され、搭乗するWIMPの無防備な状態をある程度保護するの。――あなた、バオル持ちなのにそんなことも知らないのね」
嫣然と微笑むフラミニアにゲルダは唖然とする。
「バオルタイプって……まさか、その機体もそうだって言うの!?」
「そう。そのまさかよ」
「で、でもッ! あたしのエルと教団のヤツ以外は今も商会が管理してるはずだろ!? どうして関係のないあんたが!」
AK商会が保有する二体のバオルタイプ――AのアルフォンスとOのオスカー。
教団の広告塔となって久しいIのイグナシオ。
乳狩りのゲルダに強奪され指名手配中のEのエルンスト。
これら四機と比して、残る最後の一機の知名度は低く、その所在を知る者はごく一部の人間に限られる。
巷では、有事に備えて商会がその存在を秘匿している、などという噂がまことしやかに語られているが。
「バックヤード創設の際、当時の支配人が商会から譲り受けたのよ。力無き人々を護るための盾と矛……最強と謳われるこの機体――Uのウルリヒを、ね」
金色の機装を全身に鎧い終えたフラミニアは、目元を覆う黒いバイザー越しにゲルダを見据える。
「ゲルダちゃん、だったかしら? 前回は他に優先することがあったから見逃してあげたけれど――二度目はないわよ?」
「チッ、偉そーに。 こっちにゃまだ人質がいるってこと、忘れてないよね?」
「きゃっ!?」
ゲルダの左手甲に拘束されたまま乱暴に突き出されたミシェルが短く悲鳴を上げる。昨夜の自分たちと同じ構図だとアイーダが思った時には、フラミニアは既に動き出していた。
「ええ、もちろん。――だから、早々に返してもらうわ」
それは正に閃光とでも言うべき早業だった。
一瞬にしてゲルダの懐に潜り込んだフラミニアは、相手の左腕部が動かないよう両手で固定しつつ、大外刈りの要領で大きく足払いを発動。足元を掬われ仰向けに転倒するゲルダを組み敷きながら、彼女の左腕を締め上げ無力化に成功した。
「かは……っ!?」
何が起こったのか全く理解できない様子で瞠目し息を詰まらせるゲルダ。その間にもフラミニアは彼女の捕縛とミシェルの解放を手際よく進めていく。
あっという間の救出劇に、さしものアイーダも開いた口が塞がらなかった。Cボゥイも「うひょー」と奇声を上げている。
そんな二人の下へ、助けられたばかりのミシェルが半べそになりながら小走りでやってきた。
「ごめんなさい……。用意したお弁当、襲われた時に落としてダメになっちゃった……」
「ううん。あなたが無事ならそれで十分。――ね、シィ?」
「あい」
こくこくと頷くCボゥイに、いくらか安心した様子でミシェルは破顔する。
すっかり放心状態のゲルダをエルンストから引きずり下ろしつつ、フラミニアは事も無げに告げた。
「ご覧の通り、心配しなくてもこっちは大丈夫だから。アイーダちゃんは目の前のことに集中なさい」
「了解。――行くよ、Cボゥイ」
「あー」
アイーダはCボゥイを小型キャリアーに載せると、ミシェルに見送られつつバックヤードを発った。
インゲルの待つ、北の地を目指して。




