4-1 ゲルダ
化けの皮が剥がれたアリシアこと乳狩りのゲルダは、率直な疑問を口にする。
「どっからあたしの嘘に気付いてた? 見る限り、この土壇場まであたしがゲルダだってことは見破れなかったみたいだけど」
「……あなたの胸の傷が偽装だということを、アルが昨夜の内に教えてくれたわ。ほぼ裸だった浴場でも完璧な擬傷をしていたから、知らなければ危うく騙されるところだったかも」
「……ほーん。なるへそ、道理で。いいMACHOだとは思ってたけど、まさか同じバオル持ちだったとはね。こりゃ迂闊だった」
アイーダの種明かしに、口ほどそう思っていない様子でゲルダが得心する。
昨晩のアルフォンスの忠告以降、彼女の前でアルの名を呼ぶことは意図的に避けていた。自己紹介の際に彼の機体名について特に言及しなかったことが、結果的に功を奏したらしい。
ゲルダとの距離を測りつつ、アイーダは彼女の犯行手口を暴く。
「これまでの行動から察するに、乳狩りの被害者を装ってWIMPの同情を引き、油断した相手の寝首を掻いてMACHOを奪う、というのがあなたのやり口のようね」
「ご明察。そうやって手に入れたMACHOを売りさばいて、こちとら生計を立ててるってわけ。――ま、今はそんなことどうでもよくてさ!」
言うなり、ゲルダは胸部の偽装を引き剥がしてそこらに放り投げる。抑圧されていた彼女の豊満な褐色バストが露わとなり、黒のマイクロビキニに包まれた二つの巨峰が上下左右に弾むように乱舞した。
「――その子、もしかしてもしかしなくとも、『男』ってヤツなんでしょ?」
「…………」
「だんまりはそれ即ち肯定と同義、ってね。そんな珍獣、一体どこで手に入れたん?」
「…………」
「……ま、言いたくないなら言いたくないで別に構わないけどさ。要するにあたしの関心は、今やバオルタイプのMACHOなんかよりも、そっちのボクに全振りなんだよね」
Cボゥイに熱い視線を送りながらペロリと舌なめずりするゲルダ。
次の瞬間、彼女は射るような眼光をアイーダへと差し向ける。
「――それ、あたしにちょーだいよ?」
「断る」
にべもないアイーダの回答を端から予見していたかのように、ゲルダは白い犬歯を覗かせてニッと笑う。
「だったら力尽くで分捕るまで! ――エル、やるよ!」
『ま゛っ!』
「アル、戦闘準備。Cボゥイは後ろに下がってて」
『了解:――シーケンスTF、起動』
「あい!」
両者はほぼ同時に機装を展開。パワードスーツと化した各々のMACHOの着装を短時間で完了させる。
「先手必勝!」
一足先に戦闘モードへの移行を終え、こちらに向かって突貫してきたエルンスト駆るゲルダに対し、アルフォンスを身に纏ったアイーダは迎撃態勢を取る。
「あなたのような享楽主義者にCボゥイは渡さない……!」
「熱くなってるとこ悪いんだけどさ……あたしの目的は、別にあんたと戦り合うことじゃないんだよねッ!」
肉薄の刹那、真っ直ぐアイーダに向かっていたゲルダの軌道が急激に変化。一瞬、アイーダは相手の機影を見失ってしまう。
「しまっ!? 狙いは初めからCボゥイ――」
「お姉さん、反応が素直過ぎ」
Cボゥイの安否を確かめるべく、咄嗟に後方を振り返ったアイーダの機体を激しい衝撃が襲う。
言わずもがな、凶手の主はゲルダである。アイーダの死角を衝いて彼女の目を欺き、庇護対象のCボゥイへ注意が逸れたところに不意打ちの一撃を見舞ったのだ。
地面に叩き付けられたアイーダをゲルダは挑発的に見下ろす。
「甘い甘い。確かに目当てはその子だけど、バオル持ち相手に戦わずしてかっさらえるとは流石にあたしも思っちゃいないよ」
「くっ……」
「最初に会った時から薄々感じてたけどさ……あんたって相当なお人好しだよね」
そう言ってきゃははと嗤うゲルダをアイーダは毅然と睨み返す。
(この子……戦い慣れてる)
先代のバオル持ちからエルンストを強奪した手並み、どうやら伊達ではないようだ。
(向こうはCボゥイを出しにフェイントが使え、対するこちらはCボゥイを意識しながらの防戦一方……まずいわね)
実力はおそらく五分五分。
ややもすれば相手の方に分があるといったこの状況。
どう足掻いた所でジリ貧になるのは目に見えていた。
(絶体絶命……どうする? この苦境を打開するためには……)
焦りを気取られぬよう、無表情に徹しながらアイーダが必死に思考を巡らせていると、
……――かつん。……――こつん。
「ん?」
「え?」
どこからともなく飛来した石つぶてがゲルダ機の装甲に当たり、小さな金属音を奏でた。
ゲルダのみならず、アイーダまでもが毒気を抜かれて石が飛んでくる方向に目を向ける。
と、
「えいっ! やっ!」
そこには、腕に小石をいくつも抱えたCボゥイが、ゲルダに向かって懸命な形相で投擲を繰り返していた。
「Cボゥイ……!?」
幼心に自分を助けようと奮闘するその健気な姿に、アイーダの胸は熱くなる。
「おーおー、泣かせるねぇ」
片やゲルダは、わざとらしく手甲の指で涙を拭うような素振りを見せ、
「……でもあたし、そういうお涙頂戴的な、くっせー小芝居、死ぬほど大嫌いなんだよね」
「……ッ!?」
彼女の声色の変化にきな臭い気配を感じ取ったアイーダは、慌ててCボゥイの蛮勇を制止した。
「Cボゥイ、やめなさい! ありがとう! わたしは大丈夫だから、早くどこかに隠れ――あうッ!?」
「悪いけど、もう遅いよ」
ぶっきら棒に吐き捨てて足元のアイーダをぞんざいに蹴飛ばすと、ゲルダは反転してCボゥイの元へ急接近する。
突然至近距離に移動してきた仁王立ちの漆黒の機体に言葉を失うCボゥイ。
「……あ……うあ……」
「お悪戯が過ぎたね、ボク。でも、何か勘違いしてないかな? あたしがあんたに何の手出しもしないとでも?」
「ひっ……」
今にも失禁しそうな怯え切った表情を浮かべるCボゥイに顔を近付け、ゲルダは愉しそうに恫喝を続ける。
「手足の一本や二本折った所で死にゃしないんだ。うるさくするならそういう荒っぽい手に出たってあたしは一向に構わないんだけど……どう? それでもまだ続ける?」
「――Cボゥイに手を出すなぁッ!!」
幼い子供にトラウマを植え付けかねないゲルダの悪逆非道な振る舞いに、アイーダは激昂して背後から襲撃を繰り出そうとする。
「……だからもう遅いって。こっちには、こういう使い方もあるんだからさぁ!」
ゲルダはCボゥイの胴を両腕ごと掴み、それを盾にするようにして、迫り来るアイーダの鼻先へと突き付けた。
「うっ……!?」
Cボゥイを人質に取られ、急制動を余儀なくされるアイーダ。
そんな彼女をゲルダはしてやったりとせせら笑う。
「どこをどう見てもチェックメイトだよね、これ。技量であたしを圧倒出来ない以上、あんたに残された道は、指を咥えてこの子を諦めるっていう情けない選択肢、ただそれだけ。アンダスタン?」
「あら、それはどうかしら?」
「あん?」
藪から棒に響き渡った、鈴を転がすような声に、横槍を入れられたゲルダは幾ばくか気分を害した様子で胡乱な視線を周囲に飛ばす。
声の主の姿は、先刻までゲルダが佇立していた石柱の上にあった。
茶色の髪を二つ結びにした純朴そうな娘だ。紫水晶の瞳に柔和な笑みを湛えてゲルダのことを見下ろしている。
顔だけ見ればどこぞの村娘のそれだが、彼女がそうした素朴な存在でないことは、その異彩を放つシルエットから一目瞭然であった。
その少女は、黄金色のMACHOで全身を武装していたからだ。
「最近この辺りで乳狩りが多発していると聞いて視察に来てみれば……これはまた、思いがけない顔ぶれと出くわしたものね」
「何だいあんた? もしかして、漁夫の利を狙う同業者?」
「まあ、心外だわ。あなたみたいな野蛮な人たちと一緒にしないでほしいのだけれど」
「……言ってくれるじゃん。ってことは何? こいつに加勢でもする気?」
「いえ、そのつもりはないわ」
茶髪の少女はやんわりと首を横に振ると、その小さな唇ににこりと弧を描かせる。
「……だって、その必要はないもの」
「は?」
「油断大敵だよ、ゲルダ・ベルンハルト」
強気にそう発言したのはアイーダで、彼女の腕にはいつの間にか囚われのCボゥイが奪還されていた。
「んなッ!?」
そこでゲルダはようやく気付く。
獲物を拘束していた自機の指があらぬ方向にへし曲げられ、機能不全に陥っている現実に。
「畜生、やられたッ! ぽっと出の新キャラに気を取られ過ぎた!」
「その機体を騙し取った時はどうだったか知らないけれど、仮にもバオル持ちであるその子を侮ったのが運の尽きよ、小麦色のお嬢さん?」
茶髪の少女は悠々と講釈しながらアイーダと合流し、彼女の隣に並び立つ。
一貫して余裕のある態度を崩さない茶髪の少女を忌々しげに睨みながらゲルダは悪態を吐く。
「いきなり出てきて偉そうに……。一体何なんだよ、あんたはッ!?」
「そう言えば、まだ名乗ってなかったわね」
思い出したように、茶髪の少女はカーテシーの素振りで一礼する。
「バックヤードの現支配人、フラミニア・アントニアよ。よく知る人は親しみを込めて『フラミィ』と呼んでいるわ。以後よろしくね?」
「誰がよろしくするか、バーカッ!」
ぺっぺと唾を吐くように口汚く罵るゲルダ。
ボロが出始めた彼女を、アイーダは冷めた目で睥睨した。
「形勢逆転ね、ゲルダ・ベルンハルト」
「フルネームで何度も呼ぶな! くそッ! ――エル! 緊急離脱ッ!」
『ま゛っ!』
流石に劣勢を悟ったか、逃げると決めたゲルダの行動は早かった。
彼女の鶴の一声を受けたエルンストはバックパックから爆風を放出。
たちまち辺り一面に砂煙が巻き起こり、その視界不良に紛れる形でゲルダたちは見事遁走を果たした。
「けほけほ。……失敗した時も想定して逃走手段を確保してたか。意外と抜け目ない。それにしても、まるで嵐みたいな子だったわね」
軽く咳き込みながら、ゲルダが去って行ったと思しき方角に目をやるフラミニア。
そんな彼女に、アイーダは心から礼を述べた、
「いい所に来てくれて助かったよ、フラミィ姉さん。今回ばかりは正直、かなり危なかった」
「アイーダちゃん……」
アイーダと顔を合わせたフラミニアは、次にCボゥイを一瞥すると、何か思うところがある様子で口をもごもごさせたのち、一旦言葉を呑み込むようにして小さく頭を振った。
「……本当に久しぶりね。あなたたち二人が士官学校を卒業して以来だから、かれこれもう二年になるのかしら?」
「……うん。そうだね」
インゲルのことを思い浮かべ、無意識に表情を暗くするアイーダに、フラミニアはふっと優しい微笑を浮かべる。
「積もる話もあるけれど、今はとりあえず、バックヤードに帰りましょうか」




