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一ノ谷兄妹の休日

 待ちに待ったゴールデンウィーク。久しぶりの大型連休で、有意義にゴロゴロと家の中で寝て過ごそうと思っていたが、なかなかそうはいかない。


「ほら、おにい! 次はこっち行くよ!」


「はいよ」


 電車に揺られ、やってきたのはマリンピア神戸。海沿いにある大型アウトレットモールだ。

 先日の調理部新入部員歓迎会で、紬を置いて出かけたのをよほど根に持っているのか、俺に有無を言わさず連れて来られた。

 まぁ、たまには兄妹水入らずでこうして出かけるのもいいだろう。

 普段から家では二人で過ごしているが、それはまた別だ。紬はまだ中学二年生。同年代の子供と比べたら間違いなくしっかり自立しているが、家に帰っても両親がいないというのは大変なこともある。俺にはほとんどない両親からの連絡や電話も、紬には毎日のようにかかってきている。だが肉体はその場にはないわけで、家事など親に任せておきたいことも、俺と分担しながらだがこなさなければならないのは、紬の小さな体に抱えさせるには大きすぎるストレスになっているだろう。

 だからこそ、頑張っている妹のお願いは俺ができる限りは叶えてやりたい。それが兄としての務めだからだ。

 とにかく今日は荷物持ちでも何でもしておこう。どうせ今日の夜からは祖父母の家に泊まるんだ。家事の負担も減る。


「もう、おにい遅い!」


「そんなに急ぐなよ。お前、背低いんだから迷子になるぞ」


 ゴールデンウィークということもあり、人通りがかなり多い。できるだけ紬と近い距離を保つようにして後ろをついて行っていたが、紬の歩みはだんだんと速くなる。このままでははぐれてしまうのは時間の問題だ。


「ほら、待てって」


 俺は紬の腕を掴んで引き寄せた。あまりにも軽いその体は、容易に俺の隣にまでやってきた。


「……おにい、心配しすぎ。紬、おにいがいなくても、もう一人でもどこにだって行けるよ」


「俺にとっちゃ、お前はまだまだ子供で大事な妹だ。だからあんまり好き勝手に動かないでくれ」


 幼い頃の紬は俺にべったりだった。

 どこに行くにも着いてきて、俺の姿が見えなくなると泣き出すほどだった。

 だが、今の紬は大勢の友達がいて、俺がいなくても紬は人生を歩んでいける。正直に言うと、少し寂しい。でも、それが成長するということなんだろう。

 それでも兄は妹を守るものだ。妹がどれほど成長しようとも。


「もう……心配性のおにいのために、今日は大人しくしといてあげる。だから、ちゃんと最後まで握っててね」


 紬は腕を掴んだ俺の手をそのままスライドさせて、手を繋いだ。


「これだとデートみたいだね」


「何言ってんだ。どっからどう見ても仲の良い兄妹だろ」


「仲が良いことは否定しないんだー。えへへ」


 にやにやと嬉しそうに、腕を振る紬。

 久しぶりのお出かけで、紬もテンションが上がっているようだ。その気持ちはよくわかる。

 その浮かれた様子のまま、紬は腕を絡めてきた。俺と紬との間に距離がなくなる。だからだろう。くぅーっと情けない音がすぐ隣から聞こえてきた。


「……とりあえず飯でも食べに行くか」


「……うん」


 真っ赤な顔でうつむく紬を連れて、飲食店を探すべくフロアマップが載ってあるパンフレットを開いて確認してみる。

 えっと、ここがここだから……。


「あっ! 一ノ谷君!」


 何か聞こえた気がしたが、きっと空耳だ。人が多いと、いろんな音が聞こえてくるからな。

 地図と今いる場所を見比べて……。


「おーい、一ノ谷くーん!」


 クソ、気のせいじゃなかったか。声の聞こえる方に目を向けてみると、人混みの中にピョコピョコと見覚えのあるアホ毛が跳ねていた。

 揺れている毛だけしか見えないが、少しずつこちらに近づいてきて……群衆に流されて行った。


「あっ、助けてー!」


 何をしているんだ、あの人は。


「ほら大丈夫ですか、平野先輩」


 人だかりの中から先輩を引っ張り出し、壁際に避難させた。

 顔を真っ赤にしながら肩で息を切らしている小さなシルエット。誰かに守られていないと潰れてしまう小動物のような人だ。今までどうやって生きてきたんだろうか。


「……一生流され続けるかと思ったぁ……一ノ谷君、助けてくれてありがと」


「これに懲りたら、もうこんなにたくさん人がいる場所には一人で来ないことですね。本気で気をつけないと、今度は潰されますよ」


「ん? 私、一人じゃないよ。ほら、パパとママが……」


 キョロキョロと辺りを見回す平野先輩。だが、俺達の周りにはこちらにも目もくれずに買い物を楽しむ人達しかいない。

 まさか、迷子か? 高二で?


「ま、まぁ、後で連絡とれば良いだけだし!」


「家族で買い物ですか。仲良いんですね」


「そう言う一ノ谷君は……デートかな? もう、ありちゃんというものがありながら……まったく、隅におけないなぁ。えいえい」


「……おにい?」


 平野先輩から肘で小突かれている間、背後からやけに強いプレッシャーを感じる。

 何故だ妹よ。そう警戒するほどの人ではないぞ、この小動物は。


「変な誤解を生みかねない言い方はやめてください。俺と御影さんは、謂わば一時的な契約を結んでいるようなもので、それ以上も以下もないのは知ってるでしょう。それに、こいつは前に話した妹ですよ」


 言いながら、俺の背中に隠れた紬を前に突き出した。

 もともと紬はコミュニケーション能力に定評がある。なのに今日は、何かに怯えているかのように背中にしがみついている。


「いつまでも隠れてるなよ。ほら、前に話した調理部の先輩だ。挨拶しとけ」


「……妹の一ノ谷紬です。……えっと、おにいのことを幸せにしてくれる人を探しています。よろしくお願いします」


 急に何を言い出すんだこの妹は。


「わぁ、かわいい……ほんとに一ノ谷君の妹?」


「失礼ですね。正真正銘、血の繋がった、たった一人の妹です」


 あまり似てないけどな。


「羨ましいなぁ。私も紬ちゃんみたいな妹欲しいなぁ」


「あげませんよ。他を探してください」


 俺は紬の頭に手を置く。


「うわぁ、今どきそんなに仲良い兄妹いるんだ……。そういえば、さっきありちゃん見たよ。まだこのあたりにいるんじゃないかな」


 そう言うと、平野先輩はポケットからスマホを取り出した。


「ごめん! ママからLINE来てたからもう行くね! さっきは助けてくれて本当にありがとう! また学校でね!」


 言い切らないうちに先輩は駆け出し、その小さな体はすぐに見えなくなった。

 出てくる時も、去る時も突然な人だ。

 先輩が去った方向から目を離し、改めて紬に向き直る。さっきの平野先輩に対しての態度とは打って変わって、ニコニコと笑顔を浮かべながら俺に腕を絡ませてくる。


「どうした? いきなり知らない人が話しかけてきて緊張したか?」


 紬は人見知りをするタイプではなく、むしろその逆で友達を大勢作ってきた。だからこそ、さっきまでの態度には違和感を覚えた。


「いや……あの人が来るちょっと前から、誰かに見張られてるみたいな気がしてて」


 そうか、全く気が付かなかった。

 というか、もうよしてくれ。ストーカーの対処は一人でお腹いっぱいなんだ。

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