5-1 おにぎりの味
TO :アイーダ
FROM:インゲル
DATE:■014‐01‐26
SUB :話がある
本日一六〇〇、私たちが最後に会った、あの滝を臨む湖畔にて待つ。
この際、アルと警備対象以外の同行を固く禁ず。
結局、昨夜はあれから一睡もすることができなかった。
「…………」
フラミニアの私室にあるソファに気怠げに身を預けながら、アイーダはインゲルから送られてきたメッセージの内容を頭の中で何度も反芻していた。
(無味乾燥な事務連絡の本文からは、あの子の本意は少しも読み取れない。あなたは何を知っているの、インゲル……?)
試しに何度か返信を試みたが、ことごとく送信不能のエラーになってしまった。今の彼女にできるのは、幼馴染みの呼び出しに応じるか、それとも無視するかの二択しかなく、その選択がどのような結果をもたらすのかは、それこそ神のみぞ知るといった状況だった。
「あのインゲルちゃんがあなたを陥れるとは考えにくいけれど、通信を制御できる商会側にいる以上、彼女は共犯……少なくとも、これは何かの罠だと考えるのが妥当でしょうね」
そう警告した上で、フラミニアは次のように言った。
「これは提案なのだけれど……一度、エリサちゃんに話を聞いてみるのはどうかしら? さっき話した通り、わたしたちも知らない情報を彼女たち教団は把握しているようだし」
「話を聞くって言ってもどうやって? 基本、あの連中って神出鬼没なのに。わたし、連絡先とか知らないよ? どの道、今は連絡を取りようもないけど」
「……言われてみると、わたしも知らないわね。いつもひょっこり顔を出すし、すっかり顔馴染みの常連さんになっていたから気にも留めなかったわ」
のほほんと言ってのけるフラミニアにアイーダはかくっと肩を落とす。商会とは何かと衝突することが多い教団も、弱者救済を信条とするバックヤードにとっては良き隣人、ということなのかもしれない。
フラミニアの提案は確かに一考に値するものだったが、エリサと接触する手段がない以上、あまり現実的ではなかった。
そして何より、アイーダは全て承知の上で、それでも一度、インゲルと面と向かって話がしたいと思っていた。
二年前のあの日、自分の至らなさで失ってしまった親友の信頼を取り戻すためにも。
「色々とありがとう、フラミィ姉さん。……それでもやっぱり、わたしはあの子に会いに行くよ」
「そう……分かった。あなたがよく考えて決めたのなら、わたしも止めはしないわ」
そう言ってこの話を打ち切ると、フラミニアは気持ちを切り替えるように朗らかな表情を浮かべてアイーダに微笑みかける。
「ところでアイーダちゃん、お腹空いたんじゃない? 今、シィちゃんがあなたのために、おにぎり作りにチャレンジしているのよ? ――ほら、噂をすれば」
フラミニアが視線を向けた先にアイーダも目をやると、ちょうどCボゥイが大小二つのおにぎりを載せたトレイを両手で運んでくるところだった。
なお、彼の隣には見覚えのある黒髪黒瞳の少女が付き添っていた。
「久しぶり、アイーダお姉ちゃん――って、うわ、なんかすごい隈」
出会い頭に失礼な発言をかます彼女の名前はミシェルといい、この養護施設で暮らす孤児の一人だ。最後に会った二年前は八歳だったと思うので、今は十になるはず。
「しばらく見ない間に随分やつれたね。そんなにお仕事忙しいの?」
「うん、まあ、そんなとこ」
アイーダがシニカルに口の端を歪めて言葉を濁すと、ミシェルは自分の両頬に手を当て、「いやー、大人になりたくないー、働きたくないー」などと大仰な身振りでいやいやと身を捩る。
「なーんて、年甲斐もなくふざけるのは大概にして、朝ご飯持ってきたよ」
ミシェルの言葉に促されるように、Cボゥイは大きい方のおにぎりをアイーダの前に差し出す。
「あい」
「ありがとう。このおにぎり、あなたが作ってくれたんだってね」
おにぎりを受け取り、労うようにアイーダがCボゥイの頭を撫でると、彼は照れ臭そうにもじもじと身を縮こまらせる。
次にCボゥイは、残った小さい方のおにぎりを手に取ると、アイーダの隣にちょこんと腰を下ろし、手にしたそれをパクつき始めた。
一連の流れをほけっと目で追っていたアイーダに、ミシェルがそっと耳打ちする。
「どうしてもお姉ちゃんと一緒に食べたかったみたいだよ? お腹がくーくー鳴ってるのに、ずっと我慢してお姉ちゃんのこと待ってるから、差し入れを作って持ってくのはどうかなってフラミィお姉ちゃんに相談したんだけど、そしたらこの子も手伝うって感じになって」
「そうなんだ……」
それはなんだか悪いことをしたなと自省しつつ、アイーダはCボゥイお手製のおにぎりをおもむろに口元へと運ぶ。
お世辞にも上手く握られているとは言えない歪なそれは、ちょっとしょっぱくも、彼女の空腹のみならず心までも満たしてくれるような、素朴で温かい味がした。




